スーパー歌舞伎 ワンピース

ここは松竹座、今話題になっているスーパー歌舞伎「ワンピース」を見に行った。

11時からの公演に行ったが、ウィークデーなのに行列ができていた。
4月1日から25日までの公演だが、1階のS席はチケット販売が始まって数分でソールド・アウトといううわさが飛び交っているぐらいの大人気だ。
この日のお客さんの層も、普段の歌舞伎と違って多様な年代、服装も着物もカラフルな洋服もあり、スーパー歌舞伎の幅の広さを感じさせるものだった。

猿之助さんが舞台で骨折したことで話題になった。 大阪では4バターンでの公演。 A ルフィ・ハンコック 市川猿之助。イワンコフ 浅野和之。
  サディちゃん・マルコ 尾上右近。シャンクス 平岳大
B ルフィ・ハンコック 市川猿之助。イワンコフ 下村青。
  サディちゃん・マルコ 尾上右近。シャンクス 平岳大
C ルフィ・ハンコック 尾上右近。イワンコフ 下村青。
  サディちゃん 坂東新悟。マルコ 中村隼人。シャンクス 市川猿之助。
D ルフィ・ハンコック 尾上右近。イワンコフ 浅野和之。
  サディちゃん 坂東新悟。マルコ 中村隼人。シャンクス 市川猿之助。

私が見たのはDの配役。ルフィは尾上右近さんだった。

公演が始まる前の舞台。ルフィのフィギアが両手を上げてたっている。あちこちで携帯で写真を取っている。公演中の写真撮影は禁止だが、幕間はオーケーのようだ。

ワンピースのあらすじを紹介する必要はないだろう。漫画は全世界といっていいほどの大人気になったし、映画にもなった。

家に帰って夕刊を見ると、ちょうどこの「スーパー歌舞伎 ワンピース」の舞台評論がのっていた
(朝日新聞夕刊)

この評は、3日の夜の部を見てのものだが、おおいに参考になる。3日の夜というと、配役はAの構成になる。
ルフィを演ずるのは猿之助さんだ。

猿之助さんは舞台番付にこのように書いている。
「・・・・最後に、この曲(ゆずの歌うTETOTEのこと)の『開けない夜など絶対にありはしない』という歌詞に励まされ、仲間たちに支えられ、今日という日を迎えることができました。本当にありがとうございます。今の僕には、ルフィの気持ちが痛いほどわかります。なので、心から叫びたいと思います。
『仲間がいるよ!!!!!』
今回も更なる進化と深化を目指し、様々な仕掛けを散りばめています。どうぞ最後までお楽しみください。」

幕間の舞台に流れるタンバリンの宣伝。なんだこれは?
劇場内にも左のようなポスターがはってある。
「Far Far Time で盛り上がろう!
スーパータンバリン」と書いてある。

その部分の新聞記事を引用すると、

「エースが海軍本部へ移されたため、ジンベエ(市川猿弥)とルフィは後を追う。ルフィはサーフボードに乗って海へ。ここで宙乗りになる。ゆずの歌う主題歌「TETOTE」が流れ、光が交錯すると、観客は総立ちになって大歓声。巨大なクジラが中を浮遊し、劇場全体が大祝祭空間に。盛り上げる猿之助の役者ぶりがひかる。」

サーフボードに乗って花道に出る右近さん。ジンベイがひもを持っているので、このままずるずると花道を引っ張っていくのかなあ、それも愛嬌かなあ、と思っていたところが、ここから宙乗りになったのだ。松竹座の4階の高さまで上がっていく。しかもスケートボードに乗っている仕草をしながら。バックにはゆずの歌声。
ここでスーパータンバリンが活躍する。会場の様々方向からタンバリンのたたく音が響く。見ているお客さんもスタンディング。
歌舞伎というよりもオペラのステージみたい。
巨大なクジラが劇場の空間をゆうゆうと漂い始めると、ここはどこだ?
時代はいつだ? 過去か未来か現在か? ワンピースの世界にはまりこんでしまう。

ゆずの北川さんは番付にこう書いている。
「・・・初演では、主題歌『TETOTE』が流れる二幕後半、ルフィの宙乗りのシーンで『Far』のコーラスに合わせてお客さんが総立ちになり、とても感動したのを覚えています。お客さんと『ワンピース』が『TETOTE』で繋がったと感じた瞬間でした。・・・今回はゆずとして、僕ら自身がその曲を歌わせていただきます。・・・あの感動を思い描きながら、心をこめて歌いました。・・・後略・・・」

2幕と3幕の間に「To be continued 」の文字。その後ろにいるのが巨大クジラ。
このクジラが客席に漂ってくると、その大きなこと。

宙乗り、早変わり、大量の水を使ったアクション、スーパー歌舞伎の醍醐味がふんだんに散りばめられている。練習も大変だったろうなあ、しかも40回の公演。その体力にも感心する。

番付には主役以外の人達約70人の名前。そしてその人達の写真が7ベージ。
スーパー歌舞伎「ワンピース」が、猿之助さんや右近さんのようなスーパースターだけでなく、様々な役者さんたち、多くの仕事で支えている人たちの活躍があってこそ成立している、そのことがわかるような番付のつくりになっている。

私が「歌舞伎だなあ」と感じたのは、市川右團次さんの演技。
その台詞回しは目をつぶっていると歌舞伎の舞台そのもの。
声の調子、言い回し、そして私のいる2階にまではっきりと聞き取れる滑舌の良さ。これがあってこそ「スーパー歌舞伎」だと思った。

番付に市川右團次さんは書いている。
「新たなものを取り入れつつも根幹である歌舞伎の部分がなければスーパー歌舞伎にはなりません。そして白ひげは『ワンピース』のさまざまなキャラクターの中でも、最も歌舞伎的な部分を担っている役だと思います。歌舞伎をよくご存知の方には申し上げるまでもありませんが、白ひげの鎧や籠手、脛当ては古典の『義経千本桜』の『大物浦』で平知盛が身につけているものです。歴代の先輩方がお召になり受け継がれてきたものですから、ちょっと袖を通しただけでも手に白粉がつきます。・・・・略・・・・。」

歌舞伎の古典と未来を繋いでいる姿を体現したものだといえる。

普段の歌舞伎には珍しいフィナーレで終わる。
役者さんたちの楽しそうな顔。手話でお礼を言っている人もいる。ポーズを決めている人も、それぞれが「今度はこんなことをしよう」「次はこんな形で喜びを表そう」などと考えているに違いない。役者さんの気持ちが伝わってくるようなフィナーレだった。

ふと思ったことがある。「正義」と書いたマントを羽織っていた海軍の士官たちの姿は、権力者が云うことが正義なんだ、と今の時代を風刺するようにも思えた。こんな時代こそ「スーパー歌舞伎ワンピース」の意味があると思う。

舞台を見終わったお客さんの多くは笑顔だ。公演が終わって外に出ると、道頓堀の風景はちょっと明るいように見える。
松竹座の「ワンピース」の看板の写真を撮っている西洋人らしい人も多い。
4月1日〜25日までの40回の公演。松竹座の収容数は約1000人。
かんたんに計算してみても4万人の人がこの「ワンピース」を見るのだと思うと
4万人の人たちの笑顔が想像できる。笑顔が自然に浮かんでくる世界へ、新しい宝物をさがす旅、未来を信じる勇気を考えさせるエンターテイメントがこの「スーパー歌舞伎 ワンピース」だと思った。

 

 

 

5月花形歌舞伎

松竹座で行われている「5月花形歌舞伎」を見に行った。

中村勘九郎・七之助兄弟、それに市川猿之助、という若手が出ているので楽しみだった。

午前の部も面白そうだったが、夜の部を選んだ。それは「怪談乳房榎(かいだんちぶさのえのき)」があったからだ。この演目は以前に見た記憶がある。いったいいつだったのだろうと、番付の演目一覧を見てみると、なんと1991年(平成3年)7月、中座だったようだ。
中座といえば歴史のある劇場で、1661年開業という300年以上の歴史がある。1999年に閉館している。

私が見たのは先代の中村勘九郎が演じていたもので、もう26年前のことだったのだ。私が歌舞伎を見始めたころで、本当の水を使った場面や、早替わりを知ったのもこの演目だと思う。(上の中座の写真は、番付より)

今回の番付を見ると、「怪談乳房榎」には、長い説明がついている。

「三世實川延若より直伝されたる 十八世中村勘三郎から習い覚えし
三遊亭円朝原作
怪談乳房榎
中村勘九郎三役早替りにて
相勤め申し候」

番付のインタビュー記事からその部分を引用すると、

・・・「怪談乳房榎」は父(十八世)勘三郎から受け継いだ作品だ。
「それも父に教えてくださった(三世實川)延若のおじさまあってこそのもの。父は上演のたびに必ずおじさまの名を記していましたので、それもしっかり受け継いでいきます。(平性3年に)中座で上演した時の舞台は子供ながらに強烈に覚えています。それに負けないくらい血が騒ぐ舞台にしたいと思います。」
大阪ではその中座以来の上演となり、自身が初めて手がけたのは平成23年。平成26年には「平成中村座ニューヨーク公演」でも行い、国内ではこれが4回目となる。絵師の重信、その下男である正助、悪役のうわばみ三次の三役早替わりが眼目となっている。…………

左の写真は番付にあった、平成3年の時の舞台。
演じているのは先代の中村勘九郎。今の勘九郎のお父さん、中村勘三郎だ。
写真で見ると、やっぱり親子だなあ、よく似ている。

ニューヨーク公演の様子は、テレビでそのメイキングを含めて放映していたのを見たことがある。
それでなおさら、この演目を見てみたいと思ったわけだ。

その期待通り、面白かった。
居眠りをしている暇はない。

原作はあの三遊亭円朝。文七元結、牡丹燈籠も円朝の作品。
原作のあらすじは、ウィキペディアを引用すると、「絵師として活躍していた菱川重信の妻・お関に惚れてしまった磯貝浪江という浪人は、重信の弟子となってお関に近づき、関係を持たないと子供を殺すと脅迫し、お関と関係を持ってしまう。それだけでは飽き足らない浪江はお関を独占し、かつ重信が築いた莫大な財産を手に入れるため師を惨殺する。夫の死のショックで乳の出なくなったお関の元に、死んだ重信の亡霊が現れ、乳を出す不思議榎が松月院にあると教え、やがてその榎の乳で育った子・真与太郎は父を殺した浪江を討ち仇を取る。」というもの。

歌舞伎はそれとは少し変化がある。
浪江を手助けする「下男の正助」、「浪江をゆすろうとする、うわばみ三次」が登場する。また、亡霊の登場の仕方も違う。
歌舞伎「怪談乳房榎」は、原作通りに仇討ちでおわるが、醍醐味は「絵師重信」「下男正助」「うわばみ三次」を一人三役で演じ、しかも「早替わり」で3人が入れ替わるというもの。番付をその部分を引用すると、
「本作の魅力は、正助、三次、重信という性格の異なる三役を、早替わりという歌舞伎ならではの演出法を用いて演じ分けることにあります。中でも「花屋二階」の場面では、階段を用いて、三次と正助を一瞬で替わる件は大きな見どころ。これに続く「田島橋」での重信が殺される場面では、重信、正助、三次を鮮やかに替わります。そして、大詰めの「大滝」では、本水を使用したスペクタクルな演出を用いて、正助と三次を何度も早替わりで替わって演じます。」

早替わりは、姿形のよく似た何人かの役者さんが協力し、楽屋スタッフ総出で衣装や化粧の協力、勘九郎さん自身が座席の下にあると思われる地下の通り道を全速力で走っていることなど、文字通り全力で駆け回っていることのたまものだと思う。
早替わりの仕組みを探るよりも、歌舞伎役者の芸事を楽しむことが、歌舞伎見物の楽しみだと私は思った。
早替わり成功の秘訣は、勘九郎さんが、重信、正助、三次をきっちりと演じ分けているところにあると思う。観客である私たちが、登場人物の姿勢、声、動作をとおして、舞台の人物に感情移入できるからこそ、早替わりとして楽しめるのだろう。

勘九郎さんにかたよったブログになってしまったが、七之助さんの「野崎村」の「お光」は、絶品だったと思う。美しい七之助さん目あてのお客さんも、きっと多かったと思う。

猿之助さん演じる「磯貝浪江」は、悪役としての魅力があった。
初めての役だそうだが、これからのはまり役になるのではないか、と思えるほどぴったりだった。

「大滝」の前の幕間で、「水が飛んで来るので、ビニールでカバーしてください」という舞台番の弘吉は市川弘太郎さん。このおしゃべりがまた楽しかった。
「今日の勘九郎は元気です!」と何回かビニールで体をカバーするリハーサルを要請していたが、たしかに勘九郎さんは元気だった。座席10列目以上に水を飛ばしていた。花道でも濡れた着物を振って、水を飛ばしていた。お客さんもうれしそうに笑っている。USJのウオーターワールドの世界のようだった。

劇の終わり方も面白かった。あれっ?! と多くの人は思ったと思う。でもこれも演劇の終わり方、という一つのやり方。子殺し、師匠殺し、仇討ち、と重くて暗いムードをさっと切り替える。これも早替わりか。楽しい演目だった。

道頓堀は相変わらず賑やか。外国人観光客も多い。江戸時代もこんな賑わいだったのだろう。

私の目を引いたのは、アーケードのフラッグ。

今宮高校の書道部、ではない、書画部だそうだ。
母の日フェア、これもおもしろいなあ。さすが大阪だ、道頓堀だ。
この界隈が地元に息づいているのが伝わってくる。

勘九郎さん、七之助さん、猿之助さんをはじめ、若手の歌舞伎役者のみなさんも元気だ。高校生も元気にバナー作品をかいている。この元気が明日の活力に。
さあ、私も元気にがんばろう。

 

 

壽初春大歌舞伎

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1月2日からはじまった松竹座での「壽初春大歌舞伎」も千穐楽まぎわになって見に行くことができた。

今年の初春大歌舞伎は夜の部を観劇をした。

歌舞伎役者としての市川中車さん(香川照之さん・澤瀉屋)を初めて舞台で見るのが楽しみだった。

演目は次の三つ。
1.桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)帯屋

2.研辰の討たれ(とぎたつのうたれ)

3.芝浜革財布(しばはまのかわざいふ)

一つ目の「桂川連理柵 帯屋」は、初めて見る舞台。
江戸中期に京都の桂川に年配の男性と14、5歳の娘の死体が流れ着くという、現代でもショッキングな事件があり、それを題材として浄瑠璃や歌舞伎になったというもの。今日の舞台は安政6年(1777年)に歌舞伎として上演されたものがもとになっているそうだ。
私は事件の内容よりも「連理の柵」という言葉に反応してしまった。
NHK放映中の朝の番組「あさが来た」で、五代厚友が新次郎に、あさと新次郎の仲を「うーん、相思相愛、いや比翼の鳥だ」と言ったことを思い出したからだ。

「比翼の鳥・連理の枝」といえば高校の漢文で習った「長恨歌」に出てくる有名な言葉。青春まっただ中の高校生にとっては、なんとも魅力のある言葉だった。
言葉というものは不思議なもので、連鎖反応のように時と時代と場所をこえてつながってくる。
その連理の枝が柵(しがらみ)の中でどうなっていくのか、というのがこの舞台。

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さて歌舞伎の「桂川連理柵 帯屋」は、帯屋長右衛門に人間国宝の坂田藤十郎さん、夫のために心を砕く女房お絹に中村扇雀さん、乗っ取りを考えている義理の弟儀兵衛に愛之助さん、そして丁稚と娘の二役に壱太郎さんという魅力ある配役。渋みのある藤十郎さんの抑えた演技、愛之助さんの軽妙で憎めない悪役ぶり、そして日本人形のような壱太郎さんの「お半」。
長右衛門の論理は現在の私では理解し難い。でもそれが江戸時代の生き方と思うと人間の心理の複雑さとそれを舞台劇に昇華しようとする作者の深みを感じる。

二つ目の「研辰の討たれ」は、以前に中村勘三郎さんの「野田版研辰の討たれ」を見たことがある。舞台を立体的に使って、これが歌舞伎?と思う反面、これも歌舞伎、と納得する舞台だった。今回は正統派「研辰の討たれ」のようだが、愛之助さんと中車さんの性格の対象的な演技と、壱太郎さんの若侍もおもしろかった。
舞台と客席が一体となって、この演目に惹きこまれていくのは、野田版と一緒だった。それにしても愛之助さんが座った客席はもとから空席だったのか、それとも舞台用に空けて置かれたものか? アドリブだったのかなあ。

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この歌舞伎の元になった事件は、文政10年(1827)に讃岐の国で起きた仇討事件。これが芝居として上演されるようになったらしい。ただこの事件そのものは武士どうしの事件ではなく、町人が武士を殺し、その仇討をしたということで、それがこの芝居が人気となった理由らしい。しかし今日の舞台は大正14年(1925)に歌舞伎作者の木村錦花が舞台化したもの。研辰が町人上がりの武士として描かれている。
根っからの武士の平井兄弟と元町人の研辰こと守山辰次の性格の違い、武士道の捉え方の違いが軽妙に、かつ結果的には深刻に描かれていると思った。
野田版の時もそうだったが、口の中がざらつくような後味がのこる幕切れ。
「えーっ、結局闇討ちか?!」というような感想や反応をネット上で見つけたが、そんな単純なものではないと私は思う。
番付の亀岡教子さんの紹介にある、近松門左衛門のいう「虚実皮膜」の芸術、真実と虚構の微妙な境界がそこにはある、ずっしりと心にこたえる演目だったと思う。

さて最後は落語でもよく知られいる「芝浜」をもとしたもの。

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市川中車さんの良さがよく出ていた舞台だったと私は思った。
落語の「芝浜」は、古今亭志ん朝さんのCDを車でよく聞いていた。
私のなかでは、人情話といえば「芝浜」と「紺屋高尾」が浮かんでくる。

よく知られた話なのであらすじは書かない。
女房おたつの扇雀さんがとてもよい。政五郎の中車さんとぴったりと息があっている。心を入れ替える中車さん演じる政五郎、そして舞台が変わって3年後のおたつと政五郎、ああこの3年間二人共一心不乱に働いたんだなあ、と伝わってくる。こんな時の中車さんは生き生きしている。
そして私が気になったのは、最後におたつのすすめるお酒を飲むのかどうか。
落語では「夢だったらいけねえ」と飲まないのだが、
歌舞伎ではお正月の出し物らしく美味しそうに飲む。
そして落語にはない、火事で焼け出された人たちへの正月餅への寄進としてその財布のお金を使うことでおわる。
人情話らしい、すべてが丸く収まるというわけだ。
途中で獅子舞が出できて、新春らしい雰囲気が舞台いっぱいに流れる。私も久々本格的な獅子舞をみることができて楽しかった。

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愛之助さんと中車さんがでてくるので、どうしても「土下座」ギャグが多くなる。まあそれもしかたがないかと思うが、そろそろそれも過去のものにしてほしいと言う気持ちも正直でてくる。

午後の部は、心中物、仇討物、と深刻な演目のあとに、「芝浜革財布」で笑顔になって終わるという段取りだった。
お正月らしく、苦労のあとにはハッピーエンド。今年一年が良い年でありますように、という気持ちがわいてくる。

道頓堀は相変わらずの人出。
外国からの観光客も多い。
私が外国に行ってスペインのフラメンコやポルトガルのファドを見に行くように、この人達はどうなのだろう。
買い物ツアーも大阪の経済にとって大事だが、大阪の文化を知らせるというツアーもきっとあると思う。が、なかなかそういった団体には私は出会わない。

 

 

阿弖流為(アテルイ)

松竹座で公演中の歌舞伎NEXT「阿弖流為」を見に行く。歌舞伎NEXTとは?

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IMG_20151009_0002作  中島かずき
演出 いのうえひでのり
俳優 市川染五郎、中村勘九郎、中村七之助などの芸達者な面々。

劇の内容は、パンフレットによると以下のとおり。
「古き時代、日の国ー。大和朝廷は帝による国家統一のため、帝人(みかどびと)軍を北の地に送り、そこに住むまつろわぬ民、蝦夷(えみし)に戦いを仕掛けていた。その頃、都では蝦夷の”立烏帽子党”と名乗る盗賊一味が人々を襲っていた。それを止める一人の踊り女。
彼女こそ立烏帽子(中村七之助)。女だてらの立烏帽子党の頭目だった。
街を襲う盗賊が自分たちの名を騙る偽物であることを暴くために変装していたのだ。そこに都の若き役人、坂上田村麻呂(中村勘九郎)もかけつける。さらに”北の狼”と名乗る男(市川染五郎)も現れ、偽烏帽子党を捕らえる。
この事件をきっかけに、北の狼と田村麻呂は互いに相手に一目置くようになる。
だが、北の狼と立烏帽子は、蝦夷が信じる荒覇吐(あらはばき)神の怒りを買い、故郷を追放された男女だった。
北の狼の本当の名前は、阿弖流為(アテルイ)。故郷を守り帝人軍と闘うため、立烏帽子と二人、蝦夷の里に戻ることにする。
荒覇吐神の怒りをおさめた阿弖流為は、蝦夷の兵を率い、帝人軍と闘う。
彼の帰還を快く思わぬ蝦夷の男、蛮甲(ばんこうー片岡亀蔵)の裏切りにあいながらも、丹沢の砦を取り戻した彼は、いつしか蝦夷の新しい長として一族を率いていく。一方田村麻呂も、帝の巫女である姉、御霊御前(みたまごぜんー市村萬次郎)や右大臣藤原稀継(ふじわらのまれつぐー坂東彌十郎)らの推挙により、征夷大将軍として、蝦夷との戦いに赴くことになってしまう。
阿弖流為と田村麻呂、互いに認め合う二人の英傑が、抗えぬ運命によって、雌雄を決する時がこようとしていた」。

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歴史は勝者のもの。支配者の都合の悪い部分は切り取られ、「正義」の名のもとに少数者は切り捨てられ、忘れ去られるように仕組まれる。

「阿弖流為」という名は歴史上にはほんの少ししか残されていないようだ。
しかし残されていたことによって、結果的には1300年たった現在によみがえることになる。

この歌舞伎NEXT「阿弖流為」はあくまでも想像の産物。現代が創造した演劇。登場する人物や団体名は実在するものではありません、とテロップがながれるドラマと同じである。
しかし歌舞伎は支配者の思惑や時代の主流から一歩外れ、斜めに時代と人間を見ることによって民衆の支持を得てきたもの。そのコンセプトがしっかりとこの歌舞伎NEXT「阿弖流為」に生きている。

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市川染五郎ファン、中村勘九郎・七之助ファンにとってはもうたまらない出し物になったと思う。三人三様の魅力がたっぷりだし、その他の登場人物のだれもが「おれが主役だ!」と舞台から飛び出してくるように観客に迫ってくる。
舞台効果も音も光も効果満点。衣装は堂本教子さん(舞台衣装では有名な人であることを後で知った)、そして現代の音響機器と歌舞伎の拍子木や太鼓などの伝統音楽が見事にコラボレーションし、「阿弖流為」の中に観客を引き込んでいく。

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左の写真は歌舞伎流に番付といえばよいのか、プログラム。
そして私の左手首あるのが、この「阿弖流為」に全員参加のためのアイテムのリストバンド。
こんな説明書きが一緒にあった。

「お客様へのお願い
本日はご来場いただきましてありがとうございます。
蝦夷と帝人軍の様々な人間模様を描く本作ですが、蝦夷の星空はたいそう見事なものだそうです。
お配りした白いリストバンドはそんな”蝦夷の星空”の素です。

壱 二幕目がはじまるまでに腕にお巻きください。
弐 お芝居のエンディングで自然に光ります。

参 光りましたら手を揚げて一緒に蝦夷の星空をつくりましょう。
  *少しだけ腕を揺らすと尚良いです。
IMG_20151009_0005会場いっぱいの星空を写真に撮れなかったのが残念だった。
蝦夷の星空と劇場内の星、それは地上の星となって歴史を作り、消えていった人々のことをおもう星たちだった。

インターネットを見ると、この「阿弖流為」の感想がいくつもあった。 みんな感激して観劇したことが想像される。 わたしは歌舞伎NEXTのことも作者の中島かずきさん、演出のいのうえひでのりさんのことは、いくつか見た劇団☆新感線の舞台劇ぐらいでしか知らない。
でも「おもしろかった」。
第2部の2時間が、月次な言い方だが、あっという間に終わってしまったという感じだった。
内容がありメッセージもたっぷり仕込まれている原作も演出もすばらしい。そしてその素晴らしい作品に生命を吹き込んだのが市川染五郎さん、中村勘九郎さん、中村七之助さんたちの舞台俳優の面々だったと思う。

カーテンコールが3回! 1階も2階も私が見えるところはほぼ100%のスタンディングオーベーション。松竹座がこんなに盛り上がった舞台は見たことがない。
帰りの階段、エスカレーターはほとんどの人がニコニコ笑顔だった。
あー、良い物を見た。楽しかった、足どりが軽い、明日はいい日になるかもしれない、何かそんなワクワク感が劇場内に流れていた。

「アテルイ」という言葉を聞いた時に、何か以前に耳にしたことがあるような気がしていた。帰って調べてみると、あった、これだ。

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http://www.nao.ac.jp/gallery/weekly/2014/20140422-aterui.html

阿弖流為1理論天文学の望遠鏡、スーパーコンピュータ「アテルイ」

Cray XC30「アテルイ」は国立天文台が運用する第4世代の数値シミュレーション専用スーパーコンピュータです。水沢VLBI観測所に設置され、2013年4月から共同利用運用をしています。24,192コアという非常に多くのコアを使用することで、システム全体で502Tflopsという高い理論演算性能を実現しています。アテルイはその中に宇宙を作り出し、実験的に天体現象を解明する、いわば理論天文学の「望遠鏡」なのです。

アテルイが見る宇宙

アテルイが計算しているのは、宇宙におけるあらゆる現象です。宇宙全体の構造の形成のような非常に大きなスケールから、地球のような惑星がどのようにしてできるかという小さなスケールのものまで、幅広い範囲の天体現象を扱っています。さらに138億年という宇宙が始まって現在に至るまでの長い時間から、ほんの1秒にも満たない星の爆発の瞬間まで、さまざまな時間スケールの現象をシミュレーションによって明らかにしようとしています。

アテルイの由来

アテルイ(阿弖流為)は、奈良時代から平安時代はじめに水沢付近に暮らしていた蝦夷の首長です。朝廷の大規模な軍事遠征に対して勇敢に戦った英雄として知られています。このスーパーコンピュータも、水沢の地で果敢に宇宙の謎に挑んで欲しいという願いをこめて、アテルイという愛称がつけられました。筐体には、篆書の「阿弖流為」を電子回路のようにデザインしたロゴが記されています。

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高さ2m、長さ12m、奥行き1m50cm。、重さ約9トンという、天文学専用では世界最速のコンピュータだ。岩手県奥州市(おうしゅうし)に設置されている。

それにしても、国立天文台のスーパーコンピュータに「アテルイ」というニックネームがつくなんて。
戦神としてこの地を呪うのではなく、宇宙の仕組みを追求する最先端で闘う神となったのかもしれない。
「アテルイ」という名前は生き続けている。

 

 

 

中村鴈治郎襲名披露大歌舞伎

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松竹座で行なわれている「中村翫雀改め四代目中村鴈治郎襲名披露の寿初春大歌舞伎」に行ってきた。

中村鴈治郎さんという名前は、先代(三代目)の鴈治郎さん・今の坂田藤十郎さんから知っているが、大阪の歌舞伎にとって重要な名跡ということは知らなかった。
三代目が坂田藤十郎さんの名跡を次いでから約8年。その間中村鴈治郎という名はなかったので大阪の歌舞伎界にとっては待ちに待った襲名ということだろうと思う。

 

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今回の歌舞伎は、襲名披露ということなので是非とも行きたかった。
チケットが午前・午後と取ることができたので、襲名披露公演の全体を見ることができて楽しかった。
演目は、
(昼の部)
1.寿曽我対面(ことぶきそがたいめん)
2.廓文章(くるわぶんしょう)吉田屋
3.河内山(こうちやま)

(夜の部)
1.将軍江戸を去る
2.口上
3.封印切(ふういんぎり)
4.棒しばり

口上は予想通りに華やかで楽しかった。
舞台上手(客席から見て右)から、中村梅玉(ばいぎょく)、坂東彌十郎(やじゅうろう)、坂東竹三郎、片岡愛之助、中村橋之助、片岡仁左衛門(にざえもん)、中村鴈治郎、坂田藤十郎、中村扇雀、中村壱太郎(かずたろう)、中村虎之介、中村亀鶴(きかく)、片岡秀太郎(ひでたろう)の面々(敬称略)。
「藤十郎兄さんからのご依頼で」と仁左衛門さんの挨拶から始まり、右の橋之助さんから梅玉さんへ、そして秀太郎さんに移り順次右へ、最後に四代目鴈治郎さんの挨拶となった。少し緊張感が感じられ、意気込みが感じられる口上だった。

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鴈治郎さんが出演したのは、「吉田屋」(これは坂田藤十郎さん、中村鴈治郎さんの共演というこれまでなかったもの)と「封印切」。
「 封印切」は坂田藤十郎さんのものを何回か見ている。四代目鴈治郎さんの姿形は藤十郎さんによく似ているが、やはり若い。若い忠兵衛も新鮮だった。よく研究されていることが伝わってくる。
襲名するということは、こんなふうに芸を継ぎ、発展させていくことなんだなあと思う。

左の写真は幕間で買ったお菓子の生八ツ橋「夕霧」。「廓文章吉田屋」の夕霧にかけているようだ。味見をさせてもらっておいしかったので買った。

「封印切」の重いお話のあとに、狂言の題材をもとにした「棒しばり」で心が軽くなる。
後ろ手にくくられた中村壱太郎さんの太郎冠者、両腕を棒でくくられた片岡愛之助さんの次郎冠者。どちらも両腕が不自由であるのにその不自由さを感じさせないのがお二人の芸。扇を広げたり、扇を持ち替えたり、舞台を素早く移動したりと、熱演におもわず拍手。相当な練習と修行の成果なのだろうが、百発百中の芸を求められるが故の緊張感がたまらなく楽しめた。
片岡仁左衛門さんの「河内山」での名セリフ「ばかめ〜!!」と、花道での表情の変化も、これが「芸」なのだと感心する。

松竹座の玄関上に「櫓(やぐら)」があった。

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 これまで歌舞伎をやっている松竹座でこのような櫓を見たことがなかったので、入り口の係の人に聞いてみた。
「いつもは見ない櫓がありますけれど・・・」
「お正月公演と襲名披露ということで櫓があります」
「京都の南座にはいつもありますね」
「そうです。あちらは常設しています」 

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 南座体験のブログにも紹介したが、櫓は江戸時代に幕府公認の劇場のみ揚げることができるというもの。逆に言えば、櫓を揚げている劇場は「幕府公認の劇場です」、と言っていることと同じなわけ。

左右には白い御幣が立っている。
御幣とは「紙や布を細長く切って、細長い木にはさみ、神前に供えたり神主がお祓いするときに用いる祭具(語源由来辞典)」のこと。
この御幣は梵天(ぼんてん)と言い、神さまが降臨するための依代(よりしろ)である。南座の梵天は、八百万の神(やおよろずのかみ)から800枚の紙からできている。
しかし松竹座の梵天は800枚以上の紙がありそうだった。

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これは襲名披露公演の祝い幕の原画。松竹座ロビーに展示されていた。
作者は森田りえ子さんという日本画家。この人は新進の日本画家として有名な人だそうで、金閣寺の杉板絵も描かれているという実力者。今回の番付の表紙絵(紅白梅)もこの人の作品。どちらも華やかでしかも気品を感じさせる絵だと思う。
実際の祝い幕は下の写真のとおり。(この写真は中村扇雀さんのブログより)

祝幕1

扇雀さんのブログにこの祝幕の話が書かれていた。

http://www.senjaku.com/blog/2015/01/post-363.html

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お正月の襲名披露公演というものに、初めて行ったが、華やかなムードが漂っている。

名前を継ぐことによって、芸が引き継がれていく。単に過去の財産を守っていくだけでなく、さらに新しい芸を追求していくという清々しさがそこにはあった。若手の役者さんから人間国宝の坂田藤十郎さんの芝居を同じ舞台で見せてもらう方もうれしいが、演じている役者さんも励みになるだろうなと思う。
継承と発展、どこの組織・団体・社会でもある普遍的な課題。
目に見える笑顔や華やかさの裏側に、汗と涙と血の滲むような修練があるのだなあ、と身の引き締まる舞台だった。