奥の細道を英語で7(松島)

白河の関についたのは
4月20日頃。
松島についたのは
5月9日頃であった。
これは旧暦なので、新暦でいうと4月20日は6月7日。
5月9日は6月25日。
二十日あまりを歩いて松島に到着した。

この旅の目的の一つが歌枕にある「松島」。
季節は新暦では6月、もう初夏になっていたことがわかる。

At Matsushima, the view of the ocean was shockingly beautiful.
There were so many islands in many shapes and sizes.
Some of them had beautiful pine trees with branches turned away from the wind.
I was so excited after seeing the amazing scenery that it wa not easy to go to sleep that night.

*shockingly; びっくりするほど、ひどく
*in many shapes and sizes; さまざまな形と大きさの
*pine trees; 松の木
*amazing; 驚くほどの、すばらしい
*scenery; 風景、景観

抑(そもそも)ことふりにたれど、松島は扶桑第一の好風にして、凡(およそ)洞庭(どうてい)・西湖(せいこ)を恥(はじ)ず。
東南より海を入て、江(え)の中三里、浙江(せっこう)の潮(うしお)をたゝふ。
島々の数を尽して、欹(そばだつ)ものは天を指(ゆびさし)、ふすものは波に匍匐(はらばう)。
あるは二重(ふたえ)にかさなり、三重(みえ)に畳(たた)みて、左にわかれ右につらなる。負(おえ)るあり抱(いだけ)るあり、児孫(じそん)愛すがごとし。松の緑こまやかに、枝葉汐風(しおかぜ)に吹(ふき)たはめて、屈曲をのづからためたるがごとし。
其(その)気色えん(アナカンムリに+目)然として、美人の顔(かんばせ)を粧(よそお)う。
ちはや振(ふる)神のむかし、大山ずみのなせるわざにや。
造化の天工(ぞうけのてんこう)、いづれの人か筆をふるひ詞(ことば)を尽(つく)さむ。
・・・・(略)・・・・
江上に帰りて宿を求れば、窓をひらき二階を作(つくり)て、風雲の中に旅寝するこそ、あやしきまで妙(たえ)なる心地はせらるれ。
     松島や
      鶴に身をかれほととぎす     曽良
予は口をとじて眠らんとしていねられず。
・・・(このあと雄島の磯について書かれている)・・・・

*抑ことふりにたれど; さてさて、古くから言われていて今更言うまでもないが、という意味。
*扶桑第一の好風にして; 扶桑は日本のこと。古代中国では日本は桑の木が多い国として言い伝えられていたために生じた名前。松島は日本一景色の良いところだという意味。
*屈曲をおのづからためたるがごとし; 枝の屈曲は自然に曲がったものでありながら、工夫をこらして美的に曲げたように思える。
*ちはや振 大山ずみ;「ちはやふる」は神にかかる枕詞。「大山ずみ」は山を司る神のこと。

少し長くなるが、橋本治さんの訳を引用する。
「こんなことは古くから沢山の人が言ってきてのだが、松島はやはり我が日本国で最も景色の美しいところだろう。あの中国で絶景だと古来名高い洞庭湖や西湖に比べても劣るとは思えない。
 南東の方向から、内湾が入り込んでいて、その周囲は約三里、中国の景観で名高い浙江の潮流とはこういうものかと思える潮が満ちている。
 ありとあるゆる島がこの湾内に集まり、そそり立つものは天をさし、伏せた形のものは波に腹ばっていると見える。二重に重なったり、三重にたたみかけた島々、それらが左方向には点々と散り、右方向には互いにつながって伸びる。小島を背に負っていると思える島、胸に抱くかと思える島があり、ちょうど人の親が子や孫をいとおしんでいるような姿である。
 びっしり茂った松の緑は色濃く、枝ぶり、葉の付き方、すべてが潮風に吹き曲げられ、そのさまは自然のものでありながら、人工の枝のかざりを傾けて作り出したかと思える。
 見とれているうちに、しだいにその方に吸い寄せられていく気持ちになるのは、あの中国の詩人東坡(とうば)が、絶世の美女が限りなく美しく化粧したと詩に詠んでいるが、本当にその評判通りのものだからだろう。
これらはすべて太古の昔に大山祇(おおやまずみ)の神が作り出したものだろうか。大自然の力で限りなく精緻な出来栄えになったこの景色は、どんな名人の手を借りても、描ききれるものでもないし、言い表せるものでもない。・・・(このあと雄島のいそについてがある)・・・・
 浜辺に帰って宿を借り、窓を開くと二階づくりになっていて、風の音、雲の流れの真っ只中にうたた寝しているように思え、信じられないほど澄み切った気持ちにさせられた。
   松島や鶴に身をかれほととぎす     曽良
曽良は句を作ったが、自分はとても句の詠めるような心境ではなく、寝ようとしたが感動にまだ心おどる思いがして眠れるものではなかった。・・・(略)・・・・」

*曽良の句、「松島や鶴にみをかれほととぎす」について、長谷川櫂著「『奥の細道』をよむ」には次のような解説があった。
「すばらしい松島の眺め。今、一声鳴いたホトトギスよ、美しい鶴の姿になってこの風景の中に舞い降りてほしい。『松島や』の『や』は名所の『や』。松島という眼前の景に「鶴に身をかれほととぎす」という曽良の思いを取り合わせる古池型の句。細かく見れば「鶴に身をかれ」のあとにも小さな「切れ」がある。」

芭蕉の念願だった松島に来て、その風景を絶賛している。しかし芭蕉自身の句が「奥の細道」には書かれていない。句を詠んだのか、詠まなかったのか、今もその真意が謎のままに残されている。