奥の細道を英語で1(序章)

9月のEnjoy Simple English は、松尾芭蕉の「奥の細道」。

高校の古典で学んだことは覚えているが、「月日は百代の過客にして・・」ぐらいしか覚えていない。
この機会に「奥の細道」を読んでみよう。

「奥の細道」の原文は、「えんぴつで奥の細道」(大迫閑歩・書、伊藤洋・監修 ポプラ社)から引用する。
この本によると、「奥の細道」は1689年(元禄二年)の早春に出立、日光、平泉を巡って日本海に出、金沢を経て大垣にいたるまでの160日の大行脚、芭蕉がもっとも心血を注いだ散文である。
まず序章の場面。

Days, months and years are travelers.
They come and go in an endless journey.
People, too.
For boat operators who live their days on water and horsemen leading their animals, life is a journey and the journey is their home.
Many people have been on a journey and many have died on one.
For me, if I see a cloud moving with the wind, I cant’t stop thinking about traveling.

  *boat operator; 船頭
    *horsemen; 馬子(まご),馬方(うまかた)、馬で人や荷物を
          運ぶことを職業とする人。horseman の複数形

月日は百代(はくたい)の過客(かかく)にして、行きかふ年も又旅人なり。
舟の上に生涯をうかべ馬の口とらえて老をむかふる物(者)は、日々旅にして、旅を栖(すみか)とす。
古人も多く旅に死せるあり。
予もいづれの年よりか、片雲(へんうん)の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず、
 
[江戸時代の俳人、松尾しょうの「おくのほそ道」の冒頭から。「月日は百代の過客にして、行き交ふ年もまた旅人なり(月日は永遠の旅人であり、やってきては過ぎていく年も旅人である)」とあります。これは、八世紀、唐王朝の時代の中国の詩人、はくの文章を踏まえたもの。李白の文章は、「天地は万物のげきりょにして、光陰は百代の過客なり(天地はあらゆるものを泊める宿屋であり、時の流れは永遠の旅人である)」となっています。なお、「百代」は「ひゃくだい」とも、「過客」は「かきゃく」とも読みます。(インターネットのコトバンクより)
 
「百代」を「はくたい」あるいは「ひゃくだい」と読むらしい。
「過客」も「かかく」あるいは「かきゃく」と読むらしい。らしいと書いたのは、調べてみると両方の注釈があったからだ。
本によってその読みが違う。
「過客」を「くわかく」とルビをうつ本もある。
そこで上の「コトバンク」の説明を引用した。

この部分はどういう意味なのか、左の本「おくのほそ道」(高橋治 講談社)を参考にしてみよう。

「年、月、日といった時間は、限りない広がりと、永遠に続く宇宙から見れば、旅行者のようなものだ。来ては去り、去っては新しいものが訪れる。人間も時間と似たようなもので、船頭も馬子も、舟や馬を相手にして、人生という時間の中を旅していく。つまり、旅の中に生活しているともいえるだろう。」

Last autumn, after a long trip, I finally came back to my littl house by the Sumida River
The days passed slowly until the new year.
Then I started watching the clouds again.
This time, I wanted to go north to the Tohoku region.
I couldn’t think about anything else.
Before I knew it, I was getting my traveling clothes and hat ready, and preparing my body for the long walk.
I dreamed about the moon in Matushima.
Is it as beautiful a people say?

*region; ; 地方、地域

海浜にさすらへ(前年の『笈の小文(おいのこぶみ)の旅中、鳴海・伊良湖崎・和歌浦・須磨・明石をまわったこと)、去年(こぞ)の秋江上(こうじょうー江戸のこと)の破屋(はおくー深川の芭蕉庵のこと)に蜘(くも)の古巣をはらひて、やや年も暮、春立る霞の空に、白川の関こえんと、そぞろ神(芭蕉の造語、旅に出るように誘惑する神)の物につきて心をくるわせ、道祖神のまねきにあひて取(とる)もの手につかず、もも引の破れをつづり、笠の緒(お)付(つけ)かえて、三里(灸のツボ)に灸すゆるより、松島の月先(まず)心にかかりて、

橋本治さんの訳を見てみよう。

「去年の秋にやっと京都から美濃、尾張を通り、木曽路をたどる「更科紀行』の旅から戻った。深川の芭蕉庵は閉めたままにしていたので、クモの巣が張ったり、ほうぼう、傷んでいたりした。それをとにかく住めるようにしたばかりだというのに、年の暮れから霞がたなびく春の季節がおとずれると、もう落ち着かなくなってしまった。
一日も早く奥州の入口になる白河の関を越えたいと思うし、旅人の道中の安全を守る道祖神が、自分を手招きしてくれているような気がして、何も手につかない。
旅に使う股引や笠の手入れをせずにはいられないし、脚を強くするための灸をすえたりする有り様なのた。そんなことをしていると、昔から有名な松島の月はどんなものだろうかと、空想が先へ先へと走って止まらなくなってしまう。」

I decided to sell my house and go.
I heard that a young couple bought the house and the they have a little girl.
Maybe my old house will become lively.
I wrote a hokku or haiku for them and left it in the house.

*lively; 元気な、活気のある
 hokku; 発句(徘徊「連句」の最初の一句)

住(すめ)る方は人に譲り、杉風(さんぷうー芭蕉の弟子の一人)が別墅(べっしよ)に移るに、

   
「そこで、仕方なく、芭蕉庵は人にゆずりわたして杉風が深川に持っている別宅に移ることにした。そのさい、連句百韻の最初の八句を書き留めて、芭蕉庵の柱にかけておいた。」

With a new family
    My old house will surely change
     With pretty doll sets.

  草の戸も
       住替る(すみかわる)代(よ)ぞ ひなの家

面八句を庵(いおり)の柱に懸置(かけおく)。

この句の意味は、
「住み慣れてきたこのみすぼらしい草庵も、住み替るべきときがきた。誰かあとで引っ越してくる人が、お雛様を飾って華やかになることがあるだろう」
という内容で、女の子のいる家族持ちが芭蕉の後に移り住んだのだろうと考えられている。
 あらためて「奥の細道」を原文で読んでみると、短い言葉に多くの情報が載せられていることに驚く。最後の句にある「ひなの家」から、次に移り住んでくる家族に女の子あるいは孫がいると読み解くのは私にはむずかしい。
 さあ、旅立ちの時がやってきた。