点字と江戸川乱歩とビブリア古書堂③

「ビブリア古書堂の事件手帖第4巻」は、江戸川乱歩作「二銭銅貨」の点字記号の間違いを材料にした小説で、そのことがきっかけに私は「二銭銅貨」の点字について調べてきた。
これまで「岩波文庫」「新潮文庫」「講談社文庫」をみてきたが、今回はそれ以外の文庫本について書いてみたい。

これは文春文庫の
「桜庭一樹編 江戸川乱歩傑作選 獣」。
奥付には、
2016年2月10日 第1刷
と書かれている。

編者の桜庭一樹さんは「編集解説」のなかで、参考文献として
「江戸川乱歩全集第28巻 探偵小説40年(上)」(光文社文庫)
「江戸川乱歩全集第29巻 探偵小説40年(下)」(光文社文庫)
「新版 横溝正史全集第18巻 探偵小説昔話」(講談社)所収 「『パノラマ島奇談』と「陰獣」が出来る話」
をあげられているが、「二銭銅貨」の出典についてはわからない。
また「解題」として新保博久さんの文章がおさめられているが、「二銭銅貨」の点字については触れられていない。

点字の部分を写すと、下の表のようになった。星印は濁音符と書かれていたところを、小さくて書けなかったので星印で濁音符を代行している。

「チャ」「チュ」「チョ」「シャ」「シュ」「ショ」の拗音は正しくかけている。

文春文庫の暗号文は左のように改行されてはいなくて、つながって書かれている。私が書き写す時に左の形式にした。書いてみると、正しい拗音をあらわすように、点字の正しい配置で訂正されていることがわかった。

これは「講談社文庫」とおなじである。漢字の間違いもない。

 

ただ惜しいのは、
「チャ」が「チ」「ヤ」
「チョ」が「チ」「ヨ」
「ショ」が「シ」「ヨ」
と記されていることだ。
点字二つ分で一つの拗音が表されているのだから、
「チ」「ヨ」と並べるのではなく、「チョ」と書けばいいと思う。講談社文庫がそうであったのだから。
文春文庫は昭和36年の訂正が反映されているといえる。

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これは「角川文庫」の
「江戸川乱歩 D坂の殺人事件」
奥付を見ると、
平成28年3月25日 初版発行
平成29年4月30日 第10版発行
となっていて、2016年、2017年と一番新しい。
一番最後のページに
「本書は、小社より刊行された角川文庫『一寸法師』(1973年6月刊行)、『黄金仮面』(同年7月刊)、『地獄の道化師』(1974年6月刊)の収録作を底本としました。・・・(略)・・・・今日の人権擁護の見地に照らして、不当・不適切と思われる語句や表現がありますが、作品発表当時の時代的背景を考え合わせ、また著者が故人であるという事情に鑑み、底本のままとしました。(編集部)」
と書かれている。訂正された本は昭和36年、1961年に出版されているから、底本とした本はすべて訂正後の出版と考えていいだろう。

 

これはこれまでの点字文と全く違っている。最初の部分だけを、本文の表記に合わして拡大して書いてみると下のようになる。

よく見ると、点字の部分が縦3点✕2列の部分が左右入れ替わっている。
左から「南無阿」「弥陀仏」と縦に並ぶはずのものが、「弥陀仏」「南無阿」となっている。
「二銭銅貨」の本文には、
「今、南無阿弥陀仏を、左から始めて、三字ずつ二行に並べれば、この点字と同じ配列になる。南無阿弥陀仏の一字ずつが、点字の各々の一点に符合するわけだ。・・」
とあるが、この図では左から「南無阿弥陀仏」とはなっていない。これでは原文と逆の表示になっている。
実はこの図の点字は、点字を打つ時の凹面の表示になっているのだ。
もしそのつもりで図を作成するなら、文字の配列は右から左へと書いていかなくてはならない。結局のところこの図は原文の示す点字図にはなっていない。

原文にある暗号文は、文春文庫と同じであり、正しい。
角川文庫では、文春文庫と同じように、ずらずらとつめて書いてあるが、その内容は正確だった。
しかし、点字文が凹面の表示になっているとして考えて、点字を判読して見ると、
拗音の「チョ」「チャ」「シャ」となるところが、
「チ」「ヨ」、「チ」「ヤ」、「シ」「ヤ」と拗音表記になってはいない。
暗号文では「拗音符」を表す「4の点」、「南無阿弥陀仏」では「弥」が書かれているのに、点字文では全く無視されているかのようである。
さらに最後の「ショ」が、仮に「シ」「ヨ」だったとしても、そう書かれていない。
読むとしたら「シ」「ル」としか読めない。ここには点字表記の間違いもあるようだ。
一番新しい本なのに、間違いが一番多いように私には思える。

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最後にインターネット上にある「青空文庫」の「二銭銅貨」を見てみよう。

http://www.aozora.gr.jp/cards/001779/files/56647_58167.html

まず暗号文を見てみよう。

小さくてわかりにくいが、私が調べたところでは、暗号文は間違いない。講談社、角川文庫、文春文庫の内容と同じ(文春文庫、角川文庫は上のような書き方で縦書きになっている)。

暗号文を点字で解読したものが上の表。 前の部分を拡大してみる。

拗音が正しく表記されている。
「チョ」「ショ」「チャ」「ショ」の全てが正確に点字で書かれている。

最後に底本等のことが書かれている。

底本:「江戸川乱歩全集 第1巻 屋根裏の散歩者」光文社文庫、光文社
   2004(平成16)年7月20日初版第1冊発行
底本の親本:「江戸川乱歩全集 第一巻」平凡社
   1923(大正12)年4月
*底本は、物を数える際や地名などに用いる「ケ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
*暗号を解いた結果の表は、入力者が底本をもとに作成しました。
入力:砂場清隆
校正:湖山ルル
2016年1月1日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたってのは、ボランティアの皆さんです。

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ボランティアで作成された「二銭銅貨」は、江戸川乱歩の訂正された作品を正しく伝えているのではないだろうか。
 ただ、くりかえしになるが、点字の拗音は点字2文字分を使って書かれているので、「チ」「ヨ」とマスで区切るのではなく、間の枠を取って、2文字分のスペースにして「チョ」と書けばさらに点字らしくなると私は思う。

思いの外、本を調べるのに長い時間がかかってしまったが、江戸川乱歩作「二銭銅貨」には、訂正されたはずの点字が今も変わらずに出版されている文庫本が多いことがわかった。文庫本以外にハードがバーなどの江戸川乱歩作「二銭銅貨」の本があると思うが、今回は文庫本について調べてみた。
一旦ここで終了としたい。

 

 

 

点字と江戸川乱歩とビブリア古書堂②

前回は、「ビブリア古書堂の事件手帖」の第4巻で、江戸川乱歩作「二銭銅貨」にある点字の誤表記について書かれていることを知ったこと、それをもとにわたしの手に入った文庫本について調べようと思ったこと、そして岩波文庫について調べたことを書いた。
前回の岩波文庫以外の文庫を紹介しよう。

ビブリア古書堂の事件手帖の第4巻では、江戸川乱歩の間違った点字表記をヒントにして、事件を解決していくわけだが、私はどんな点字の間違い方をしたのかに興味を持った。

点字表記を見てみると、拗音の理解の仕方に問題があったと私は思う。
ビブリア古書堂の事件手帖によると、戦後の江戸川乱歩の全集においてその間違いを訂正したそうだ。ところが岩波文庫は2008年の出版なのにその間違いが訂正されていない。
編集付記として、初出の本文を底本としていると書かれている。初出の本文の間違いが訂正されないまま使われていることになる。

では他の出版社の文庫本はどうなっているのだろうか。出版の古い順に見てみよう。

左は講談社の江戸川乱歩推理文庫全65巻の第1巻の「二銭銅貨」。
昭和62年9月25日第1刷発行
と奥付にある。(昭和62年は西暦1987年。)
この文庫本には第1巻解題と題して中島河太郎さんの文章が載せられている。その文章の最後のページに小さな字で次のような文がのっている。

『江戸川乱歩推理文庫』は、江戸川乱歩の個人全集としての総合性、体系性、完璧性を期すため、生前の業績を細大漏らさず網羅した。今日の目を以て見れば、収録されたこれらの作品の中には、その表現・用語のうちに、考えさせられるものが無いではないが、戦前執筆当時の時代を反映した、著者独自の幻夢の世界であるとの観点から、また更に、時代を超えて残さるべき古典的名作であると信ずるが故に、初出時の原文のまま掲載した。(編集部)」

しかし、中島河太郎さんの「第1巻解題」のなかで、
「・・・二銭銅貨は直径3センチ余、厚さ4ミリほどの、どっしりした重い貨幣だった。発表当時はまだわずかながら流通していた。また発表時の点字の書き方に誤りがあったので、昭和36年版の全集で訂正された」と書かれている。
では、この講談社文庫ではどのような点字の書き方になっているのだろう。

上が講談社の「江戸川乱歩推理文庫第1巻 二銭銅貨」に出てくる点字を私が写したもの。星印は濁音符(次の音が濁音になることをしめしている)で、本文では「濁音符」と印刷されているが、文字が小さいので写す時に星印で代行している。
「拗音」の「チョ」「ショ」「チャ」「ショ」にはわかりやすいようにサインペンで囲んでみた。

上の表は私が作った正確な拗音の点字図。

江戸川乱歩は初版本では、左の図のように「ショ → シ+拗音符+ヨ」
「チョ → チ+拗音符+ヨ」と
考えていたようだ。
しかし講談社の『江戸川乱歩推理文庫第1巻 二銭銅貨」では正しく直されている。

しかも特筆すべき事は「チョ」「ショ」「チャ」と小さな「ョ」「ャ」が活字で印刷されていることである。点字2文字で「チョ」「ショ」「チャ」という一つの音を表していることがよくわかる書き方になっている。

それにあわせて暗号文も。たとえば「チ+拗音符+ヨ」の「南無阿陀、弥、阿弥陀」から、「弥、無阿弥陀」に変更されている。ほかの部分も変更されている。これで暗号文と点字の整合性がとられている。
左がその暗号文。私が写し取ったもの。
点字部分には正しく表記されているのに、左の暗号文に活字の誤植があった。
左の本文に丸印をつけてあるところである。

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左は新潮文庫の「江戸川乱歩傑作選」
奥付は
昭和35年12月24日 発行
平成21年4月20日 93刷改版
平成24年6月10日 98刷
となっている。
巻末に「表記について」という文が載せられており、最後に
「なお本作品集中には、今日の観点から見ると差別的表現ととられかねない箇所が散見しますが、著者自身に差別的な意図はなく、作品自体のもつ文学性ならびに芸術性、また著者がすでに故人であるという事情に鑑み、原文どおりとしました。(編集部)」
とある。
解説を荒 正人さんが書かれている。「二銭銅貨」が大正12年4月『新青年』に発表されたもの、という記述があるが、点字の間違いについては書かれていない。

星印は「濁音符」の代わりに私が記入したもの。
これをみると、岩波文庫にあった「拗音符」という記号がない。
「チョ」となる部分が、「チ」+「ヨ」になっている。
「ショ」は「シ」+「ヨ」、「チャ」は「チ」+「ヨ」で、拗音にはなっていない。
この暗号文、点字文には「拗音」がまったくないのだ。

本文の暗号文を見てみよう。
拗音符をあらわす「4の点」、南無阿弥陀仏を点字に当てはめた「弥」の文字が全く見当たらない。

上の講談社文庫の暗号文と点字に変換した部分をみくらべると、そのことがよくわかると思う。

この新潮文庫「江戸川乱歩傑作選」の初版は昭和35年だから、点字部分の修正前の発行になる。しかし、暗号文そのものが岩波文庫(「二銭銅貨」初版をそのまま使っていると説明がある)と違っているのはどうしてだろうか。どうも異本があるように思える。
しかし、平成21年に改版しているので、訂正の機会はあったと思うがそうなっていない。江戸川乱歩の本らしく、謎は今もある。
他にも文庫本があるのでしらべてみることにしよう。

 

 

 

 

 

点字と江戸川乱歩とビブリア古書堂①

ビブリア古書堂の事件手帖と二銭銅貨

点字の研修会で、昨年11月に京都ライトハウスあけぼのホールで行われた講演会のことをきいた。講師の岸博美さん(京都府立盲学校)の話を聞いた人の資料を見せてもらった。

点字について学習中の私だが、「直接講演のテーマではありませんが」とことわって最近のニュースとしていくつか紹介された話のなかで「ビブリア古書堂の事件手帖」の話が私の関心を引いた。

点字の世界ではよく知られたことらしく、江戸川乱歩の作品「二銭銅貨」は「点字」を扱ったものとして有名らしい。

岸さんの話によると、「ビブリア古書堂の事件手帖」第4巻でこの江戸川乱歩の「二銭銅貨」が取り上げられていて、その本のなかで「初版本の点字の間違いを江戸川乱歩が訂正をした」ということが書かれているということだった。
私はこの「ビブリア古書堂の事件手帖」という本があることは知っていたが、読んだことはなかったのでいい機会なので読んでみた。(面白かったので最終巻の7巻まで読んだ)
岸さんの話では、間違ったままで今も出版されている文庫本がある、ということなので、私も図書館などで借りて調べてみた。

「ビブリア古書堂の事件手帖」の事件の展開はここでは紹介せずに、点字をつかった暗号だけについて紹介したい。

初版でどんな間違いを江戸川乱歩がしたのか、その初版本をもとに文庫本にしているのが岩波書店の「江戸川乱歩短編集」(2008年8月19日第1刷発行)。
編集付記として、
「本書は雑誌初出の本文を底本とし、平凡社版『江戸川乱歩全集』第1巻〜第8巻(昭和6〜7年)と校合した。初出は次の通りである」と書いてある。そして「二銭銅貨」については、

「二銭銅貨」 大正12年4月号『新青年』
と記されている。

「ビブリア古書堂の事件手帖」では、
次のような説明がある。
「・・・最初に発表された時、拗音の点字記号を間違えていたのです。戦後、桃源社版の全集でようやく訂正されました。」

まず最初に江戸川乱歩の書いた「二銭銅貨」にある、暗号としての点字記号について説明しておこう。

暗号文「陀、無弥仏、南無弥仏、阿陀仏、・・・・」は、南無阿弥陀仏の6文字を使って書かれている。この6文字が6点点字をつかって暗号文になっている、というのがこの「二銭銅貨」のポイントである。
点字は縦3個、2列の6つの◯で作られる。
6つの◯を、左上から1,2,3と番号を打ち、右に移って上から4,5,6と番号をつける。こうして1〜6の番号でどの点か伝えることができる。
たとえば最初の「陀、無弥仏、南無弥仏」は、6つの丸に左側から縦に南無阿弥陀仏と文字を置いてみると、「陀」は点字の5の点、「無弥仏」は点字の2,4,6の点になる。「南無弥仏」は点字の1,2,4,6の点となり、実際に点字にすると下の図のようになる。

最初の5の点は「濁音符」であり、次にある言葉が濁音であることを示している。この点字を読むと、「ゴ」「ケ」となる

そうしてこの暗号文を点字にして読んでみると、
「ゴケンチョーショージキドーカラオモチャノサツヲウケトレウケトリニンノナハダイコクヤショーテン」となる。その意味は、
「五軒町の正直堂からおもちゃの札を受け取れ、受取人の名は、大黒屋商店」。

実際に点字で書く場合は、分かち書きをするのでこんなに詰めて書かない。また「〜は」は、読むときのように「わ」(3の点だけ)と点字では書く。
正確な点字文ではなく、暗号として点字を使っているので、多少の疑問点は無視するとして、無視できないのは「拗音(ようおん)」の書き方だ。

拗音(ようおん)というのは、「シャ、シュ、ショ」「チャ、チュ、チョ」と発音する音のこと。小さい「ャ、ュ、ョ」を使って表される音だ。
点字では下のように書く。

ローマ字でチャ、チュ、チョ、シャ、シュ、ショを書くと
tya ,tyu  tyo, sya, syu, syo 
となる。
yの部分を拗音を表す記号と考えて、4の点でそれを表す。残っている
ta, tu, to, sa, su, so  
は、「タ、ツ、ト、サ、ス、ソ」であり、それをそのまま点字にする。
そうしてできたのが、上の拗音の点字。点字の拗音表記は、点字二つ分を使って一つの言葉をあらわしている。濁音が「5の点+濁音にする音」と同じように。
点字入力の方法は、日本語をローマ字で表記することをうまく使っている。

このことをふまえて、岩波文庫の「江戸川乱歩短編集」の「二銭銅貨」にでている暗号文の点字表記のところを見てみよう。

これが岩波文庫のある「二銭銅貨」の点字の部分を私が写し取ったもの。
星印の部分には「濁音符」という言葉が書かれている。また*印には「拗音符」という文字が書かれている。小さくてかけなかったので星印と*印で代行している。
拗音の「チョ」「ショ」「チャ」の部分にマーカーで記しておいた。

本文の暗号文を写したものが左である。

これを見ると、江戸川乱歩は点字の拗音は、「小さいョ」という意味で「拗音符+ヨ」「拗音符+ヤ」と書くと思ったようだ。
チョ→チ+拗音符(4の点)+ヨ
ショ→シ+拗音符(4の点)+ヨ
チャ→チ+拗音符(4の点)+ヤ
と考えて暗号文の点字を書いたように思われる。

「ビブリア古書堂の事件手帖」には次のような図が書かれている。

この図で江戸川乱歩の「拗音」の間違いがよくわかると思う。
戦後版の点字は正確な点字の拗音が書かれている。

この「二銭銅貨」という作品が書かれたのは大正12年(1923年)。
石川倉次が考案した点字が学校で使われた最初の年が1890年(明治23年)。
点字が官報に公表されたのが1901年(明治34年)
点字新聞が発行された最初の年が1922年(大正11年)。
点字がまだまだ一般化しない(今もそうだが)時代に、点字を取り上げて作品にした江戸川乱歩の先見の明はすばらしいと思う。

しかし、戦後に訂正されたはずのものが、どうして今も訂正されないままの版が出版されるのだろうかという疑問が残る。
この岩波文庫以外にも私が手にした他の出版社の文庫本については、次回に書くことにする。