パズルをつくる 4

ザ・タイヨウ

久しぶりにパズルを作ってみた。 原本は左にある「パズルをつくる」(芦ヶ原伸之著、大月書店)。

1月にちなんでその中から選んだのが「ザ・タイヨウ」。
スライドパズルに分類できるものと思う。
これは1914年にアメリカパテントの GEY  MY  GOAT を基本として、著者の芦ヶ原さんがデザインを変えたものと説明がある。

ピースをただ滑らせるだけで、太陽のピースを真ん中にもってくるというもの。
まわりは最初の形と違ってはいけない。

簡単そうなので、やってみた。材料は発泡スチロールの工作用の板があったので、それを利用した。

 

発泡スチロールの板を張り合わせて厚みを出し、本からザ・タイヨウの絵をコピーして、発泡スチロールの上にはっていった。
見やすいようにと、太陽や炎、バックに色鉛筆で色をぬった。
その方がピースの動きがよく分かるだろうし、完成の絵もわかりやすいだろうと考えたからだ。

本についている回答を見ながら動かしてみたが、どうもおかしい。

わかりやすくするために、左の写真のようにピースに番号をはった。
回答を見ながら動かすと、2番と6番のピースが入れ替わるのが最終の形になる。
それでは炎の色とバックの青色が違っているではないか。
どこでまちがった?
なにか見落としていることはないか?
と思い、本文を読み直してみた。
「太陽の周囲の曲線は、いいかげんに描かれたものではなく、きわめてデリケートに描かれている。つまり太陽の中心から見て、右上と左下のピースは、図柄がまったく同じなのである。」と書かれている。
右上とは2番のピース、左下とは6番のピース。確かに同じ図柄だ。
ああそうか、私は色を塗ってしまったから違う図柄に見えていたのだ。

色を塗っていない、線だけのピースにしてみた。

こうして2番と6番のピースを見てみると、全くおなじ図柄であることがよくわかる。

ピースを動かして2番と6番がいれかわっても、その形は同じだ。ただ人間の理解として炎の部分とバックの部分も入れ替わっていると判断して見ているので、全体の形は動かす前と後では変わっていない、というのだ。
私は炎とバックに色を塗ったので、違いとして目に見えたということだろう。

単なるピースのスライドだけではなく、図柄にも工夫があるパズルだ。

*この本にある回答に一部間違いがあったので、ただしい手順を書いておく。

5,6、7、5,6、4、3、6、9、2,6、9,2,G
1、6、9、3,4,2,5,7、2、5,G、9、6、1
(Gは太陽のピースのこと)

 

 

 

2020年の初日の出

2020年1月1日7時12分。今年の大阪の初日の出は7時5分となっているが、ここは金剛山・岩湧山から日が登ってくるので、時間はそれよりおそくなる。
飛行機が飛んできた。

日の出前になると、池の周りの人の数がふえてくる。

山から太陽が登ってきた。 時計は7時21分を表示している。

今年の初日の出だ。 太陽が登ってくるのを見ることができてよかった。

初日の出の時間

AstroArtsというホームページに、初日の出特集が載っていた。

*************************

  • 日の出とは、太陽の上端が見かけ上地平線(または水平線)に一致した時刻を指します(日の入りも同様です)。
  • 地平線近くの太陽は、大気の影響(大気差)で実際よりも浮き上がって見えます。このため、実際にはまだ地平線の下にある太陽が、大気の影響がないと考えた場合と比較して4分ほど早く日の出を迎えます(同様に日の入りも約4分遅くなります)。
  • 日本で最も早く初日の出が見られるのは、日本の東端である「南鳥島」で5時27分です。本州では「富士山山頂」(6時43分)、平地に限れば千葉県の「犬吠埼」(6時45分)です。なお、日の出が最も早い場所は一年のうちの時期によって変わります。
    一方、日本の西端である「与那国島」の初日の出は7時31分で、日本の東西で実に2時間以上の差があることになります。
  • 日の出の時刻は標高が高いほど早くなります。また当然ながら、日が昇ってくる方向に山やビルがあればそれだけ遅くなります。

      https://www.astroarts.co.jp/special/2020newyear/index-j.shtml

**************************************

日本の国が細くて長く、湾曲した形をしているので、自然現象もそのことを考えないと単純には行かない。

今年の天文現象

今年の特徴は、半影月食が3回あることだそうだ。 1月は11日の未明から明け方にかけて、午前2時8分ごろから6時12分ごろだそうだ。
次は6月6日、食の最大が4時25分。日の出が4時30分ぐらいなので、観測が難しそう。
最後が11月30日。16時30分から20時55分ごろなので、観測できるかもしれない。

私にとって最大の関心は、はやぶさ2が地球にかえって来ること。
初代はやぶさのときのように、オーストラリアのウーメラ砂漠に向けてカプセルは発射され、はやぶさ2本体は宇宙空間で次のミッションを待つ予定だそうだ。
2020年末といわれているが、12月のいつごろなのだろう。楽しみだ。(左の写真はJAXAのホームページより)

1月1日の空は晴れたり曇ったり。
日の出のときに晴れたのは幸いだった。
今年1年がよい年でありますように。

 

 

 

最近読んで心に残った本

ずっと読みたい0才から100才の広告コピー

図書館で左の本を発見し、借りて読んでみると、手元においておきたい本だったので、買うことにした。

この本に収められているのは広告で使われたコピー。

コピーというのは複写や真似をするという意味のコピーではない。
キャッチコピー、キャッチフレーズで使われるコピーのことだ。
この本の題名になっている「広告コピー」がその内容をよく伝えているとおもう。

生まれてから(0才)から死ぬまで(ここでは100才)の大切なことが、広告コピーで表されているという視点で作られた本。

6歳のページ。
小学校に行くとき。学校に行きたい子どもたちの気持ちをはげましてくれるのは、学校の先生であってほしい。そして先生や大人から「すごい!」と褒めてもらうことで、子どもの意欲や自身が育っていく。
そんな世界であってほしい。子どもの虐待や学校でのいじめの報道を見るたびに、そんな気持ちが大きくなっていく。

最後だとわかっていたら

*8歳のページには、2011年3月11日におきた東日本大震災のコピーが載せられている。それは私の胸をうつ。

**************************************

最後だとわかっていたなら

あなたが眠りにつくのを見るのが 最後だとわかっていたら
わたしはもっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように 祈っただろう

あなたがドアを出て行くのを見るのが 最後だとわかっていたら
わたしは貴方を抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう

あたなが喜びにみちた声を上げるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしはその一部始終をビデオにとって
毎日繰り返して見ただろう

あなたは言わなくても分かってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたら
一言だけでもいい・・・「あなたを愛している」と
わたしは伝えただろう

たしかにいつも明日はやってくる
でも もしそれが私の勘違いで
今日ですべてが終わるのだとしたら
わたしは今日 どんなにあなたを愛しているか伝えたい

そしてわたしたちは忘れないようにしたい

若い人にも 年老いた人にも
明日はだれにも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを

明日がくるのを待っているなら 今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから

微笑みや 抱擁や キスするための
ほんのちょっとの時間をどうして惜しんだのかと
どうして してあげられなかったのかと

だから 今日
あなたの大切な人たちをしっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも いつまでも 大切な存在だということを
そっと伝えよう

「ごめんね」や 「許してね」や
「ありがとう」や 「気にしないで」を
伝える時を持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから

明日が来るのは 当たり前ではない
3月11日を、すべての人が大切な人を想う日に

   「岩手日報社」2017年 コピーライター
                                河西智彦

**************************************

今年2019年も、自然災害や事件で多くの人が亡くなったり、家族や親戚を失ったり、被害にあった人が多い年だった。

その時々、年月にあった時代背景を映し出しているのが「広告コピー」。その力は私の思っていた以上に大きい。

私が中学の時だったと思う。将来どんな仕事をしたいか?ということを考える課題があった。その中で「コピーライター」という子がいた。
「コピー」といえば、当時はゼロックスのコピー機しかしらなかった私には全く想像できない仕事だった。
今思えば最新の仕事だったんだ。
コピーライターは人々の思いや歴史を文字にして残す力がある。その文字を読むことによってその時の時代や時間にもどる事ができる。

私はあらためて「文字の力」について考えた。
そんなことをかんがえさせる本だった。

自分の現在の歳のページを見たり、青年時代や成年になってからのページをみたりすることで、励まされることも多い。
だれかにこの言葉を贈ってあげたい、とおもうページもあった。

この本は100歳のページで終わっている。
100歳の広告コピーには、どんなことが書かれているのだろう。

それは本と手にとって自分で確かめてほしい。

久々に「本を読むのは楽しい」と思える本だった。