勾玉(まがたま)づくり

堺市立博物館で「色付き勾玉を作ろう」という体験講座があった。
堺市立博物館では、勾玉づくりとかダンボールで作る古墳づくりなどの、子ども向けの体験講座が企画されている。
堺市という土地柄だからだろうか。小学生の子どもたちにはとっつきやすい講座だ。

20人程度の体験講座。最初に勾玉についての説明があった。
「勾玉とは? 古代のアクセサリー。人の埴輪などから、首飾りなどにつけていたことがわかります。 古墳を発掘すると、大量の勾玉が見つかることもあります。 勾玉は、縄文時代から古墳時代のあいだに作られ、それよりあとには、急に作られなくなりました。」とパワーポイントを使って教えてもらう。
へーっ、そうなのか。古墳時代以降は勾玉の制作は廃れてしまったのか。それにはどんな理由があるのだろか。大きな謎だ。

体験講座では、滑石(むかしロー石といってコンクリートや壁にらくがきしたものだ)を使って工作した。
事前に穴が開けられた滑石が配られる。そこに勾玉の形や、自分で作りたい形を赤鉛筆でふちどる。型紙も用意されていた。
形が決まったら、サンドペーバーで赤鉛筆で書かれた形を削り出していく。
これが結構時間がかかる。

鉛筆にサンドペーパーを巻いたり、木の角を使ってのぞみの形を作り出す。
何を使うのかを考えるのも、頭の体操だ。

博物館の人の話によると、実際の勾玉は「ひすい」「水晶」「べっこう」「めのう」などで作られていたそうだ。なかには「土器製のもの」「青銅製」のものもあったらしい。
それにしても縄文時代に硬いひすいや水晶をどのようにして磨いていったのだろう。また丸い穴を開けるのはどういう方法だったのだろう。
博物館の人に聞くとまだまだ完全にはわかっていないそうだ。硬い水晶の棒や粉を使ってみがいたり穴を開けたのではないかと推測されているそうだ。それにしても長い時間がかかっただろう。

ほぼ形が削り出されたら、水性のサンドペーパーを使ってみがきをかける。
でこぼこのない、なめらかな勾玉にしあげる。
今回は色付きの勾玉なので、水性塗料を使って色付けをしていく。
ここでは五色の色から選べるようになっていた。

この独特な形は何を表しているのだろう。何に由来しているのだろう。
博物館の人に聞くとこれも諸説あり、定説はないそうだ。
わたしはなんとなく胎児の姿を想像すると言うと、
「そういう説もあります」と返事があった。
ウィキペディアをみると、次のような説が紹介されていた。

  • 動物の牙で作った牙玉を基とする説
  • 胎児の形を模したとする説
  • 魂の姿を象ったとする説
  • 巴形を模したとする説
  • 月の形を模したとする説
  • 形そのものに意味があったとする説
  • 破損した耳飾を再利用したとする説

このように諸説あるが、この形は日本古来のもののようだ。 日本のデザインだとすると、なんとなく親しみが湧く。そういえば三種の神器の一つに、「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」がある。

縄文時代、弥生時代、古墳時代の人々の生活や文化について、勾玉づくりをとおして考える機会ができたのは大変有意義だった。堺にはまだまだ面白い取り組みがあると思う。