広島ジャンゴ2022

5月6日(金)森ノ宮ピロティホールで「広島ジャンゴ」(原作 蓬莱雷太)の公演が開始した。 私はこの演劇の内容をよく知らなかったが、家族がチケットを手配してくれていたので初演を見ることができた。
主演は天海祐希。鈴木亮平、仲村トオル等などの豪華な配役。
藤井隆の名前があったのには少し驚いた。
森ノ宮ピロティホールは会場1時間前に行ったらもう階段から下へ長い行列ができていた。
スタッフも初演だからか、なんとなく緊張感が漂っているよう(に見えた)。ストーリーは左のプログラムから引用すると、

「広島。
 その中心部から外れた海辺にある牡蠣工場。
黙々と牡蠣の殻を剥き続ける新入りのパートタイマー・山本(天海祐希)が、他の従業員たちに取り囲まれている。
シフト担当の木村(鈴木亮平)を筆頭に、従業員たちは熱烈な広島カープファンである工場長・橘(仲村トオル)が開くカープ優勝祈念の親睦会に、山本を出席させるべく説得にあたっていた。ガラの悪い連中を引き連れているのは橘の妻・尚美(池津祥子)の弟である健人(野村周平)だ。
だが、「休日には予定がある」とにべもなく断る山本。
 沢田篤志(藤井隆)とサツキ(中村ゆり)の夫婦は山本をかばうが、他の従業員たちは尚美がちらつかせる臨時ボーナスにつられ、苛立ちを隠せない。
結局、山本の説得は木村に一任。「このままではクビにされる」という木村の言葉にも動じず、山本は娘のケイと共に頼まれていた残業も断り帰っていく。
 その夜。
 心身ともに疲弊した木村は、自室で姉みどりと話しながら酒を飲み、お気に入りの西部劇映画を観るうちに眠り込んでしまう。

 次に意識を取り戻したとき、木村の目に映ったのは山本とケイ母子の姿だった。
二人は木村を「ディカプリオ」と呼び、親しげに声をかけるが、その扱いは人間に対するものとは違っていた。そこは開拓時代のアメリカ西部に酷似した、ワンマンな町長ティム(仲村トオル)が仕切る西部の町ヒロシマ。
 山本は凄腕ガンマン・ジャンゴと呼ばれ、木村は母子と共に旅する馬のディカプリオになっていたのだ。

 ヒロシマは町を潤していた川が原因不明のうにに枯れ、深刻な水不足に苦しんでいた。一方、唯一の水の湧く井戸を持っているティム一派は高額で水を売り、私腹を肥やしている。
ティムの妻パメラ(池津祥子)とその弟クリス(野村周平)、酒場兼娼館を営むドリー(宮下今日子)、町のために水脈を探すチャーリー(藤井隆)と教師のマリア(中村ゆり)夫妻、その娘のエリカ(北香那)。
 住民の心までが乾きかけている荒んだ町。
 水をめぐる陰謀に巻き込まれるジャンゴ母子とディカプリオの運命やいかに?」

ウクライナとロシアの戦争の状況下、「私達になにができるのか」
を真正面から迫ってくる演劇だった。

日本の広島の牡蠣工場と時代と場所が違う異次元の街ヒロシマ。
そのふたつが重なりながら舞台は進行する。
2つの世界を結ぶのが北村の姉。姉は橋から身を投げて自殺をしていたのだ。現在と死後の世界、そして次元の異なったヒロシマをつなぎ、北村に「ただ、少しだけ、見てやってや。少しだけ、応援してやってや」と語る。

舞台の内容にはこれ以上触れないほうがいいかもしれない。プログラムから舞台出演した人の声を引用して紹介する。そこにこの演劇のねらいや出演者の思いが書かれている。

*天海祐希さん
 「・・・最近はコロナだけでなく、私が生きているうちに、こんなことが起こるのかと驚くことばかりです。悔しいとか、悲しいとか、そういった気持はありますが、こんなときだからこそみんなで一つのものを観て、明日も頑張ろうと思っていただけたら・・・。そして私自身、ジャンゴの最後の台詞にとても励まされています。ジャンゴほど大きなことは起こせなくても、なにかのために頑張れる人、戦える人で、それにより救われる人がいたとしたら、その一人ひとりがジャンゴ。そして人でも物でも、自分にとっての木村やディカプリオを見つけられたらいいなと思いますし、もしそれが私達の作った舞台であれば、こんなに嬉しいことはありません。」

*鈴木亮平さん
 「・・・『広島ジャンゴ2022』においては、男性優位な社会や、そこで僕たち男性が女性に課している生きづらさを、西部劇というマッチョな関係性が主体な世界観を使うことで、わかりやすく目に見えるもののようにしているように感じます。
同時に、独裁者の詭弁、搾取されている民衆という政治的な構造も鮮やかに描かれていて、一方で現代の牡蠣工場のシーンには明確な「悪い人」は登場せず、全員が自分の保身や利益、自分なりの『正義』を動機に行動する現実社会が描かれ、それらによって少しずつ生まれる歪が、弱く声の小さな人に集中し、押し潰してしまうような世の中の仕組みが描かれます。
 そして僕が恐ろしく感じるのは、この二つの世界が別々のものではなく、はっきりと地続きのものに感じられることです。そんな、世界の構図にも感じられる『広島ジャンゴ2022』は、同じように歪みの重なりによって、侵略戦争が再び起きてしまった今、皆様により強いメッセージ性を感じていただけるのではないかと思います。・・・」

*中村トオルさん
 「・・・ティムは自分に他者が従うこと、自分が支持した方向に共に進むことこそ、工場や町の人々の幸福だと考えている節があるのではないかと思います。良いことをしていると思うほどではないかもしれませんが、民主主義は無駄が多すぎるから、優秀な独裁者がいたほうがいいと考えている。蓬莱さん(原作者)も『権力に対する欲望、支配する側に立つ欲望』という話をしていて。すごく嫌な欲望ではありますが、それをとてもピュアで、しかも強く持っているのがティム、橘なのかなと思います。・・・・この物語で描かれている問題は、国とか世界という単位で考えたら、本当に小さな事かもしれません。でも一人ひとりの人間にとっては決して小さなことではない。山本と木村の関係にしても、ファーストシーンからラストシーンにかけて、変わったことにも気づかないくらいの変化かもしれません。でも、山本にとっては劇的な変化。そして一人ひとりがそういうものを大切にしたなら、世の中がもうちょっと良くなり、生きづらくなくなるかもしれないと思います。」

森ノ宮ピロティホールの舞台は左の写真のようなもの(プログラムからの引用)。
広島の牡蠣工場もヒロシマのドリーの店もここに少し手を加えただけだが、それで十分だった。

天海祐希さんが「ジャンゴの最後の台詞にとても励まされています」と書かれているが、その台詞は(劇を見ていない人には申し訳ないが紹介すると)

劇の最後、町長ティムとジャンゴの決闘。
ティムはジャンゴに倒されるが死に際に「俺が死んでもティムは無数にいる・・・」と不敵に言う。それに対してジャンゴは
「ジャンゴだって無数にいるんだー!」と叫ぶ。

無数だったか、無限だったか、あるいは公演によって台詞が少しアレンジされるのかよくわからないが、私には上のように聞こえた(理解した)。

舞台はカーテンコールとスタンディングオベーションで終了した。
この時期に「広島ジャンゴ」を観てよかったと思う。
帰ってからネットでみると、観劇した人の声が多くネット上に投稿されていた。
俳優さんは一流だった。天海さんは実物で見るとテレビで見るよりも綺麗だった。
私も大賛成。
しかし私は思う。このような演劇ができること、公演できること、感想が自由にネットで表現できる世界。それは幸せな世界だ。
この世界を大切にして、広げていくための努力は、一人ひとりにかかっていると思う。

 

 

 

魔改造の夜 その2

技術者養成学校2

技術者養成学校の2回めの講師は「宇宙飛行士の大西卓哉さん」。
第2回めのテーマは、
「赤ちゃん人形に学ぶ ー 絶体絶命の失敗からの脱出」

大西宇宙飛行士は2016年にISS第48次/第49次長期滞在クルーのフライトエンジニアとしてISSに約113日間滞在した宇宙飛行士。実際iに国際宇宙ステーションにいくまで約7年の訓練があったと言う。その訓練と実際に宇宙に行っての体験をもとにした話だった。

NHKのホームページに次のような番組紹介がある。

魔改造の夜、新作が登場!「おもちゃ」「家電」を超一流エンジニアたちが極限のアイデアとテクニックで怪物マシンに大改造!今回は、かわいい「赤ちゃん人形」が綱を登る! 『魔改造の夜』は超一流の技術者たちの極限の格闘技、大人のヤバい本気が満載。お題は『幼児が遊ぶ“赤ちゃん人形”を魔改造し8mの綱をいかに速く登るか』3チームが対決!3Dプリンター駆使したモノづくり革命企業・Sライズ、下町工場の星・金属加工プロ集団Nットー、世界の自動車メーカー・N産。強い腕も動力もない赤ちゃん人形、各チーム苦悩の末、衝撃的な3者3様の“モンスター”に!世界で他にない究極の興奮と歓喜!

この赤ちゃん人形の綱登りの戦いで、優勝候補の人形が頂上寸前でストップしてしまう。その人形は上の写真の人形。(写真はNHKホームページより引用)
原因は頭につけていたセンサー。頂上に到達したとき、モーターが加熱しないようにセンサーによって電源ストップさせるという仕組みだが、そのセンサーに揺れる縄があたり、電源がストップしてしまったのだ。あと数センチでゴールというタイミングで。
次の試技までの改良はセンサーの位置をずらすという事だった。
さあ第2回めの試技。スタートスイッチを押すが少し動いて止まってしまった!
動かない。ピクリとも動かない。あーっとうずくまるチームの責任者・・・。
何があったのか? スイッチを押した指が電源コードにあたり接点から外れたということだった。なんという失敗。私はこの放送を見ていたが、本当に無念そうだった。

大西宇宙飛行士は1986年1月28日のスペースシャトル「チャレンジャー」爆発事故のビデオを学生たちに見せる。
爆発の原因はロケットの構造上の欠陥と言われている。
宇宙での事故は生死との隣り合わせだ。いかにその事故を防ぐか、それとの戦いだと言う。7年の訓練では、宇宙船がジャングルに不時着したときのサバイバル訓練もあったという。
また実際にISSで船外活動をしていた宇宙飛行士の宇宙服故障のため、ヘルメット内に水が溢れ、溺れ死にしそうになった仲間の宇宙飛行士がいた例も話された。

さて大西宇宙飛行士からの問いかけは、「このうずくまってしまった人にあなたなら、どんな声掛けをするか?」

いくつか意見が出たが、印象深かったのは「ロボコンで試合開始直前にロボットが突然動かなくなってしまった」学生の意見。
失意の瞬間にチームの仲間が「苦しいね。つらいね。でもあなたが最前線で戦ってくれた。チームの支えになってくれた。本当にありがとう」と言ってくれたという。その時胸のつかえが下りたそうだ。

大西宇宙飛行士がいう。「人間はミスをする生き物だ。いろんなミスがあり、その最後のミスにあたってしまった一人にすぎない。ここから新たなことを勉強することができる。」

質疑応答のとき、一人の男子学生が「自分の責任でミスをしてしまったとき、自分は落ち込んでしまう。どう考えたらいいのでしょう」
大西宇宙飛行士は「たまたまその(ミスをする)順番がまわってきたと、とらえることもできます。自分の失敗、ミスを仲間と共有すること。それが一人だったら自分だけに限られた経験・教訓になるものを、仲間と共有することになり幅広いものになる。その共有が大切だ」という。ポジティブにとらえながら次を目指す精神のたくましさだろう。
赤ちゃんロボットで失敗したチームでも「みんなががんばってきた」と彼一人に責任を負わそうとはしなかった。
失敗から学ぶということは、失敗を共有することからはじまる、ということなのだろう。

 

 

大阪中之島美術館

話題になっている「大阪中之島美術館」に行ってきた。
開館記念のオープニングが3月21日までとなっているので、沢山の人が集まっていた。

左のパンフレットには、
「1983年に構想が発表されてから約40年、大阪中之島美術館のオープニングとなる本展では、これまでに収蔵した6000点を超えるコレクションから約400点の代表的な作品を選び一堂に公開します。・・・(略)・・・
本展では、コレクションに親しみを持っていただけるよう、作品にまつわる99のものがたりもあわせて紹介。「99」は未完成であることを意味しており、皆さんの100個目のものがたりで展覧会は完成します。・・・・後略・・・」
なかなかおもしろい企画だと思った。

雨の日だった。科学館の右に黒い建物がある。それが「中之島美術館」。
傘立てもなかなかおしゃれ。傘をさしてボタンを押すと、写真のような鍵がとれるようになっている。金属の札に「大阪中之島美術館」と刻印されいる。

`館内は基本的には撮影禁止。しかしいくつかの作品については撮影が許可されていた。 この佐伯祐三の「郵便配達夫」が撮影許可されているのはうれしかった。 多くの人がスマフォをかざして写真を撮っていた。
パンフレットに次のような紹介があった。
「佐伯が病に伏していたある日、郵便物を届けに訪れた白ひげの配達夫をモデルに描かれました。かすれたすばやい筆跡に、佐伯の燃え尽きようとする最後の生命力を感じずにはいられません。この作品を含む山本發次郎コレクションの寄贈をきっかけに当館設立の構想が始まりました。」
中之島美術館建設のきっけとなった作品は、私の歩み止め画面に惹きつけられた。いまにも物語が始まりそうな作品だ。

ルネ・マグリットの「レデイ・メイドの花束」、パンフレットの解説を引用すると、 「背広姿の大きな弾性の背中に貼り付けられた花模様の小さな女性。どこかで見たことがあるようなマルグリットの作品は、現実と非現実の境界をさまよわせ、見る人を心地よくだまします。1991年に当館のコレクションに加わった作品は、海外でも高い評価を誇ります。」
マグリットの作品は、中学か高校の美術の教科書で見た記憶がある。SF小説を読んでいるような気にさせる作品だ。

モディリアーニの作品は写真を取ることが禁止されていた。

左の写真は、4月9日からの会館記念特別展「モディリアーニ ー 愛と創作に捧げた35年 ー」と題する展覧会の案内のポスター。

この日に展示されていたのは「髪をほどいた横たわる裸婦」。
中之島美術館の海外作家作品購入第一号として、1989年にコレクションに加わったそうだ。
国内唯一のモディリアーニの裸婦像として紹介されていた。一見に値する作品だと思った。

このロボットは全長7メートルある「ジャイアント トらやん」。 ヤノベケンジさんの作品。
ハンケイ京都新聞の紹介を引用する。

「「子どもの命令にのみ従い、歌って踊り、火を噴く子どもの夢の最終兵器」というコンセプトで、2005年に現代美術家のヤノベケンジが制作した巨大な機械彫刻《ジャイアント・トらやん》。高さ7.2メートルという圧倒的なスケールは、見る者に「最終兵器」としての威圧感を与えつつも、どことなくユーモラスな雰囲気をたたえている。金属の装甲に覆われた巨大な体躯ながら「大阪のお笑い」にも通じるような親しみやすさは、大阪出身であるヤノベの父が趣味とするちょび髭の腹話術人形から生まれた《トらやん》が巨大化した、という作品の設定によるものかもしれない。
ヤノベはこれまで《ジャイアント・トらやん》を、大阪市住之江区北加賀屋にある鋼材加工工場・倉庫跡地を活用した大型現代アート作品の収蔵庫「MASK(MEGA ART STORAGE KITAKAGAYA)」で保管してきた。2012年の開館以来、MASKのシンボル的な存在として親しまれてきた《ジャイアント・トらやん》は、2022年2月に開館を予定している大阪中之島美術館へ寄贈される予定だ。・・・後略・・・」
そして現在確かに中之島美術館に存在する。

作品を収録したアルバムは完売したようなので、絵葉書を買うことにした。
私が一番見たかったのはこれ。アルバムは買えなかったので絵はがきを買った。

池田遙邨(いけだようそん)の「雪の大阪」(1928年の作品)
パンフレットの紹介は「22年ぶりの大雪で真っ白に雪化粧された大阪。新旧和洋様々な建物が並び、河川には外輪船やポンポン船が行き交う往時の水都大阪に、時を越えて誘われるようです。本作品は2000年に当館のコレクションへ加わってから機会あるごとに紹介している、”推し”作品の一つです。」

この作品は1928年2月11日の様子を描いたそうだ。
実物を見ても、ガラス越しだと全体が霞んだように見えて、まさに雪景色を見ているような雰囲気だった。
絵の上部に白く大きな台地のように広がって見えるの大阪城の城壁。あちこちに櫓(やぐら)が建っている。左上部にあるのが天守閣?と思いがちだがそうではない。天守閣はまだこの年には建っていなかった。天守閣が市民の寄付によって再建されたのは1931年(昭和6年)である。池田遙邨の絵はまだ再建が終わっていない大阪城を描いている。
2月11日、寒い日も穏やかな日も、そして絵のように雪の降る年もあったのだろう。私は2月11日に行われた研究会には30年近く参加していたが、私の記憶ではこんな大雪はなかった。しかし雪がちらついたり本当に深々と寒さが足元から伝わってくる年もあった。
この作品の写真が撮れなかったのは残念だった。

絵の他にも椅子や机のようなデザイン作品や現代の抽象画のような作品、写真の展示などがあり、1時間や2時間ですべてを見ることはできなかった。 機会を見つけて何回か来たい美術館だ。
この中之島美術館のすぐそばに国立国際美術館がある。
その先には大阪市立科学館があり、地下の食堂で休憩とした。
科学館には幼稚園から高校生らしい団体やグループが見学に来ていた。プラネタリウムも全時間予約で満杯だった。
昼食をとって国際美術館から地上に出ようとしてエスカレーターを利用すると「あれ、忘れものなのかな、あのボストンバック?」
空中にぶら下がったボストンバックが目に入った。
受付の人に「あれも作品なんですか?!」と思わず聞いた。
「ええ、そうなんですよ」とにこやかな表情で答えがかえってきた。
おもしろいなー、以前にもここに来たことがあるのに気が付かなかった。
天気がよければ歩いて中之島に出ることができる。中央公会堂や府立図書館にも行きたかったが雨のためにやめた。
もう少し暖かくなったら、また来ることにしよう。