今宮戎神社 2020

毎年恒例の今宮戎神社、えべっさん。 2020年は1月11日の「のこりえびす」に行った。 新聞には10日の本えびすは大変な混雑だと書いてあった。
11日は「のこりえびす」だし、お昼頃なら空いているだろうと思っていったが、予想以上に混雑だった。

福笹を求める人、飾りをつけてもらう人で大賑わいだった。
写真には撮れなかったが、正面の門の横、左側には「恵美小学校」の提灯が下がっていた。

また『恵美小学校PTA』のあめの店も例年通りに出店していた。
統廃合で学校はなくなったが、地元の人のこどもへのかける思いが伝わってくる。

今年のお店を見ていると、唐揚げのお店が多いのは例年通り。
そのほかにベビーカステラなどのカステラ類のお店が多い。行列を作ってまで買い求めているベビーカステラのお店もいくつかあった。
あてもの、くじ、射的のお店も目についた。
少しずつ変化があるのがわかる。

この人達は歴代の「福娘さん」たち。
カメラを向ける人も多い。
「やっぱりきれいなあ」という声が聞こえてくる。
ところで「福娘』はいつからはじまったのだろう。
インターネットで調べてみるとと次のような記事が見つかった。

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今宮戎神社の福娘は1953年に始まりました。

現在「ミナミ」と呼ばれている、道頓堀川沿い、難波周辺などの地域は、江戸時代から戦前にかけて、一大歓楽街(遊郭・花街)として栄えていました。

全盛期には、なんと3000人以上の芸妓(げいこ)や遊女を有していたということです。

しかし、戦後は料亭が次々と閉店し、芸妓の数も減少しました。

芸妓たちが籠で担がれて商店街を練り歩く「宝恵駕(ほえかご)行列」は十日戎のメインイベントでしたが、芸妓の減少と共に規模が縮小し始めたため、今宮戎神社では、神社が独自に選んだ「福娘」を、行列に加えることにしました。

これが、今宮戎神社の福むすめの始まりです。

現在は公募で選ばれ、ほぼ全員が大阪府内や近郊地域の大学生だということです。

https://xn—-466a25kpraw8rjykhknfg9a.jinja-tera-gosyuin-meguri.com/%E4%BB%8A%E5%AE%AE%E6%88%8E%E7%A5%9E%E7%A4%BE/480/.html

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1953年というと昭和28年、戦後に始まったものとわかる。
戦前は記事にあるように、芸姑さんたちが活躍していたのだろう。

今年面白かったのは、スーパーボールすくい。

私がこれまで見たのは、金魚すくいの代わりにスーパーボールなどをすくう、というもの。
つまり金魚をすくう網だから紙でできている。1回すくったらすぐに破れる。
「あーあ、すぐに破れるなあ」
「これで500円やったらぼったくりやなあ」
という親の声が密かに聞こえてくるというものだ。

ところがここで見たのは、なんとホントの網。金網がはってある!
もうすくい放題。スーパーボールを入れる入れ物に山のように積み上げている子もいる。
しばらくすると子どものほうがすくうのに飽きてくる、という感じ。
どんなけすくっても、何かもらえる。ここではテントの天井から吊ってある小さなバッグや入れ物が人気のようだ。
幼稚園や小学校の低学年に人気があるようで、小さな子どもづれのお母さんたちがひっきりなしにやってくる。
こんなお店は見たことがない。
すくう楽しさ、お土産がもらえる楽しさ、店員さんも親からの文句もない、三方良しとはこの事かもしれない。

いつも楽しみにしている「堺包丁の口上」、「ばしょうせんべいのおじさん」のお店はいつもある場所になかった。
違うお店がそこにはあった。「ばしょうせんべい」のおじさんのお店は昨年もなかったが、我孫子神社には出店していた。その時「もう忙しくてしんどいねん」というような事を言っていたから、今年も今宮戎はやめたのかもしれない。
しかし「堺包丁の口上」が聞こえてこなかったのは寂しかった。

フーテンの寅さんこと車寅次郎さんのようなテキ屋さんは数少なくなってきているのだろう。ここにも時代の変化が感じられる。

おみくじは「末吉」だった。