八代目儀兵衛

京のおこげ

ここは京都の八坂神社のそばにある京の米料亭『八代目儀兵衛』というお店。

以前に内祝いとしてここのお米のセットを頂いたことがある。
「八代目儀兵衛」という印象に残る屋号と、美味しい白ごはんがたきあがったので、いつか機会を見てこのお店で食べてみたいと思っていた。

ネットで見るとランチの予約がずっと埋まっていたので、そのままになっていた。

娘が友達とここで夕食を食べて期待通りに美味しかったと言うので、ランチのネット予約をしてもらった。それは昨年のことになる。2,3ヶ月まちは当たり前のようだ。

お昼のランチは11時から。15分ぐらい前に来るともう人が並んでいる。
お店の前には名前を書く用紙が置かれている。どうしょう?書いたほうがいいのかな?と思いながら用紙を見ると、もう名前が書かれていた。予約した人はお店の人が先に記入していたのだ。
10分前から名前の確認をし、いる人たちにメニューを配り注文を受けていた。

二階に案内される。カウンター席と、テーブル席が二つほど。一階はカウンター席だけだと思う。 窓から八坂神社がよく見える。
あいにくの雨だが、雨の京都も風情がある。

わたしたちが注文したのは「儀兵衛の銀シャリ三色御膳」。数量限定というのだから注文しなくては、という感じでお願いした。
店員さんの許可を得て写真をとる。
このランチの内容はお店の案内を見ると、「京のくみ上げ湯葉と季節のお造り、大海老とお野菜の揚げたての天ぷら、旬の焼き魚が並んだ贅沢な御膳です。」とある。

確かにご飯は美味しい。久々に美味しいお米のご飯を食べた。
難波や心斎橋にも、お米を売り物にしているお店が増えてきた。全部のお店のお米を食べてきたわけではないが、本当に八代目儀兵衛の白ごはんは美味しいと思った。

追加で卵を頼んで、卵かけご飯も食べてみた。 盛り上がった黄身で、見た目も満足。もちろん味も満足だった。 ここはおかわりが自由で、何回かおかわりのご注文は?と店員さんが来る。 私はもう十分とことわると、「おこげはいかがですか?」とおすすめされる。「おこげ?」それはメニューにも私の見たパンフにもなかったようで面白そうなので注文すると、たしかにおこげだった。上の写真の右がそれ。
パリパリと、あごの運動になる。おこげもここの隠れメニューだったのだ。

無水鍋でおこげチャレンジ

家に帰って「おこげのご飯」を作ってみようと思った。

八代目儀兵衛で買った2合のお米。
これを美味しく食べるためには、やっぱり無水鍋に限る(と思う)。

やるからには八代目儀兵衛のお米を使ってと、左の2合入りのお米を使った。

手順は無水鍋での炊き方を参考にした。

まずお米を手早く洗ってざるにあげておく。この時間は約30分。

30分後の米の重さを測る。これは水の量を決めるため。 洗ってザルに入れた米の量の1割増しから2割増しの水を入れる、というのがセオリー。 私は2割増しにした。

2割増しの水を入れ、蓋をして約1時間ほど水に浸しておく。
水に浸しあと、ご飯を炊く作業となる。
まず強火。重い蓋がコトコトといいだすまで。
コトコトと仕出したら弱火。普通は15分程度になっているが、今回は「おこげ」を作るのだから20分にした。
「無水鍋の本」には、焦げてくる匂いがしだす、と書いてある。しかしそれは私にはわかりにくい。だから20分という時間で切った。
そのあと10分程度蒸らす。
さて、おこげは?

炊きあがった白ごはんの底には、おこげの層が出来上がっている。

おこげの層をひっくり返えそうとすると、写真のようにきれいにはがれる。 たっぷりのおこげだ。味も八代目儀兵衛のおこげにまけないくらいだ。
あごが痛くなるぐらいにしっかりと熱が通り、おこげの醍醐味を家で味わうことができた。
お米は丁寧に準備をすると、本当に美味しいごはんになる。
ありがたいことだ。と感謝、感謝。

 

 

 

 

無水鍋で無水カレー

1月22日はカレーライスの日

1月22日はカレーの日 その由来は、「1982年に社団法人全国学校栄養士協議会が1月22日の給食のメニューをカレーにすることを決め、全国の小中学校で一斉にカレー給食が出されたことにちなんで定められた」、とネットを調べてみるとそう書かれていた。 ただ2020年1月22日の学校給食のメニューがカレーライスであったかどうだか、それは私にはわからないが。

私もカレーライスをつくることにした。作るなら「無水鍋で無水カレーを」と思い、ネットでそのレシピん調べてみた。いろいろとあったが、わたしが参考にしたレシピは下のようなもの。

材料:4人分・・・玉ねぎ3個、人参1本、なす2本、しめじ1/2パック、トマト2個、りんご1/2個、バナナ1本、牛乳200cc、セロリ1本、

実際に使用したのは上の材料から「なす」と「牛乳」を省き、しめじは1パック、トマトは3個、りんごは1個にした。
さらに「白菜カレー」というレシピもあったので、冷蔵庫にあった白菜を300gぐらい使った。

玉ねぎは薄切りにし、トマトは湯むきをしてざく切りにする。

薄切りした玉ねぎの上にトマトをざく切りにしたものを載せ、その上に大きく切った白菜をならべる。これでもう無水鍋はいっぱいの状態。しかし隙間が空いているので上からおさえたらまだまだ入るので心配はいらない。

セロリを大きめに切り、のせる。その上にしめじ1パック、石づきを切り落とし、適当な小房にして置く。うーん、満杯だなあ、でも大丈夫。

バナナを薄切りにして上にならべる。

さらに人参とりんごをおろし器でおろし、一番上におく。最後にローリエの葉を2枚のせる。ここまで水や牛乳などの水分は一切つかっていない。コンソメキューブなどもいれない。野菜と果物の水分で調理してみようと思う。

無水鍋の蓋をする。蓋も深いので、山盛り入れた野菜もちゃんとおさまった。

最初は強火。全体が温まり、中が沸騰状態になるのを待つ。重い蓋が蒸気の圧力で持ち上がり、カタカタといいだすのをまつ。カタカタと音がしだすと、重い蓋も手で押すと軽く周る状態になっている(熱いので素手でさわらないこと)。ここまで来たら中火にして、20分煮ることにした。

20分後ろ、蓋を開けてみる。全体的に下に沈んだように見える。 
それは水分が野菜から出たからだ。

かきまぜると写真のように下から水分が出てくる。これは全部野菜や果物から出てきた水分。一切水を入れなくてもこんなに水分があるんだ。そのことにあらためてびっくりする。カレーのルーを入れて中火で5分ほど熱を加える。

じゃがいもは別の鍋で煮て柔らかくしておく(電子レンジを使う時もある)。
最初から一緒に煮ると、形が崩れてしまい、じゃがいもらしくなくなってしまうからだ。最後に入れて、じゃがいものすがた、形が楽しめるようにしたいと思っている。
冷蔵庫に前に作っていたすじ肉があったので、それも入れた。
冷凍していたすじ肉だったので、蓋をして強火で5分煮ることにした。

なかなか美味しそうに仕上がった。

「健康的な味やねえ」と妻は言う。 「フルーティな味」と娘は言う。 私は「学校の給食のカレーみたいな味やなあ」と思った。
ネットのどのレシビにも「甘いので、ルーは辛めのものを」と書いてあった。わたしはスパイシーな辛めのルーを用意した。それでも甘みのほうが勝っている。
りんご、バナナ、野菜の甘味なのだが、しつこい甘さではない。フルーティな甘味なのだ。家族はまたたく間に完食してしまった。

りんごを1個、トマトを3個、しめじを1パックとレシピよりも多くし、さらにじゃがいも、白菜をふやしたので、レシピの4人分よりも量が多くなってしまった。
残ったものは冷凍しておこう。
冷凍したカレーを食べるときは、カレーのルーを少し入れたほうが味が良くなるかもしれない。それもまた楽しみ。
カレーライスの日にカレーを作って食べた。それが面白かった。

 

 

 

 

第48回グリーンコンサート

淀川工科高校吹奏楽部 定期演奏会

今年も淀工のグリーンコンサートに行ってきた。会場はフェスティバルホール。

私は1階席の少し後ろの方。全体がよく見える位置だった。 会場はほぼ満席状態。小中学生の団体から孫の応援に来た様子の高齢の人まで、多種多彩だった。

プログラムは、

・オープニング
・カーペンターズ・フォーエバー
・大阪俗謡による幻想曲
・東京オリンピックマーチ
・日はまた昇る
・1年生フレッシュコーナー
    休憩
・大序曲「1812年」
・故郷(ふるさと)
・ザ・ヒットパレード

というもので、ほぼ昨年通りだった。

オープニングの「翼をください」は、会場の1階席後ろに並んだ合唱隊のハーモニーと舞台の手話という演出、歌声と手話の女生徒の立ち姿は会場の空気を澄み切ったものに変えた気がした。

吹奏楽部の人気は高く、東京や和歌山から家ごと大阪にやってきて入部する子がいるということが司会との田頭さんと部員との話ででてきたので、びっくり。たいしたものだ。
私が淀工のグリーンコンサートに来るようになったのは、もう15年以上前になると思う。知り合いの小学校の先生の教え子が淀工の吹奏楽部に入り、チケットの売上に協力することからだった。その時は確か守口の市民会館だったと思う。

最初のカーペンターズ・フォーエバーは例年のプログラムだが、トランペットとトロンボーンが15人ほど立って演奏するのだから、その迫力はすごい。

1年生が学生服とブレザーで入場してきたとき、「今年の1年生は大きいなあ」と思わずつぶやいてしまった。とにかく全体的に大きな子、背の高い子が多いという印象だった。

陽はまた昇る

初めて聞いた演奏があった。「陽はまた昇る」という曲だ。 プログラムにこんな説明があった。

作曲者の言葉(概要)
 2011年3月11日、日本の東北地方太平洋沖でマグニチュード9以上の巨大地震が発生しました。この地震と津波による犠牲者は15000人を超え、2千人以上の方々がまだ行方不明になっています。
 私には、日本の数多くの楽団に携わるたくさんの友人がいますが、その一人が被災者を支援するために作品を書くことを提案してくれました。私はすぐに賛同し、以前委嘱された金管バンドの作品を吹奏楽用にアレンジしました。そして日出ずる国の友人達に敬意を表して新しい題名をつけました。『陽はまた昇る』。
 私はこの作品の印税を日本赤十字社の緊急救援基金に寄付します。楽譜を販売するデ・ハスケ社もこの作品の販売収益を全て寄付します。しかも、このプロジェクトからの支援が即座に実現されるように、赤十字社への一括送金を約束してくれたことをうれしく思います。
 この「バンドエイド」プロジェクトを通じて、世界中の吹奏楽団が、この苦難のときに、吹奏楽を愛する人々がたくさんいる日本の人々を支援することができるように心から願っています。
                  フィリップ・スパーク
 
フィリップ・スバークという人は、インターネットで調べてみると、ウィキペディアには次のように書かれていた。

「フィリップ・スパークPhilip Sparke1951年12月29日 – )は、イギリス作曲家ブラスバンドおよび吹奏楽のための作品で知られる。」
 
250曲以上の吹奏楽の曲を作曲している人で、ブラスバンドの世界では、かなり有名な人のようだ。
「陽はまた昇る」は、5分ぐらいの曲で、もう少し聴いていたいなあと思っているうちに終わってしまった。
ユーチューブに「陽はまた昇る」の演奏がアップされている。
 

私はこのような取り組みが、ブラスバンドや吹奏楽という音楽の世界で行われていたことは全く知らなかった。この「陽はまた昇る」の演奏は日本の各地で行われているようで、これからも広がっていくだろうと思うし、広がってほしいと願う。
25年前の1月17日の阪神淡路大震災、9年前の東日本大震災、それ以外にも多くの地震や自然災害の起きているこの頃。たくさんの人がボランティアとして支援に行っている。私の行きつけの散髪屋さんのマスターも、災害支援ということで被災地の人たちの散髪に行っていると聞いてびっくりした。そうか、そういうふうな支援活動があるのだなあ。

二階席の前の方に、黒いカバーが掛かっている椅子が置かれている。
これは「大序曲『1812年』」のとき、応援賛助出演の吹奏楽部員が利用するところ。

『1812年』の最後は、『祝砲』に変わるものとしていろいろな工夫がされていたが、大迫力だった。
二階席や舞台上のトランペット・トロンボーンは力いっぱい、ありったけのエネルギー込めての演奏だったと思う。これでもか、これでもか、という心の声が聞こえてきそうな高校生のエネルギーが会場内いっぱいにひろがった。

「明日があるさ」「嵐メドレー」など楽しい舞台構成も高校生の若々しい姿がたのしかった。応援団長はいつも立派な体の男子生徒だが、吹奏楽部入部のとき、舞台で三三七拍子をやりたい人、と募集しているのかな?

最後の「乾杯」は今年も感動した。
今年は60人以上の3年生が舞台に並んだ。丸谷先生が「これだけ多いといろんなことがありました。しかし最後まで続けてくれました」という意味のことを言っていた。ありきたりの表現になってしまうが、「継続は力なり」という言葉通りだと思う。努力は必ず報われる、そんな世界であってほしい。

「最近の若いものは・・」「ゆとり世代はやっぱり・・・」なんて言う大人が相変わらず多いが、とんでもない。「最近の高齢者は・・・」「昭和生まれはやっぱり・・」と思うことのほうが多くなってきたと私は感じる。
さあ、丸谷先生が現役でがんばっている、私もぼーとしてられないなあ。