Sansho-dayu 山椒大夫9

Morozane was very grateful, so he sent his people to look for Zushio’s father.
But the father was already dead.
Zushio was very sad but decided to live a life on his own.
With Morozane’s support, Zushio got a good job to manage the region in Tango, where Sansho-dayu lived.

師実は厨子王に還俗させて、自分でかんむりを加えた。同時に正氏が謫所たくしょへ、赦免状しゃめんじょうを持たせて、安否を問いに使いをやった。しかしこの使いが往ったとき、正氏はもう死んでいた。元服して正道と名のっている厨子王は、身のやつれるほどなげいた。
 その年の秋の除目じもくに正道は丹後の国守にせられた。これは遙授ようじゅの官で、任国には自分で往かずに、じようをおいて治めさせるのである。

As the leader, Zushio made a new rule; no more buying and selling people.
Next, he built a temple by the pond to pray for Anju.

しかし国守は最初のまつりごととして、丹後一国で人の売り買いを禁じた。そこで山椒大夫もことごとく奴婢を解放して、給料を払うことにした。大夫が家では一時それを大きい損失のように思ったが、このときから農作も工匠たくみわざも前に増して盛んになって、一族はいよいよ富み栄えた。国守の恩人曇猛律師は僧都そうずにせられ、国守の姉をいたわった小萩は故郷へかえされた。安寿が亡きあとはねんごろにとむらわれ、また入水した沼のほとりには尼寺が立つことになった。

森鴎外の「山椒大夫』では、安寿を死に追いやり自分も死の直前まで追い詰めた山椒大夫たちには、厨子王はびっくりするほど寛容である。
奴婢を解放させただけでそのあとは以前のようにさせ、「一族はいよいよ富に栄えた」とある。
偕成社の『日本伝説 あんじゅとずし王」も同様である。上の写真の「新・講談社の絵本 安寿姫と厨子王丸」もそうである。
しかし、朝日ソノラマの「日本名作ものがたり あんじゅとずし王」は、山椒大夫を死刑にしている。
吉田修一作のアンジュと頭獅王」では、山椒大夫の子どもの三郎は山椒大夫の首を斬るように命じられて父親の首を切る。そして三郎自身も海辺の砂浜に首から下を埋められている。
講談社の「21世紀版 少年少女古典文学感にある、ねじめ正一作の『山椒大夫』」では、山椒大夫を首だけ出るように埋め、三郎に竹鋸でその首を斬るように命じている。首を切った三郎も浜につれていかれ、往来の者どもに七日七夜首をひかせている。
説経節ではたぶんこのように残酷だったのだろう。それを森鴎外が大きく変え、その流れで子どもむけの「安寿と厨子王」という本ではその内容も変わってきたのではないかと、私は想像する。

Then Zushio headed for Sado to look for his mother.
When he walked by a farmer’s house, he saw an old woman chassing birds away form the awa grain.
She could not see.
Suddenly , something made him walk closer to her.
He heard her quietly sing.
“Go away birds, I miss my little girl Anju.
Go away birds, I miss my little boy Zushio.”
Zushio ran to the woman with his eyes full of tears.
He could not speak.
Then he touched the buddhist statue to this old woman’s forehead.
She opened her eyes. and looked at the young man in front of her.
“My dear Zushio!”
The words echoed through the village as mother and son held onto each other.


 佐渡の国府こふ雑太さわたという所にある。正道はそこへ往って、役人の手で国中を調べてもらったが、母の行くえは容易に知れなかった。
・・・・略・・・・
 ふと見れば、大ぶ大きい百姓家がある。家の南側のまばらな生垣いけがきのうちが、土をたたき固めた広場になっていて、その上に一面にむしろが敷いてある。蓆には刈り取ったあわの穂が干してある。その真ん中に、襤褸ぼろを着た女がすわって、手に長い竿さおを持って、雀の来てついばむのをっている。女は何やら歌のような調子でつぶやく。
 正道はなぜか知らず、この女に心がかれて、立ち止まってのぞいた。女の乱れた髪はちりまみれている。顔を見ればめしいである。正道はひどく哀れに思った。そのうち女のつぶやいている詞が、次第に耳に慣れて聞き分けられて来た。それと同時に正道は瘧病おこりやみのように身うちがふるって、目には涙が湧いて来た。女はこういう詞を繰り返してつぶやいていたのである。

安寿恋しや、ほうやれほ。
厨子王恋しや、ほうやれほ。
鳥もしょうあるものなれば、
う疾う逃げよ、わずとも。

 正道はうっとりとなって、この詞に聞きれた。そのうち臓腑ぞうふが煮え返るようになって、けものめいた叫びが口から出ようとするのを、歯を食いしばってこらえた。たちまち正道は縛られた縄が解けたように垣のうちへ駆け込んだ。そして足には粟の穂を踏み散らしつつ、女の前に俯伏うつふした。右の手には守本尊を捧げ持って、俯伏したときに、それを額に押し当てていた。
 女は雀でない、大きいものが粟をあらしに来たのを知った。そしていつもの詞を唱えやめて、見えぬ目でじっと前を見た。そのとき干した貝が水にほとびるように、両方の目にうるおいが出た。女は目があいた。
「厨子王」という叫びが女の口から出た。二人はぴったり抱き合った。

地蔵菩薩像をもっている厨子王は、その地蔵菩薩像の力によって母親の目が見えるようになる。
地蔵菩薩像を持っていない厨子王は、厨子王の涙や母親自身の涙によって目が見えるようになっている。
このように説教節にルーツがある「山椒大夫」「安寿と厨子王」にはいろんなバージョンがあるようだ。
安寿も身を投げずに生き残った本もある。
あるいは三途の川で、弟の身代わりになったことでもう一度現世に戻って生き直す機会を与えられた本もある。

私が小学生の時に読んだ本では、安寿は弟のために自分を犠牲にしていた。その人がどんな本を読んだのか、話を聞いたのかによって少しずつ内容が違っているのだと思う。しかし説話で伝わったお話が、森鴎外によって文学として蘇らせた功績はやはり大きいと言っていいのだろう。