奥の細道を英語で2(旅立)

芭蕉は1864年8月に門人の千里と江戸を発ち、伊勢、伊賀、大和、吉野、山城、近江、名古屋などを巡る旅を約9ヶ月かけて旅をしている。それは「野ざらし紀行」として知られている。
また1687年10月からは伊賀、伊勢神宮、吉野、高野山、大和、須磨、明石などをめぐっている。これは「笈の小文」として知られるようになった。
そして今回、1689年の春3月に、奥州に向けての旅が始まったのだ。

Early on the morning of March 27th, I saw a thin moon in the western sky and Mount Fuji far away.

I was ready to start my journey.

I looked in the direction of Ueno.
I wondered if I would ever see the famous cherry blossoms there again.

* I wondered if I would ever see the famous cherry blossoms there again.
有名な上のの桜の花を再び目にすることがこの先あるのだろうかと思った。

弥生も末の七日、明けほのの空朧朧(ろうろう)として、月は在明(ありあけ)にて光おさまれる物から、不二の峰(みね)幽(かす)かにみえて、上野・谷中の花の梢、又いつかはと心ぼそし。
 
ここの部分は英文も原文もよくよめば分かる内容だと思う。
3月27日の早朝、有明の月。旧暦だから満月(15日)をすぎ、新月(4月1日)に近づいていることがわかる。こういう点は旧暦が便利なところだと思う。

My students and friends gathered to see me off.
We all got on the boat and went up the Sumida River.
People didn’t talk much.
We were all a little sad.
We were going up the river to Senju.
Going against the flow of the river made me think.
It seems that the river was trying to stop spring from coming and stop me from going.

*stop spring from coming and stop me from going; 春が訪れることをとどめ、私が行くことをとどめる。

I saw fish in the river.
Their eyes looked like they were wet with tears, just like ours.
I wrote another hiku.

    Spring about to leave
      Birds are crying their sad songs
        Fish eyes filled with tears

*be about to leave; 今にも立ち去ろうとしている。

We got off the boat and I said good bye.
Now, my long journey would begin.
I wondered what I would see and experience.
That thinking made me worry, but I had always felt life was like a dream.
Maybe this goodbye was also a dream.
But when I started to walk away, I couldn’t help crying.

*I couldn’t help crying; 泣かずにはいられなかった。

むつましきかぎりは(日頃親しい人たち)宵よりつどひて、船に乗りて送る。
千じゅと云う所にて船をあがれば、前途三千里のおもひ胸にふさがりて、幻のちまたに離別の泪をそそぐ。
 
行(ゆく)春や
     鳥(とり)啼(なき)魚(うお)の目は泪
 

高橋治さんの訳を見てみる。
「親しくしている人たちは、残らず前の晩から来てくれていて、舟に乗り込んで自分を送ってくれる。千住というところで船から降りたが、その先は三千里といってもよいほどの長旅である。いったいどんなことが待っているのかと不安にもなる。」

「この世のことは、ぜんぶ幻のようにはかないものだといつも考えて来ているから、この町で親しい人々と別れなければならないのも、じつは幻なのだと考えたりもする。だが、いざ、実際に、見送りの人たちに背を向けていくことになると、涙をこぼさずにはいられなかった。」

*俳句の意味は「行く春をうれうように、鳥は悲しげに鳴き、魚の目にも涙が浮かんでいるようだ」(ビジュアル古典文学 おくのほそ道 ・文 関谷淳子 写真 富田文雄 ピエ・ブックス より)
*長谷川櫂著「『奥の細道』をよむ」(ちくま新書)には、この句は「行春や」と「鳥啼魚の目は泪」との「取り合わせの句」と説明があった。

是(これ)を矢立(やたて)の初(はじめ)として、行道(ゆくみち)なをすすまず。
人々は途中(みちなか)に立ちならびて、後(うしろ)かげのみゆる迄はと、見送(みおくる)なるべし。

 

この句(行春や鳥啼き魚の目は泪)を旅行中の第一句として書き留めた。こうしてこの旅を始めることになったが、見送りの人々は立ったまま動かない。自分の後ろ姿が見えるうちはと、見守っていてくれるつもりなのだろう。」(訳 高橋治「おくのほほそ道」より) 

原文と英文とは少し前後するところや、内容をまとめているところもあるが、全体の内容はわかると思う。
原文は順序を変えることなく、全文を書き写すつもりだ。

この当時の風習として、長旅に出る人の送別は、一駅先の宿駅まで同行すること、また、別れるときには後ろ姿が見えなくなるまで見送ること、送られるものは後ろを振り返ってはいけない、とされていたという。
だから「奥の細道」のような情景になることがわかる。
また「是を矢立の初として」とは、「この句を旅立ちの記念として」という意味で、矢立とは墨壺に筆入れの筒のついた携帯用の筆記用具のこと。
英文の注は、Enjoy Simple English の冊子末の「ワードリスト」より引用している。

次回は「日光」。