12月天神寄席

落語はミステリアス

知り合いから繁昌亭での天神寄席へのお誘いがあったので、久しぶりに年末の寄席見物を楽しむことにした。

お天気もよく、師走も押し迫っているのにそれほど寒くもない。
季節の挨拶代わりに「今年は年末感、というものがまったくありませんね!」という言葉を繰り返す。

天神寄席というのは、入り口でもらったパンフレットによると、

「12月天神寄席 落語はミステリアス

本日のご来場、厚くお礼申し上げます。「天満天神繁昌亭」の毎月25日の夜席は、この敷地をご提供いただいています大阪天満宮への謝意を込めて、《天神寄席》と銘打ったテーマ落語会を開催しております。
今月のテーマは、〈落語はミステリアス〉です。落語といえば滑稽噺や人情噺・怪談噺なとが思い浮かびますが、実は、ミステリー風の噺も少なくありません。本日は、それらのうちから、五席を選びお楽しみいただきます。
落語の合間の鼎談ゲストには、中学生の頃から落語に親しんでいらしたというミステリー作家・有栖川有栖さんをお招きしました。私、桂春之輔は、存在そのものが落語会のミステリーと揶揄されておりますが、いつもの進行役・高島幸次先生には、本日の鼎談がミステリアスにならないようにお願いしたいと思っています。気ぜわしくなりがちな年の瀬ですが、楽しい一夜をお楽しみいただければと存じます。

 平成28年12月25日 上方落語協会副会長 桂春之輔

とある。

演目は最初の三つが、

桂壱之輔さんの「ろくろ首」

桂九雀さんの「移植屋さん」

桂文喬さんの「算段の平兵衛」

ろくろ首はよく聞く話だが、二つ目の「移植屋さん」は新作落語。作者は久坂部羊作さんという方で、会場にも来られていて、後の鼎談のときに紹介があった。
臓器移植が背後にテーマとしてあるのだが、「奥の手を移植すると、シャツが着にくい」とか、「逃げ足を移植すると、ズボンが履きにくい」など、日本語の言葉遊びがあって、そこはさすが落語、といわせる内容だった。

「算段の平兵衛」も私は初めて聞く話だが、桂文喬さんの熱演で、死んだ庄屋さんが殺されるたびにその手段がえげつなくなるという、ホラーとミステリアスの演目だった。話のオチも大阪弁だからわかるというもので、思わずニヤリ。

中入のあとの「鼎談」は、ミステリー作家の有栖川有栖さん、大阪大学招聘教授の高島幸次さん、そして桂春之輔さんの三人によるもの。
普段は開演中の写真撮影はお断りだが、有栖川さんの紹介のときだけ解禁となった。それが上の写真。
私はミステリーはあまり読まないので、有栖川さんの作品は全く読んだことはない。しかしお話を聞いているうちに大阪市東住吉区の生まれで、大阪育ちとわかったので興味が湧いた。会場の参加者からの推薦の本の紹介もあったがよく聞こえなかったのが残念。
今回の天神寄席には、有栖川さん目あての方が多く客席に来ていたようだ。大阪大学の高島さんが「普段の客層とはチヨットちがいますね。年代もお若い方、女性の方が多いようで、、、」というようなことを言っていた。なるほど、写真のように有栖川さんは私の予想よりもぐっとお若い方で、ミステリー小説講座のようなものも開催されているらしく、そこの生徒さんたちも来ていた。
春之助さんから、「スイミングスクールに通えば、泳げない人もみな泳げるようになるように、先生の講座に参加すればだれもがミステリー作家になれますか?」と言う質問に、有栖川さんの答えがなるほどと思った。
「スイミングスクールでだれも泳げるようになるように、文章教室などで勉強すれば書けようになります。でも、スイミングスクールの生徒さんのだれもがオリンピックに出るわけでないように、ミステリーもそうです。アイデア、展開などそこはその人の持っているものが大事になります」
なるほど、有栖川さんは小学校のときに推理小説を書き始め、中学生で落語の台本をラジオ番組に応募したという。そういう持っているものがプロにつながるのかと納得。有栖川さんはミステリー落語の台本を書いてみたいとおっしゃっていた。来年には何らかの作品ができあがるそうなのでちょっと楽しみ。

鼎談の後の「猫の忠信」は、題名からわかるように「義経千本桜の狐忠信」がベースにある。

狐忠信は狐の子どもと鼓の皮だが、猫の忠信は猫と三味線。文楽や歌舞伎が庶民に広く受け入れられていたからこそ、落語が生きてきたという時代背景がよくわかる。

オチは猫の鳴き声「ニャアウ」。これも考えオチなのかなあ。

トリの桂米左さんの「足上がり」は桂米朝師匠が得意とした芝居噺らしい。
「足上がり」と言う言葉は、現在では使われていない言葉で「解雇される」「くびになる」という意味だが、私も知らなかった言葉。話の中でその意味が説明されているのでオチがわかるという流れになっていた。
噺のなかで四谷怪談の芝居が演じられるわけだが、落語にはいろんな分野が吸収されているなあとつくづく思う。今の落語家の人たちも日本舞踊や狂言や浄瑠璃など、いろんな古典芸能を習っているということが桂花團治さんの前フリのなかにあった。
私も小中学生のとき、ラジオで落語を聞いて知った知識もたくさんあったことを思い出す。

なんとなんと、古典芸能だけではなかった。 英語落語だ。 英語落語があることは知っていたが、見たことも聞いたこともない。 これは面白そうだ。

寄席が終わっのが9時近かった。天神橋筋で夕食でもと思ったら、ほとんどのお店がラストオーダーが終わり店じまいを始めていた。
えーっ、そんなに早くしめるの。年末だからかなあ。
こんなところで年の瀬を感じた繁昌亭の天神寄席だった。

 

 

イースト菌による「ご飯のパンと米粉パン」

糖質オフがはやっているので、小麦粉の量を控えたパンを作ろうと思った。

天然酵母ではなくて、今回はイースト菌を使っている。
それは初めてのことなので、レシピ通りに作ってみたためだ。
わたしが使っているホームベーカリーは、もっぱら小麦粉を捏ねるために使っているが、取扱説明書に「ご飯のパン」と「米粉パン」の作り方がのっていた。
機械任せでパンを作ってみることにした。

ご飯のパン

わたしが使っているホームベーカリーは、コストコで思いのほか安く手に入れたsirocaという名前のもの。株式会社オークセールの製品だ。

ご飯のパンというのは、残りご飯と小麦粉(強力粉)を混ぜてパンを作るというもの。ご飯と小麦粉との相性は結構いいという記事は読んだことがある。
そのレシピは説明書によると、

1.5斤のご飯のパンを作るには、

水・・・・150ml
ご飯・・・185グラム


強力粉・・・285グラム
バター・・21グラム
砂糖・・・・・・・22グラム
塩・・・・・・・・7グラム
スキムミルク・・・9グラム
ドライイースト・・3.2グラム

分量の水とご飯を合わせてよくほぐし、水分が蒸発しないようにラップなどでふたをして、約1時間ふやかす。写真が1時間後のご飯のようす。(水はご飯が吸い取ってしまい、水は全く残っていないが、このままでよい。水を追加する必要はない。)

ふやかしたご飯、強力粉、バター、砂糖、塩、スキムミルク、ドライイーストの順に入れる。
バターは小さめにちぎって入れた。
砂糖の代わりにオリゴ糖を使ってみた。
イースト菌はレシピでは3.2グラムという半端な量で、わたしの持っているスケールでは測れないため、3グラムオーバー、4グラム未満という目分量で入れている。

あとはホームベーカリーまかせ。
このホームベーカリーは、メニュー1という「食パンコース」を選び、約4時間15分かけている。その間に、こね、ねかし、こね、醗酵・ガス抜き、醗酵・成形・醗酵・焼き、(こね、ねかしという工程を3回繰り返すと説明書には書いてあるが、実際に確かめてみることはしていない)というプロセスがプログラムされているということだ。
とにかくここは機械まかせで4時間少々。

おもったよりも簡単にできた。ふくらみは小麦粉のパンの三分の二程度か? そばに普通のコーヒーカップを置いてみたので、大きさが想像できると思う。 味は結構いける。 ご飯が入っているので、もっちりとしていて腹持ちもよさそう。

米粉パン

米粉パンは、米粉にグルテンがまざったものを使う。パンが膨らむのは小麦粉のグルテンによるものだからだ。
中百舌鳥にあるAプライスで購入した「パン用ミックス20A」という米粉を使った。米粉にどれくらいのグルテンが付加されているのかは袋には記入されていなかった。ミックス20Aとあるから、20%がグルテンなのかもしれないなあとおもうけれども、、、、。

ホームベーカリーのレシピは以下の通り。

「ご飯のパン」と同じように1.5斤の食パンと作るとすると、
水・・・200ミリリットル
米粉(グルテン入り)・・・320グラム
バター・・・26グラム
砂糖・・・25グラム
塩・・・6グラム
スキムミルク・・・9グラム
ドライイースト・・・6グラム

水は少しぬるめのお湯にし、「ご飯のパン」と同じように準備をした。

このホームベーカリーには、メニュー5「米粉パン」コースがあり、それを選択。
「ご飯のパン」と同じように、後は機械任せ。

このコースは約2時間30分。こね、ねかしを3回くりかえし、さらにこねてから醗酵、そして焼くという工程。 上の写真は残り時間48分という時のものと焼きあがっと時のもの。

出来上がりが上の写真。 「ご飯のパン」にくらべて、伸びが少なかった。
小麦粉の量なのか、イースト菌の量なのか、焼き上げまでの時間の違いのためなのか、室温のせいなのか、まだまだこの段階ではわからない。
何回も繰り返していけば、その原因はわかるかもしれないが、とにかく食べることのできる米粉パンができた。
味はほぼ同じように感じた。
どちらも外はパリッとしていて、中はもっちりしている。
ご飯の残りと米粉なのだからそんなに違いはないのはあたりかもしれない。

これで小麦粉を少なくした食パンが家で作ることができるのがわかった。
小麦粉アレルギーの人のための、小麦粉フリー、グルテン完全カットのパンではないけれど、糖質を少しカットしたパンには違いはない。

米粉パンは奥が深そう。市販のパンではなかなか見つけることのできないパンだから、製法は難しいのかもしれない。少し研究?してみる価値はありそう。

 

 

 

顔見世興行 in 先斗町歌舞練場

京都の顔見世興行に行ってきた。

顔見世興行をウィキペディアで調べてみると、次のような解説があった。

「顔見世(かおみせ)は、歌舞伎で、1年に1回、役者の交代のあと、新規の顔ぶれで行う最初の興行のことである。江戸時代、劇場の役者の雇用契約は満1箇年であり、11月から翌年10月までが1期間であった。したがって役者の顔ぶれは11月に変わり、その一座を観客にみせ、発表するのが顔見世であった。
歌舞伎興行において最も重要な年中行事とされる。
現在も11月(歌舞伎座)か12月(10月(御園座)のところもある)に全国の劇場(芝居小屋)で行われるが、なかでも京都南座の12月顔見世公演は、最も歴史が古いことで有名で、劇場正面には役者の名前が勘亭流で書かれた「まねき」と呼ばれる木の看板が掲げられ、京都の年末の風物詩となっている。(まねきが掲げられるのは、南座と御園座で、歌舞伎座は掲げられない。)」

その南座が工事のため、今回は場所が変わった。

「先斗町歌舞練場」である。私はここは今まで一回も行ったことのないところ。
京阪三条まで行き、三条大橋を渡ってすぐのところだった。

顔見世といえば「まねき」、とウィキペディアにも書いてあったが、本来は下の写真のように役者の名前を書いた木の看板がずらりと並ぶ。(番付からコピーしたもの)

ところが今回は場所が変わったので、下の写真のような「まねき」となった。

さて演目は三部構成になっていた。 私が見たのは最終の午後5時45分開演のもの。「引窓」と「京鹿子娘道成寺」の二つだった。

「引窓」は番付によると、「寛延2年(1794年)に竹田出雲、三好松洛、並木千柳が合作した9段の世話物双蝶々曲輪日記」の8段目です。十五夜の前日の田舎家を舞台に、実と義理の親子が繰り広げる人情劇で、引窓が効果的に使われています」とある。

二階からのぞいた姿が、月の光で一階にある手水鉢に写る。天井の引窓をしめて闇にして、その姿が写らなくする。あるいは引窓を開いて満月の月明かりが差し込むのを夜明けを見立てるなどの効果をねらっている。と言う仕掛けになっているが、現代の明るい舞台では、その事を知っていないとわかりにくい人も多いと思う。

歌舞伎は江戸時代の生活がタイムマシンのように凝縮されていると、故中尾健二先生(大阪教育大)が言われていたが、この引窓もその一つだろう。

片岡仁左衛門さん、片岡孝太郎さん、坂東彌十郎さんの演技が、しみじみとした親子の情愛をかもしだしていた。
今の時代から見たら、犯人を見逃すわけだから、ちょっとまってその脚本、となるかもしれない。が、時は江戸時代。江戸時代の身分制度が生み出す圧力と義理人情がこういった作品を生み出したのかもしれない。

二つ目は「京鹿子娘道成寺」。

番付には「宝暦3年(1753年)に初世中村富次郎が初演した長唄舞踊です。能「道成寺」を素材にしていますが、小唄をつなぎ合わせた組曲で、満開の桜のもと、桜の着物を着た美しい女方が、様々な女心を衣装を変えて踊る華麗さが見どころです。雀右衛門の襲名披露狂言です。」とある。

1時間近くを踊り続けるのだからその体力も気力も大変のものと思う。
鞠をつく踊りでは、膝を曲げて子ども仕草で踊るわけだが、まわりのお客さんから「あれはしんどいわ〜」という声が出る。

番付にもあるように、この演目は五代目中村雀右衛門さんの襲名披露をかねている。

襲名披露の口上は、お昼の部にあった。口上を見ることはできなかったが、さぞかし華やかなものだっただろうと想像する。

番付に南座からの「口上」がのっていた。

 乍憚ら(はばかりながら)口上

行く水の流れは絶えず鴨の川。四条上がって先斗町。歌舞練場に場所を移し。今年も引き継ぐ芝居の伝統。酉年吉例顔見世の、幕開き飾るは源の。旧恩忘れぬ実盛が。心気を砕き物語る。母様の敵と挑む太郎吉に。再会約す手孕村。契りし婿を尋ね来て。戸無瀬が走れば小浪もと。心も逸る東海道。願うは白無垢新枕。此処で出会うが百年目。梅、松、桜の兄弟が。引き合う車意趣遺恨。心の表と裏腹に。拗ねて甘えた伊左衛門。夕霧洩らす衷情と。勘当解けた歓びに。春も其処まで郭文章。花の吉原仲ノ町。今評判の江戸の華。傘の謂れを朗々と。今より語って三升傘。浜の真砂は尽きるとも。尽きぬ親子の情愛に。真心厚き十次兵衛が。縄は切っても切れぬ縁。生けるを放す放生会。供養の鐘に怨みあり。請われて踊る白拍子が。顕す蛇体の本性を。歌舞伎の花と押し戻す。目出度う退散祝い幕。
 東西の名優花形打ち揃い。雀右衛門の庵看板(まねき)も新しく。當狂言家の芸。集めて贈る華舞台。御見物衆の満足と。相変わらずのご贔屓を。力と頼み本年も。得たりや大入り満員と。何卒賑々しく御光来の程。偏にお願い申し上げまする。
                           南座 敬白
平成28年師走

「道成寺」といえば清姫の怨念凄まじく、蛇に姿を変えるのは誰もが知っている話。
ここでこの蛇を退散させるのが、市川海老蔵演ずる大館左馬五郎(おおだてさまごろう)。青竹と長い刀を腰に差し、大音声とともに登場する。まあその姿の勇壮なこと。歌舞伎ならではの装束。市川海老蔵ならではの睨みは、この世の悪を全て追い払ってくれるような迫力だった。海老蔵さん一家の安泰と活躍を祈るとともに、この世の中が平和であることを願わずにはいられない演目だった。

先斗町歌舞練場は初めての場所だったが、なかなか見やすい劇場だった。歌舞伎を見に来ている人も松竹座に比べて和服姿が多く、さすが京都とおもう顔見世興行だった。