鶴町中央公園の三角点

ここは「なみはや大橋東詰」の交差点。 イケヤのすぐそば。

以前にも来た「鶴町中央公園」。 イケヤに買い物に来たので、ここにある三角点を再訪した。

ありました。以前見たときよりもちょっとわかりにくい。

三角点とわかるような立て札はない。以前もなかったがこれでは三角点の標石とはわからないだろう。

道路・歩道の直ぐ側にあるのだが、ちょっと離れてみると全くわからないくらいだ。

2017年、今から6年前の三角点の様子がこれ。

三角点の周りのコンクリートや三角点自身もよくわかる。このときは文字も少し読めた。しかし2023年3月の現状はみすぼらしいと言っていいぐらいだ。
国土地理院のデータを見てみた。点検時の写真も紹介されていた。

平成29年(2017年)12月の写真というから私が訪れた年だ。比べてみると私が見たとき以上にコンクリートのひび割れが進んでいた。

国土地理院の人も6年間でこんなに変化するとは思っていなかっただろう。
せめてこのときに「三等三角点」とか「国土地理院」と書かれた立て札を建ててくれていたらいいのにと思う。

鶴町中央公園のすぐ横にある鶴町小学校は創立100周年の垂れ幕がフェンスに掛けられていた。

こちらは統合して校舎だけが残っている鶴浜小学校。
玄関のインターフォンは赤いランプがついているように見えた。警備の人がいるのかもしれない。
正門フエンスの隙間から中を見ると、「きぼうどおり」という立て札が見えた。たぶん季節の草花が植えられていたのだろう。残された校舎は何に使われているのたろうか。有効な活用はないのだろうかと思う。
三角点といい統合されて残された校舎といい、歴史あるものが敬意を払われることなく残されているように思えた。感傷的かもしれないが時間と時代の変化の早いこと、大きいことを実感した。

 

 

 

応天の門・宝塚歌劇

宝塚大劇場で月組公演「応天の門」があったので見に行くことにした。

「応天の門」は原作が漫画で(灰原薬作、月刊コミックパンチ連載)単行本にもなっている。私も第1巻を読んだので、それが宝塚の舞台ではどうなるのか楽しみだった。

それでは「応天門」とはどこにあるのだろう。
平安京を例に取ってみると、「大内裏の内側にあった門で、朝廷内での政務・重要な儀式を行う場であった朝堂院(八省院)の正門である。朱雀門のすぐ北にあり、朱雀門・会昌門と並ぶ重要な門であった」とウィキペディアにあった。

左の図のように、大極殿に通ずる朝堂院の入り口にある。
(クリックすると拡大図が現れるはず)
歴史的には「応天門の変」が有名で平安時代前期、貞観8年(866年)に応天門が放火され、犯人探しは混乱し、藤原氏による伴氏や大伴氏、源氏などの他氏排斥事件に利用されたといわれている。

物語「応天の門−若き日の菅原道真のこと」も、藤原氏がまだ政治的な実権を握っておらず、陰謀術策がうごめく時代に設定されている。

物語の内容はパンフレットによると、
「・・・京の都では月の子(ね)の日に百鬼夜行が通りを闊歩し、その姿を見たものを取り殺すという怪事件が頻発していた。
 幼き頃から秀才との誉れ高き文章生・菅原道真は、ひょんなことから知り合った検非違使の長・在原業平にその才気を見込まれ、この怪事件の捜査に協力することとなる。・・・その背景には、鬼や物の怪の仕業を装い、暗躍する権力者たちの欲望が渦巻いていた・・・・」

いわば権力者と闘う歴史サスペンスと言えるだろう。

菅原道真を月組トップの月城かなとさん、在原業平を鳳月杏(ほうづきあん)さん、二人を助ける唐渡りの女店主を海乃美月さんが演じる。
月城かなとさんの着ている服がすばらしい。この時代は唐の国をモデルにしていた。だから菅原道真が着ている服は唐風の服。
ボスターや雑誌表紙の菅原道真の衣装を見ると、すばらしい刺繍がされている。
なんと細かくて色鮮やか。これだけでも見る価値はある。
もちろん他の登場人物の衣装もとても素晴らしい。この衣装を作ったスタッフ、職人さんたちに感謝、感謝。

有原業平と菅原道真は20歳ほどの年の差があるが、友好関係はあったという説もあるそうで、この「応天の門」はそういう設定で作られている。

左の写真は「太宰府境内美術館」であった「応天の門展」のポスター。
境内美術館のHPは以下の通り。

<tophttps://keidai.art/lookback/540

原作の漫画では左のポスターのように年の差がリアルに表されている。宝塚の舞台では、だれもが美男美女なので目がくらんでしまいそう。菅原道真が屋根の上で月の光で本を読む場面は漫画にも舞台にも登場するが、宝塚の舞台では菅原道真のかっこよさが見事に表されている。
 在原業平は歌人として有名だが、実際には左近衛将監という地位にもついていた時期がある。歌劇「応天の門」では在原業平は検非違使の長ということになっているが、これは原作者のフィクションだろう。
学問の優秀な若者と都の安全を守る美男子というコンビが活躍する物語なのだから多少の遊び心がある。

最後近くのシーン、在原業平から高子にあてた手紙。そこに書かれていた歌は、

    月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ 

          我が身ひとつは 元の身にして

          (出典:「古今和歌集」「業平集」「伊勢物語」他)

大変有名な歌だ。ここに登場するとは・・・。高子の嬉しさが伝わってくる。

エピローグは応天の門の前。菅原道真、在原業平、昭姫たちが集まっている。
プログラムには「・・・陰謀術数渦巻く応天門の内に棲む鬼たちと道真との闘いはまだはじまったばかりー」とある。

史実でも藤原家の横暴、菅原道真の太宰府への左遷などがあり、権力や権力者との闘いは時代はかわって姿を変えも今も続く。
どの時代でもこのような闘いはあるのだと思う。華やかで美しいエンターテイメントの姿を借りながら、私達に時代の本質を見ることを望んでいるような歌劇だと私は思った。(この公演は3月6日まで。3月25日からは東京宝塚劇場で上演される)

 

 

 

 

 

 

惑星接近

写真は2月22日の夕方、6時50分ごろの西の空。
細い月のそばに煌く星は金星。 少し上空にあるのは木星。
今年は惑星の接近がよく見られる。
この日から木星と金星が次第に接近してくるのが観測できるはずだったが、天気が悪くなかなか観測できなかった。

この写真は3月2日午後6時29分ごろの西の空。
金星と木星がこの時期での最接近。
この日からまた木星と金星ははなれていく。
この写真はiPhoneで撮っている。

この写真は夕方6時26分頃の写真で、一眼レフで撮っている。
(F1.8 1/20秒 ISO640)
こうしてみると最近のiPhoneのカメラ機能はよくなっていると思う。

このあとも惑星などの接近がつづく。
3月24日 夕方に月と金星が並ぶ。
3月28日 月と火星が接近する。
4月6日  月とスピカがならぶ。
4月16日 月と土星が並ぶ
4月23日 月と金星が並ぶ
4月26日 月と火星が並ぶ

4月20日に紀伊半島南部などで部分日食が見られるそうだが、大阪からはみられないそうだ。

これらの情報は左の冊子
「こよみハンドブック」によっている。
この冊子「こよみハンドブック」は大阪市立科学館発行のもの。
私が持っているのは「2022.4 〜2024.4  の大阪のデータを収録」したもので、500円で買った記憶がある。
タイトル下には「毎日の日の出・日の入り、月の出・月の入り、天体現象のほか、うるう年や春秋分の日たどがずばり分かる天文データ集」と書かれている。内容は2年分のデータを集めている。
左の冊子は昨年2022年2月に発行されたもの。今年2023年いっぱい、そして来年4月までつかえる。この冊子があればいろんな楽しみが見つかる。
これからも月や惑星などが接近する写真をとりたいものだ。
このブログを書くにあたって科学館のホームページをみると「こよみハンドブック」は今も1冊500円(消費税込み)で発売されているそうだ。科学館のミュージアムへどうぞ。