あびこ観音でおみくじ 2020

今年のあびこ観音は日曜日に参拝に行った。

いいお天気だった。

さて恒例のおみくじ。今回は親戚の子どもたちと行ったので一緒におみくじを引いた。その結果は

見よ。第71番の凶、第88番の凶、第64番の凶、私のを含めて3枚が凶だった。

あびこ観音のおみくじは凶が出る。というのは私達家族の中で定番となっているが、こうも続くと驚くほかはない。
過去に私一人で3回引いて、3回連続して凶が出たことは以前にこのブログに書いたことがあると思う。今回は京都の八坂神社に続いてあびこ観音と場所を変えての凶。

3人が凶だと、もう笑うしかなく、これからはいいことばっかり起こるぞ、と言いながらおみくじを枝にくくりつける。

いました、芭蕉せんべいのおじさんが。
お元気そうだった。
「来るのん待ってたんやで」と、愛想のいい声でおじさんが言う。
私も負けずに
「今宮戎には来なかったの? いてるかなと探したのに」
というと、
「堀川戎にいってたんや」と芭蕉せんべいをサービスしてくれる。
私は300円を渡して、新しい芭蕉せんべいを注文した。
あざやか手さばき、芭蕉せんべいがどんどん大きくなっていく。そばを通る女性に声もかける。いつもの会話が続き、私達のそばにいた大人の男性が
「このおっちゃんがいないと、さびしいなあ」と声をかける。
えべっさんやあびこの観音さんは縁日の雰囲気がいっぱいあり、それが楽しい。

堺包丁の店はないかと探したが、地下鉄までの道にはそのお店はなかった。
食べ物の店がほとんどで、ここに包丁のお店は出しにくいのかも。

あびこの由来は?

日本各地に「あびこ」という地名がある。
インターネットを見ると、「あびこ」という地名についてしらべたブログがいくつかある。
千葉県の人が熱心なようで、それようのホームページもあった。
10年ほど前の記事もあり、少し古い資料なので、実際に今の地図にあるかどうか調べてみた。

1.大阪市住吉区の「我孫子」

2.大阪府泉大津市の「我孫子」

3,滋賀県愛知郡秦荘町の「安孫子」

4.埼玉県羽生市今泉の「我孫子」

5,秋田市金足黒川の「阿彦沢(あびこさわ)」

6、仙台市泉区松森の「阿比古」

7、宮城県女川町の「鮑子」(あわびのこ、と書いてあびこ)

8、千葉県の「我孫子市」

古い地名や小字(こあざ)に「あびこ」という名前が残っているかもしれないが、
2020年の2月現在、ヤフーの地図に「あびこ」(漢字は上のようにいろいろあるが)という地名が確認できたのは上の8つの地域だった。

「我孫子」という地名について調べいる本があった。
「千葉地名の由来を歩く」(谷川彰英著 K.Kベストセラーズ)
その本の第2章に「我孫子市」の記事がある。

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「我孫子」は難物である。「我孫子」を「あびこ」と読むことはだけは知られているが、その由来となると、諸説あっていまぁ決定的と言える説はない。・・・略・・
私が最初に手掛けた「我孫子」地名は大阪市住吉区の我孫子である。・・・かつては「東成郡依羅村(ひがしなりぐんよさみむら)」一帯のエリアである。現地には我孫子一族を祀る大依羅神社神社があり、小学校名にも「依羅小学校(よさみしょうがっこう)」がある。全国にあるかなりの数の我孫子地名の中でも「依羅」という地名をのこしていることから言って、まずこの大阪の我孫子が中心的な役割を果たしていたことは間違いないことと考えてよい。

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この後には「日本書紀」の記載、「古事記」の記載と続く。
著者の谷川さんの説は「我孫子一族は全国に広がっているが、千葉県の我孫子市に依羅神社がないので、大阪から移住してきたとは考えにくい」ということのようだ。
 しかし私達大阪に住む者にとっては、全国にある「あびこ」の地名・人名のルーツがここ「あびこ観音」にあると考えるのは、大変気持がいい。

「あびこ観音」は、地下鉄御堂筋線の「我孫子駅」が最寄りの駅。「我孫子」と漢字で書かれている。
ホームページには「あびこ観音」とひらがな表記。
お寺の入口には「総本山 吾彦観音」と書かれた石柱が立っている。

この「我孫子でも吾彦でも平仮名でも、なんでも引き受けます」という姿勢が大阪らしい。このおおらかさがいいのだが、どうしておみくじは凶が多いのだろう。

 

 

 

 

京都のみたらし団子は5個

雨の八坂神社。雨ともいえど観光客は多い。 八代目儀兵衛で食事をしたあと八坂神社にお参りした。 ここにお参りに来るのは3年か4年ぶり。

雨の中でも参拝客は多い。 せっかくなのでおみくじを引くことにした。
ここのおみくじは、写真に写っているように、テントにおみくじの箱がおいてあり、そこで番号のついた棒を引き、その番号を係の人に伝えて(代金を添えて)、おみくじの札を出してもらうシステム。
前からなのか、最近のやり方なのかよくわからない。しかしこんな方法は私は初めてだった。

見よ! 第4番凶 ではないか!!
「山よりもこなたにとまるからす羽に 神のそのふははやくれにけり」
 夕べとなれば日の暮れるは常。また朝となれば日が昇るも常。明けぬ夜は無し。
    心穏やかに神に祈りて、静かに朝をまつべし。
 願望 叶う後慎まなければ破れることあり

久々の凶だった。
今宮戎でも凶ではなかった。
安倍晴明神社でも凶ではなかった。
今年は春から縁起がいいわい、と思っていたら京の八坂神社で凶か。
さて残るはあびこ観音だが。これも楽しみだ。

えべっさんつながりで、祇園えべっさんの「蛭子神社」にもお参りを。

以前にブログにも書いたが、大阪の今宮戎とここの蛭子神社=祇園えべっさんとは大いに関係がある。
八坂神社のホームページに次のような記載がある。

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祇園さんの蛭子社は「えべっさん」の原点

「商売繁昌で笹もってこい!」のかけ声でおなじみの「えびす信仰」は、日本各地に拡がっています。その「えべっさん」が、八坂神社の境内にいらっしゃるのをご存じですか? 全国的に名の知られた大阪の今宮戎神社のえべっさんは、八坂神社の氏子が今宮に移り住んだとき、祇園の「えべっさん」をその地にお祀りしたことに始まります。
そのご縁から、今宮戎神社からは毎年、祇園祭の折りには幣帛を、大晦日には鯛をご奉納いただきます。
八坂神社からは1月8日に、今宮戎神社の十日戎に先だっての献茶祭に神水を持参してお供えします。

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今宮戎神社のウィキペディアにも次のような記載がある。

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また、京都市東山区八坂神社は当社の起源を、八坂神社境内社の蛭子社(北向蛭子)を分祀し、八坂神社の氏子が今宮に移り住み、現在の地に祀ったことに始まるとしている。その縁起から、双方の神社は交流を続けている。1月8日の献茶祭では、八坂神社御神水奉納式が実施される。

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ところで私達が八代目儀兵衛の店を出て、八坂神社の門をくぐったが、これは正門じゃない、という話を聞いたことを思い出した。
そういえばこの門から本殿に歩いていったが、この道から到着した本殿は正面になかった。本殿は南を向いている。私達の入った門は西にある。
ということで、八坂神社の正門は南の門だったのだ。
京阪祇園四条駅から真っすぐにある西門が、八坂神社の正門だとつい思ってしまう。

ありました。 やっと発見した。
京都に来た目的は「八代目儀兵衛でランチを食べること」と「京都のみたらし団子の個数調べること」だ。

以前読んだ本で、地域によって違うものを調べているものがあった。
そこでずって気になっていたのが「みたらし団子」
大阪のみたらし団子は4個がふつう。しかし京都のみたらし団子は5個という。

八代目儀兵衛と同じで、これも何年か前から思っていたこと。京都に行く機会があれば調べてみようと。
写真のように5個だった。記念に2本買って店内でいただいた。

長年の希望がかなった京都での旅だった。

 

 

 

八代目儀兵衛

京のおこげ

ここは京都の八坂神社のそばにある京の米料亭『八代目儀兵衛』というお店。

以前に内祝いとしてここのお米のセットを頂いたことがある。
「八代目儀兵衛」という印象に残る屋号と、美味しい白ごはんがたきあがったので、いつか機会を見てこのお店で食べてみたいと思っていた。

ネットで見るとランチの予約がずっと埋まっていたので、そのままになっていた。

娘が友達とここで夕食を食べて期待通りに美味しかったと言うので、ランチのネット予約をしてもらった。それは昨年のことになる。2,3ヶ月まちは当たり前のようだ。

お昼のランチは11時から。15分ぐらい前に来るともう人が並んでいる。
お店の前には名前を書く用紙が置かれている。どうしょう?書いたほうがいいのかな?と思いながら用紙を見ると、もう名前が書かれていた。予約した人はお店の人が先に記入していたのだ。
10分前から名前の確認をし、いる人たちにメニューを配り注文を受けていた。

二階に案内される。カウンター席と、テーブル席が二つほど。一階はカウンター席だけだと思う。 窓から八坂神社がよく見える。
あいにくの雨だが、雨の京都も風情がある。

わたしたちが注文したのは「儀兵衛の銀シャリ三色御膳」。数量限定というのだから注文しなくては、という感じでお願いした。
店員さんの許可を得て写真をとる。
このランチの内容はお店の案内を見ると、「京のくみ上げ湯葉と季節のお造り、大海老とお野菜の揚げたての天ぷら、旬の焼き魚が並んだ贅沢な御膳です。」とある。

確かにご飯は美味しい。久々に美味しいお米のご飯を食べた。
難波や心斎橋にも、お米を売り物にしているお店が増えてきた。全部のお店のお米を食べてきたわけではないが、本当に八代目儀兵衛の白ごはんは美味しいと思った。

追加で卵を頼んで、卵かけご飯も食べてみた。 盛り上がった黄身で、見た目も満足。もちろん味も満足だった。 ここはおかわりが自由で、何回かおかわりのご注文は?と店員さんが来る。 私はもう十分とことわると、「おこげはいかがですか?」とおすすめされる。「おこげ?」それはメニューにも私の見たパンフにもなかったようで面白そうなので注文すると、たしかにおこげだった。上の写真の右がそれ。
パリパリと、あごの運動になる。おこげもここの隠れメニューだったのだ。

無水鍋でおこげチャレンジ

家に帰って「おこげのご飯」を作ってみようと思った。

八代目儀兵衛で買った2合のお米。
これを美味しく食べるためには、やっぱり無水鍋に限る(と思う)。

やるからには八代目儀兵衛のお米を使ってと、左の2合入りのお米を使った。

手順は無水鍋での炊き方を参考にした。

まずお米を手早く洗ってざるにあげておく。この時間は約30分。

30分後の米の重さを測る。これは水の量を決めるため。 洗ってザルに入れた米の量の1割増しから2割増しの水を入れる、というのがセオリー。 私は2割増しにした。

2割増しの水を入れ、蓋をして約1時間ほど水に浸しておく。
水に浸しあと、ご飯を炊く作業となる。
まず強火。重い蓋がコトコトといいだすまで。
コトコトと仕出したら弱火。普通は15分程度になっているが、今回は「おこげ」を作るのだから20分にした。
「無水鍋の本」には、焦げてくる匂いがしだす、と書いてある。しかしそれは私にはわかりにくい。だから20分という時間で切った。
そのあと10分程度蒸らす。
さて、おこげは?

炊きあがった白ごはんの底には、おこげの層が出来上がっている。

おこげの層をひっくり返えそうとすると、写真のようにきれいにはがれる。 たっぷりのおこげだ。味も八代目儀兵衛のおこげにまけないくらいだ。
あごが痛くなるぐらいにしっかりと熱が通り、おこげの醍醐味を家で味わうことができた。
お米は丁寧に準備をすると、本当に美味しいごはんになる。
ありがたいことだ。と感謝、感謝。