江戸時代の三角関数を使った測量3

八線表を使ってH2ロケットの高さを求める。

この問題はネットにあった「福田理軒『測量集成』の体験学習を通した生徒の数学感の変容ー量尺・量地儀を使った三角比・対数の授業ー 筑波大学大学院修士課程教育研究科 丸山洋幸」という論文から引用している。

「測量集成」という本は、1853年頃に作成されたようだ。 「黒船を測量することによって順天堂塾の高度な測量技術を世間に紹介するのと同時に、黒船の脅威を知らしめた。」と「順天180年史」にかかれている。

この問題は前回のプログに書いた、下記の解法がそっくり利用できる。

 

この「測量集成」についている八線表を見てみると、(国立国会図書館デジタルコレクションより引用)

40度の余切は 1.1917536
35度の余切は 1.4281480

1.4281480 - 1.1917536 = 0.2363944
四捨五入をして 0.24 とする。

12 / 0.24 = 50

よってH2ロケットの高さは 50m となる。

観測者の位置がロケットの立っている位置から高いなら(例えば三脚の高さを考慮するなど)、その分をプラスすればよい。
こうして八線表の余切の値を利用して、日本の誇るH2ロケットの高さを求めることができたわけだ。

八線表のもとになる三角関数表は、「江戸の数学」というホームページによると、

「我が国にはオランダ語の数学書・天文学書や中国に伝わったヨーロッパの数学や天文学の漢訳書(『崇禎暦書』など)を通じて伝わりました。」

とある。また、

「我が国での最初の三角関数表は建部賢弘(1664-1739)の『算暦雑考』であるといわれます。」
「割円八線表は日本地図作成で有名な伊能忠敬(1745-1818)が測量時に携帯していたことで有名です。」

とも書かれている。伊能忠敬は八線表を使って、毎日の測量をもとに計算まとめていたことがわかってくる。

八線表の写真をネットで見てると、外国からやってきた数表を、日本式に漢数字にして縦書きにしていった苦労は並大抵ではなかっただろうと想像される。
それは江戸時代の人たちの学問への期待と努力のあらわれだろうか。