プラネタリウム再開

大阪肥後橋にある「大阪市科学館」のプラネタリウムが再開した。
科学館の展示階はまだ開いていないが、プラネタリウムだけが上映を開始した。
さっそくネットで予約をして行くことにした。
プラネタリウムは平常時は定員300人だが、現在は一回の上映に60人のみの参観である。
上の写真の座席に白い紙が貼ってあるところには座ることができない。
座席は2つ開けて座り、一列とばしで座るようになっている。
三密を避けることが徹底されている。

私の見たプログラムは「はやぶさ2」をテーマにしたもの。 ホームページの解説には、次のように紹介されている。

小惑星探査機「はやぶさ2」は、小惑星「リュウグウ」の探査を行いました。「リュウグウ」へ着陸し、その岩石を地球へ持ち帰ることが、「はやぶさ2」の任務です。それは、太陽系や地球の歴史を知るための大切な手がかりになります。しかし、その任務を達成することは、簡単なことではありませんでした。「リュウグウ」への2回の着陸をはじめ、困難な探査活動を果たした「はやぶさ2」の活躍をリアルなCGで解説します。 ◇

HAYABUSA2のリュウグウへのタッチダウンがリアルにCGで表現されている。
私はネットの生中継でタッチダウンに取り組む相模原の管制室の様子を見ていた。
リュウグウでこんなふうにHAYABUSA2は自力で飛行していたのかと感慨も新たに見ることができた。タッチダウン後に巻き上がった岩の粒子や破片がHAYABUSA2の本体に傷つけていたとは知らなかった。
科学館のプラネタリウムのホームページには、動画で紹介されている。

https://www.sci-museum.jp/planetarium/program/general/

地球に向けてイオンエンジンを吹かしているHAYABUSA2。地球到着は11月頃か。
新型コロナウイルスで不安な気分が蔓延している地球に、明るい希望を運んでくれるような気がする。

今回は2回連続してチケットの申込みをしていた。
午後4時からの最終映像が「学芸員スペシャル」。5月31日までの土曜と日曜日に投影されている。開始まで少し時間があったので喫茶室でコーヒーを飲む。
そこには上の写真のような「ファイトイッパーツ 小惑星探査機「はやぶさ2」」の垂れ幕が飾られていた。沢山の人の応援メッセージがのせられていた。

なんとプラネタリウムで「はやぶさ2」を見た人には、リポビタンDのサービスがあった。いろんな人や企業が応援しているのだなあと感心する。

学芸員スペシャルのプログラムは「HAYABUSA BACK TO THE EARTH」
初号機はやぶさの小惑星イトカワへのタッチダウン、九死に一生を得て地球に帰ってきた感動のドラマをCGにしたもの。
以前にここでみたものだが、あらためて見るとまた感慨深い。10年前、オーストラリア上空を地上に向かって飛ぶカプセルと、炎になって流星のように飛び続けるはやぶさ本体の姿をテレビで見た時の感動が蘇ってきた。私はそのカプセルが見たくってJAXAで公開されている時に神奈川県まででかけた。駅からタクシーで行ったがもう満員の列だった。川口先生のお話も会場では聞けず、廊下で聞いた。今回見た映像は、前回見た映像にカプセル帰還後のことが追加されていた。JAXA前の長蛇の列、川口先生の嬉しそうな顔。はやぶさ2のカプセルが戻ってきたらJAXAに行こうと思う。初号機の苦難を乗り越えた活躍と、今地球に戻ってきているHAYABUSA2の素晴らしい成果を上げての帰還を続けて大きなスクリーンで見るというのは、なかなかのプログロムだと思う。HAYABUSAファンの人達にはたまらないプレゼントだろう。

プラネタリウム上映中もマスク着用

フランス製のいすに座って、はやぶさを姿を見ていた時、マスク着用も少し暑くなってきたのであごの下にやっていると、係の人がやってきてマスクを付けるようにと身振りで注意された。こんな暗いのによくわかるなあとびっくり。
科学館はプラネタリウム再開に向けて、念入りな対応をしている。
見学者は大阪府内の人に限る、体温のチェック、同伴者や連絡先を記入するシート、マスクの着用となっている。
緊急事態宣言が解除され、少しゆるくなっている私の意識を厳しく注意された感じだ。
再開するためには、科学館のスタッフ、係の人たちは何重にもチェックされているのだろう。フェイスマスクの係の人もいた。ここでコロナウイルスが発症したら大変なことになるからだ。緊張感がよみがえるおもいだった。

プラネタリウム上映が終わったあとの科学館。60人の人達の姿はない。
各階にある展示場にはまだ入れない。入口前は人の姿もまばらだ。
プラネタリウムが再開になったことはとてもうれしい。早く子どもたちや、科学好きの人たちが集まる科学館にもどってほしいものだ。
そのためにも、私達自身の気の緩みに気をつけよう。

 

 

さよならインフィニウム L-OSAKA

科学館 プラネタリウムのリニューアルへ

私のお気に入りの一つ、科学館のプラネタリウムが来年春に新型にリニューアルする。 現在の投影機、その最後の投影会があった。
投影機の名前は「インフィニウムL−OSAKA」。「インフィニウム・エル・オーサカ」と読む。インフィニティ・プラネタリウム、無限大のプラネタリウムということらしい。宇宙船から見た星空も再現できるらしいが、私はその投影をみたことがない。

科学館は休館になっていて、プラネタリウムだけが可動していた。11月30日が最後の投影会となった。 科学館入口の前の広場は、青いLEDでなんとなく幻想的。 今回の入り口は地下だった。
この投影会はネットで知って申し込んでいた。定員300名は早くから完売だった。

ドームの中央に据え付けられたインフィニティL−OSAKA、その姿を多くの人がカメラやスマートフォンにおさめている。
この投影機は2004年より稼働している。14年間の投影で、小学校の見学で見た人も多いと思う。
私も何回も見た。以前の投影機も、その前の投影機も見た。私は自分が小学校の時に、四ツ橋にあった電気科学館のプラネタリウムとの出会いの感動がずっと続いている。

大阪市のプラネタリウムは1937年にさかのぼるそうだ。
その時のプラネタリウムがカール・ツァイス社のもの。左の写真のように独特なデザイン、フォルムがとても印象的。私もこの姿にすっかり見されてしまった一人。
1989年の10月に現在の場所に移動し、大阪市立科学館として開館している。 このときのプラネタリウムはインフィニティアルファ。現在のインフィニティ・エル・オオサカが動き出したのは、2004年の7月。
最後の投影会、解説はとてつもなく思い入れの入ったものだった。
スタッフの人、学芸員の人の熱い想いがヒシヒシとつたわってくる。みんな、館内の人も含めて、プラネタリウムが大好きなんだなあと思った。
南半球の星座、南十字星も見ることができた。これは今回の投影で楽しみにしていたもの。プラネタリウムで全世界の星空が見える、時を越えて見ることができる、というフレーズはよく聞くが、私はこの夜のように実際に体験することはなかった。
この日のような投影は、これからもやってほしいなあと思った。

上の写真はインターネットにあった南十字星。プラネタリウムの解説で、となりにあるケンタウルス座のことがふれられた。そうか、太陽系に最も近いと言われているケンタウルス座は南十字星のそばにあったのか。知らなかったなあ、大マゼラン星雲、小マゼラン星雲の投影もあった。南半球に行く機会があったら、ぜひとも見たい星や星座だ。
パンフレットに「大人向け」という説明があった。
小学生も来ていたし、星座について詳しくない人もいると思うから、事前に何を投影していくのか、順序をおって説明してほしかった。これからどんな投影があるのかと先に知っていたほうが、もっと楽しめたと思う。

パンフレットに「・・・最後の瞬間には、この投影機導入から今まで一度もしていない、でも最後だからできる、アレをしてみようと計画しています。」とあった。「アレ」とは? それが写真の「非常停止ボタン』。
さあ、このボタンを押したらどんなことになるのだろう。期待と不安が、、、、
ボタンを押した途端に、、、、ああ! 何もおきない!!
私は全館の電気が消えるとか、館内が真っ暗になるとか、と思っていたが。
でもそうなったら大変だなあ、とあとから思った。
このボタンを押して止まったのは、インフィニウム・エル・オオサカの冷却音がとまったとあとからの説明があった。ずっと冷却していたことがわかったが、非常停止と冷却とどういう関係があるのか????? 新しいプラネタリウムが公開された時に聞いてみようか。

上の写真が2019年3月30日土曜日より、リニューアルオープンするプラネタリウム投影機。 名前はインフィニウムΣ−OSAKA シグマ・オオサカ。よりホンモノに近い投影を目指すそうだ。

外に出ると、師走も近いのに空気は冷たくない。 川面に映るビルの窓の明かりは、プラネタリウムみる星とはまた違ったまたたきをし、光がゆらいでいた。

 

 

ディズニーシーにある、フーコーの振り子

フォーレスト・エクスプロレーションには、おもしろいものがたくさんある。

「カメラ・オブスクラ」のある建物からすぐ隣の建物にあったのは、「フーコーの振り子」ではないか。
結構な高さの振り子だ。

そばにある説明板には、

「偉大なるイタリアの天文学者、数学者、そして物理学者であるガリレオ・ガリレイは、振り子の振動の周期は振幅の大きさにかかわらず、一定であるという性質を発見した。またガリレオは近い将来、時間の計測において、振り子の性質が大いに役立つことになるだろうと述べている。
・・・(略)・・・・」とあり、「フーコーの振り子」という言葉は書かれていない。

私が本物のフーコーの振り子を見たのは、大学生の時だった。東京学芸大学に行ったとき、ホールの天井からぶら下がっているのを見て、「これがフーコーの振り子か」と感心したことを覚えている。

東京浅草にある「国立科学博物館」に行ったときも、「フーコーの振り子」を発見し、「科学館というところには、やっぱりフーコーの振り子はないとねえ」と思ったこともある。
姫路科学館にも「フーコーの振り子」があった。ここはディズニーシーの振り子と同じように、振り子の周りにピンが並べられていて、振り子の重りがピンをたおしていた。

「フーコーの振り子」は地球が自転していることを物理的に証明する素晴らしいものなのだが、そのことがここディズニーシーの「フーコーの振り子」の説明になかったのが残念だった。
フーコーがこの実験を行ったのは、1851年のことだと伝えられている。(フーコーの振り子がなぜ地球の自転を証明するのかの説明はここでは省く。インターネットで検索するといろんな説明が載っているのでそれを参照されたい。)

プラネタリウムもある。水星、金星、地球、火星、木製、土星の惑星を動かすこともできる。天井には銀河の星々が輝いており、ゆったりとした時間が流れている。

 

これはレオナルド・ダ・ビンチが考えた羽ばたき式の飛行機ではないか。
ここだけでも丸々一日かけて見学したいところだ。
フォーレスト・エクスプロレーションは、本当に面白いところだ。