ニューグレンジの冬至

約5000年前の遺跡と冬至、なんとも魅力的な講座。
山下直子さんのカルチャー講座を楽しんだ。

ニューグレンジは紀元前3200年に建設されたと言われている。今から約5000年前! エジプトのギザの大ピラミッドよりも500年古く、ストーンヘンジよりも約1000年古いそうだ!!
日本でいうと縄文時代。青森県にある三内丸山遺跡が約5500年〜4000年前と言われている。稲作(水稲)が中国から伝わったのが約3200年前。
ニューグレンジの遺跡は円周は約270m、総重量20万トン、
こんな古代に巨大な建築物を作ったのだから(三内丸山遺跡に行ったことがあるが、巨大だった)、古代の人々の知恵と力にはおどろく。
大きな石をどのようにして運んだのだろう。車輪は紀元前3000年ごろのメソポタミアの遺跡で発見されているが、アイルランドではいつから使われたのかはわからない。丸太を使ったコロとか、ソリで運んだのかもしれないといわれている。
この遺跡はなんのために作られたのか、古代人の墓なのか、儀式のための施設なのか、さまざまな議論があったそうだが、私が大変興味を引いたのは、天文施設だったかもしれない、という説だ。

上の写真にあるように、渦巻き型に彫刻された石が置かれている。渦巻き型というのは珍しいそうだが、縄文時代の石器や土器にあったような気がして、なんだか馴染み深い。渦巻き模様の彫られた石の奥に入り口が見える。入口の上にルーフボックスというものが作られている。このルーフボックスを通過した太陽光線が、遺跡の奥まで照らし出すというのだ。

上の写真は山下直子さんの講座から。ズームのテレビの画面を写真に撮ったもの。赤い矢印は私があとから付け加えている。
ルーフボックスを通過した太陽光線だけが玄室を照らし出す構造になっている。(大きな入口からの太陽光線は奥の玄室までは届かない。)
しかも太陽光線が玄室を照らす時期は、冬至を挟んだわずかな日だけだそうだ。

普段はこの現象を、抽選だが、直接見ることができるそうだ。しかし今年は新型コロナウイルスの影響でそれはできず、ネット中継されると講座で説明があった。
ネットで調べていると、日本のアイルランド大使館のホームページにもその紹介があった。
私は12月22日の午後5時30分からのネット中継を見た。

上の写真はネット中継のテレビの画面を写真に撮ったもの。 ルーフボックスから太陽光線が差し込んでいるのがわかる。

この太陽光線が奥の玄室に届くのだろう。 テレビ中継では玄室の様子は放送されなかった。こんな場面を実際に行って、この目で見たい、とおもったが、抽選なので無理だろうなあ。

現在は日の出から数分して、ルーフボックスに光が差し込んでいるが、建設当時は日の出とともに太陽光線がルーフボックスに入り込んだと言われている。
5000年間の地球の歳差運動によって変化しているそうだ。
歳差といえば、昔の北極星は琴座ベガだったそうで、12000年後に再びベガが北極星になるらしい。5000年前の北極星は「りゅう座」のツバンという星だったそうだ。26000年をかけて北極星は、現在のこぐま座アルファ星、琴座ベガ、りゅう座ツバンと変化していくそうだ。
(国立科学博物館のホームページより)
そうした歳差運動によって、5000年前はシリウスがこのルーフボックスに白い光を差し込んだようだ、と山下直子さんの説明にあった。5000年の時間はロマンに満ちている。
山下直子さんのお話によると、この遺跡で犬の骨が見つかったそうだ。分析の結果4800年前の犬の骨だそうだ。犬と人間の歴史は古く、1万2000年前の人類の遺跡に犬の骨が発見されている。アイルランドの人にとって古くから犬や馬との共生の世界がこの地にあったのだろう。

12月22日の朝日。日本もよい天気だった。冬至の日(12月21日)は雲が山にかかり日の出の瞬間を写真に撮ることはできなかった。

12月21日の冬至には木星と土星が最接近するという現象が見られた。 上はネット中継を写真に撮ったもの。 私は双眼鏡で見たが、少し赤っぽい木星とその上にのっかっているように土星が見えた。
テレビ中継では土星の輪が見えたが、双眼鏡では光の点でしかない。
これも397年ぶり、次は約400年後だというからすごいことだ。
今年の冬至は、山下直子さんのアイルランドの遺跡と天文の素敵な講座、アイルランドの実況生中継の天文現象、397年ぶりの木星と土星の大接近の観察、私も負けず日の出の写真と撮る、と大変忙しくて楽しいものになった。
地球は新型コロナウイルスに翻弄されているけれど、大宇宙は何百年、何千年というスパンで動いている。肩の力を抜いて、2021年にそなえよう。

 

 

 

 

秋のグリーン・ゲイブルズ

以前に、松本侑子さんの主催する赤毛のアンツアーに一緒に行った人から、上のようなオンラインツアーの取り組みの紹介があった。

講師は上記写真の左から二人目の人、増田かつ江さん。この人は私達の赤毛のアンツアーでもガイドをしてもらった人。松本侑子さんの知り合いで、赤毛のアンの大ファンそうだ。
秋の風景の中にあるグリーン・ゲイブルズが見たくって、このオンラインアカデミーに申し込んだ。
以下の写真はオンライン上のものをカメラでうつしたもの。増田さんに問い合わすと、現地の了解ももらっているのでブログで使っても良い、ということなのでここで使わせていただく。

グリーン・ゲイブルズの部屋の中から外を望んだところ。
窓枠の赤いお花、ガラス越しに見える庭、差し込んでくる朝の太陽の光は、私達が行ったときのことを思い出させる。

2020年10月9日、朝9時過ぎのグリーン・ゲイブルズ。 パソコンの画面なのですこし歪んで見えるが、青空と白い雲は秋の空だ。
私達がグリーン・ゲイブルズに行ったときは6月だった。アンの部屋は2階にあり、東向きに窓がある。
朝日が窓に反射してキラリと光るところを私はカメラで撮そうと苦労したことを思い出す。
この日の大阪は台風の影響で雨が降り続き、鬱陶しい感じだったが、プリンスエドワード島の青空を見て心も晴れてきたように感じた。
日本とプリンスエドワード島の時差は12時間。このオンラインアカデミーは午後9時からはじまったが、プリンスエドワード島は朝の9時だったのだ。

アンの部屋。
袖がふくらんだ赤い服など小説「赤毛のアン」の世界を再現している。

増田かつ江さんの話によると、プリンスエドワード島も新型コロナウイルスの影響で例年の観光客の9割減だそうだ。コロナの感染者は61人。入院者や死者はゼロ。感染拡大防止に全力をそそいでいるのが想像できる。

これは台所にある薪ストーブ。暖房のためだけではない。お湯を沸かしたり、パンを焼いたり、アイロンを温めたり、一台で何役もするすぐれものの薪ストーブ。
現在NHKで「アンという名の少女」が放送されているが、そこでもこの手の薪ストーブが登場する。私はどのようにして小麦粉からパンに仕上げていくのか、このストーブをどのように使ってパンに焼き上げるのかを知りたいと思っていたが、ズームの機能がうまく使えないので、質問できなかったのが残念だった。

プリンスエドワード島は木々に花が咲き、色とりどりの花が咲き誇っている。
私達が行ったのは6月というのに、季節外れの寒さで、花はほとんど咲いていなくて
モンゴメリーさんのお墓の前は黒い土だけだった。上の左の写真はモンゴメリーさんのお墓。今は秋の草花で飾られている。やっぱりこうじゃなくっちゃあ。

世界中が新型コロナウイルスの影響で下を向きがちだが、グリーン・ゲイブルズの青空を生中継でみると、少し元気が出てくる。

モンゴメリー公園にある、赤毛のアンの作者モンゴメリーさんの像。最近できたそうで、私達がカナダに行ったときにはなかった。
赤毛のアンの時代には、私達が当たり前のように使っている電気はなかった。水もそうだ。しかしアンの生活はなんと豊かだったのだろう。アンという人間の心の豊かさがその世界をつくったのだろう。そのことを感じさせるのが小説「赤毛のアン」なのだと思う。
日本を遠く離れて仕事をされている増田かつ江さん、アイルランドの山下直子さん(山下直子さんもこのオンラインアカデミーに参加かされていた)、そのたくましさに私はとても励まされる。ありがとうございました。
さあ台風も過ぎ去ったし、がんばらなくっちゃあ。

 

 

 

アイルランド独立戦争

カルチャー講座も第5回目となった。 今回のテーマは「第1次世界大戦とアイルランド独立」。
「アイルランド独立」については恥ずかしながら知識がなかったので、とても良い勉強の機会となった。独立戦争について私なりに理解できたことをまとめておこう。

アイルランドの独立については、知ればしるほど大変なことに気づく。現在のアイルランドにまだまだ、様々な影響を与えている。
「アイルランドはケルトの国、妖精の国」などという甘いイメージに染まっていた私にショックを与えてくれた映画が左の映画。講義の中で紹介のあった、映画「マイケル・コリンズ」だ。(写真はYahoo の映画紹介から引用)。
この映画で、アイルランド独立戦争時代のことがわかった(ような気がする)。アイルランド独立に向けての血のにじむような(実際多くの人が犠牲になった)努力と情熱と、戦いがあったことがよくわかる映画だった。

アイルランド独立への道
1171年 イギリスによるアイルランド征服               1649年 クロムウェルの侵略                     1690年 ボイン川の戦い(イギリス側の勝利、イギリスの圧力強化)   1798年 ウルフトーンの乱 3万人の死者といわれている。       1801年 連合法によりイギリスに併合される。             1829年 ダニエル・オコンネルによる「カトリック解放法」                         

ダブリン市内にある「ダニエル・オコンネルの像」。私が見たときには、オコンネルの頭に白い鳩がとまっていた。
アイルランドのカトリック教徒は、公職から締め出されていて、国会議員や大臣、裁判官などの国の重要な地位につくことは許されていなかった。これと戦ったのがダニエル・オコンネルであった。カトリック教徒解放法によって、ほとんどの公職がカトリック教徒にも認められるようになった。しかし民族問題としてのアイルランド問題が解決したわけではなかった。

1914年 第一次世界大戦起こる
1916年 イースター蜂起                       
1919年〜1921年 アイルランド独立戦争              
1921年 英愛条約 (北部6州を切り離して独立)           
1922年〜23年 アイルランド内戦                  
1968年〜98年 北アイルランド紛争

アイルランド独立への機運が高まっていくのだが、1914年に第一次世界大戦がはじまる。アイルランドの独立のために、という考えで多くのアイルランド人がイギリス軍に参入していった。その数は30万人といわれ、戦士したアイルランド人は約5万人になったと山下直子さんの講義での説明があった。
丁度そのときにイースター蜂起、アイルランド独立戦争が起きた。

上の写真は、イースター蜂起のときに作られた「アイルランド共和国宣言」。この写真はトリニティ・カレッジの図書館に展示されていたもの。イースター蜂起100周年を記念してアイルランド政府は多くの国の言語で翻訳したそうだ。アイルランド大使館のHPに日本語訳があることを山下直子さんから紹介があった。

 https://www.dfa.ie/irish-embassy/japan/news-and-events/2016/the-1916-proclamation-in-japanese/

イースター蜂起、アイルランド独立戦争を経て、1921年にイギリス・アイルランド条約が結ばれる。しかし全島独立ではなく、北アイルランド6州を除くものだったので、そのあと「全島独立を目指すために批准反対側」と「条約をこれからの戦いの一里塚としての批准を目指す側」との内戦が起きる。
この内戦のなかで「マイケル・コリンズ」は暗殺されてしまう。内戦では独立戦争時よりも多くの死者が出たという。内戦は比較的早く収まったといわれているが、後遺症は長く、深く、アイルランドの人たちに残っていると想像される。

第一次世界大戦へイギリス兵として出兵したアイルランド人は、アイルランド独立のあとに故郷に帰ってくる。アイルランド独立のために、と戦いに出たのに、敵国イギリスに協力したとレッテルを貼られ、忘れられた英雄となった。
また、南極探検で有名なスコット隊を協力したトム・クリーンは、勲章をもらったことを家族にも話さなかったという。それはイギリス海軍に協力したことを知られなかったからだという。知られるといわゆる愛国主義者から家族を含めて攻撃されることが予想されたからそうだ。
上の戦没者慰霊庭園は1939年に完成し、第一次世界大戦でなくなった約5万人の慰霊のために作られたのに、公開されたのは1988年だという。あいだに第二次世界大戦があったことも関係があったのかもしれないが、公開までに約50年の歳月がかかっている。それもイギリスに味方をした人を英雄視するのはいかがなものかな、というタブー意識によるものだろうと山下直子さんは說明された。

アイルランド独立を目指していながら、どうして内部分裂とテロと破壊になっていくのかと不思議に思うが、世界の歴史には同じようことが多く起こっている。日本でも明治維新、戊辰戦争などで多くの若者が命を失っている。会津出身の年配の知り合いは、お酒を飲むたびに会津藩の無念さを口に出していた。

長く続いた北アイルランド紛争は話し合いでの紛争解決となった。
現在、新型コロナウイルスの中での総選挙で、内戦の敵味方だったフィネーゲル党とフィナフォーレ党の連立内閣となった。
マスコミは「内戦政治の終焉」と報道され、任期の半分を交代して首相をつとめるそうだ。執務室にマイケル・コリンズの写真と、デ・ヴァレラの写真が並んで飾られるのかとマスコミの話題となっている、というのは山下直子さんの解説。

連立内閣の出現、北アイルランドでのカトリック教徒とプロテスタント教徒の人口の逆転、イギリスのEU離脱によるアイルランド島内の国境や貿易の課題など、アイルランドの統一が少し近づいたのでは、という観測も生まれているそうだ。

歴史と伝統のある国、圧政と抑圧に戦ってきた国、そして豊かな自然とおいしい食べ物と文学者を多く輩出してきた国、さらに妖精の国アイルランド。
日本のほぼ反対側にある国のことがますます知りたくなってきた。

*参考にした資料「アイルランド史」(山川出版)、「図説アイルランドの歴史」(河出書房新社)