奥の細道を英語で4(日光)

Now let me talk about Sora.
I am his teache
r, so he decided to travel with me and take care of me.
He did a lot of research so we could visit many important and beautiful places along our route.

ここで弟子の曽良のことが紹介されている。
原文では日光を見た後、滝を見に行くのだが、そのあいだに曽良についての部分がある。

*左の写真はまんがの「奥の細道」(中公文庫・矢口高雄著)。奥の細道のまんがは、いくつもある。

黒髪山(くろかみやま)は霞かかりて、雪まだ白し。

   剃捨(そりすて)て
     黒髪山に衣更(ころもがえ)
                     曽良

曽良は河合氏(かわいうじ)にして惣五郎(そうごろう)と云へり。
芭蕉の下葉に軒をならべて、予が薪水(しんすい)の労をたすく。
このたび松しま・象潟(きさがた)の眺(ながめ)共にせん事を悦び、且(かつ)は羇旅の難(きりょのなん)をいたはらんと、旅立暁髪を剃て墨染にさまをかえ、惣五を改(あらため)て宗悟(そうご)とす。
よりて黒髪山の句有(あり)。
「衣更」の二字、力有りてきこゆ。

*芭蕉の下葉に軒をならべて、予が薪水(しんすい); 曽良が深川芭蕉庵の近くにすみ、芭蕉の生活の助けをしたこと。
*象潟;現在の秋田県にかほ市象潟地域
*羇旅の難; 旅の苦労
 
高橋治さんの訳を紹介する。
「古くから多くの歌に黒髪山と詠まれた男体山は、春の霞の中でおぼろげだったが、この季節に雪はまだのこっていた。

  剃り捨てて黒髪山に衣更へ 曽良

曽良がこんな句を読んだ。曽良は河合の姓を持つ家の生まれで、名は惣五郎と云う。芭蕉庵の近くに住んでいて、炊事仕事なども含め、なにくれとなく自分のめんどうを見てくれる。
今度の旅行では、古くから有名な松島や象潟の景色を眺め、喜びをともにしたい、またできることなら、難儀なことの多い旅の中で自分をいたわってくれようという目的でついてきてくれたのだ。
出発の早朝に、頭を剃って僧侶のものである墨染の衣を着、名前まで僧形に合うように惣五郎から宗悟に変えてしまった。

だから、黒髪山の句には、自分の体験と決意がこめられている。「衣更え」の三文字は、初夏の清々しさを表す季語には違いないが、この句の場合、曽良自身の決意表明でもあるから、心強く聞こえるではないか。」
 
 
The next day was April 1st. Sora and I went up in the mountains.
I heard that the famous Buddhist monk Kukai visited here in the early Heian period, and named this place  Nikko. Many people still come to worship these mountains.
People say that just looking at the mountains makes their sprits clean and going in the mountains gives their bodies energy.

*worship; 〜を礼拝する。
 
ここの英文には日光の説明が書かれている。
原文では、上に書いた曽良の紹介の前に、次のような説明が書かれている。
 
卯月朔日(うづきついたち)、御山(おやま)に詣拝(けいはい)す。
往昔(そのかみ)、此御山を「二荒山(ふたらさん)」と書(しる)しを、空海大師開基(くうかいたいしかいき)の時、「日光(にっこう)」と改(あらため)給ふ。
千歳(せんざい)未来をさとり給ふにや、今此御光(いまこのみひかり)一天にかがやきて、恩沢八荒(おんたくはっこう)にあふれ、四民安堵(しみんあんど)の栖(すみか)穏(おだやか)なり。
尚(なお)、憚(はばかり)多くて筆をさし置(おき)ぬ。
*御山; 日光山のこと
*往昔; 昔の意味
*二荒山;音読みでは「にっこうさん」
 
高橋治さんの訳はつぎのとおり。
「4月1日、日光山に参詣にでかけた。昔は『二荒山』と書いていたのを、空海大師がここに寺を開いたときに、「日光』と新しい名をつけたといわれている。
弘法大師は、遠見未来のことまではっきりと見ることができたのだろうか。大師の時代から遠く隔たった現在、日光東照宮の威光は広く天下に輝き、その有り余るほどの恩恵を受け、人々は安らかに暮らしていけるようになった。
これ以上のことを、自分のような者が書き続けるのはもったいない。そう思うので、ここまででやめておく。」

I walked in the mountains enjoying the sunlight and the shining green leaves of the trees. The mountains were so kind to share their gifts with everyone.
 
     How precious the light 
        That shines on the young green leaves
           On Nikko mountains

あらたふと
   青葉わかばの日の光

この句の意味は「えんぴつで奥の細道」によると、
「日光山はなんと尊い山だろう。 新緑に埋もれる木の下闇までさんさんと日のひかりがさしている。 これは弘法大師様と東照権現様のおかげだ。芭蕉の徳川政権への過度の賞賛がしばしば詮索をよんだ句」と説明がある。

*「あらたふと」は、「あら」が感嘆をあらわし、「たふと」が尊い様子を表している。「なんと尊いことでしょう」という意味を持つ。ラジオで関根麻里さんが読んでいたように、「あら とおと」と読む。

*長谷川櫂「『奥の細道』をよむ」(ちくま新書)には、
「単に『青葉若葉の日の光』が『尊い』(あらたうと)というのではない。『青葉若葉の日の光』を眺めるうちに何やら尊い気分になったというのだ。『青葉若葉の日の光』(眼前の景)に『あらたうと』(心の世界)を取り合わせた古池型句。」
と解説がある。

俳句の意味を読み取るには、単に文字解釈だけでなく、その時代背景の影響も考えなくてはならないようだ。奥が深いなあ・・・・

 

 

奥の細道を英語で3(仏五左衛門)

3月27日に江戸を出発した芭蕉たちは、草加(そうか)を経て、室の八島(むろのやしま)といわれる「木花咲耶姫(コノハナサクヤ姫)を祀った神社を訪れている。古事記にあった、身の潔白を証明するために炎の中で子どもを生んだ姫のことだ。

芭蕉と曽良は4月1日に日光を訪れるという計画のようだ。

3月30日に日光山のふもとで宿泊している。その時の話からはじまる。
「仏五左衛門」との出会いがここであった。

On the last day of March, I was in Nikko.
From long ago, people have believed the mountains here have special power.
On this journey, I traveled with Kawai Sora, one of my students of haiku.
We chose an inn for the night.
The owner was an old man called Gozaemon.
He said to us, “Welcome, both of you.
I’m happy to have you here.
People call me ‘Buddha Gozaemon.’
 I think it’s because I’m a truly honest person.
So you have nothing to worry about.
Rest well”
Hmm.
I thought it was a little funny.
Would a normal person say that kind of thing about himself?
He must have felt sorry for us with our tired faces and dirty, old clothes, so he treated us especially well.
I watched him for a while and he really was a truly honest man.
I was glad to know him

*Buddha; ブッダ、仏
*He must have felt sorry for us; 彼は私達を哀れに思ったに違いない。

この主な部分の原文は以下のようである。

晦日(みそか、日光山の麓(ふもと)に泊る。
あるじの云うけるよう、「我名(わがな)を仏五左衛門と云(いふ)。
万(よろず)正直を旨とする故に、人かくは申侍(もうしはべる)まま、一夜の草の枕も打解(うちと)けて休み給へ」と云(いふ)。
いかなる仏の濁世塵土(じょくせじんど)に示現(じげん)して、かかる桑門(そうもん)の乞食(こつじき)順礼(じゅんれい)ごときの人をたすけ給ふにやと、あるじのなす事に心をとどめてみるに、唯(ただ)無智無分別(むちむふんべつ)にして正直偏固(しょうじきへんこ)の者也。
剛毅(ごうき)木訥(ぼくとつ)の仁に近きたぐひ、気稟の清質、尤尊ぶべし。

*濁世塵土に示現して;俗世間に姿をお見せして
*桑門;僧侶
*乞食順礼;聖地などをめぐる貧しい巡礼者(ここでは芭蕉自身)
*唯無智無分別にして正直偏固の者;ただただ理屈はなく、正直一点張りの人
*剛毅木訥の仁;ただ真面目で質朴というのだけが取り柄の人
*気稟の清質 「気稟(きひん)」は生まれつきの気質・気前。
*「清質」は気立てが清らかであること。

英文には、日光の紹介と曽良の紹介も文頭に書いてあるが、原文ではこの仏五左衛門の次に書かれている「日光」のところと、さらにそのあとに書かれている「黒髪山と曽良」にそのことが書かれている。次回に紹介できると思う。
Enjoy Simple English では、ページ数が限られているから総合的に書かれている部分がある。

このブログで紹介する注の主な出典は左の「えんぴつで奥の細道」と、以前に紹介した「おくのほそ道」(高橋治・講談社)によっている。

上の枠内に紹介した原文の部分の高橋治さんの訳を引用する。

「3月30日は日光山のふもとに泊まった。その家の主人がこんなことをいう。
『自分は仏五左衛門とよばれている。何事も正直にしなければならないと、常々思っているからでしょう。人さまがそう言ってくれるくらいだから、今夜はどうぞ安心して休んでください』
どんなありがたい仏がこの汚れた世の中に姿を現して、自分のような僧の格好をした乞食巡礼同様の人間を助けてくださるのかと、主人のすることに目を配っていた。その結果わかったのは、べつに人に優れた知識や判断があるわけではなぐ、ただただ正直一途にこりかたまっているだけで、論語にある『剛毅木訥の気性は仁の徳に近い』という種類の人間に思えた。生まれついて心がきれいに出来上がっているのだろう。こういう人こそ大事にされなければならないと、自分は深く納得したものだ。」

*ここの記述について高橋治さんは「点景として、ちらと行きずりの人を、さりげなく描写するところが、じつにうまい」とベタ褒めしている。
「奥の細道」が紀行文だけではなく、文学として評価されている所以なのだろう。
次は日光東照宮をたずねる。