東経135度 日本標準時子午線

ここは明石市立天文科学館。 東経135度の線が地面に引かれている。
右の写真には「日本標準時子午線」の文字も貼ってある。

まだ冬休み中のためか、小学生の団体がきていた。学校ではなく子ども会とか地域の取り組みなのかもしれない。
左の写真は「漏刻(ろうこく)」。そばの掲示板にはこのように書かれていた。
「天文科学館は東経135度日本標準時子午線上に1960年6月10日「時の記念日」に開館しました。
時の記念日とは、天智天皇が671年6月10日に人々に時を知らせたことに由来します。これが我が国最初の時報です。この時に使われたのが漏刻です。
漏刻は水時計の一種で、中国で発明されて日本に伝わりました。
漏刻は、いくつかの水槽が細い管につながっていて、水が順番に伝わることにより、水の流れを一定にする工夫がこらされています。一番下の水槽の水面が上がる様子を目盛りで読み取って時刻をはかります。ここに設置してある漏刻はこうした工夫を再現した全国的にも珍しいものです。
日本で最初に時を知らせた時計が、日本標準時子午線の真上で時を刻みます。

明石天文科学館にはプラネタリウムがある。 現役で日本最古、稼働時間日本一、アジアでもナンバーワンの長寿を誇るものだそうだ。 この形からカールツアイス社のものとわかる。
かつて大阪市の四ツ橋にあった「電気科学館」にもカールツアイス社のプラネタリウムがあった。形はこの明石天文科学館のものとそっくりだった。なんともいえない雰囲気と別世界にさそう魅力ある形だ。
明石天文科学館の入場券にはプラネタリウムの入場券もついている。

「日時計広場」にはたくさんの日時計が展示されていた。 写真は「人間日時計」
12時のチャイムが鳴った時に写真を撮った。
さすが東経135度上にある人間日時計。影はきっちりと12時をさしている。
季節によって影の長さがどのように変わっていくのだろうか、そういう観察もできるところだ。

これは私のブログでも紹介したことがある「小原式日時計」。 大阪市内の小中学校に2つ設置されているが、完全な形で新しい小原式日時計を見ることができるとは思いもよらなかった。
 ネットなどで見ると、2022年6月10日に、この小原式日時計を考案した小原銀之助さんの娘さんである小原輝子さんが明石天文台に寄付したものだそうだ。
この小原式日時計の精度は高く、ギネスブックにも「世界で一番正確な日時計作家」として小原さんの名前がのっているそうだ。
東経135度日本標準時子午線上にある時計広場にふさわしい日時計だと思う。

時計広場から明石天文科学館の隣りにある柿本神社に行くことができる。
柿本神社というのはあの柿本人麻呂に由来する神社だ。
由緒書には「元和6年(1620年) 当時、明石城主であった小笠原忠政公が人麿公を歌聖として大変崇拝され 縁深いこの地にお祀り致しました・・・」とある。
明石天文科学館の日時計広場と柿本神社のあいだに、上のようなわりと大きな日時計が置かれていた。
日時計広場にあった日時計についても、機会があればじっくりと観察したいものだと思った。

 

 

 

 

 

 

日の出とRyugu(りゅうぐう)

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10月16日の朝日。 二上山のほぼ中央から太陽が登ってきた。
私の家の隣の人が、毎朝ウオーキングで近くの池の周りを回っている。
「今日の朝日は二上山の間から登ってきたよ」、
と聞いたのでさっそく次の日に写真を撮りに出かけた。いい天気だった。
その時に撮った写真が上の写真。

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この写真は9月の秋分の日の写真。 同じ位置から日の出を撮っている。この写真と比べると、わずか一月の間に太陽の日の出の位置が南の方向にずっと動いていることが分かる。

昔の人は、この太陽の動きによって季節の移り変わりを実感し、予測していったのだろう。
太陽の影によって1日の時間の流れを把握しようとした1つが、日時計だと思う。
前回のブログで作った日時計のお昼前の写真がこれ。

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江戸時代には、携帯用の日時計があったそうだ。

明石天文科学館の展示には、全世界から集めた日時計のコレクションが展示されていた。
昔の時代の人達も、時間、時刻を知りたかったし、そのための工夫をしてきたのだろうと思う。

RYUGUをめざす
        「はやぶさ2」

さてこの大宇宙を日本のロケットが打ち上げた探査機が目的地に向かって飛び続けている。そのひとつが「はやぶさ2」。
「はやぶさ2」のめざす小惑星「1999JÙ3」の名称が決まった。
JAXAのホームページに詳しく載せられている。

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小惑星探査機「はやぶさ2」の目指す小惑星1999 JU3の名称決定について

                              平成27年10月5日

                    国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構

 小惑星探査機「はやぶさ2」が目指す小惑星1999 JU3の名称が「Ryugu」に決定しました。

 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、平成27(2015)年7月22日から8月31日までの期間、この小惑星の名称案を募集しました。ご応募いただいた名称案は有識者による選考委員会で選考させていただき、次の通り候補を選定しました。

1.選考結果

「Ryugu」

2.選定理由

  • 「浦島太郎」の物語で、浦島太郎が玉手箱を持ち帰るということが、「はやぶさ2」が小惑星のサンプルが入ったカプセルを持ち帰ることと重なること。
  • 小惑星1999 JU3は水を含む岩石があると期待されており、水を想起させる名称案であること。
  • 既存の小惑星の名称に類似するものが無く、神話由来の名称案の中で多くの提案があった名称であること。
  • 「Ryugu」は「神話由来の名称が望ましい」とする国際天文学連合の定めたルールに合致し、また、第三者商標権等の観点でも大きな懸念はないと判断したため。

3.応募状況

応募総数 7,336件(確定値)  「Ryugu」提案者数は30件 (類似した提案として、「Ryugujo」 5件、「Ryuuguu」5件、「Ryuguu」1件、「Ryugujyo」1件、「Ryugujou」1件、「Ryugu-zyo」1件)

4.選考委員会 メンバー

委員長 高柳 雄一 多摩六都科学館 館長
委員 渡部 潤一 国立天文台 副台長
委員 月尾 嘉男 東京大学 名誉教授
委員 津田 雄一 はやぶさ2プロジェクトマネージャ
JAXA宇宙科学研究所 宇宙飛翔工学研究系 准教授
委員 吉川 真 はやぶさ2ミッションマネージャ
JAXA宇宙科学研究所 宇宙機応用工学研究系 准教授

 

5.選定後、決定までの経緯

 選考された名称案は、小惑星1999 JU3の名称提案権をもつ米国のLINEAR(リニア)チームに伝えられ、リニアチームから名称決定権を持つ国際天文学連合に提案されていました。
 小惑星の名称は、通常、審査に3ヶ月程度かかります。今回、小惑星1999 JU3の名称「Ryugu」は異例の早さで審査を終え、太陽系内小惑星の名称を管理するMinor Planet Centerの小惑星リストに「Ryugu」として名称が掲載されました。

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「Ryugu」は「りゅうぐう」と読む。
玉手箱を手にして、地球に戻ってくる「はやぶさ2」の姿が見られるのは2020年末と予定されている。
そのための地球スイングバイが12月3日19時7分ごろ(日本標準時)に実施される。このスイングバイで「はやぶさ2」はスピードを上げ、進路を「Ryugu」に向ける。この時に日本から「はやぶさ2」が観測できるかも。でもとても暗いから私が持っている双眼鏡では無理。その日のテレビや新聞、インターネットに写真が載るかもしれない。これもたのしみのひとつ。
*スイングバイの詳しい説明はJAXAのホームページを参照されたい。

http://www.hayabusa2.jaxa.jp/topics/20151014/

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左の写真は、JAXAのホームページにあった「Ryugu」と「イトカワ」の大きさ比べ。

こんな小さな小惑星をめざして飛んでいるんだと、あらためて驚いてしまう。

「はやぶさ2」の前に地球を飛び立って、観測の機会を待ち続けている探査機がいる。その最終ミッションもこの12月7日の予定。JAXAも忙しいだろうなあ。詳しくは次の機会に。

 

 

明石天文科学館の日時計

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明石の天文科学館には立派な日時計がある。 これを見るのが楽しみだった。 秋分の日の午後12時の日時計の影を見たかったのだ。

写真のそれぞれに12時の時の影が写っている。
上から 
ガイア日時計
凹型日時計
赤道環型日時計
多面体日時計
コマ型日時計
そして人間日時計

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この日の均時差は7分だったので、正午の時報の時の影は12時7分をさしていた。 係の人の説明によると、日時計自身は製作はそれほど難しくはないのだが、その設置がたいへんだった。ということだった。緯度と経度を正確に測り、水平・垂直に気を配るということだろうと思う。私自身もペーパークラフトだが日時計を幾つか作った経験があるので、それはよくわかる。

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人間日時計を見ると、冬は影が長くなり、夏は短いことが体験できるようになっている。 この4階はキッズルームになっていて、日時計広場が外にあるように設計されている。 私は、この秋分の日にはたくさんの日時計マニアが訪れるのではないか、と予想していたが、ごく普通のお客さんたちだけだった。

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この明石天文科学館キッズルームにある日時計広場から外に出ることができる。 そこにあるのが、「柿本神社」。あの「柿本人麻呂」を祀ってある神社。 私は社会の歴史で柿本人麻呂(人麿)とならったが、百人一首では「柿本人丸」となっている。 それは、日本ではもともと音、読みがあり、文字が導入されてから音に合う文字が決められたり、作られたりしていった。だから「かきのもとひとまる(まろ)」という音があって、それにあう文字として「人麿」や「人丸」となったということだろう。 とにかく百人一首3番の「足引の山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝ん」の作者の柿本人丸(人麿)である。学芸の神、安産の神(ひとまるーひとうまるー人生まる)、火防の神(火止まる)などご利益の多い神社のようだ。
400年以上の歴史のある神社ということだ。
ということは、135度子午線の上にこの神社は400年以上前からあるということになるということに気づいてびっくり。

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神社の入口から明石天文科学館を見ると、ここにも日時計が。 水平日時計とかかれている。どなたかからの奉納の日時計のようだ。

さすが子午線135度の町だと感心するしだい。