倉吉にある一等水準点

水準点めぐり 21

ここは鳥取県倉吉市にある「研屋町児童遊園」。
ここに「倉吉打吹流しびな」(くらよしうつぶきながしびな)の像がある。
4月はじめに、雛人形の絵馬を川に流し、子どもの成長と川の浄化を願う行事があるそうだ。
この像のすぐそばに、「一等水準点」がある。

ここの「一等水準点」は、昭和10年(1935年)に設置されたと書かれている。
それにしても、立派な立て札というか表示だ。

雪に埋まった水準点も珍しい。 基本通りに、周りに保護用の石が置かれている。 雪がなかったら、たいへん目立つだろうなと思う。
しかし、ほとんどの観光客はこの水準点に気が付かないというか、目に止めない。

ここは倉吉の観光スポット、白壁土蔵群のあるところ。
こういった観光地の真ん中に水準点、しかも一等水準点があるとは思ってもいなかった。

一等水準点のある公園のそばには、裁判所や小学校、倉吉市役所がある。
こういった市内の中心施設に一等水準点があるのは、古くからの土地なのだろうと思う。
さて、次は三角点をさがしてみよう。

 

 

 

 

エッシャーの絵を立体的に再現する

上の写真はエッシャーの絵「上昇と下降」を3次元に復元したもの。
原図は下の写真。
この絵の出展は下のホームページによる。

https://www.wikiart.org/en/m-c-escher

この図について、エッシャー自身は次のように言っている。

「この連続的な階段のテーマは私自身の発明ではありません。英国の数学者L・S・ペンローズ教授に負うものです。」

ペンローズについて調べてみると、

ロジャー・ペンローズSir Roger Penrose, 1931年8月8日〜)は、イギリス・エセック州コルチェスター生まれの数学者、宇宙物理学・理論物理学者。

ホーキング博士とともにブラックホールの特異点定理を証明した人ということだ。
エッシャーとの関係でいうと、「ペンローズの三角形」「ペンローズの階段」を考案し、エッシャーに大きな影響を与えたといわれている。

 

 

 

 

 

 

エッシャーの絵を立体的に再現する方法を本で見つけた。

この本には、理論的にエッシャーの絵を再現する方法が書かれている。
ただし、私には難しかった。
大学の講義でエッシャーについて研究されているようで、行列式を使って説明がされている

その理論的なところは飛ばして、私の理解できたところを紹介すると

「部分的に正しい絵を組み合わせながら、全体として矛盾を含む構造に仕上げることによって、描くことができる」

「だまし絵を作るためには、正しい絵の部品が絵の中で互いに無理なくつながるように、部品の大きさを調整することが大切である」

しかしこれだけでは上の写真「上昇と下降」のような、立体的な再現はできない。
ここに視点を動かす、視点を固定してみる、いいかえると「この場所からは、この視点からは、確かにそう見える」という場所を作り出す、見つけることがポイントなのだ。

一番上の立体的な「ペンローズの階段」は、「エッシャー展」の売店で買った本を組み立てたもの。

左の「トリック・クラフトBOOK」という本で、小学館の本だ。

表紙からわかるように、面白そうなトリック・クラフトが紹介されている。
目の錯覚を利用したクラフトで、アニメーションの原点といわれている「フェナキスティ・すコーブ」や「ゾートロープ」の型紙も入っている。
エッシャー風の「無限階段」や、「ねじれた矢印」や「不思議な道」という、これもエッシャー風の工作が紹介されていた。

では、この「無限階段」、エッシャーの「上昇と下降」の絵はどのようにして立体化されているのか。種明かしは下の写真。

赤い丸で囲んだ部分に注目。 ここはつながっていないのだ。 つながっているように見える場所を探し、そこでシャッターを切ったのが一番上の写真。

上の左の写真は、この本の表紙を拡大したもので、「不思議な道」と名前がつけられている。上に上がったはずなのに、下に下がっていくという道。
本の型紙でつくったのが、右の写真。どこにトリックがあるのかは一目瞭然。
これも視点か動かすことで、「不思議な道」を再現することができる。
この種の工作はよほど精密に作らないと、本の表紙の完成品のようには出来ない。

これは「エッシャー・マジック」の本を書いた杉原厚吉さんの本。
「超ふしぎ体験! 立体トリックアート工作 キットブック2」という書名の本。金の星社が出している。
そこに「無限階段」の工作がのっていた。
それを作ったのが上の写真。
これは階段が全部つながっている。最初の「トリック・クラフト」のように、どこかが離れている、というものではない。
見る角度、位置をいろいろと試してみて、本の表紙のようにみえるポイントをさがした。
この工作もなかなかシビア。完成したものをイメージしているつもりでも、つなぎ目の角度や階段の位置を決定するのが微妙だった。

こうしてみると、おなじ「無限階段」「上昇と下降」であっても、立体的に作るという方法はいろいろとあるようだ。エッシャーの作品の広がりを感じて面白い工作だった。

 

 

 

 

残り恵比寿

1月11日、残り恵比寿。残った福をもらいに行こうと、妻と娘と一緒に今宮戎に行く。いいお天気だ。お昼前なので、人も混雑するほどではなかった。

本殿向かって右の入り口には、幼稚園の子供達が描いた「はばたき」と名付けられた大きな絵が掲げられていた。

福娘さんたちの周りは、人がいっぱい。
大きなカメラを持った人たちも多い。
今年は肌の色の違う外国人の福娘さんたちが目についた。えべっさんも国際的だ。

狛犬の首の周りに、10円玉、5円玉、1円玉があった。
投げたお賽銭が引っかかったのか、わざわざここに置いたのか、初めて見た光景だ。

恒例のおみくじ。凶は出ずに、半吉、末吉、吉の三種類が出た。
努力して待てば願いは叶うようだ。

「恵美小学校PTA」と書かれたのぼりを発見。
恵美小学校は校区に「今宮戎神社」や「通天閣」があるという、歴史のある学校だった。大阪市の統廃合の政策によって、2017年3月に閉校となった。

今年も今宮戎神社の正門左には、「恵美小学校PTA」の提灯が下げられている。
「今年も恵美小学校PTAでアメを売っているんですね?」と声をかけると、
「ええ、売上は学校の子どもたちのためにカンパしています」とにっこり笑いながらPTAらしい人が答えてくれた。
恵美小学校、日東小学校、日本橋小学校の3校は統合して、大阪市立波速(なみはや)小学校となり、日本橋中学校との施設一体型の小中一貫校となった。
そんな歴史の中でも、えべっさんのアメは恵美小学校PTAの名前で売られているのは感慨深いものがある。

今年も拝殿裏側にあるドラをたたいて「世界平和」を祈る。

なんばまで歩くが、屋台の屋号や宣伝がカラフルになったことに気づく。
今年は「韓国風のたべもの」などの外国人目当てらしい屋台が多いと感じた。
トランクを引きずる観光客、私学の女子高校生のグループ、若い男の子たちの賑やかな集まり、年代や国籍を超えた人の流れが続いている。

例年見る「芭蕉せんべい」のおじさんの屋台がみあたらない。「堺の包丁」のおじさんのお店はあった。屋台も時代とともに変化、移り変わっていくようだ。

2019年が良い年でありますように。えべっさん、たのんまっせ!!