アナレンマ

このモニュメントは何?

丘の上にある不思議なモニュメント、もう少し接近してみよう。

三本の柱の真中付近に何かがある。

もう少し拡大してみよう。

ここは堺市立みはら歴史博物館
(M-Cみはら)にある公園。
三原ふる里公園と呼ばれているところ。

ホームページを見ると、
「カタチ造りの達人がグランドコンセプト。中世の鋳物技術者集団河内鋳物師、24領の鉄製甲冑が出土した黒姫山古墳をメインテーマとした展示と、文化・芸術に触れ交流できるホールとの複合施設です。愛称のM-Cみはらは、Museum(博物館)とCommunity(交流)をイメージしています。」
とある。

このモニュメントは、その「みはら歴史博物館」の裏側にある「三原ふる里公園」にある。

モニュメントには写真のように、三本のワイアで固定されているものがある。私には全く何かわからなかった。そばに説明があったので読んでみよう。

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モニュメントのレリーフは、鋳物師発祥の地の由来から「炎」を表現し、そこからモニュメントが生まれたことを物語っています。
また、刻の丘の位置づけから正午を示す機能も備え、中空に張られたノーモン(き針=ドーナツ型円盤)の影と、柱に刻まれた8の字の字型のアナレンマ(均時差=見かけの太陽と標準時の差をグラフ化したもの)で正午を読み取ります。
時計の12時は一つしかありませんが:この正午日時計は、季節で高さが変化し、太陽と地球の軌道関係で左右にずれ、8の字を形成します。晴れた日には、機械仕掛けでは味わえない、季節感や宇宙観を与えてくれる夢の時計で、感じることを心に刻んでください。

 アナレンマ(正午用)の味方
①月日を探す(目盛りの間隔は約10日)
②その月日の線上にノーモンの穴の光が差し込んだら正午です。
③また、数値でその日の均時差が解ります。(2分表示)
  東経 135度33分45秒
  北緯 34度32分42秒

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 なるほど上の写真のように線と文字が刻まれている。
この文字と線が刻まれている一番低いところを見ると、

6月21日が一番低いところの印になっている。これは夏至近くという意味だろうか。 逆に一番上の部分を見ると12月末になっている。冬至ということかもしれない。
アナレンマ・・・・!この言葉に記憶があった。そうだ、明石の天文台で見たのだ。

上の写真が明石の天文台で見た「正午計」。

この正午計を拡大したのが「みはら歴史博物館」でみたアナレンマを利用した「正午計」なのだ。
今日は12時をとっくにすぎている。天気の良い日の12時頃に来れば、アナレンマの現象を見ることができるかもしれない。
一つ楽しみが増えた。

 

 

 

子午線の町 明石

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この写真は9月22日の日の出。秋分の日の前日。右の山は二上山。
秋分のは真東から日が昇り、真西に日が沈むといわれている。
本当なら23日の日の出をとっておきたかったが、お天気が心配だったので(朝日は山にかかる雲に影響されることが多いので)、前日に撮っておいたもの。
秋分の日には、前から行きたかった明石の天文台に行った。
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明石は「東経135度の子午線が通る町」として有名。ところで子午線という言葉はどこから来たのだろう。
入場の時にもらったパンフレットに説明がある。
「古い時代、方位や時刻を十二支で表し、真北を子(子丑寅卯辰・・の子)、真南を午と呼びました。つまり子午線とは真北と真南を結ぶ線のことで、いわゆる経線のことなのです。」とある。

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さらに子午線と時刻についての説明がある。
「太陽が真南にある時を正午とすると、日本各地の時刻(地方時)は図のように経度によって異なります。交通や通信が発達してくると、地方時(太陽が南中した時の時刻を12時とすると、その土地々々によって南中する時刻が違ってくる)を使っていては大変不便なことから、明治21年1月1日から東経135度子午線上の地方時を、日本全国で使うことになるました。これが日本標準時です。明石市立天文科学館は、東経135度の子午線の真上に1960年(昭和35年)に建てられた「時と宇宙の博物館」です。高さ54mの高塔は、そのまま日本標準時子午線の標識であります。登頂には直径6.2mの大時計があり、いつも正確な時刻をしらせています。」

天文科学館のパノラマ展示によると、135度の子午線の上には、明石の天文科学館以外にも幾つかの記念碑などがある。

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このうちの幾つかを見て回った。
これは館内にある135度の子午線の表示。IMG_8247

これは郵便局の駐車場にある135度の線。郵便局の床にも線を引いているのかな?と思ってしまう。 IMG_8252

郵便局の前、道路にそって角柱の標識がある。その中に収められているのが「日本中央標準時東経百三十五度子午線通過標」というもの。 IMG_8250 IMG_8254

覆いの一部が透明になっていて、中に保存されているものが見えるようになっている。

そばにある説明を読むと、
「この標識柱は、神明国道(現国道2号)が開通した際に、天文測量(1928年測量)で定められた子午線を示す標識として、1933年(昭和8年)に建立されました。
鉄筋コンクリート石張造で、トンボの標識(天文科学館北側)同様、当時としては、斬新なデザインでした。
・・・・・
本標識は、平成19年3月に明石市指定文化財に指定されました。現在、調査のため覆いの一部を透明板にしています。」

下の写真は、子午線交番と「日本標準時子午線通過地の標柱」

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標柱の横にある掲示板にはこのような説明があった。
「明治17年(1881年)、ワシントンでの万国子午線会議において、世界の標準時についての取り決めが行なわれました。 日本では、この決定にもとづいて、明治21年(1888年)1月1日から東経135度子午線上の時刻を日本標準時として使用することになりました。 当時、一般市民は日本標準時子午線が明石郡内を通過していることをよく知りませんでしたが、この事の重要性に気づいた明石郡小学校の先生方が、自分たちの給料を割いて建設費を負担し、明治43年(1910年)にこの「子午線通過地標柱」設置しました。」
学校の先生達の意気込みが伝わってくるかのような、立派な標柱だった。

そして最後の写真は、近くの駅(山陽電鉄人丸前駅)の構内を横切る、北緯135度子午線の表示。

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マンホールのフタも子午線の町明石をデザインしたものがあった。 次は天文科学館の施設で見たものを書いてみたい。