坂東玉三郎と小朝

松竹座で坂東玉三郎のさんの「はるのひととき」の公演があった。

坂東玉三郎さんの歌舞伎での姿を見たことは何度かあるが、今回のような舞台での姿は初めてだった。

 

プログラムによると、

1,越路吹雪物語
   ・坂東玉三郎
   ・春風亭小朝

2,落語 芝浜
   ・春風亭小朝

3,地唄 雪
   ・坂東玉三郎

最初の「越路吹雪物語」は、春風亭小朝さんの語りと、玉三郎さんの越路吹雪さんの歌のコラボレーション。小朝さんは以前に人情噺「越路吹雪物語」を作っていたそうだ。小朝さんの越路吹雪さんのエピソードを語る合間に、玉三郎さんが『愛の讃歌』『ラビアンローズ』『愛の幕切』などを歌う。
こんな構成での坂東玉三郎さんの姿は初めて。その立ち姿は美しと言うしかなかった。
あとでネットで調べると、玉三郎さんの身長は173センチ。歌舞伎役者、女形にはとても背が高い。歌舞伎の舞台ではそのことが全く分からなかった。歌の立ち姿はその身長を活かしてすばらしかった。

春風亭小朝さんの芝浜は以前にも聞いたことがあるし、他の演者さんによる芝浜を聞いたことがある。
芝浜の内容はよく知られている夢と現実の対比がおもしろい演目。ネットにもその演出方法についていろんな分析が載っているのがその人気を物語っているようだ。
芝浜の内容についてはよく知られているのでここでは省くことにする。

左の写真はプログラムの裏表紙。
さっそうと洋装の立ち姿。
この姿と全く違う姿が三番目の演目「地唄 雪」での玉三郎さんの姿だった。

さて「地唄」とは?私は全く知識がないのでネットで調べてみた。
「地唄とは、江戸時代に上方を中心に三味線音楽の中で最初に生まれた芸術音楽で、上方において『地元(上方)の三味線音楽』という意味で地唄(地歌)と呼ばれるようになったと言われています。弾き歌いによって、家庭や社交場の座敷で楽しまれた室内音楽で、多くの三味線音楽の祖であり、義太夫節など各派浄瑠璃や長唄も、もともと地唄から派生したとみなされています・・・・」
(www.jiuta-otoasobi.com/地歌とは?/ )

玉三郎さん演じる「地歌 雪」とはどういうものか。これも私には全く分からなかったのでネットで調べてみた。ウィキペディアによると、
「・・・地歌「ゆき」に、後世舞を振り付けしたもの。男に捨てられ出家した芸妓が、雪の降る夜の一人寝に、浮世を思い出し涙する、という内容の艶物(つやもの)。大阪新地の芸妓ソセキが男に捨てられたのを慰めるためにつくったとも、ソセキが出家したという事件に取材したともいわれる。・・・
(歌詞は)花も雪も払えば清き袂(たもと)かな
     ほんに昔のむかしのことよ
     わが待つ人も我を待ちけん・・・・・」

白の着物に、白地の絹張りの傘、広い松竹座の舞台だが玉三郎さんだけに焦点が当たる。人間国宝の舞とはこういうものか・・・感心して目を離すことができなかった。
約15分ほどの舞に、劇場内すべての人がすいつけられたようだった。
緞帳が降りるが、これはカーテンコールしかない。満場の拍手が沸き起こる。
ミュージカルだったらスタンディングだな、と思うがここは松竹座。
緞帳が上がり、そこには正座して頭を下げて礼をしている玉三郎さんの姿。
「きれいなあ」という声が聞こえてくる。
「妖精みたい・・・」、となり座っていた人がつぶやいていた。
私の知らない世界に少しだけふれた気がした舞台だった。