令和ー手書き文字と活字体

新しい元号が「令和」となってから、「令」という字について考えてみた。
上の写真はテレビの画面で、元号が「令和」となったと発表された時の画面。
菅官房長官のもっている「令和」と、テレビのテロップの「令和」の文字が違っている。あれ? どっちが正しいんだ?
と考えた人が多かったようで、ネットでもこの種の話題が沢山取り上げられている。

もともとは「手書き文字」

私は以前に「教科書体と明朝体」について調べたことをブログに書いたことがある。
基本は「手書き文字」と活字で印刷された文字を区別して考えることだ。

左の本は「手書きのための漢字辞典 明治書院 財前 謙編著」。
この本の「はしがき」には次のように書かれている。

「文字は本来、手で書くものであった。しかし、近代以降は印刷がその中心の座を占め、パソコンや携帯の普及とともに、手で文字を書く機会が少なくなってきている。そのため、いざ漢字を書くとなると、不安を覚えることも多い。またその際、規範を辞典など印字に求めがちだが、一般的によく用いられている明朝体は、筆写の楷書とは大きな相違がある。印字と手書きの相違を明らかにし、自信を持って漢字が書けるように、手書きの規範をしめした。・・・後略・・・・」

さらに「印刷の発達と漢字」の項には、
「・・・ところで、「康煕字典」やその流れをくむ漢和辞典などが、いわゆる「字引」として活用されることはあっても、手習いによって文字を覚えていた時代には、印刷文字と異なる部分があっても手書きによる文字の伝統が継承されていた。例えば糸へんは、活字体が「糸」であっても「」と書くのが伝統であった。
ところが戦後の「当用漢字表」は規制としての性格が強く、学校教育においては明朝体で示された当用漢字の書体、あるいは当用漢字の字体を筆写風にデザインした教科書体(教育活字)をそのまま書くように指導がなされた。
そのため、活字のとおりに書くことがおこなわれるようになり、長く継承してきた手書きの伝統が軽視される傾向がある。・・後略・・・・」

教科書体とは

教科書体とは、「小学校学習指導要領(国語)」の「別表 学年別漢字配当表」にある印刷文字で、書くことを意識して作成された活字の書体。小学校の検定教科書はすべてこの教科書体で印刷されているが、中学校以上の教科書は明朝体で印刷されている。下の一覧表はその「別表」の最初の部分である。

この別表で「令」を探してみると、4年生にあった。「令」という漢字は4年生で習うわけだ。
左の教科書体でわかるように「明朝体」の「令」とは違っている。学校では「今」という字に「マ」という字体で学習している。だからテレビで見た「令和」の文字を見て、「え〜、これでええの?」とか「こんな字は習っていない」という声がでるのも当然なわけだ。

活字の字体に引きずられている「手書き文字

左の本は文化庁が編集した「常用漢字表の字体・字形に関する指針ー文が審議会国語分科会報告(平成28年2月29日)」という本で、字体に関して基準となる考え方をまとめて本。「字体・字形」については一番新しいものだ。

この指針がでたときに、新聞で大きく取り上げられたが覚えている人はどれくらいいるだろうか。
そこに「令」についての記事がある。
「社会生活で使う漢字の目安を示した常用漢字表では、手書き文字は漢字の骨組みにあたる字体があっていれば、「とめる」「はねる」「はらう」など、細部にこだわらなくてもよいとされている。しかし一般にはあまり知られていない。そのため、金融機関の窓口などで「鈴」の「令」の下の部分を「マ」と書くと書き直しを求められたり・・・」
ちょっとびっくりするようなことが実際にあったのだ。自分の名前なのに書き直しをさされるとは。それは活字の字体にひきずられた結果なのだ。

文化庁が編集したこの本は、子どもたちに文字を教える立場の人には必読だと思う。
この本にはQ&Aがあり、明快に書かれている。

Q1 学校で教わった漢字の形と新聞や本で見る漢字の形が違っている
ことがあります。どちらがただしいのですか。

A それぞれに正しい形です。学校で教わった手書きの文字の形と印刷された文字の形には、表し方にそれぞれの特徴や習慣があるため、違いが見られることがあるのです。
 学校では、手書き(筆写)の楷書を中心に学びます。楷書は、文字を崩さず、一点一画をきちんと書く書き方です。小学校の教科書では、主に教科書体とよばれる印刷文字が使われていますが、教科書体は児童生徒が漢字を書くときの参考になるよう、基本的に手書きの楷書の習慣に倣って作られています。
一方、ほとんどの新聞や書籍では、明朝体という印刷文字が使われています。・・・後略(このあと明朝体の歴史など詳しく書かれている)・・・・。

Q&Aは78件もあり、読むだけで勉強になる。
さて、この「常用漢字表の字体・字形に関する指針」の後半には、「字形比較表」がのせられていて、常用漢字の活字体と手書き文字が示されている。
そこの「令」の部分を抜き出したのが下にある通り。

最初のテレビの画面に写っている「令」の字は「活字体」と「手書き文字」の2種類で、どちらも正しい文字なのだ。
わからない漢字を辞書で調べて、そのとおりに書こうとしてしまうことが多い。どちらが長い、はねる? はねない? 止める? はらう? ということの判断を明朝体の漢字にたよりがちなのが今の時代だ。
新しい元号の「令和」という漢字は、もう一度「手書き文字」の大切さを認識すること、再確認する機会になったといえる。

 

 

 

 

鳥獣人物戯画展

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京都国立博物館にて開かれている「国宝 鳥獣人物戯画と高山寺(こうさんじ)」に行ってきた。
高山寺とは、そのホームページによると 「高山寺は京都市右京区栂尾(とがのお)にある古刹である。創建は奈良時代に遡るともいわれ、その後、神護寺の別院であったのが、建永元年(1206)明恵上人が後鳥羽上皇よりその寺域を賜り、名を高山寺として再興した。 鳥獣人物戯画、日本最古の茶園として知られるが、デュークエイセスの唄「女ひとり」にも歌詞の中に登場しています。 また、川端康成、白洲正子や河合隼雄の著書にも紹介されています。」とある。
後鳥羽上皇というと平安末期から鎌倉時代初期に名を残している人だ。
高山寺にはたくさんの国宝と重要文化財があるが、やはり一番有名なのは「鳥獣人物戯画」。4巻全てが展示されているのだから、いま見に行かなくてどうする。

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予想していたけれど、これほどの列とは。2時半頃から並んで、入館できたのは4時。なんと90分待ち。
また、中に入っても、鳥獣人物戯画を見るまでに50分。
なんともすごい列。
でも並んでいる人は静かに黙々と列の動きに従っていた。
私は後から来る人はみんな入れるのだろうかと心配になった。係の人に声をかけて聞いてみると、「5時半まで切符を販売しています。並んだ人が作品を見終わるまでは閉館しません」ということだった。

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「鳥獣人物戯画」の展示会場までに、高山寺の文化財が展示されている会場がある。たくさんの目や心を惹かれる展示物があったが、一番うれしかったのはこの経典。カタログによると「宋版華厳経疏(そうはんけごんきょうしょ)」というもので、華厳経の注訳書で、南宋時代の版本ということらしい。このほかにも宋版のお経の木版が展示されていた。宋版ということは、日本の明朝体の基礎となった文字である。
明朝体の活字の原点がここにある。それにしても一字一字版木にほり込んでいった人がいるわけだ。職人がいたのだろうか、お寺の担当の人だろうか、誰か知らない多くの人の力がこの木版のお経にはある。

でもお目当てはこの「鳥獣人物戯画」甲乙丙丁の4巻の展示。
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 これは甲巻のトップの絵。どうだろう。この流れるような線。生き生きとした描写。そして一瞬の動きを切り取った躍動感。900年前の人達の観察力と描写力に驚く。今回は2009年から2013年までの期間をかけて全面修理したもの。
その修理は甲乙丙丁の4巻を同時にするというもので、これまでになかった大修理だったと想像される。

甲巻 縦30.4cm 全長1148.4cm

乙巻 縦30.6cm 全長1189.0cm

丙巻 縦30.9cm 全長933.3cm

丁巻 縦31.2cm 全長1130.3cm

という大きなもの。私はそれぞれの全長が10m級のものとは知らなかった。
今回の修理の前は明治時代に行なわれたということで、この修理があったから「鳥獣戯画」の海外流失を免れたという側面史があるらしい。
私は絵巻のことは全く知らない。展示の説明やカタログを読むと、原図の裏には補強の裏紙がはられているそうだ。この「鳥獣人物戯画」の裏紙は1枚しかはられておらず、今回の修理で、肌裏紙、増裏紙、中裏紙、総裏紙の四層の裏打ちがなされたそうだ。次回の修理はいつかわからないが、今回の修理でこの絵巻はさらに後世に伝わっていくことができるのだろう。
この他にも、丙巻の前半の「人物戯画」と後半の「動物戯画」が裏表に描かれていたこと、丁巻の絵巻の裏面から薄く剥いで、剥いだものを修理に使っていることなどがわかったそうだ。

「鳥獣人物戯画」には、作者がわからない、絵巻の順序が作成当時のものと入れ替わっているらしいこと、絵巻から抜き取られた絵が散逸していることなど、謎とミステリーがあってまだまだ解き明かされていないことが多い。

私はそんな謎がおもしろかったことと、本物の「鳥獣人物戯画」を目の前にして、その美しさに感心した。
大修理のおかげだろう、最近に描かれたかのような存在感があった。
本物にふれる感動、リアルな感銘があった。

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四巻の絵図を見て外に出たのが6時すぎ。

外にはまだまだ列になって入館を待っている人達がいる。
11月6日には10万人の参加者を超えたそうだ。
最終日にはいったい何万人の参加者になるのだろう。

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左の写真は、売店で求めた総合カタログ。 このカタログにはおまけとして、「鳥獣戯画」甲乙丙丁の4巻の全てがのっている豆本がついている。

これはお得なカタログだと思う。
甲乙丙丁4巻のすべてを見る機会は私にはもうないと思う。

10万人をこえる人たちがこの「鳥獣人物戯画」を見に来たということはとても素晴らしいことだと思う。
できれば、小中学生にこの絵巻をみてもらう機会がないものか。歴史の本物にふれる機会だから。
社会科の教科書や資料集を手に持ちながら、「教科書にのっている写真の実物がこれか」「学校の資料集で見た絵の本物がこれなんだなあ」と感嘆の声をあげながら見学できる、そんな時代になればなあ、と夢を見ながら京都国立博物館を後にした。

*なお記事内の鳥獣戯画の絵、経本はカタログよりコピーしたもの。

 

 

 

教科書体と明朝体3

ひらがな

ひらがなについて考えてみよう。

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左の写真は一番私たちが目にすることが多い明朝体。
パソコンでフォントを変えてプリントしてみると、明朝体と言っても様々なデザインがあることがわかる。

年賀状の時には、様々なデザインの文字が年賀はがきの上で見られるようになった。どんなデザインであっても、ひらがなであることはわかるし、読むこともできる。
それは、私たちが文字に慣れたからである。鉛筆の文字でも、ボールペンや万年筆、筆で書いてあってもひらがなとわかるし読むことができる。人間の文字認識能力の素晴らしさだと思う。

出版会社は読みやすい文字にこだわってきたと思う。では「書く」という視点で見ればどうだろう。
初めて文字を習う子ども、鉛筆を持って初めて文字を書く子どもにとって、手本となる文字はどんな文字がいいのだろう。
鉛筆が学校で本格的に使われるようになったのは、1920年(明治10年)前後からだと言われている。それまでは毛筆であった。筆で書いた楷書が字のお手本だった。

教科書体を作っている会社のホームページを調べてみた。
まず「欣喜堂 活字書体設計」より

しおりhttp://www.kinkido.net/Japanese/shiori/shiori.html

 

続いてワープロソフトの一太郎の最新版に乗せられている教科書体を作った会社
ゆう

http://shop.tokyo-shoseki.co.jp/shopap/feature/theme0043/

 

かな文字の入門期の子どもたちにとって、書くという視点から作られた文字が教科書体だということがわかる。

中学校国語を出版している東京書籍のホームページには、小学校から中学校への移行について書かれている。以下にそのコピーを記す。

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小学校では,多くの教科書の本文書体に「教科書体」が使われています。教科書体は,筆遣いや字形を書き文字(筆写の場合の文字)に近づけたもので,国語や書写で学習する文字との齟齬がなく,文字の書き方を学習していく小学生が使用する教科書に最も適した書体といえます。一方,中学校では,多くの教科書の本文書体に「明朝体」が使われています。明朝体は,一般に最も可読性(読みやすさ)に優れているとされ,小学校に比べはるかに文字量の多くなる中学校の教科書に適した書体といえます。また,新聞や書籍をはじめ一般社会では,明朝体が圧倒的に多く用いられており,社会生活に慣れるという点でも,中学校から明朝体で学習していくことが適切だと考えられます。
しかし,明朝体は可読性に優れている反面,筆遣いや字形が書き文字とは違うため,文字の書き方の学習に適した書体ではありません。例えば,「しんにょう」や「心」「令」などの文字では,明らかに形が違います。また,「いとへん」は6画で書きますが,明朝体では折れの部分が2画に見え,8画で書くかのように見えてしまいます。中学校の国語では漢字を新たに1130字も学習しますが,これらの漢字を明朝体で学習してしまうと,筆遣いや字形を間違えて覚えてしまうことになりかねません。

http://www.tokyo-shoseki.co.jp/question/j/kokugo.html
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IMG_20140208_0001東京書籍のホームページには、「明朝体は読みやすさには優れているが、筆遣いや字形が書き文字と違うため、文字の書き方の学習には適した書体ではない」ときっちりと書いている。教科書体も出版社によってデザインの違いがある。しかしはじめて鉛筆を持つ子どもたちにとって、書き順や筆遣いがわかりやすいように工夫がされていることがわかる。見て、見たとおりに鉛筆を動かせば正しい文字がかけることをめざしているようだ。
さて、書き文字も年代によって多少の違いがある。
上の写真の下二つ、①と②は手書き文字。
①は普通見られる手書き文字の代表だと思う。
②は個性的。「そ」の一画目は離れている。「ふ」は一画目と二画目がしっかりとつながり、三角目と四画目は対称的に書かれている。「や」の二画目ははねずに一画目を突き出している。「せ」は二画目をはねずに止めている。
では②の手書き文字はまちがいなのか?
もちろんそうではない。間違いだと言ったら私が怒ります。
なぜなら②は私が書いたひらがなだから。私はこのように書くように習ってきた。これまで「このひらがなは間違っています」と修正された記憶もない。
私なりの理屈がある。「そ」は「曽」という漢字からできたので一画目と二画目が離れて当たり前。
「ふ」は「不」からできているので三角目と四画目が向かい合って当たり前。
「や」は「也」からできているので二画目が突き出て当たり前。
「せ」は「世」からできているので二画目をしっかり止めて当たり前。
これは屁理屈だと自分でも思う。たぶん小学校の時には教科書体のように書いていたと思う。ただたくさんの活字に触れているうちに多様な書体があることを知り、(今は懐かしい)ガリ版をきったり、原稿用紙のマス目を埋める仕事をしているうちに②のような書き方になったのだと思う。
書き文字にも多様性がある。大人のひらがなを小学校の入門期の文字で優劣を決める必要もない。
ただ言えるのは、はじめて書き文字・ひらがなにふれる子どもたちにとってはスタートは教科書体の文字がいいと思う。
そしてその教科書体も、より「書くときにわかりやすい」文字へと追求と努力が行われていることに驚き、ありがたいことだと思う。