平成最後の桂米左独演会

1年ぶりの桂米左さんの独演会。
場所は天満宮そばの繁昌亭。
1時間ほど前についたので、天神さんにお参りする。

わたしたちがお参りを済ませて、境内を歩いて、休憩所で缶コーヒーなどを飲んでいる間、お参りの人影は絶えることはなかった。 会社帰り、学校帰り、通りすがりの人達がお参りをしていた。天満宮はしっかりと周辺の人達の生活に位置づいている。

入り口でもらったパンフレットにある「ごあいさつ」を見ると、こんなことが書かれていた。

「・・・平成もあと一週間で終わり、令和という時代に入ります。新しい時代になりましても、落語は同じこと、右を見ても左を見てもアホなことを喋っております。
多分、令和の次の御代になっても変わらないと思います。落語ってそんなもんです。
 そんな落語を好きになりこの世界に入り35年になりました。35年と言いましても何ら変わりません。一つの通過点でございます。
 その通過点をご覧いただくのが今日の独演会。
・・・(略)・・・
 本日のご来場誠にありがとうございます。平成最後の独演会。どうぞごゆっくりお楽しみください。」

桂米左さんの独演会は今回で4回目かと思う。 この日も大入り満員だった。ファンの人が多いのだろう。年配の人、そして男性の姿が目につくのが桂米左さんの独演会の特徴かもしれない。

本日の番組として紹介がされていたが、開口一番は、桂二豆(にまめ)さん。ニ豆さんは桂米左さんの内弟子で修行中らしい。
演目は「子ほめ」で、ただのお酒を飲むために、うまれたばかりの子どもをほめに行くが失敗する話。
「そんな赤ん坊に年を尋ねるもんがあるかい、今朝生まれたとこや」と言うので、「今朝とはお若う見える、どうみてもあさってくらいや」
というのがさげ。
桂米左さんは「修行中は師匠のいうとうりにやっていますが、これがどこかで崩れてくるんですね。それはいつかなあ・・・」と自分の席の時に話していた。型を覚えて身につけ、次はその殻を破って自分の持ち味を出すまでの苦労を言っているのだなたと思った。

助演は東京からやってきた春風亭柳朝さん。
私はこの人は初めてだった。桂米左さんとは仲の良い関係だそうだ。
桂米左さんが「ちょっとおかしな表現がありましたねえ。いつからあんなふうに変になったんでしょう」と自分の落語に入る前にしゃべっていると、春風亭柳朝さんが出てきて正座してあやまり、わらいをさそう。
東京風の落語は聞いたことがなかったので、興味を持った。いつか機会を作って、東京の寄席に行ってみたいものだ。

あくびの稽古、愛宕山、つぼ算

桂米左さんの演目は「あくびの稽古」、「愛宕山」「つぼ算」の三席。 「あくびの稽古」はあくび指南で知っている演目。 「愛宕山」は京都の愛宕山に出かけた旦那、芸者、太鼓持ちの話。太鼓持ち二人が主人公で、おしゃべり、身振り手振りの見て聞いて楽しむ落語。 以前に桂米朝さんの「愛宕山」を聞いたことがある。桂米左さんの語り口調は桂米朝さんによく似ている。桂米朝一門というのはこんなふうに芸が伝わっていっているのだなあと思う。
独演会では一つは師匠の演目を入れることが約束になっているそうだが、「愛宕山」がそうなのだろう。

さて枕草紙を英語で、ということがあったので、落語を英語で紹介しているものはないかと探してみた。以前に落語の説明を英語でしているものをプログで紹介したことがあったが、今回は落語の演目そのものを落語でしているものを探したわけだ。

図書館で「英語で笑う落語」という本を見つけた。

その本には50の古典落語がのせられていて、英訳がついていた。
もちろん落語家が語っているのを文章におこしたものではなく、あらすじがわかるようなものだが、こういう本があるとは知らなかった。
「まえがき」には、「・・・本書の50題は・・・普段寄席などで演じられている噺を思いっきり短くし、ストーリーの展開が早くなるようにまとめてみました。英米人になじみのある西洋ジョーク並の長さにしたわけです。・・・・」とある。

 

なんとそこには「子ほめ」と「あくび指南」がのせられていた。

子ほめ Praising the baby

この落語は、桂二豆さんの演じたものとはオチが違っている。 二豆さんは関西風のオチで、この本は関東風のオチになっている。上方落語では、 赤ん坊の年の若さを強調するために「どうみても明後日くらいや」と言っているが、関東風では「どうみてもただだ」なっている。そこの英語での表現は、

Oh, It looks young for one.  It looks like nothing !  Zero!

あくび指南 Yawning instruction

「・・・あまりのくだらない稽古に、たまりかねたハッつあんがいいます。 『なんてくだらねえ稽古をしてやがるんだ。いい年をして、一つことを何度もやって。稽古しているてめえわいいだろうが、そいつを待っている、オレの身にもなってみろ。退屈で、たいくつで、・・・ああ、ならねえ』と言いながらおおあくび。それを見ていた師匠がおもわず一言。 「あっ、お連れの方は器用だ。見ていて覚えた。j

 Confronted by such tedious training,  Hattsuan said , “What a stupid waste of time!
People of that age repeating the same thing over and over again!  It’s OK for you who are getting instruction, but I’m just fed up hanging around waiting …….. Put yourself in my  shoes.”
And Hattsuan followed these words with a huge yawn.
 Seeing the yawn, the head instructor said to Kuma-san with delight,  “Ah, your friend’s yawning technique is excellent. Imagine, he’s learned all that just by observing us.”

なるほどねえ。でも英語を聞いている英米人のお客さんたちは面白く聞こえているのかなあ。あらすじを聞かされても、目の前で落語家さんの喋っている様子がないと、あまりおもしろくたいだろうなあと思うが、、、さてどうなんだろう。

桂米左さんの独演会からちょっと外れてしまったかな?