奥の細道を英語で・番外編

松尾芭蕉の「おくのほそ道」の英文を探していたら、左のドナルド・キーン訳の英文があることがわかった。
この本は講談社学術文庫より出版されており、2007年4月10日 第1刷発行
となっており、私が持っているのは2018年9月7日第12刷発行となっている。

ここでドナルド・キーン訳と
Enjoy Simple English の俳句の違いを見てみよう。
上がEnjoy Simple English の英訳。
下がドナルド・キーンによる英訳。

草の戸も住替すみかはる代ぞひなの家

     With a new family
         My old house will surely change
          With pretty doll sets.

  Even a thatched hut
    May change with the dweller
      Into a doll’s house.

                    *thatched 茅葺きの、藁葺の

行春や鳥啼魚の目は泪

    Spring about to leave
      Birds are crying their sad songs
        Fish eyes filled with tears

 Spring is passing by!
      Birds are weeping and the eyes
          Of fish fill with tears.

 

あらたふと青葉わかばの日の光

      How precious the light 
        That shines on the young green leaves 
                      On Nikko mountains 

      How awe-inspiring!
         On the green leaves, the young leaves
            The light of the sun.

              *awe; 畏れ多い、*inspiring;感激させる

 

暫時は 滝に籠るや 夏の初

       Under the water
                  Flowing from a place above
                         Summer has begun.

  For a little while
     I’ll shut myself inside the falls-
        Summer retreat has begun

           *retreat;黙想、修養

夏草や 兵(つわもの)どもが夢の跡

            Summer grass growing
                 Where soldiers fought long ago
                      Only a dream now

   The summer grasses-
            Of brave soldiers’ dreams
                The aftermath.
            
              
*aftermath; (災害、戦争、大事件などの)余波,結果

五月雨(さみだれ)の 降(ふり)のこしてや光堂

         May rains fall, but not
             On the shining Golden Hall
                 So it still remains

  Have the rains of spring
     Spared you from their onslaught,
        Shining Hall of Gold?

     *onslaught; 猛攻撃、    *spare; 免れさせる、危害を与えないでおく

 

 閑さや 岩にしみ入る蝉の声

  Into rocks they go
    Cicada cries of summer
      Silence all around

  How still it is here-
     Stinging into the stones,
         The locusts’ trill.

      *locust; セミ、    *trill; さえずる

五月雨をあつめて早し最上川

         Early summer rain   
    Powerfully going down
       Mogami River

   Gathering seawards
       The summer rains, how swiftly flows
            Mogami River

              *seaward; 海の方、  swiftly; 迅速に、  

私は元の俳句を知っていても、これがその英訳! とは直感的にわからなかった。
日本語の詞を英訳したり、その反対に英語の詩を日本語に訳するのは難しいとおもう。「ラジオ英会話」のテキストには、「赤毛のアン」の翻訳についての連載があるが、これも読み応えがある。
違う言語を母国語に翻訳することの難しさを感じた。

 

 

 

奥の細道を英語で13(最上川2)

Now, let’s talk about my boat trip on the Mogami River. The river collects water from the Ou mountains and goes into the Sea of Japan. I heard that there were dangerous places with big rocks. At some places, the river was so fast that boats turned over. Hearing this made me worry,and it was actually very scary going down on about. The river finally slowed down when we got near Mount Itajiki. I was also able to see the famous Shiraito Waterfall. Many great poets had written about these two places. We got off the boat. When my feet touched the ground, I felt so relieved. Come to think of it, it was the high season for heavy rain. I went down the river when there was the largest amount of water. What an adventure it was! This haiku came to mind.

    Early summer rain   
        Powerfully going down
             Mogami River

最上川は、みちのくより出て、山形を水上(みなかみ)とす。
ごてん・はやぶさなど云(いう)おそろしき難所有。板敷山(いたじきやま)の北を流て、果は酒田の海に入。
左右山覆ひ、茂みの中に船を下す。
是(これ)に稲つみたるをや、いな船といふならし。
白糸の滝は青葉の隙々(ひまひま)に落て、仙人堂、岸に臨て立つ。
水みなぎって舟あやうし。

     五月雨を
        あつめて早し最上川

 

*ごてん・はやぶさ; 最上川舟下りの難所。川中に碁石のように暗礁が点在し、隼の飛ぶように水の勢いが速いところからこういったという。
*隙々に; 隙間のこと

橋本治さんの訳を引用する。

「最上川の源流は陸奥にあり、山形あたりが上流にあたる。その流れには、碁点(ごてん)とか隼とかいう恐ろしい難所がほうぼうにある。それらを通過し、歌枕の地板敷山(いたじきやま)の北を下って、最後は酒田で海に入っている。
流域の左右は覆いかぶさってくるほどの山で、木々が生え茂った中を、舟に身を任せていくのである。その舟に稲を積み込んだのが、古歌に詠まれた稲船というものなのだろうか。
名高い白糸の滝は、青葉に埋まった中を落ちていて、仙人堂は川岸ぎりぎりの場所に建てられている。そんな川を下るのだから、水量が豊かなせいもあって、舟が何度となく転覆しそうな危うい目にあった。

        五月雨を
             あつめて早し最上川               」

長谷川櫂著「『奥の細道』をよむ」では、
「/五月雨をあつめて早し/最上川/
句中の切れのある一物仕立て。芭蕉は大石田の歌仙の発句の『さみだれをあつめてすずしもがみ川』をここで「早し」と改めた。歌仙を巻いたとき、芭蕉はまだ船に乗らず、五月雨で増水した最上川を眺めただけだった。そこで『すずし』としたのだが、そこ後、元合海から清川まで最上川を舟で下った経験をもとに「早し」となおしたということだろう。
「すずし」は船宿の主、一栄への挨拶。一方「早し」は水かさを増した大河の迫力ある描写」と書かれている。

*五月雨とかいてあるので、つい季節は5月と思ってしまう。
記録によると芭蕉が最上川にいたのは、5月27日。だから五月雨となるわけだが、これは旧暦。新暦でいうと7月13日。東北地方の梅雨は6月下旬から7月上旬。
芭蕉は梅雨の真っ只中にいたのだ。だから最上川の水量の非常に多かったことが想像できる。私が奥の細道を詠まなかったら、芭蕉は5月のいい季節に最上川の舟下りをしたのだなあと思っていただろう。

芭蕉はこのあと、最終目的地の大垣まで旅を続ける。
全行程160日の大行脚。
Enjoy Simple English は約半分の旅だったが、大変勉強になった。

機会があれば残りの旅のあとを追って見たいものだ。

 

 

奥の細道を英語で12(最上川1)

After visiting the mountain temple,I wanted to ride a boat down the Mogami River.
This river often appeared in old Japanese poems.
We decided to wait for a good day to go down the river.
While we waited, local people came to talk to me.
They wanted me to give a lesson on haiku.
They said they had practiced haiku, but they knew their style was old-fashioned.
They wanted to learn the latest trends from me.
I started making many haiku with them.
I didn’t think something like this would happen, but it made me happy.

最上川のらんと、大石田と云所に日和(ひより)を待。
爰(ここ)に古き俳諧の種こぼれて、忘れぬ花のむかしをしたひ、 芦角一声(ろかくいっせい)の心をやはらげ*、此道にさぐりあしゝて、新古(しんこ)ふた道にふみまよふといへども、みちしるべする人しなければと、わりなき一巻(ひとまき)残しぬ。
このたびの風流、 爰(ここ)に至れり*

*最上川のらんと; 最上川の舟下りをしようと、
*古き俳諧の種こぼれて、忘れぬ花のむかしをしたひ; この地には古く俳諧の「種」がこぼれ、俳諧の「花」が咲いていたというのであろう。しかし、寛永・延宝・天和・元禄と、俳諧は激しい変化の渦中にあった。遥かなこの地では、その変化を知ることはできなかったという。
*芦角一声の心をやはらげ;芦角とは辺鄙な田舎という程度の意味。鄙びた俳諧だが、人々を慰めることができる、という意味。
*此道にさぐりあしゝて、新古(しんこ)ふた道にふみまよふといへども、; 情報の乏しい鄙にいると、俳諧道に入ってみても、今起きている伝統俳諧への批判を理解できないまま、古今の俳諧の道に迷ってしまう、の意味。
*わりなき一巻; 仕方なく、俳諧の指導書を書いて与えた。

本治さんの訳を引用する。

「最上川を舟で下ろうと考え、大石田という場所で天気が好転するのを待つことにした。
この地には古い俳諧につながるものが生きていて、本来のおもしろさを求める気持ちを、人々がまだ持ち続けてくれている。ほんの片田舎なのに、風雅の道で心をなぐさめもし、足先で行くべき方向を探るようにして、いま流行の俳諧に身を寄せるか、古来の道を守ろうかとまよっている。だが、こちらが正しいのだと教えてやる指導者がいない。そこで、やむをえず、歌仙一巻を巻き、それを残していくことにした。こんどの風流を求める旅は、はからずもこんな結果を生み出すことになった。」

*ここで出ている歌仙とは、もともと連歌の一つの形式だったそうだ。長句(五・七・五)と短句(七・七)を交互に連ねて全部で36句。これで一巻とするそうだ。
この形式を自由自在に使いこなし、元禄時代に俳諧という文芸の頂点を築いたのが芭蕉とその門弟だった(長谷川櫂「『奥の細道』をよむ」より)。
俳諧の流行があり、その最先端の芭蕉に教えを請う、というのが大石田での出来事だった。

芭蕉はこのように各地を回りながら、俳諧の最先端を広めていったとも言える。