錫で作ったカカオとコーヒー豆

「咲くやこの花館」で、今年も「カカオとコーヒー展」があった。
2月1日から3月1日まで開かれている。
たくさんのイベントが用意されていて、ワークショップも数多くあった。
「世界一おいしいコーヒーを淹れよう」や「アマゾン・カカオのおいしい話」なども興味があったが、日にちが限定されているので参加することはできななかった。
そんななかでも私が興味を持ったのは「錫で作るカカオとコーヒー豆」というワークショップ。これも一日だけの体験だったが、たまたま行ける日だったので体験することにした。

錫のお皿と、カカオ・コーヒー豆をつくることにした。
まず渡された錫の円盤をハンマーでたたく。下の写真の右上のあるのが完成モデル。

休みの日なので小学生の親子連れも多い。錫の体験には小さな子も、中学生くらいの子も、高齢者も参加している。やはりこういった体験は珍しいから、興味を持つ人は多いようだ。

カカオとコーヒー豆は溶かした錫を型に入れて作る。

錫を溶かす装置の温度計は250度を示している。右側のような型を合わせてすきまに錫を流し込んでいる。

ベンチやヤスリで周りの余分な錫を取り除く。

スプーンの裏側をつかって磨くと、光沢が出てくる。
こんな方法があるとは知らなかった。

これができあがり。 流し込んだときは、カカオが三個、コーヒー豆が四個ぐらいできあがる。しかしもらえるのはカカオは一個、コーヒー豆は二個。上の写真は子どもが作ったものも並べているので三個になっている。
錫の値段は高い。以前にハルカスで錫でカップを作ったときも、マレーシアで錫の容器を見たときもそうだった。
今回の体験は、錫の重さで体験の料金を決めているため、持って帰れる量が決まっていると職人さんが話してくれた。
しかし、こんな体験ができるのは大歓迎だ。大阪の伝統産業である錫の容器が、小さなお皿や、アクセサリーになるカカオやコーヒー豆を作って楽しめることは、錫が身近に感じることができてとても良い取り組みだと思った。

ガーナ共和国の子どもたちの図工展もあり、ガーナの子どもたちがどのようにカカオを栽培しているのかもそこからわかるようになっている。
毎年いろんな工夫をしていることがわかる。
おみやげにいつものようにコーヒーの苗を買うことにした。

 

 

 

 

The Breadwinner ブレッドウイナー

ブレッドウィナー、「一家の稼ぎ手」となったパヴァーナの物語。

この映画のポスターには次のような説明がある。
「2001年アメリカ同時多発テロ事件後のアフガニスタン、カブール。11歳のパヴァーナは、お話を作って聞かせるのがとても上手な女の子。しかしある日、父がタリバンに捕まり、パヴァーナたちの暮らしは一変、女性一人での外出が禁じられているため、パヴァーナは髪を切り「少年」になって、一家の稼ぎ手(プレッドウイナー)として町に出ます。パヴァーナが目にした新しい世界とは? 家族たちの運命は・・・・?

この映画のカタログに原作の紹介が載っている。 「原作者 デボラ・エリス  ・・・平和活動家として世界中を旅行し、戦争・貧困・病気・差別などによって困難を強いられている子どもたちを取材している。1997年と1999年の二度に渡ってパキスタンのアフガニスタン難民キャンプをおとずれ、たくさんの女性や子どもたちから聞き取り調査をして書いたのが、本作の原作となる「生きのびるために」、続編「さすらいの旅」「希望の学校」と合わせ、世界17カ国で翻訳、出版されている。・・・本の印税をCanadian Women for Womeh in Afganistan (アフガニスタン女性のためのカナダ女性)、ストリート・キッズ・インターナショナル、IBBY(国際児童図書評議会)のChildre in Crisis Fund (困難にある子どもたち基金)、ユニセフに寄付している。」

私はこの映画を見るまでに、アフガニスタンの現実を考えたことはなかった。
そこで生活している人たち、とりわけ子どもたち、そのなかの女の子たちのことは全くと行っていいほど考えたことはなかったし、映画の中にある事実は知らなかった。
「ボーッと生きてきた」自分に痛烈なパンチだった。

この映画のことは昨年新聞で知った。そこにアニメーションはアイルランドの「ブレンダンとケルズの秘密」を作った会社が担当した、と書いてあった。この「ブレンダンとケルズの秘密」の映画を子ども向けの本にしたのが右の本。私がアイルランドで買ってきた本だ。
これは見に行かなくては、とその時に思った。大阪での公開は1月からということで楽しみにしていたが、なかなか日がとれず、映画館もテアトル梅田だけだったのでずるずると2月になってしまった。上映時間も最初はお昼の12時ぐらいからだったのに、2月の2週になると夜の9時からになっていた。これは無理かなとあきらめかけていた。ネットで調べてみると、京都で昼に上映していることがわかった。

京都の出町柳駅のそばにある「出町座」だった。
すずさんが迎えてくれた。
はじめての映画館だったが、喫茶や本の紹介もあり、マニアにはたまらないだろうなあ、という雰囲気満点の映画館だった。土曜日の3時頃だったが、20人くらいの入りだった。この日の京都はコロナウィルスの影響か、外国人観光客の人や観光バスも少なく、鴨川も昔の京都らしい風情があるように感じられた。

怒りではなく言葉で伝えて、花は雷でなく雨でそだつからー

この映画では「物語」が重要な役割を果たしている。パヴァーナが弟や家族に話す物語は、映画のストーリーと並行しながら、困難の中に希望を見出す力があることを示している。映画の中にも紹介される「怒りではなく言葉で伝えて」「花は雷ではなく雨で育つから」、怒りに満ちたヘイトスピーチや爆弾やミサイルでは何も育たない、人の口から語られるれる民族の歴史から生まれる物語は、人の心を癒やし、力づけるのだと思う。詳しい映画のストーリーは書かないでおこう。
映画を自分の目で見て感じてほしい映画だから。

この映画で私の心をうったのは、パヴァーナの声だった。力強くて、優しくて、前を向いている声だった。カタログを見ると、声優はサーラ・チャウディリーというトロントに住むインド系カナダ人で、「レ・ミゼラブル」のトロント公演で、コゼットの子供時代を演じたという。この映画の声優を務めたのは12歳の時だという。
いずれDVDになったとき、ぜひもう一度見てみたい映画だ。
そしてこの映画の原作となった「生きのびるために」を是非読んでみたいと思った。

 

 

 

あびこ観音でおみくじ 2020

今年のあびこ観音は日曜日に参拝に行った。

いいお天気だった。

さて恒例のおみくじ。今回は親戚の子どもたちと行ったので一緒におみくじを引いた。その結果は

見よ。第71番の凶、第88番の凶、第64番の凶、私のを含めて3枚が凶だった。

あびこ観音のおみくじは凶が出る。というのは私達家族の中で定番となっているが、こうも続くと驚くほかはない。
過去に私一人で3回引いて、3回連続して凶が出たことは以前にこのブログに書いたことがあると思う。今回は京都の八坂神社に続いてあびこ観音と場所を変えての凶。

3人が凶だと、もう笑うしかなく、これからはいいことばっかり起こるぞ、と言いながらおみくじを枝にくくりつける。

いました、芭蕉せんべいのおじさんが。
お元気そうだった。
「来るのん待ってたんやで」と、愛想のいい声でおじさんが言う。
私も負けずに
「今宮戎には来なかったの? いてるかなと探したのに」
というと、
「堀川戎にいってたんや」と芭蕉せんべいをサービスしてくれる。
私は300円を渡して、新しい芭蕉せんべいを注文した。
あざやか手さばき、芭蕉せんべいがどんどん大きくなっていく。そばを通る女性に声もかける。いつもの会話が続き、私達のそばにいた大人の男性が
「このおっちゃんがいないと、さびしいなあ」と声をかける。
えべっさんやあびこの観音さんは縁日の雰囲気がいっぱいあり、それが楽しい。

堺包丁の店はないかと探したが、地下鉄までの道にはそのお店はなかった。
食べ物の店がほとんどで、ここに包丁のお店は出しにくいのかも。

あびこの由来は?

日本各地に「あびこ」という地名がある。
インターネットを見ると、「あびこ」という地名についてしらべたブログがいくつかある。
千葉県の人が熱心なようで、それようのホームページもあった。
10年ほど前の記事もあり、少し古い資料なので、実際に今の地図にあるかどうか調べてみた。

1.大阪市住吉区の「我孫子」

2.大阪府泉大津市の「我孫子」

3,滋賀県愛知郡秦荘町の「安孫子」

4.埼玉県羽生市今泉の「我孫子」

5,秋田市金足黒川の「阿彦沢(あびこさわ)」

6、仙台市泉区松森の「阿比古」

7、宮城県女川町の「鮑子」(あわびのこ、と書いてあびこ)

8、千葉県の「我孫子市」

古い地名や小字(こあざ)に「あびこ」という名前が残っているかもしれないが、
2020年の2月現在、ヤフーの地図に「あびこ」(漢字は上のようにいろいろあるが)という地名が確認できたのは上の8つの地域だった。

「我孫子」という地名について調べいる本があった。
「千葉地名の由来を歩く」(谷川彰英著 K.Kベストセラーズ)
その本の第2章に「我孫子市」の記事がある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「我孫子」は難物である。「我孫子」を「あびこ」と読むことはだけは知られているが、その由来となると、諸説あっていまぁ決定的と言える説はない。・・・略・・
私が最初に手掛けた「我孫子」地名は大阪市住吉区の我孫子である。・・・かつては「東成郡依羅村(ひがしなりぐんよさみむら)」一帯のエリアである。現地には我孫子一族を祀る大依羅神社神社があり、小学校名にも「依羅小学校(よさみしょうがっこう)」がある。全国にあるかなりの数の我孫子地名の中でも「依羅」という地名をのこしていることから言って、まずこの大阪の我孫子が中心的な役割を果たしていたことは間違いないことと考えてよい。

・・・・・・・・・・・・・・・・

この後には「日本書紀」の記載、「古事記」の記載と続く。
著者の谷川さんの説は「我孫子一族は全国に広がっているが、千葉県の我孫子市に依羅神社がないので、大阪から移住してきたとは考えにくい」ということのようだ。
 しかし私達大阪に住む者にとっては、全国にある「あびこ」の地名・人名のルーツがここ「あびこ観音」にあると考えるのは、大変気持がいい。

「あびこ観音」は、地下鉄御堂筋線の「我孫子駅」が最寄りの駅。「我孫子」と漢字で書かれている。
ホームページには「あびこ観音」とひらがな表記。
お寺の入口には「総本山 吾彦観音」と書かれた石柱が立っている。

この「我孫子でも吾彦でも平仮名でも、なんでも引き受けます」という姿勢が大阪らしい。このおおらかさがいいのだが、どうしておみくじは凶が多いのだろう。