スカイミラーの旅3

ブルーモスク

ブルーモスクという名の通り、美しい青色のドームが青空に映えている。

正式名は、「マスジッド・スルタン・サラフディン・アブドゥル・アジズ・シャー(Masjid Sultan Salahuddin Abdul Aziz Shah)」という。上のパンフレットにマレーシア語と英語で書いてある。

現地語表記:英語:The Sultan Salahuddin Abdul Aziz Shah Mosque, マレー語:Masjid Sultan Salahuddin Abdul Aziz

正面には大きな噴水があり、とても美しい。
この噴水は池がなく、吹き出している水はすべて地下に吸い込まれている。

女性は髪を隠すために青いローブが無料で提供される。もちろんあとで返すものだが。ツアーの人達は何かうれしそうな顔で、写真をとりあっていた。話には聞いていたが、これなんだなあ、という表情。

白い回廊も絵画を見るような雰囲気で、白と青の取り合わせ、幾何学模様がイスラムという感じだった。

入り口には、いろんな言語のパンフレットが置いてあった。日本語のものが2種類あったj。

私達のツアーに付いて、案内してくれた女性は日本語の堪能な人だった。あまりに上手なので「どこで日本語を習ったのですか?」と聞くと、「日本で生まれました」ということなので、「なるほど・・・」と納得してしまった。

「私達(イスラム)は、キリストも信じます」と説明があった。左の写真のようなアダムとイブからはじまる系統図か書かれており、唯一神の説明があったようだか、私にはよく理解できなかった。

イスラムの文明が歴史上素晴らしいことはわかっているが、今ある「イスラム原理主義」とか「タリバン」とか、言葉で走っているがその内実がよくわからない。
日本に帰ってから、映画「ブレッドウイナー」、原作本「生きのびるために」のシリーズ本を読んでいくと、まだまだ知らないことが多いとおもう。

美しいブルーモスクをあとにして、次の観光地に移動する。

 

 

 

 

スカイミラーの旅2

夕食はクアラルンプールの町中にある「Old China Cafe」というお店。
一緒のツアーの人の話によると、旅行雑誌ではわりと有名なお店らしい。
現地の人達が食べているものを、食することができるらしい。

ご当地おすすめのビールがタイガービールだった。アジアンラガーで、1932年から作られていると紹介のパンフがあった。

観光客と地元の人が入り混じって食事を頼んでいるという感じ。私達が夕食を食べている間にどんどん人が増えてきた。味は、私には辛かった。口に入れて思わず「辛い〜」といったものもあったが、ビールは美味しかった。豪華なレストランもいいが、現地の人が食べているものを一緒に食べる、という雰囲気もいい。

私達が泊まったホテルはリッツ・カールトンホテル。

マレーシア一日目、朝食を頂いて、市内観光にバスで出る。

市内の真ん中、大きなクレーンが見える。いたるところで工事が進められている。

少し離れると、昔の日本を見るような工事現場に出くわす。

 

最初の観光地、ブルーモスクが見えてきた。

 

 

 

 

スカイミラーの旅1

「マレーシアのウユニ塩湖」と呼ばれているスカイミラー、そこに行ってみた。
テレビでの紹介があった。日本人で行ったことのある人は100人にもならない、という宣伝だったので、今がチャンスと思った。

ネットで調べてみると下のような紹介があった。

“マレーシアのウユニ塩湖”こと「スカイミラー」とは、クアラルンプールのお隣の州、セランゴール州の沖合にある砂の島のこと。この島が現れるのは、新月と満月のそれぞれ前後4日間だけ。さらに、上陸できるのは干潮時と限られている。
 

関空からの出発。
マレーシアのクアラルンプールまで約7時間の旅。日本との時差は約1時間。

機内はほぼ満員。お昼の機内食は写真のように、日本人向きの味付けだった。 アジア内の飛行だから、なぜかリラックスした感じ。

マレーシアは多民族国家で複雑だが、ガイドさんの説明による概略的な分類を記す。
マレー系が約65%、
中国系が約24%、
インド系が約8%となっている。
その他に少数民族がいるそうだ。
宗教も、国教としてイスラム教があるが、中国系は仏教、インド系はヒンドゥー教徒が多いそうだ。
言語は公用語としてマレー語が使われている。イギリスの植民地であったため、英語は準公用語として使われている。
学校では民族によって教えられる言語は違ってくるが、マレー語と英語は必修になっているそうだ。
写真のように空港の表示も、マレー語と英語でなされている。

午後の4時頃についた私達は、バスに乗ってクアラルンプールの市内に移動する。 バスから見た市内は写真のように大きなクレーンが見え、ビルの建設が進む活気ある街だった。