奥の細道を英語で8(平泉1)

We went to Hiraizumi, one of the places I have always wanted to see.
The Fujiwara family controlled the area for three generations.
It was safe and wealthy for about 100 years.
Was it a long time?
It  wasn’t if you compare it to our country’s long history. Their castle was well known all across Japan.
It was huge.
You had to walk four kilometers to get from the gate to the main building. But the castle was gone and there were only open fields.
Mount Kinkei was still there.
It was a man-made hill that looed like Mount Fuji.
*man-made; 人工の、人造の

三代の栄耀(えよう)一睡(いっすい)の中にして、大門の跡は一里こなたに有(あり)。秀衡(ひでひら)が跡は田野(でんや)に成(なり)て、金鶏山(きんけいざん)のみ形を残す。

*三代の栄耀一睡の中にして; 奥州藤原三代、清衡、基衡、秀衡を指す。一大勢力を築き上げたが、四代目の泰衡の代になって、頼朝に滅ばされた。
*秀衡が跡; 秀衡の存命当時には伽羅の御所(きゃらのごしょ)と呼ばれていた。

橋本治さんの訳を見てみよう。
「平泉に栄えた藤原三代と呼ばれる栄華も、後世の今から考えれば、それこそ中国の故事にあるわずか一眠りの短さで燃え尽きてしまったものだった。遠い北国から日本全国に鳴り響くほど知られた、華やかな日々の思い出につながる「平泉の館」、その大門はなんと一里手前にある。そんな大規模なものだった。
秀衡の居館は、今はただの田野になってしまっていて、秀衡が築かせたと言われる金鶏山だけが往時の形を残している。」

*中国の故事にある・・というのは、英訳では 
Was it a long time?
It  wasn’t if you compare it to our country’s long history.
の部分に当たると思われるが、「盧生の黄粱一炊の夢(ろせいのこうりょいっすいのゆめ)」で知られている故事のこと。その内容は、「中国の盧生という男が枕を借りて一眠りする間に、自分の一生を夢に見てしまう。目覚めればそれはほんのわずか、飯を炊くぐらいの時間であったという話。」
日本では「一炊」を「一睡」として流布していたそうだ。芭蕉もその言葉を使っている。
藤原三代100年の栄華も、今の時代から見ればそれは「盧生の黄粱一炊の夢」であったということだろう。

 

上の写真はインターネットからの引用。
秀衡が富士山に似せて築いた山。山頂には黄金づくりの鶏が埋められているという伝説がある。