児童公園の三等三角点

三角点を探る旅 42

三等三角点があることがわかった。

近くに郵便局と広い大きなグラウンドがある。 ここは北引野児童公園というところ。

公園の道路側の端に三角点があった。

 

三角点の基本の形のとおりに、まわりに保護用の石が設置されている。
「国」という字が読み取れる。「国土地理院」の「国」と思われる。

「三等三角点」の「三等」が読み取れる。たぶん「三等」の文字の下に、縦に「三角点」とかかれているのだろう。

これは「基準点」の「基」と思われる。

この面には何が書かれているのかはわからなかった。

三等三角点について、国土地理院は次のように説明している。

三等三角点 設置間隔は約4km。 全国に約3万2000点。 柱石の一辺は15cm、破壊や破損に備えて、柱石の直下には盤石も埋設されている。 現在の技術水準では、2万5千分1地形図を作成するための位置の基準は3等以上の三角点で充足される。 

ちなみに四等三角点の大きさは1辺が12cm。

これまでの写真と比べてみると、確かに三等三角点は少し大きく見える。

公園の中の三等三角点、地図でしらべてみると「大饗(おわい)三等三角点 標高34.44m」ということだ。

この三角点はどれくらいの時間、公園で遊んでいる子どもたちを見守り続けてきたのだろう。

 

 

 

 

金沢城公園の三等三角点

三角点を探る旅 37


兼六園のそばにある金沢城公園に三塔三角点があることがわかった。

兼六園見学を一人外れてこの3等三角点探しにでかけた。

兼六園の入口に面するように金沢城公園への橋がある。

金沢城には天守閣は残っていない。写真にあるのは五十間長屋。大阪城を見慣れている私には、全く違った印象のお城だ。
私が目指すのは辰巳櫓跡(たつみやぐらあと)。

地図と見比べるとどうも道から少し離れた木々の中にあるようだ。

あった、あった。三角点が見える。

三等と右から左へ書かれている。縦に三角と読み取れる。 三塔三角点だ。 地図を見る限り、金沢城にはここしか三角点がない。

他の三面を見るが、何が書かれているのかわからなかった。古いものなのだろう。
人の通る道から奥まったところに静かに鎮座している。
お城の多くは三角点や標準点がある。歴史的なもので移転することもないし、台地や山の頂上付近にあるので、三角点の置く場所としては最適なところだ。
この三角点は、海抜59.3 m のところに設置されている。

園内のあちこちに写真のようなマップが設置されているが、三角点を表示したものはない。大阪城もそうだった。私の記憶では、和歌山城には立て札があったことを覚えている。

おもしろいものがあった。第2次世界大戦中、陸軍が石垣を潰して作った弾薬庫。
米軍に見つからないように、と作ったそうだ。

ここはいろんな積み方をした石垣があるので有名なようだ。
石垣をめぐりのコースがあることが案内板にしるされていた。

近くにある兼六園に似合うようなきれいに整備された金沢城公園だった。
兼六園近くのアイスクリームショップで、金沢で人気の「金箔・銀箔のソフトクリーム」を買う。1個1000円なり。
バスの運転手さんに「いろんな国の人がいますね。」というと、
「日本人は一人もいないでしょう」と冗談を返してきた。
それぐらい外国からの観光客が多かった。
外国には三角点があるのかな、ふと疑問が湧いてきた。

 

 

イケア鶴浜のそばにある三等三角点

三角点を探る旅 34

IKEAにお買い物。
調べてみると、IKEAと鶴町小学校のあいだに三等三角点があることがわかった。

IKEAの向かいにTOKYO interior という大きな建物ができていた。以前IKEAに来た時は、このショップはなかった。
休みの日なので、車がどんどんやってくる。

鶴町小学校のそばにある「鶴町中央公園」。

三角点は公園の芝生の部分、道路側にあるようだ。

鶴町という地名の由来が書いてある案内板があった。

     鶴町
鶴町地域は、市の築港計画(明治30年〜昭和3年)による埋め立てによって造成され、大正8年3月、「鶴町」「鶴浜通」「福町」という新しい町として誕生しました。
鶴町の町名は聖武天皇の「難波の宮」のちかくの光景を「田辺福麻呂」が詠んだ「潮干れば葦辺に騒ぐ白鶴(百鶴とも)の妻よぶ声は宮もとどろに」(万葉集巻6ー1064)から「鶴」を、また福町は、この詠者の「福」からとられたものです。
昭和51年の住居表示により、鶴浜通は鶴町1〜4丁目に、福町は現在の鶴町5丁目となりました。
鶴町地域は運河や内港に面していることから、外資系自動車工場や日本とアメリカの間の海底ケーブルを敷設した会社や橋梁会社等の工場や倉庫が立ち並ぶ臨海工業地帯として、また職場と住宅が近接した地域として発展してきました。
鶴町には、昭和5年から11年まで中央気象台大阪市台が設置され、昭和9年の室戸台風も観測していました。
昭和25年のジェーン台風以降に港湾事業や土地区画整理事業が並行して進められ、現在のような防波堤に囲まれた地域となっています。」

なるほど、大阪が発展してきた時に誕生した町なのだ。

ありました。草に覆われていて、ここに三角点があるとは、知らない人には全くわからないだろう。

写真を撮るために、まわりの草を抜いてお掃除したのが上の写真。

「国」という字が見える。「国土地理院」あるいは「国地院」の「国」だろう。

「基準」の「基」の字が見える。たぶん「基準点」とか「基準」という字が書かれているのだろう。


左から「三等」と書かれている。真ん中の文字は「三角点」と縦に書かれているのだろう。

もう一面の書かれている文字は地面の下にあるため、わからなかった。

この公園の隣には鶴町小学校がある(上の写真)。学校のそばにある三角点だから、何か表示がほしいなあと思う。

他府県では、国土地理院の「三角点を大切にしましょう」という表示があったり、「ここに三角点があります」という立て看板があったりする。
社会科や地理の勉強で、三角点や水準点の勉強をすると思うのだが(私は小学校か、中学校で習った記憶があるが……)今はどうなのだろう。

こちらは「鶴浜小学校」。三角点の近くにあった小学校は「鶴町小学校」。かつては多くの子ども達が二つの学校に通っていたらしいが、子どもの人数が減少していったため、2015年に鶴浜小学校は鶴町小学校に統合されたそうだ。 しかし、写真の鶴浜小学校の正門にはそういった歴史的経過を記した表示がなかった。この小学校に通った子どもたちの思い出の学校なのだから、何か表示がほしいなあと、ここでも思った。

 

 

三角点を探る旅 26 (米子)

米子城跡にあった三等三角点

鳥取県の米子市と島根県の松江市を訪れる機会ができたので、オプションとして三角点と水準点を探ってみた。 米子駅周辺には三角点、水準点、電子基準点があることがわかった。

IMG_20151018_0001 - バージョン 7

地図を見ると標高90mのところに三角点がある。 米子城があった頃にはさぞかし見晴らしが良かったことが想像できる。

米子駅には立派な書があった。 米子東高等学校書道部の作品のようだ。IMG_8474

掲示板にある米子城跡に三角点があるようだ。 ここに三角点の表示がほしいなあと思う。 IMG_8412

米子駅から米子城跡まで歩いて行く。 城山登り口を発見。この上にあるのだろう。
なかなかの坂道だ。二本差しの武士がこの坂道を走って登ったのだろか。

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坂道を登ると汗が出てくる。
山頂にたどりつく。どこに三角点が? あった!

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古い三角点だ。三等三角点と掘られている。 お城の上だから、二等三角点を予想していたがそうではなかった。 しかしほんとに眺めの良い所だ。天守閣からは360度眺めることができたにちがいない。 _MG_7420

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地図の90mという高さは、大阪の通天閣よりも低いが、実際に登ってみると、かなりの急斜面。お城としての価値はここにあるのだと思う。

帰りの坂道を下っていると、市役所の人がなにやら遺跡調査している場面に出くわす。 「何か遺跡でもあるのですか?」と私がたずねると、作業服を着てカメラを持っている女性が、 「この米子城全体が遺跡なのです。今その一部を調べています」と言う返事。 そうか、この米子城跡全体が遺跡なのか。

さて、次は地図にある水準点と電子基準点を探してみよう。

 

 

三角点を探る旅 その23

名古屋市内の三等三角点

名古屋三等三角点

昨年の秋に見つけることのできなかった名古屋にある三等三角点をもう一度探しに出かけた。
名鉄瀬戸線「東大手駅」から歩いて10分ほどのところ。
昨年は草が生い茂っていたが、今度はきれいに刈り取られていて、これなら発見できそう。
ぱっと見では草がなさそうだが、登ってみると意外と枝が邪魔をする。

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あった、あった。やっぱりここにあったのだ。前回は草と枝にじゃまされて行きつけなかった奥の平らなところにあった。
三等三角点と刻まれている。

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三角点の石の周りを見るが、特に保護用の石もなかった。 基準点の石も、三等三角点という文字の他には、他の面には彫られていないようだった。
ここは元々は名古屋城の敷地内になると思う。明治になって基準点が配置されるようになったが、お城などの敷地内に三角点や水準点が置かれることが多い。
年月がたっても移動されない場所を選ぶためだろう。

三角点や水準点は、時代とともに周りの建物が変わることによって見つけにくくなることもあるが、ここのように季節の変化によって発見しにくいこともある。とくに山や丘や林のなかにある基準点は草や木が育つとほんとに発見できなくなる。今回は昨年のリベンジを狙ったが、うまくいってよかった。
さて、次は昨年は発見できなかった水準点を探してみよう。