驚異の超絶技巧(ハルカス美術館)


あべのハルカスで、「驚異の超絶技巧! 明治工芸から現代アートへ」展がひらかれている。
以前に大阪歴史博物館で「超絶技巧展」があったので、それを見てから大変興味があった。

もらったパンフレットには以下のような紹介文が乗っていた。

「19世紀後半、日本では明治の時代、欧米で開かれた数々の万国博覧会で、日本の工芸品は大きな注目を集めました。自然に対する繊細かつ豊かな感受性と、それを意匠化する洗練された造形センスと超絶的な技工は世界を驚嘆させ、大量の作品が海外へと輸出されていきました。近年、そうした明治工芸の魅力に再び光を当てる機運が高まっています。さらには…明治元年から150年を経た現代アーティストの中にも、先人のDNAを受け継ぎつつ、今という時代をもその作品の中に映し出す、新たな「超絶技巧」の担い手が生まれています。
 本展では、時代を超えて人間の手が生み出す奇蹟のような技のコラボレーションを、約140点の多種多様な技法の作品によって紹介します。驚異に次ぐ驚異の連続に、ご期待ください。」

まさに、驚異に次ぐ驚異だった。
写真がほとんど禁止だったので、パンフレットなどでその一部を紹介してみたい。

なんと一木彫のお皿とサンマ。

安藤緑山による「牙彫(げちょう)ー象牙」。パイナップルとバナナ。

これも安藤緑山の胡瓜(きゅうり)。この作品についての説明がパンフレットにあった。
「どこから見ても、胡瓜。みずみずしく張った表皮、とがったイボ、蔓も葉も花もついたままで、畑から採られたばかりか。これが、人間の手で象牙から掘り出され、彩色されたものとは! 奇蹟の牙彫師、安藤緑山の技の粋が堪能できる一品」

いやいやこういった実物が140点も並べられている。

2箇所、写真撮影ができる作品があった。
右は「鉄、銀と赤銅」からできたサンショウウオらしいもの。
係の人に「重さはどれぐらいでしょう」
「持ってくるときはどのようにしたのでしょう」と質問した。
金属製なのでかなり思いそうだ。作品は分解できるので作者が組み立てたそうだ。なるほどそうした運搬するのか、と思った。

左は「陶磁」の作品。これも土からできているとはとても思えない。

2点の作品の写真撮影が許されているのはうれしかった。
できたらどんな作品でも写真撮影OKだといいのだが。
それから重さがわかるといいなあ、と思った。
目の不自由の人のために、触ってわかる「超絶技巧」作品もあるといいのに、とも考えた。

若冲の作品展のときに感じた人間の集中力の凄さと、技の素晴らしさに、ただただ「すごいな〜」の言葉を繰り返すだけだった。
細かな部品は機械で作ることができるだろう。しかしどんなデザインにするのか、どんな組み合わせにするのか、テーマは何にするのか、こういったことは人間でしかできないものだと思う。AIが発達しても、創造的なデザインは人間の側にあると思った。

入り口で単眼鏡が売られていたが、なるほど小さな作品や細かい部品をみるのにはそういったものがあるといいのだろう。
これから行く人には家にあれば双眼鏡やオペラグラスを持っていくといい。

グッズ売り場が楽しかった。
上の写真はストラップアンドキーホルダー。
なるほどこれも現代の超絶技巧じゃないか。

こういった超絶技巧はどのようにして生み出されるのだろうか。どんなふうに作っているのだろうかと疑問が湧いた。
2月9日の「美の巨人たち」の放送でそのことが少しわかった。
「名所図小箪笥 驚異の布目象嵌」という放送だった。そこで写真のように細かな作業が映し出されていた。
人間の技の素晴らしさを感じることができた展覧会だった。

 

 

 

 

壽初春大歌舞伎

千穐楽(1月26日) 藤原紀香さん発見

1月26日土曜日、松竹座の「壽初春大歌舞伎」に行ってきた。千穐楽の日だった。
坂田藤十郎さんの米寿を祝っての興行でもある。
入り口のテーブル受付に背の高い和服の女性がいる。藤原紀香さんだった。
「愛之助さんが出てるからね」と妻が言う。

私が見た演目は、お昼の部で、

玩辞楼十二曲の内 土屋主税    11:00-12:15

幕間 35分

坂田藤十郎米寿記念
寿栄藤末廣           12:50-1:10

幕間 25分

心中天網島
玩辞楼十二曲の内 河庄      1:35-3:00

という三つの舞台だった。

演目の「土屋主税」は、忠臣蔵のスピンオフ(サイドストーリー)

吉良上野の屋敷の隣に土屋主税の屋敷がある。討ち入りの日に俳句の句会があり、そこで主税は其角から大高源吾が士官をしたという話を聞く。
其角は大高源吾の不甲斐なさをののしるが、そのときに読んだ下の句が「あしたまたるるその宝船」というのを知って、主税はその真意を察するという話。
この時の主税の表情と演技がこの演目の見せ場というわけだ。
土屋主税を中村扇雀さん、大高源吾を片岡愛之助さんがつとめた。
仮名手本忠臣蔵は吉良邸から見た高灯籠だが、この「土屋主税」は主税邸から見た高灯籠であり、忠臣蔵の人気の高さが伺われる舞台だった。

坂田藤十郎米寿記念
寿栄藤末廣(さかえことほぐふじのすえひろ)

坂田藤十郎さんの米寿記念の踊り。
女帝に坂田藤十郎さん。
鶴に中村鴈治郎さん
亀に中村扇雀さん
従者に中村壱太郎さんと
中村虎之介さん。

若い二人の見栄えよく、きもちがいいものだった。成駒屋ご安泰が伝わってくるような演目だった。

左から虎之助さん、扇雀さん、藤十郎さん、鴈治郎さん、壱太郎さんの写真。

今回の歌舞伎で一番心に残ったのは、

心中天網島
玩辞楼十二曲の内 河庄

だった。

「河庄(かわしょう)」というのは、新地のお店の名前。ここで主人公の紙屋治兵衛(かみやじへい)と遊女小春のやり取りが中心になっている。
実際にあった心中事件を近松門左衛門が人形浄瑠璃にし、大評判となった。それを歌舞伎にしたのがこの演目。紙屋治兵衛を中村鴈治郎さん
小春を中村壱太郎さん
粉屋孫右衛門(治兵衛の兄)を坂東彌十郎さん
が演じている。

小春の心変わりに怒りと絶望の波に巻き込まれる紙屋治兵衛をなだめ説得する粉屋孫右衛門のやりとりが面白い。
上方の旦那、色男とはこんなものです、という感じがよく伝わってくる。
心に何かを隠したような小春。耐える女を演じる壱太郎さんもまた魅力的だった。若いからあの耐える姿勢が続けられるのかなあ、とも思った。

舞台では、いったん河庄をでた二人が、花道で「やっぱりあのことだけは小春に言いたい!」と戻る戻るなと言い合った末に治兵衛は小春に文句を言いにもどるのだが、
(その場面の二人の上方風の言い合い、口げんかの言い回しは、またおもしろかった)原作はそうではない。

左の本は、図書館で借りた本。
この話の全体を知りたかったので借りてきた。
「曽根崎心中」や「女殺油地獄」、「冥途の飛脚」など、文楽や歌舞伎で見たことはあるのだが、全体を通して見ていない。私の頭の中ではあちこちの場面がばらばらにあるので全体を通して勉強してみようと思った。

さて、原文は以下のようである。

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治兵衛・・・ ハアハアうぬが立の立ぬとは人がましい。是兄者人、片時も彼奴が面見ともなし。いざ御座れ。去ながら此無念口惜さどふもたまらぬ。今生の思ひ出、女が面一ツ踏。御免あれ。

語り・・・ と、つつと寄て地団太踏。

治兵衛・・・ エ、エ、しなしたり。足かけ三年戀し床しも最愛可愛も、今日といふ今日、たった此足1本の暇乞

語り・・・ と額ぎはをはつたと蹴て、わつと泣出し兄弟つれ歸る姿もいたいた敷、跡を見送り聲を上、歎く小春も酷らしき、無心中か心中か、誠の心は女房の、其一筆の奥深く、誰が文も見ぬ戀の道、別れてこそは三重歸りけれ。

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このように、原作では小春の顔を蹴っているのだ。
そこは現代の歌舞伎なので演出は変えてあるのだろう。

演じ方はその時の演出によって変わるそうだ。アドリブもあるのだろうなあ、と思いながら鴈治郎さんと坂東彌十郎さんのやりとりを聞いていて思った。

この二人は「心中天の網島」の名の通り、心中することを選び、実行する。
どうしてそんな道を選んだのだろう。心中物を見るたびに思ってしまう。
それは時代のせいか、社会のせいか、取り巻く意識のせいか、
こんなテーマの演劇は世界の中でも珍しいのか、普遍的なものなのか。
そんなことを考えてしまった。

めずらしく松竹座前の消防署から消防自動車が出動していた。
お正月といえども世界は動いている。
私たちのまわりは目まぐるしく動いているなあ、と思った歌舞伎見物だった。

 

 

 

あびこ観音2019

今年の節分2月4日は日曜日。いつもより早い目に行くと、普段は出口になる門から入ることができた。

お参りをする。 ウィキペディアによると、

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百済と交易をしていた依網吾彦の一族が百済の聖明王から一寸八分の観音像を贈られ、欽明天皇7年(546年)にこの地の人々がその像を祀る堂を立てた。そして、推古天皇14年(607年)に聖徳太子がこの地に来、その観音像を祀る観音寺を建立したとされる

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身の丈一寸八分の観音像をこの場所から見ることができないが、家族の健康と世界平和を祈る。

加持祈祷も大賑わい。これからどんどん人が出てくるのだろう。天気もよいし絶好のお参り日和。

お楽しみの「おみくじ」。あびこ観音は100円なのがうれしい。

さて今年のおみくじは「吉」だった。昨年と同じ。ということは今年の運勢は昨年並みかな。

あびこ観音は「凶」がでることで私の中では有名だか、昨年・今年と凶はでなかった。
ネット情報を見ると、やはり「あびこ観音のおみくじは凶」ということが知られているらしい。
「本当にに凶がでるの?」という声もよく聞くが、私の経験では本当に「凶」が出る。
さてさて、来年はどうだろう。
そんな期待をもたせるのが「あびこの観音さん」。

いましたいました。芭蕉せんべいのおじさんです。

「ちょっとまちいな。一枚やくから」 とサービスで、いつもの身振り手振りと腰つきで芭蕉せんべいを焼いてくれた。
「今宮戎に店なかったね?」
「野田のえべっさんに行ってたんや」
「来年は今宮えびすに行く?」
「うーん、場所が・・・」
話を聞いてみると、お店を出す場所がないような口ぶりだった。
長年お店を出していても、永久ではないらしい。
「次は21日の四天王寺さんや」

芭蕉せんべいのおじさんのスケジュールは多忙なようだ。

いつものお店で「厄除まんじゅう」を買う。
近くのスーパーなどでも「厄除け」と名前をつけた「だんご」なども売られている。
でも、やっぱり「厄除けまんじゅう」はここのお店で。
列を整理している人が
「まだ並んでいる人は少ないで。これからや」
と言っていた。早くに来ると少し福がある。

今年もいい年でありますように。
世界中の厄を払ってくださいよ、あびこの観音さん。