愛蘭土紀行 その6

クイーンズ・カレッジ

ここはクイーンズ・カレッジ。
C.S.ルイスのお母さんフローレンスさんが通った大学。お母さんはルイスが10歳のときにガンで亡くなっている。ルイスの心の喪失感は埋められることはなかったらしい。

なんともきれいな建物。美しい建造物だ。
現在はクィーンズ大学ベルファスト(THE QUEEN’S UNIVERSITY BELFAST)と呼ばれている。
1810年にTHE BELFAST ACADEMICAL INSTITUTION として創立され、1845年にクィーンズ・カレッジ・ベルファストになり、1850年にコーク、ゴールウェイのクィーンズ・カレッジと合同してクィーンズ大学アイルランドになった。
1880年にロイヤル・ユニバシティ・アイルランドと改名された。そして1908年現在のクィーンズ大学ベルファストとアイルランド国立大学(NATIONAL UNIVERSITY OF IRELAND )にわかれたそうだ。大学もいろいろと変化があるらしい。
ルイスのお母さんが通っていた頃は、クィーンズ・カレッジ・ベルファストだったと思われる。

この日は大学でイベントがあるらしく、大学の入口では何か印刷物を配っていたり、キリスト教関係のパンフレットを配っていたりしていた。
大学の正門前で、大学生(赤いシャツを着ている男性二人)と記念写真を写す。
赤いシャツを着た学生があちこちにいたが、みんな真面目そうだった。

左の写真はクィーンズ大学ベルファストの紋章。
左側にある赤いては「アルスターの赤い手」と呼ばれているもの。
この赤い手は神話に由来するもので、アルスター王国にはしかるべき後継者がいず、王の候補によるボートレースが開かれた。「アルスターの石に最初に手を付けたものが王になる」と決められてレースが行われた。ある王の候補が負けそうになった時、自分の腕を切り落として岸に投げ、「最初にアルスターの石にさわった」として国王になったという伝説である。
この赤い手は「北アイルランドのシンボル」として使われることがあるそうだ。

どんなイベントなんだろう?と大学の構内に入ってみると、大音量で「ダンシング・クイーン」の曲が流れていた。ABBAの「ダンシング・クイーン」だ。
クィーンズ・カレッジでダンシング・クイーンとは、すっかり私の気に入ってしまった。「クィーンズ・カレッジのテーマソングはダンシング・クイーンだったりして」と一人で笑ってしまった。

上の地図の左下にQueen’s University の文字が読み取れるはず。
次に向かったのは、地図の北にある Titanic Belfast に向かう。

 

 

 

愛蘭土紀行 その5

聖マーク教会からキャンベル・カレッジへ

私達がいるのはアイルランド島の北部にある北アイルランド。ここはイギリス領。真ん中にネイ湖という大きな湖がある。
通貨はポンド。ちなみにツアーの後半に行くアイルランド共和国はEUに加盟しているので貨幣はユーロ。
ベルファストは北アイルランドの首府。
アイルランド島という一つの島は、イギリス領の北アイルランドとアイルランド共和国にわかれている。その歴史はひとくちでは説明できない。カトリックとプロテスタントの宗教上の対立もあり、複雑な歴史がある。それは機会に応じてブログに書ける範囲で書いてみたいと思う。

私達は首都のベルファストに二泊し、C.S.ルイスに関係するところを観光。
上の地図の真ん中にCity Hall がある。東側にC.S.ルイス・スクエア、The Seacher’s Statue 探求者の像、があり、そこを見学をした。

C.S.ルイスのアイルランドでの生活については、現地ガイドのナオコさんが書かれたブログに詳しく紹介されている。

http://naokoguide.com/blog-entry-2223.html

ルイス広場をあとにして、聖マーク教会に向かう。
この日は教会が空いていないので、外からの写真撮影のみ。 明日、ミサのあとに見学させてもらう予定だそうだ。

教会の中にある建物の玄関ドアのノブがライオンの顔。多分ルイスがナルニア国物語を書くときのインスピレーションに関係するのでは、と現地ガイドさんの説明。
現地ガイドのナオコさんのブログから、この時代のルイスの様子を引用する。

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C.S.ルイスは1898年11月29日、弁護士の父と牧師の娘であった母との間に生まれました。
その頃のベルファーストは、造船とリネンを中心に産業革命の恩恵を受けて栄えていた時代。ルイスの父方の祖父はダブリンから産業革命の波に乗ってベルファーストへやって来て、造船関係のビジネスをおこして成功しました。ルイスの生まれる前年にベルファーストは町から市へと昇格、ルイスが生まれた年にシティーホールの建設が始まっています。
そんな活気に溢れた時代のベルファーストで、ルイスはアッパークラスのお坊ちゃんとして生まれ育ったのでした。

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次に向かったのは、ルイスが通ったという名門男子校のキャンベル・カレッジ Campbell College バスの中からの写真なので、少しぶれてしまった。

ガイドさんの予定では、入口付近に駐車してカメラ撮影だけ、と思っていたそうだが、バスの運転手さんが何か行けそうとずんずん入っていったらここまで来てしまった。聞いてみると、大学のイベントがあったので構内に入ることはできたらしい。それを聞いて安心した。
大学にイノシシ、というのは何か意味があるのだろうか?
イノシシも犬と同じようにあしをくずすんだとわかり、なんとなくうれしくなった。

それにしても立派というか学び舎という名前にふさわしい雰囲気がある。あしながおじさんを書いたジーン・ウェブスターの通ったヴァッサー大学を見たときもそんなふうに感じたことを思い出した。

 

ナルニア国物語の第1巻に登場する外灯。そのモデルがこれでは?という説があるらしい。このあといくつかの場所で古風な外灯を見たが、どれもそれらしいデザインで、決め手はないようだ。

次はルイスのお母さん、フローレンス・オーガスタ・ハミルトンが通ったクイーンズ・カレッジに向かう。