円周率 その3

「算俎」村松重清の方法

今回は、江戸時代の和算家の方法を追跡してみよう。 「円周率が歩んだ道」(岩波現代全書 上野健爾著)によると、「円周率の計算を記した初期の書物としては、村松重清著『算俎』(さんそ)である。村松重清の婿養子であった村松秀直は赤穂浪士四十七士の一人である。村松は『算俎』のなかで円に内接する正多角形の周の長さを計算して円周率の近似値を求めた。彼は直径一尺の円に内接する正8角形から始めて正32768(2の15乗)角形の周の長さを計算して3尺1寸4分1592648776..を得た。これは小数点以下7桁まで正確な値をあたえている..」とある。

この方法を追試してみよう。

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まず江戸時代の三平方の定理は鉤股弦(こうこげん)の法(勾股弦とも書く)とよばれていた。

直径1(単位は省略)の円に内接する多角形、ということなので四角形からスタートする。まず準備段階として、弦と勾の関係を調べておく。

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さらに分割してみる。

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4角形の場合

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8角形の場合

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16角形の場合

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32角形の場合

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ここまでくると、この弦と勾の関係はこのまま思考実験で継続しても大丈夫。
村松重清が計算した正32768角形までを一覧表にしてみたのが次の図。

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表計算ソフトで計算してみよう。

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関数を使った計算は表計算ソフトの得意とする所。前回はエクセルを使ったが、今回は無料ソフトのLibreOfficeを使った。
計算した結果がこれ。

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直径を1としているので、円周の長さが円周率となる。
村松重清は正32768角形の辺の長さで円周の近似値を計算し、それが円周率と等しい、という考えをここまで実行した。
村松重清の計算は、3尺1寸4分1592648776..で、表計算ソフトよりも多くの桁数まで求めている。
その集中力と計算の確かさに驚く。
そろばんによって計算したと思うが、どれほどの時間がかかったのだろう。
私たちは円周率の値を知っているから、計算間違いに気づくことはできるが、正解がわからないなかでここまで正確に計算されていることに驚くばかりだ。

 

 

 

円周率その1

今日は何の日?

テレビでは「ホワイトデー」と騒がれているが、今日は「円周率の日」。
なぜかというと、3月14日、
3.14は円周率だから。

円周率の歴史をネットで調べてみると、紀元前2000年頃の資料にも円周率のことがのっているらしい。
古代エジプト(紀元前1650年頃)では、円周と直径の比の値と、円の面積と半径の平方の比の値が等しいことは知られていたという。中国でも同様で、日本に関係の深い中国での研究がのっていた。

円周率a

西暦263年といえば、卑弥呼が魏に使いを送ったのが西暦239年だからまだ大和朝廷が成立していなかった頃。この時代にどのような計算をして円周率を求めたのだろうか?

円周率については、書籍にもネットにもたくさんの研究結果や資料がある。少し長くなるが私が理解できる範囲でそれらを紹介しよう。

劉徽(りゅうき)の方法

(以下の図や計算の部分はクリックすると、拡大して見ることが出来ます)

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はじめに円に内接する多角形を考える。最初の図は6角形、次の図は角が倍の12角形,三つ目の図はさらにその倍の角がある24角形。
それぞれ多角形の周りの長さー周の長さと円の面積は、多角形の角数が増えていけばいくほど、接している円の周の長さ(円周)、面積に近づいていくことが予測できる。
円周と円の面積を直接求めることが出来ないが、多角形の周りの長さと面積は求めることができるので、内接する多角形の角数を増やすことにより、内側から円周と円の面積、そして円周率を出そうとするやり方。

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IMG_20140311_0006次は、円に外接する6角形、12角形、
24角形を考える。

今度は外接する多角形の周りの長さ、面積を求めていくことによって、外接する多角形の角数を増やせば増やすほど円周、円の面積に近づいていくことが予想されるだろう。
つまり、円に内接する多角形、外接する多角形を用いることによって、円周と円の面積を求めることができる。円の内側と外側から攻めていって、挟みこむことによって円周率が正確に計算できると考えたわけである。私が理解できた順番にその考え方を書いてみよう。

IMG_20140312_0001まず円に内接する正六角形を考えよう。そしてそこから角数を増やしていこう。
ABは六角形の一辺。D1は弧ABの中点。弦AD1,弦D1Bは内接する正十二角形の辺になることはわかるだろう。
点D1で接線を引き、AとBより弦ABに垂線を引き、交点をA’とB’とする。
このようにして内接する多角形の各辺上に長方形を描いていく。この長方形が外接する多角形を意味している。

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図は、正六角形から正十二角形に増やしたところ。
内接する正十二角形の面積(左の図の黄緑の三角形十二個分)から内接する正六角形の面積(上の図の水色の三角形六個分)を引いた面積は、正六角形で考えた長方形AA’B’Bの面積の総和の2分の1になることが、図からわかる。逆に言えば、六個の長方形の面積の総和は、正十二角形の面積と正六角形の面積の差の二倍になっている、ともいえる。
正六角形、正十二角形と考えたことは、正n角形と一般化しても同じことが言える。
「n個の長方形の面積の総和は、内接する正2n角形の面積と内接する正n角形の面積の差の2倍と等しい」
円の面積をS、内接する正n角形の面積An、外側のn個の長方形の面積Bnには次のような関係が成り立つ。
An < S < An + Bn
nを大きくしていく(多角形の角数を増やしていく)と、不等式の右と左のどちらも円の面積に近づいていく。
このことを利用して円の面積をだし、円周率を導く方法を劉徽は考えだした。

現代風の数式を使ってまとめてみると。

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劉徽の計算を追試してみよう。

 

まず正六角形から考える

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 つづいて正12角形を考える

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さらに正24角形を考える。図は小さくなるので思考実験で。

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次は正48角形の面積を考える

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正96角形の1辺の長さを求める

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正96角形の面積を求めて円周率へ

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はいできました。

ネツトのWikipediaにあった円周率がでましたね。
私は電卓を使って計算したが、2000年前の中国では何を使って計算したのだろう。
自乗の計算、平方根の計算、10桁以上の計算をどのようにして求めたのだろう。
計算にかける集中力、持続力に驚くとともに、先を見通した先見性に一番驚いた。

計算の所に詳しく書くのを忘れたが、「三平方の定理」は劉徽の時代にはすでに知られていた。
次回はもう少し現代風な計算を紹介したい。

 

 

 

円周率が歩んだ道

 小説「天地明察」を読み、映画も見た頃から、和算による円周率の計算に興味があり、何冊か本を読んできた。一番最近の本が岩波現代全書の「円周率が歩んだ道」(上野健爾著)。
この本はヨーロッパだけでなく中国やモンゴルでの円周率計算の歴史にも触れ、もちろん日本の和算の成果もきっちり書いてある。また、私の理解力ではまだまだついていけない16進数による円周率の計算の有効性から新しい数学への展望や、付録には「円周率が無理数であること」「円周率が超越数であること」の証明までのっている興味深い本。
私は和算による円周率の計算に興味があるので、そこの部分を実際にペンで計算しながら勉強のつもりで読んでいった。本と自分の計算とあわないところが出てきてまる一日ほど悩んだところがあった。それはこのページの最後の式。

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少し円周率の歴史を振り返ってみよう。江戸時代も円周は直径のほぼ3.14倍ということは知られていた。それを精密に計算しようと江戸時代の和算家は努力した。

和算の矢

江戸時代の和算家が円周率の計算で利用した矢(し)について説明すると、弦と弧については現在の学校で習うものと同じ。
弧ADBを弓、ACBを弦(つる、ゲン)と見立てると、CDは弓の矢に見えてくる。それでCDを矢(し)と呼んだ。
和算家の建部賢弘は、弧ADBの長さを直径dと矢CDの長さを使って表すことを考えた。円弧の長さがわかれば円周がわかる。つまり「直径と円周の関係をあらわす式を見つけることができる」というふうに考えた。

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その結果が上にある式(7.8) である。

ここで弧度法(ラディアン)を使い、三角関数の式に変形する。
弧ADBの長さをs 、角AOD=θ 、矢CD=c 、直径=d とすると下のように変形できる。
*この時の計算がp147の最後の式。ここに問題があるがそれは後で。

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実はこの式はオイラーが1737年に発見した式だが、建部賢弘が1722年に著した本「綴術算経」に書かれており、このことにより建部はオイラーより早くにこの式を発見したと言われている。
ところで江戸時代に三角関数は使われていたのかという疑問が出る。なんと我が国での最初の三角関数表は建部賢弘の『算暦雑考』に記載されている。

ここでこの式を円周率を求める式に変形する。
このようにして円周率πをもとめる公式が導き出された。これが江戸時代の建部賢弘の考え方である。

この公式を求める途中の式の変形で、本文p149の最後の式がある。
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私はここでつまづいた。

半径=1/2*d
AD=1/2*s

だから弧度法を使うと

1/2*s=1/2*d*θ → s=d*θ
ここまではわかる。
次の式がおかしい。c=d – d*cosθ ではなく、

c=1/2*d – 1/2*d*cosθ

でなければならないはず。dは直径なのだから半径にするために1/2を掛ける必要がある。

c=1/2*d – 1/2*d*cosθ
c=1/2*d*(1 – cosθ)
*三角関数の半角・倍角の公式 cos2θ = 1 – 2sinθ*sinθ を使い、
1 – cosθ = 2sin(θ/2)*sin(θ/2) これを代入すると

c=1/2*d*(1 – cosθ) = 1/2*d*2sin(θ/2)*sin(θ/2)
c=d*sin(θ/2)*sin(θ/2)

となるはず。本のように
c=2d*sin(θ/2)*sin(θ/2) とはならない。
この式をもとに計算してもこの本の次ページの式にならない。
どうしてだろうと悩んだ挙句、係数2が不必要、これは誤植だと思い、岩波書店にメールを送った。

岩波3

メールを送ってなんと6時間後に返事が来たのにはびっくりした。

岩波4

さすが岩波書店。すばやい対応に感心するばかり。

今回のブログは、私が誤植を見つけた、というだけの内容になってしまったが、この「円周率が歩んだ道」であらためて和算のおもしろさに気づいた。
いつか和算による円周率の計算について勉強したことをこのブログに書いてみたいと思うが、先人の成果を自分のものにするのにはまだまだ時間がかかりそう。

今回は、岩波書店の素早い対応と、江戸時代の建部賢弘などの和算家の素晴らしさに感動したの巻でした。