カナダ・赤毛のアンツアー 34

アンの食べたジャガイモの種類は?   

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前回は専門的な本「ジャガイモとインカ帝国」を紹介したが、同じ著者の岩波新書で出版されている「ジャガイモのきた道-文明・飢餓・戦争」を紹介しよう。
大変読みやすく、私はこの一冊でジャガイモの歴史がほぼわかったような気がした。

ここでジャガイモの栽培化について説明されていることが、たいへんわかりやすかった。

「ジャガイモに限らず、わたしたちが日常食べている「栽培植物」はすべて人間が作り出したものであるということだ。ただし、ここでいう栽培植物とは単に栽培されている植物という意味ではない。栽培植物とは、栽培の過程で植物を人間にとって都合よく改変した結果、野生の植物とはすっかりちがったものになっている植物のことである。それは「作物」ともよばれるが、栽培植物はまさしく人間によって作られた植物なのである。」

このあとに例として野生の植物は種子が熟すと地面に落ちたり、風に飛ばされるが、それは人間にとっては都合が良くないので、栽培植物は種子は脱落しない、と説明がある。そういえば稲も小麦もたわわに実った実は人間が刈り取るまでしっかりと茎についている。また、野生のイモは小さいが、人間がより大きなイモを選択してきたことも説明されている。
「こうして、このような努力を何百年、あるいは何千年とつづけることで、人間は野生とは大きく異なった栽培植物を生みだしたのである。このように動植物を人間が自分たちの都合のよいように変えることを一般に「ドメスティケーション」とよぶ。日本語では動物の場合が「家畜化」、植物では「栽培化」と訳されている」

たとえば、家のまわりの田圃の稲も大きくなり、花が咲いて特有の匂いがしている。見渡すかぎりの稲の背の高さはほとんど同じだ。これが栽培化の結果なのだろう。

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左の本「ジャガイモの歴史」(アンドルー・F・スミス著 武田 円訳 原書房)によると、
「通説によれば、南北アメリカ大陸に人類が定住したのは1万6千年前、アメリカ先住民の祖先がベーリング海峡を渡ってきたのがはじまりで、その後人類はアメリカ大陸西海岸をすみやかに南下し、約1万4千年前にはチリ南部のモンテベルデに到達したといわれている。こうした初期のアメリカ先住民は狩猟採集民族で、食用に適したさまざまな野生植物を食べて生きていた。その中で南アメリカのほぼ全域、中央アメリカ、そして北アメリカ南西部にまたがる広大な地域に存在していたジャガイモは235の種類があった。現在品種化されているすべての食用植物の中で、ジャガイモほど数多くの野生種の祖先を誇る植物は他にない」
「アンデス山中に平らな土地や肥沃な土壌はほとんどないが、アンデスの農民たちは山の斜面にテラス状の段々畑を作り、灌漑用水路を建設し、およそ70の植物を栽培化(野生植物を人間に有益な作物になるように改変すること)した - これは、ヨーロッパ、もしくはアジア全域で栽培化された植物の数にほぼ等しい。そのうち25種類が塊茎(かいけい - 地下茎の養分を蓄えて肥大した部分、いわゆるイモ)植物ないしは根菜作物で、ピリッと辛いアニュス、ラディッシュに似ているマカ、色鮮やかなオカ、ウルコ、そして7種類のジャガイモの仲間(そのひとつがもっとも重要なジャガイモSolanum tuberosum )などがあった。根菜植物の多くは現在も南米で栽培され市場にも出回っている。しかし、唯一 S.tuberosum -(普通ジャガイモ)-だけが名もない端役から一転、世界的なスターの座に踊り出たのだった」

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「ジャガイモのきた道」には、「植物学的にいうと、ジャガイモはトマトやタバコ、トウガラシなどと同じナス科の植物であり、ソラヌム(Solanum)属に属している。このソラヌム属の植物はきわめて多く、1500種も知られているが、このうちの約150種がイモ(塊茎)をつける、いわゆるジャガイモの仲間である。ただし、ジャガイモの仲間とはいっても、これらのほとんどが野生種であり、栽培種は7種しか知られていない。また、この7種の栽培種のうち世界中で広く栽培されているのは1種だけであり、残りの栽培種はいずれもアンデス高地に分布が限られている」 (上の図は「ジャガイモのきた道」から)

この1種というのが トゥべローサム種(S.tuberosum) なのである。

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左の本「ジャガイモ伝播考 ベルトルト・ラウハァー著 福屋正修訳 博品社)」によると、
「ポテトの変異能力は驚くべきものだ。品種が次々と飛躍的に増加している。文化が、言い換えれば、耕作することが、ほとんど毎日のように新品種を作り出している。今日では約1,000種が知られているが、例えば、フランスでは、1815年には60種であったのだが、1855年には493種、1862年には528種というように、変異の度合いは明らかに耕作の拡大とともに増え、これとともに質も改良された。・・・(略)・・・変異の多様性にもまして素晴らしい特徴は、気候、高度、土壌に対するこの植物の適応性だ。高度12,000フィート、あるいは、14,000フィートの高地にさえ見られるが、海岸地方でもよく育つ。砂質土壌にも、穀物の育たない高地にも生存できる。塊茎の保存は容易で、しかも長期間もつ」(この本の序文の日付は1937年7月1日)。
プリンスエドワード島のように緯度の高い寒冷な気候で、しかも赤い砂岩の土壌で栽培されているのは、ジャガイモの特性を活かしているからだとわかる。

上の本には「今日では約1,000種」と書いてあるのは、その文章の前に書いてあるように「品種」のことである。「ジャガイモのきた道」には次のような文がある。

「ここで注意していただきたいのは、『種』というのは植物学でいうスピーシスのことであり、このスピーシスそれぞれから多くの『品種』が生み出されていることだ。」

「男爵」も「メークイン」も品種名であり、植物学的にはどちらも四倍体のソラヌム・トゥべローサムに属するということだ。世界各地で作られているジャガイモ品種のもとをたどれば、アンデスで生まれたトゥべローサム種の一種に由来するということになる。
日本の米に例を取れば、イネには20種の野生イネがあり、栽培化されたのが2種で、アジア栽培イネとアフリカ栽培イネである。アジア栽培イネにジャポニカ種(日本型)とインディカ種(インド型)の二系統にわかれ、私たちが食べている米はこのジャポニカ種であり、そこから「品種改良」により、農林一号、コシヒカリ、あきたこまち、ササニシキなどの多様な品種ができあがったのと同じことだと分かる。

最近「インカのめざめ」という品種をみることがあるが、これは説明を見ると、

「南米アンデス地域の2倍体在来種で独特の食味を有する Solanum phureja とアメリカ品種「Katahdin」の半数体を交配して育成された2倍体系統です。
4倍体の普通栽培種(S.tuberosum)とは異なる2倍体品種です」

とある。上の図2-2を見るとS.phureja (2X) があることがわかる。
トゥべローサム(S.tuberosum) 種以外の栽培種をもとにした品種改良が進んでいることが分かる。

アンの食べていたジャガイモも、このトゥべローサム(S.tuberosum) 種から品種改良されたものだったにちがいない。

ジャガイモ以外に南北アメリカからヨーロッパに運ばれた野菜類は多い。
ジャガイモ、さつまいも、とうもろこし、トウガラシ、ズッキーニ、ピーマン、カボチャ、トマト、インゲン豆、ピーナツ、ひまわり、イチゴ、パイナップル、アセロラ、カカオ、アボガド、パッションフルーツ、グァバ、そしてタバコ。

アンをはじめ現代の私たちの食卓は、ベーリング海峡を渡った南北アメリカの先住民族の何百年、何千年もの栽培化の努力がなかったら、これほど彩り豊かなものにならなかっただろう。感謝、感謝。