12月天神寄席

落語はミステリアス

知り合いから繁昌亭での天神寄席へのお誘いがあったので、久しぶりに年末の寄席見物を楽しむことにした。

お天気もよく、師走も押し迫っているのにそれほど寒くもない。
季節の挨拶代わりに「今年は年末感、というものがまったくありませんね!」という言葉を繰り返す。

天神寄席というのは、入り口でもらったパンフレットによると、

「12月天神寄席 落語はミステリアス

本日のご来場、厚くお礼申し上げます。「天満天神繁昌亭」の毎月25日の夜席は、この敷地をご提供いただいています大阪天満宮への謝意を込めて、《天神寄席》と銘打ったテーマ落語会を開催しております。
今月のテーマは、〈落語はミステリアス〉です。落語といえば滑稽噺や人情噺・怪談噺なとが思い浮かびますが、実は、ミステリー風の噺も少なくありません。本日は、それらのうちから、五席を選びお楽しみいただきます。
落語の合間の鼎談ゲストには、中学生の頃から落語に親しんでいらしたというミステリー作家・有栖川有栖さんをお招きしました。私、桂春之輔は、存在そのものが落語会のミステリーと揶揄されておりますが、いつもの進行役・高島幸次先生には、本日の鼎談がミステリアスにならないようにお願いしたいと思っています。気ぜわしくなりがちな年の瀬ですが、楽しい一夜をお楽しみいただければと存じます。

 平成28年12月25日 上方落語協会副会長 桂春之輔

とある。

演目は最初の三つが、

桂壱之輔さんの「ろくろ首」

桂九雀さんの「移植屋さん」

桂文喬さんの「算段の平兵衛」

ろくろ首はよく聞く話だが、二つ目の「移植屋さん」は新作落語。作者は久坂部羊作さんという方で、会場にも来られていて、後の鼎談のときに紹介があった。
臓器移植が背後にテーマとしてあるのだが、「奥の手を移植すると、シャツが着にくい」とか、「逃げ足を移植すると、ズボンが履きにくい」など、日本語の言葉遊びがあって、そこはさすが落語、といわせる内容だった。

「算段の平兵衛」も私は初めて聞く話だが、桂文喬さんの熱演で、死んだ庄屋さんが殺されるたびにその手段がえげつなくなるという、ホラーとミステリアスの演目だった。話のオチも大阪弁だからわかるというもので、思わずニヤリ。

中入のあとの「鼎談」は、ミステリー作家の有栖川有栖さん、大阪大学招聘教授の高島幸次さん、そして桂春之輔さんの三人によるもの。
普段は開演中の写真撮影はお断りだが、有栖川さんの紹介のときだけ解禁となった。それが上の写真。
私はミステリーはあまり読まないので、有栖川さんの作品は全く読んだことはない。しかしお話を聞いているうちに大阪市東住吉区の生まれで、大阪育ちとわかったので興味が湧いた。会場の参加者からの推薦の本の紹介もあったがよく聞こえなかったのが残念。
今回の天神寄席には、有栖川さん目あての方が多く客席に来ていたようだ。大阪大学の高島さんが「普段の客層とはチヨットちがいますね。年代もお若い方、女性の方が多いようで、、、」というようなことを言っていた。なるほど、写真のように有栖川さんは私の予想よりもぐっとお若い方で、ミステリー小説講座のようなものも開催されているらしく、そこの生徒さんたちも来ていた。
春之助さんから、「スイミングスクールに通えば、泳げない人もみな泳げるようになるように、先生の講座に参加すればだれもがミステリー作家になれますか?」と言う質問に、有栖川さんの答えがなるほどと思った。
「スイミングスクールでだれも泳げるようになるように、文章教室などで勉強すれば書けようになります。でも、スイミングスクールの生徒さんのだれもがオリンピックに出るわけでないように、ミステリーもそうです。アイデア、展開などそこはその人の持っているものが大事になります」
なるほど、有栖川さんは小学校のときに推理小説を書き始め、中学生で落語の台本をラジオ番組に応募したという。そういう持っているものがプロにつながるのかと納得。有栖川さんはミステリー落語の台本を書いてみたいとおっしゃっていた。来年には何らかの作品ができあがるそうなのでちょっと楽しみ。

鼎談の後の「猫の忠信」は、題名からわかるように「義経千本桜の狐忠信」がベースにある。

狐忠信は狐の子どもと鼓の皮だが、猫の忠信は猫と三味線。文楽や歌舞伎が庶民に広く受け入れられていたからこそ、落語が生きてきたという時代背景がよくわかる。

オチは猫の鳴き声「ニャアウ」。これも考えオチなのかなあ。

トリの桂米左さんの「足上がり」は桂米朝師匠が得意とした芝居噺らしい。
「足上がり」と言う言葉は、現在では使われていない言葉で「解雇される」「くびになる」という意味だが、私も知らなかった言葉。話の中でその意味が説明されているのでオチがわかるという流れになっていた。
噺のなかで四谷怪談の芝居が演じられるわけだが、落語にはいろんな分野が吸収されているなあとつくづく思う。今の落語家の人たちも日本舞踊や狂言や浄瑠璃など、いろんな古典芸能を習っているということが桂花團治さんの前フリのなかにあった。
私も小中学生のとき、ラジオで落語を聞いて知った知識もたくさんあったことを思い出す。

なんとなんと、古典芸能だけではなかった。 英語落語だ。 英語落語があることは知っていたが、見たことも聞いたこともない。 これは面白そうだ。

寄席が終わっのが9時近かった。天神橋筋で夕食でもと思ったら、ほとんどのお店がラストオーダーが終わり店じまいを始めていた。
えーっ、そんなに早くしめるの。年末だからかなあ。
こんなところで年の瀬を感じた繁昌亭の天神寄席だった。

 

 

イースト菌による「ご飯のパンと米粉パン」

糖質オフがはやっているので、小麦粉の量を控えたパンを作ろうと思った。

天然酵母ではなくて、今回はイースト菌を使っている。
それは初めてのことなので、レシピ通りに作ってみたためだ。
わたしが使っているホームベーカリーは、もっぱら小麦粉を捏ねるために使っているが、取扱説明書に「ご飯のパン」と「米粉パン」の作り方がのっていた。
機械任せでパンを作ってみることにした。

ご飯のパン

わたしが使っているホームベーカリーは、コストコで思いのほか安く手に入れたsirocaという名前のもの。株式会社オークセールの製品だ。

ご飯のパンというのは、残りご飯と小麦粉(強力粉)を混ぜてパンを作るというもの。ご飯と小麦粉との相性は結構いいという記事は読んだことがある。
そのレシピは説明書によると、

1.5斤のご飯のパンを作るには、

水・・・・150ml
ご飯・・・185グラム


強力粉・・・285グラム
バター・・21グラム
砂糖・・・・・・・22グラム
塩・・・・・・・・7グラム
スキムミルク・・・9グラム
ドライイースト・・3.2グラム

分量の水とご飯を合わせてよくほぐし、水分が蒸発しないようにラップなどでふたをして、約1時間ふやかす。写真が1時間後のご飯のようす。(水はご飯が吸い取ってしまい、水は全く残っていないが、このままでよい。水を追加する必要はない。)

ふやかしたご飯、強力粉、バター、砂糖、塩、スキムミルク、ドライイーストの順に入れる。
バターは小さめにちぎって入れた。
砂糖の代わりにオリゴ糖を使ってみた。
イースト菌はレシピでは3.2グラムという半端な量で、わたしの持っているスケールでは測れないため、3グラムオーバー、4グラム未満という目分量で入れている。

あとはホームベーカリーまかせ。
このホームベーカリーは、メニュー1という「食パンコース」を選び、約4時間15分かけている。その間に、こね、ねかし、こね、醗酵・ガス抜き、醗酵・成形・醗酵・焼き、(こね、ねかしという工程を3回繰り返すと説明書には書いてあるが、実際に確かめてみることはしていない)というプロセスがプログラムされているということだ。
とにかくここは機械まかせで4時間少々。

おもったよりも簡単にできた。ふくらみは小麦粉のパンの三分の二程度か? そばに普通のコーヒーカップを置いてみたので、大きさが想像できると思う。 味は結構いける。 ご飯が入っているので、もっちりとしていて腹持ちもよさそう。

米粉パン

米粉パンは、米粉にグルテンがまざったものを使う。パンが膨らむのは小麦粉のグルテンによるものだからだ。
中百舌鳥にあるAプライスで購入した「パン用ミックス20A」という米粉を使った。米粉にどれくらいのグルテンが付加されているのかは袋には記入されていなかった。ミックス20Aとあるから、20%がグルテンなのかもしれないなあとおもうけれども、、、、。

ホームベーカリーのレシピは以下の通り。

「ご飯のパン」と同じように1.5斤の食パンと作るとすると、
水・・・200ミリリットル
米粉(グルテン入り)・・・320グラム
バター・・・26グラム
砂糖・・・25グラム
塩・・・6グラム
スキムミルク・・・9グラム
ドライイースト・・・6グラム

水は少しぬるめのお湯にし、「ご飯のパン」と同じように準備をした。

このホームベーカリーには、メニュー5「米粉パン」コースがあり、それを選択。
「ご飯のパン」と同じように、後は機械任せ。

このコースは約2時間30分。こね、ねかしを3回くりかえし、さらにこねてから醗酵、そして焼くという工程。 上の写真は残り時間48分という時のものと焼きあがっと時のもの。

出来上がりが上の写真。 「ご飯のパン」にくらべて、伸びが少なかった。
小麦粉の量なのか、イースト菌の量なのか、焼き上げまでの時間の違いのためなのか、室温のせいなのか、まだまだこの段階ではわからない。
何回も繰り返していけば、その原因はわかるかもしれないが、とにかく食べることのできる米粉パンができた。
味はほぼ同じように感じた。
どちらも外はパリッとしていて、中はもっちりしている。
ご飯の残りと米粉なのだからそんなに違いはないのはあたりかもしれない。

これで小麦粉を少なくした食パンが家で作ることができるのがわかった。
小麦粉アレルギーの人のための、小麦粉フリー、グルテン完全カットのパンではないけれど、糖質を少しカットしたパンには違いはない。

米粉パンは奥が深そう。市販のパンではなかなか見つけることのできないパンだから、製法は難しいのかもしれない。少し研究?してみる価値はありそう。

 

 

 

顔見世興行 in 先斗町歌舞練場

京都の顔見世興行に行ってきた。

顔見世興行をウィキペディアで調べてみると、次のような解説があった。

「顔見世(かおみせ)は、歌舞伎で、1年に1回、役者の交代のあと、新規の顔ぶれで行う最初の興行のことである。江戸時代、劇場の役者の雇用契約は満1箇年であり、11月から翌年10月までが1期間であった。したがって役者の顔ぶれは11月に変わり、その一座を観客にみせ、発表するのが顔見世であった。
歌舞伎興行において最も重要な年中行事とされる。
現在も11月(歌舞伎座)か12月(10月(御園座)のところもある)に全国の劇場(芝居小屋)で行われるが、なかでも京都南座の12月顔見世公演は、最も歴史が古いことで有名で、劇場正面には役者の名前が勘亭流で書かれた「まねき」と呼ばれる木の看板が掲げられ、京都の年末の風物詩となっている。(まねきが掲げられるのは、南座と御園座で、歌舞伎座は掲げられない。)」

その南座が工事のため、今回は場所が変わった。

「先斗町歌舞練場」である。私はここは今まで一回も行ったことのないところ。
京阪三条まで行き、三条大橋を渡ってすぐのところだった。

顔見世といえば「まねき」、とウィキペディアにも書いてあったが、本来は下の写真のように役者の名前を書いた木の看板がずらりと並ぶ。(番付からコピーしたもの)

ところが今回は場所が変わったので、下の写真のような「まねき」となった。

さて演目は三部構成になっていた。 私が見たのは最終の午後5時45分開演のもの。「引窓」と「京鹿子娘道成寺」の二つだった。

「引窓」は番付によると、「寛延2年(1794年)に竹田出雲、三好松洛、並木千柳が合作した9段の世話物双蝶々曲輪日記」の8段目です。十五夜の前日の田舎家を舞台に、実と義理の親子が繰り広げる人情劇で、引窓が効果的に使われています」とある。

二階からのぞいた姿が、月の光で一階にある手水鉢に写る。天井の引窓をしめて闇にして、その姿が写らなくする。あるいは引窓を開いて満月の月明かりが差し込むのを夜明けを見立てるなどの効果をねらっている。と言う仕掛けになっているが、現代の明るい舞台では、その事を知っていないとわかりにくい人も多いと思う。

歌舞伎は江戸時代の生活がタイムマシンのように凝縮されていると、故中尾健二先生(大阪教育大)が言われていたが、この引窓もその一つだろう。

片岡仁左衛門さん、片岡孝太郎さん、坂東彌十郎さんの演技が、しみじみとした親子の情愛をかもしだしていた。
今の時代から見たら、犯人を見逃すわけだから、ちょっとまってその脚本、となるかもしれない。が、時は江戸時代。江戸時代の身分制度が生み出す圧力と義理人情がこういった作品を生み出したのかもしれない。

二つ目は「京鹿子娘道成寺」。

番付には「宝暦3年(1753年)に初世中村富次郎が初演した長唄舞踊です。能「道成寺」を素材にしていますが、小唄をつなぎ合わせた組曲で、満開の桜のもと、桜の着物を着た美しい女方が、様々な女心を衣装を変えて踊る華麗さが見どころです。雀右衛門の襲名披露狂言です。」とある。

1時間近くを踊り続けるのだからその体力も気力も大変のものと思う。
鞠をつく踊りでは、膝を曲げて子ども仕草で踊るわけだが、まわりのお客さんから「あれはしんどいわ〜」という声が出る。

番付にもあるように、この演目は五代目中村雀右衛門さんの襲名披露をかねている。

襲名披露の口上は、お昼の部にあった。口上を見ることはできなかったが、さぞかし華やかなものだっただろうと想像する。

番付に南座からの「口上」がのっていた。

 乍憚ら(はばかりながら)口上

行く水の流れは絶えず鴨の川。四条上がって先斗町。歌舞練場に場所を移し。今年も引き継ぐ芝居の伝統。酉年吉例顔見世の、幕開き飾るは源の。旧恩忘れぬ実盛が。心気を砕き物語る。母様の敵と挑む太郎吉に。再会約す手孕村。契りし婿を尋ね来て。戸無瀬が走れば小浪もと。心も逸る東海道。願うは白無垢新枕。此処で出会うが百年目。梅、松、桜の兄弟が。引き合う車意趣遺恨。心の表と裏腹に。拗ねて甘えた伊左衛門。夕霧洩らす衷情と。勘当解けた歓びに。春も其処まで郭文章。花の吉原仲ノ町。今評判の江戸の華。傘の謂れを朗々と。今より語って三升傘。浜の真砂は尽きるとも。尽きぬ親子の情愛に。真心厚き十次兵衛が。縄は切っても切れぬ縁。生けるを放す放生会。供養の鐘に怨みあり。請われて踊る白拍子が。顕す蛇体の本性を。歌舞伎の花と押し戻す。目出度う退散祝い幕。
 東西の名優花形打ち揃い。雀右衛門の庵看板(まねき)も新しく。當狂言家の芸。集めて贈る華舞台。御見物衆の満足と。相変わらずのご贔屓を。力と頼み本年も。得たりや大入り満員と。何卒賑々しく御光来の程。偏にお願い申し上げまする。
                           南座 敬白
平成28年師走

「道成寺」といえば清姫の怨念凄まじく、蛇に姿を変えるのは誰もが知っている話。
ここでこの蛇を退散させるのが、市川海老蔵演ずる大館左馬五郎(おおだてさまごろう)。青竹と長い刀を腰に差し、大音声とともに登場する。まあその姿の勇壮なこと。歌舞伎ならではの装束。市川海老蔵ならではの睨みは、この世の悪を全て追い払ってくれるような迫力だった。海老蔵さん一家の安泰と活躍を祈るとともに、この世の中が平和であることを願わずにはいられない演目だった。

先斗町歌舞練場は初めての場所だったが、なかなか見やすい劇場だった。歌舞伎を見に来ている人も松竹座に比べて和服姿が多く、さすが京都とおもう顔見世興行だった。

 

 

 

 

「ピクチャーブライド」 から 「屋根裏の仏さま」

ヒマラヤスギに降る雪

このDVDは工藤夕貴さんが主演している映画、「ヒマラヤ杉に降る雪」。
以前から見ようと思っていたがその機会がなく、たまたま書店でこのDVDが販売されているのを発見して購入した。DVDの説明を引用してみると、

「第2次世界大戦からの復興が進む1954年冬、深々と雪が降り積もるワシントン州サン・ピエトロ島。漁に出た男が溺死し、日系人カズオ・ミヤモトが殺人容疑で逮捕される。裁判所には夫を見守る妻ハツエと、複雑な思いで彼女を見守る新聞記者イシュマルの姿が。二人は幼少時に共に育ち、密かに心を通わせていた過去があった。やがてイシュマルは裁判を左右する以外な真相を探り当てるが、法廷に提出することをためらう・・・。」

この裁判は、戦争が終わって9年後の12月8日をはさんで進行する。
偏見と差別、自由と正義がこの映画の背景にある。
工藤夕貴さんは映画「ピクチャーブライド」で、ハワイへ移民してきた日本人妻として主演しているが、この「ヒマラヤ杉に降る雪」はその後の映画出演であり、内容もアメリカ西海岸にあるワシントン州に住む日系アメリカ人二世を演じている。

そして戦争にともなっての、「日系人強制移住」がその背景に描かれている。
「日系人強制収容」は、以前見た映画「バンクーバーの朝日」にも描かれていた。
日本に住む私には想像もできなかった戦争の歴史がそこにある。

映画の内容や結末はここでは書かないが、1999年のアメリカ映画。
アメリカの建国の精神が根底に流れ、人権感覚が健在なときの映画だと思った。

ここではカズオ・ミヤモトの弁護人の最終弁論の後半を紹介しておこう。映画の字幕からの引用なので、英語のニュアンスとちがっているかもしれないが。

「・・・我々は彼と家族 そして数千のアメリカ人(字幕ではアメリカに強調の点がふられている)を収容所に送り込んだ。彼らは家と家財を奪われ、すべてをうしなった。彼の(警察やアメリカへの)不信は責められるでしようか。
検事は”誇り高きアメリカ市民の務めを果たせ”と(あなた方陪審員に)いう。 
あなた方(陪審員のこと)が真に務めを果たせば、カズオはもう何も恐れないでいい。
この国は幾つかの信念の上に築かれたはずです。公正と、そして平等と正義、その精神があれば、罪により人を裁いても、人種によって裁けぬはず。

私は老人です。脚もよぼよぼ、目はよく見えず、余命僅かな私が、ー  なぜこんな事を?
あなた達とちがって私は ー すべてを生死に照らして考えてしまうからです。そして火星からやって来た旅人のように、ここの現実に愕然とする。
相も変わらぬ人間の弱さが、ー 今も継承されている。
互いに憎み合い、理不尽な恐怖と偏見の犠牲者。これは小さな島の小さな裁判とお思いでしょうが、だが違うのです。
時々すべての人間が裁かれることがあるのです。人間の良心と品位が裁かれるのです。そしてあなた方のようなごく普通のに人々が、人類の成績表を提出せねばならないのです。人間性の名に置いて陪審の勤めを果たしてください。
この男を妻子のもとに返し、彼に自由を。それが務めです。」

この当時の日系アメリカ人の生活がよくわかるのが次の2冊。

img_20160920_0001 img_20160928_0003

この2冊の本はジュリー・オオツカさんの作品。
作品の順でいうと「天皇が神だったころ」が2002年の作品。そして「屋根裏の仏さま」が2011年の作品。
「天皇が神だったころ」は日系人強制収容所がテーマになっている。日系人の目を通して戦争当時のアメリカ国内の様子や人々が描かれている。
そして「屋根裏の仏さま」は、ピクチャーブライドがテーマになっている。
どちらもたくさんの聞き取りや取材のもとで作られた作品で、映画「ピクチャーブライド」の背景とその後の日系アメリカ人の生活がよくわかる。
わたしがこのブログで本の内容を詳しく説明することはやめておこう。
関心を持った人たちが、自分の目や心で読んでほしいと思う。

「ピクチャーブライド」や「日系人強制収容所」の事実はあまり知られることもなく、また知らせようとする動きも少なく、多くの日本人が知らないのが現実だと思う。戦後71年の今、この事実を知っておくべきことだと、2冊の本を読んで思った。

最後に映画「ヒマラヤ杉に降る雪」のラストシーンから。
裁判が終わり、新聞記者のイシュマルは裁判所を一人出る。雪は降り続いている。
駆け寄るハツエ。

Can I hold you now?

無言でうなづくイシュマル。
抱き合い、ハツエは言う。

I’m so grateful for your gentle heart.

戸田奈津子さんの訳は「優しい心をありがとう」。

 

 

ロボットは東大にはいれるか

映画「イミテーション・ゲーム」と
  「エキス・マキナ」

img_20161129_0001

 今年見た映画で、人工知能に関わるのものが二つ。一つ目が左のパンフレットにある「イミテーション・ゲーム」。サブタイトルにあるのが「エニグマと天才数学者の秘密」。私のブログで何回か紹介した天才数学者、現在のパソコンの生みの親とも言えるアラン・チューリングの伝記だ。
この映画ではチューリングの活躍と悲劇がうまく映画化されている。
私はドイツの暗号を解読する機械bombeというのはどんな機械か知りたかった。左のパンフレットで、チューリングの後ろにある機械がそれ。
ただこの映画ではbombeそのものの仕組みが詳しく説明されていなかったので、どうしてその機械が暗号を解読できるのかがよくわからなかった。もちろん私の勉強不足だが。
チューリングの考案した「チューリング・テスト」が現在も重要な提案として生きている。それは、機械を「知的」と呼ぶ基準とは何かということで、人間の質問者が機械と会話(音声ではなくタイプのように、相手が見えないようにして)をして、相手が人間か機械か判別できない場合、その機械が「思考」していると判断するというものである。
そのチューリング・テストをテーマにして映画化したのが次の映画。
「エクス・マキナ」である。

img_20161129_0003

「エクス・マキナ」とは「デウス・エクス・マキナ」という言葉からきており、「デウス・エクス・マキナ」とは「機械じかけの神」という意味らしい。

img_20161129_0004

カタログにある監督のインタビューから映画の内容を紹介しよう。
「プログラマーのケイレブが、あるテストのために邸宅に招かれる。人間が人工知能(AI)と対話するテストだ。これは、本来は検査者に相手が人工知能だと知らせずに対話を行ってもらい、人間が見破れなかったら、その人工知能は合格というテストなんだ。たがもしも、最初から相手が人工知能だと知らされていたら、どういう反応になるだろうか? しかも検査者が男性で、相手が女性の顔を持った人間型ロボットだとしたら・・・?」

話し相手の人工知能のロボットは、エヴァという写真のような人間型ロボット。顔だけが人間の顔をしていてボディはひと目でロボットとわかるもの。しかしその表情と動きはなんとも魅力的・・・。ストーリーはビデオが出ているのでそれでどうぞ。

さて、日本が取り組んできた人工知能のひとつ、東大ロボットの結果が出た。

%e6%9d%b1%e5%a4%a7%e3%83%ad%e3%83%9c%ef%bc%91

2011年にスタートした「ロボットは東大に入れるか」をテーマにしたプロジェクトは、今年のテストで8割の大学に入る力をつけたことがわかった。しかしプロジェクトはしばし凍結されることになったという。どうしてだろう。

東大ロボといっても、ロボットが試験会場に歩いていって、鉛筆でもって解答用紙に答えを書くのではない。入試問題をコンピューターが分かるように翻訳し、回答するわけだが、一体どのようにして回答を導くのだろう。
それは、演繹と帰納の二つの方法を使っている。
地球は太陽の周りを回っている(普遍的な前提)から、明日も東から太陽が登るというのが演繹法。
地球の公転という事実をしらなくても、ずっと毎日東から太陽が登っているのだから明日も東から昇るだろうと考えるのが帰納法。帰納法は膨大なデータの上になりたっている。コンピューターの発達によって、統計データが大量に処理することによって、明日どちらから太陽が登るかということが自信をもって言えるというわけだ。
大学試験も帰納法と演繹法を使うことによってかなりの問題が解けるようになったというわけだが、プロジェクトリーダーの新井先生は「いまの東大ロボットでは、東大入試は合格できない」と判断された。
それはどうしてか。「人間と同じようにできないものがある、それは推論と概念」とおっしゃる。たとえば「民主主義の利点を述べなさい」という抽象的な概念は、人工知能が苦手とするものだそうだ。
そして人間的な常識がまだまだ欠如しているそうだ。

英語の問題でこのような例がある。(ここでは英文ではなくて日本文に訳した形で紹介する)

Aくん「あと2,3分で本屋さんにつくよ」
Bくん「待って、◯◯◯◯◯」
Aくん「ありがとう。いつもなるんだ」
■◯◯◯◯◯に入る言葉は、どれが適当でしょうか■
①長いこと歩いたよ
②もう着くよ
③高そうな靴だね
④靴紐がほどけているよ

この問題は東大ロボットができなかった問題。
正答はもちろん④。しかし東大ロボット君は「長いこと歩いたよ」を選んだ。
これは膨大な文書データから、歩くことを書いた文章の前後には、「長い時間」というデータが多くあることを発見したからだと思われる。東大ロボ君には、人間はどんなときにお礼をいうかという常識がまだなかったわけだ。「Aくんが、Bくんの言ったことに感謝している」ということが理解できていないため、こういう問題が解けなかったといえるそうだ。

さらにこういう例もあるそうだ。

■ケーキをクリームとブルーベリーでデコレーションするとき、それをどう飾るかを英語で話しています、英語の会話を聞いて、その説明に一番あてはまる図をえらびなさい。

東大ロボはリスニングは得意だったが、この問題に答えられなかった。ブルーベリーで飾ったケーキを見たこともなかったからだ。人間なら見たこともないものでも判断できるが、データの全くない問題には手も足も出なかったわけである。

新井先生はこれらの結果を受けて朝日新聞に、コメントを寄せられた。それがこれ。

************************************

 ■仕事奪われぬため、人間こその力磨け  

今年も「東ロボくん」の受験シーズンが終わった。今年ついに、関東ならMARCH(明治、青山学院、立教、中央、法政)、関西なら関関同立(関西、関西学院、同志社、立命館)と呼ばれる難関私大に合格可能性80%以上と判定された。だが、東京大学には及ばなかった。現状の技術の延長線上では、AIが東京大学に合格する日は永遠に来ないだろう。
 私は中高生向けの講演の冒頭では、必ずこう問いかけることにしている。
 「あなたは2021年に人工知能は東大に入れるようになると思いますか?」
 どの会場でも8割以上が「入れるようになる」と答える。みんな笑顔だ。AIがもたらす明るい未来を信じているのだろう。「囲碁の世界チャンピオンも破ったのだから、東大に入ってもおかしくない」と言う生徒もいる。
 「では」と私は続ける。
 「AIが社会で働くようになったとき、あなたは何をして働きますか? どうやってお金を手に入れますか?」
 一転して、動揺が走る。マイクを向けると「……ゴミ拾い、とか?」と絞り出すような声。AIが東大に入るような日が来たら、AIがゴミ拾いもしてくれるに違いない。その時、人間は労働から解放されて幸せになるだろうか。
 AIから得られる富が、地球上のすべての人に平等に分け与えられればそうかもしれない。しかし、そのような仕組みは、今までかつてこの地球上に築き上げられたことはない。むしろ、ITが社会に導入されて以降、経済格差は広がり続けている。  

 2010年、アメリカでのAIの隆盛を眺めながら、私はそのことを考えていた。AIはどこまで行き、どこで止まるのか。AIはどのように仕事を奪い、仕事を生み出し、社会を変えるのか。私がはじき出したのが、30年に現在のホワイトカラーの仕事の半分がAIに置き換えられるという予想だった(後に、それはオックスフォード大の研究グループが行った予測とぴたりと合うことになる)。
 私は数学者だから、こういうときには原理から考える。コンピューターは徹頭徹尾、数学でできている。AIに使えるのは論理と確率と統計だけだ。論理と確率はわかる。だが、いくら考えても、統計にどれだけの威力があるのか、はっきりしなかった。
 そこで考えた。AIに大学受験をさせてみたら、と。大学受験に挑ませたら、近未来のAIの可能性と限界がクリアになるのではないか。
 11年にプロジェクトが始まり、私は目標を立てた。3年でどこかの大学に合格させる。4年目には箱根駅伝に出るような名のある大学に、5年目は国公立大学に。そして6年目に、MARCH・関関同立に合格させたいと思った。可能性は五分五分だろう。
 その目標を口にした時、私は恐怖に似た緊張感を覚えた。研究者としては誰も見たこともないAIを開発したい。一方で、AIが難関大に合格する能力を備えた場合、ホワイトカラーの仕事の半分は確実にAIに奪われるだろう。AIを大胆に導入し、コスト削減に成功した企業の利益率が上がる一方、雇用を守ろうとした企業は市場から退場を迫られるだろう。
 こう話すと生徒から責められた。
「なぜ、私たちの仕事を奪うかもしれないAIの研究をするのですか」
 私がやめても世界の企業や研究者はAIの研究をやめはしない。ならば、AIの可能性と限界をきちんと見極め、対策を取ろうではないか。AIには弱点がある。それは彼らが「まるで意味がわかっていない」ということだ。
 数学の問題を解いても、雑談につきあってくれても、珍しい白血病を言い当てても、意味はわかっていない。逆に言えば、意味を理解しなくてもできる仕事は遠からずAIに奪われる。私は次のように講演を締めくくる。
 「みなさんは、どうか『意味』を理解する人になってください。それが『ロボットは東大に入れるか』を通じてわかった、AIによって不幸にならない唯一の道だから」
    
*  あらい・のりこ 62年、東京都生まれ。一橋大卒、米イリノイ大院修了。広島市立大助手、国立情報学研究所助教授を経て、同研究所教授。 

(ゴチック、文字の拡大は私が行った)

*************************************

新井先生は東大ロボくんに、人間の常識や意味理解のチカラをつけるには、さらに膨大なデータの収集と時間と労力がかかると言う。そこに力を注ぐよりも、もっと大事なことがあると言われる。
それは「子どもたちの読解力の低下」。

次のような問題がある。

■仏教は東南アジア、東アジアに、キリスト教はヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニアに、イスラム教は北アフリカ、西アジア、中央アジア、東南アジアにおもに広がっている。
上の文章を読んで、次の設問に答えなさい。

オセアニアに広がっているのは(       )である。

この東大ロボのプロジェクトの一環で、全国1000人の中高生にこの設問に答えてもらう読解力の調査がなされた。
結果は中学生の約4割、高校生の約3割が間違った答えをしている。
(正解はもちろん、キリスト教)
新井先生は、
「文脈を理解できないAIのほうが(中高生より)文章を読めているという事例がある。
東大ロボの性能を上げるよりも、中高生の読解力を向上させるほうが、国民として直近の課題だ」とおっしゃる。

そういうわけで、ロボットに東大に合格させる努力をさらに続けるよりも、これまでの成果と努力をを子どもたちに注ぐことに舵をきることになったようだ。
ペーパーテストで判断される学力では人工知能に負けるのはわかりきっている。
当たり前のようだが、人間だけがもっている力を育てることが大事なわけだ。