新幹線で地球1/8周の旅 その4

昨日は「猪苗代駅」「郡山駅」、そして東京近くの「大宮駅」、さらに東北の「新潟駅」、そこから日本海沿いに「金沢駅」、「加賀温泉駅」と長旅だった。

ここは「片山津温泉」の「矢田屋松濤園」。
大広間のテーブル席での朝食。和定食の朝ごはん。

朝の散歩で潟に来てみる、置物のような水鳥。これはオシドリか?

「加賀温泉駅」から「福井駅」まで、「しらさぎ56号」に乗る。約20分ほど。
「加賀温泉駅」はさすが国際観光都市。アルファベットで駅名が書かれていた!

「しらさぎ」は「サンダーバード」おなじ形式なんだ。車体の形や名前がいろいろとあって、わからなくなってきた。

こちらが「福井駅」に入ってきた「サンダーバード14号」。
ならべてみると、全く同じ車体のデザインであることがわかる。

車体のラインの色が違うらしい。
上の写真左が「しらさぎ」。
窓の下に白・ブルー・オレンジの3色のライン。
右の「サンダーバード」はブルーの一色のライン。
鉄道マニアには、これがたまらないのだろうなあ。

今日のお昼のお弁当は
「越前かにめし」と
「若狭牛めし弁当」。

写真をとってもらったが、ちょっとピンぼけ。
まあしかたがない。

サンダーバードに乗って2時間弱。「新大阪」に到着する。


乗り換えるのは「さくら555号」

12時9分に「新大阪駅」を出発。14時43分に「博多駅」に到着。

ここで『鹿児島中央駅」に向かって「さくら413号」に乗り換える。
15時18分「博多駅」発。16時53分「鹿児島中央駅」着。

車窓から熊本城の姿が見えた。

鹿児島中央駅からホテルの送迎バスに乗る。
向かうところは、「指宿いわさきホテル」。

バスの窓から見えてきたのは、桜島。

そして遠くに煙突のように見えるは、H2ロケットの実物大模型。
へーっ、こんなものがあるんだ。思っていたよりデカイなあ。
一度種子島に行って、H2ロケットの発射を見てみたいものだ。

このツアーの最後のホテルは、「指宿いわさきホテル」。 大きなホテルだ。
ここは以前に来たことがあるところだ、、、。
新幹線911.2Km、在来線225.3Km。1000Kmを越える長旅だった。

 

 

 

 

 

新幹線で地球1/8周の旅 その3

二日目のホテル裏磐梯グランデコ東急ホテルは、落ち着いたホテルだった。

送迎バスに乗って「猪苗代駅」まで。

昨日の逆向きに猪苗代駅から郡山駅まで在来線にのる。団体客や通勤客でほぼ満員。

郡山駅から大宮駅まで「やまびこ128号」にのる。

「やまびこ」の写真はうまく撮れなかったので、ウィキペディアから引用している。

ここから2階建ての新幹線「マックスとき315号」に乗り、新潟駅に向かう。

「マックスとき」は全車2階建ての新幹線。
ホームページを見ると、
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E4系新幹線電車は、オール2階建て新幹線電車“Max(Multi Amenity Express)”の二代目として開発され、1997年12月に東北新幹線で営業運転を開始した。

E4系は、先頭部分の鼻先をぐんと突き出したロングノーズ・デザインが印象的。また、運転室は航空機のようなキャノピー形で、標識灯もふっくらと盛り上がったスタイルになっている。これらは空力特性を追求して得られたデザインだ。

8両編成の両先頭車に分割併合装置を備え、2本連結した16両編成でも運転できる。16両編成時の定員1,634名は、高速車両としては世界最大の定員数を誇り、新幹線の通勤・通学輸送の混雑緩和に貢献している。

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ホームから見ると背が高いことがよくわかる。座席も華やかなシート。
「マックスとき」は最高速度240Kmで走っているそうだ。「大宮駅」から「新潟駅」まではおよそ1時間40分「の旅だった。

新潟駅で特急列車「しらゆき6号」に乗り換える。
「上越妙高駅」までのおよそ2時間の旅を「しらゆき」で走る。

ここで少しおそめのお昼弁当。「焼漬鮭ほぐし弁当」と「SL浪漫弁当」。

「SL浪漫弁当」にはSLのペーパークラフトがついていた。

「上越妙高駅」から「金沢駅」に向かって北陸新幹線「はくたか565号」に乗り換える。およそ1時間の旅。

富山あたりに来ると、山には雪が残っているが平地にはもう雪がない。
「金沢駅」に到着が16時20分。

16時58分発の「サンダーバード38号」に乗り換え「加賀温泉駅」に向かう。

30分弱の乗車時間。
とにかく新幹線・特急に乗りまくるという旅の性格のゆえにこうなるのだろう。
「加賀温泉駅」着17時22分。ここから送迎バスに乗って宿舎へ。
大勢の観光客がここでバスに乗り換えていた。私たちのホテルからのバスがおくれていて、ここでしばらくの自由時間。

送迎バスがついたところは、柴山潟の直ぐ側にある「矢田屋松濤園(やたや しょうとうえん)」。

「やまびこ」、「マックスとき」、「しらゆき」、「はくたか」、「サンダーバード」と新幹線や特急に乗って668Km、在来線153Kmの長旅を、片山津の温泉で疲れを流し、大広間で夕食。
観光旅館らしく、与謝野晶子の短歌が短冊にかかれていた。

  風起こり うす紫の 波うごく  
       春の初めの 片山津かな

 

新幹線で地球1/8周の旅 その2

二日目の旅の目的地は、猪苗代湖にある「磐梯高原・デコ平高原、裏磐梯グランデコ東急ホテル」。
この日は「はやぶさ」「こまち」「つばさ」の三つの新幹線に乗った。

まずはホテルからタクシーで函館駅へ。
函館から函館ライナーにのり新函館北斗まで。約20分、17.9Km。

雪の中を「はやぶさ12号」が疾走してくる。

青函トンネルをくぐり、盛岡へ。上の写真は途中で見えた岩木山。
そう、盛岡、岩木山といえば宮沢賢治。以前に見たこの山の麓にある真っ黒な火山岩がひろがっている光景を思い出す。327Km、2時間8分の旅。
出発が早かったので、朝食はおにぎり弁当。これも旅の楽しみ。
盛岡駅で秋田新幹線「こまち3号」に乗り換える。

秋田新幹線の「こまち」は7両編成の列車。盛岡から大曲まで「こまち」に乗る。
83.2Km、56分の旅。

一面の雪野原。大曲で在来線に乗り換えて新庄まで行く。
98.4Km、1時間41分の旅。
新庄から山形新幹線「つばさ144号」に乗り換える。

新庄駅の構内には、「新庄祭り」の飾りが展示されていた。
この「新庄まつり」は、「ユネスコ無形文化遺産」に指定されているそうだ。
新庄まつりの説明書きによると、
「新庄まつりの山車(やたい)は歌舞伎の名場面や歴史上の物語の決定的瞬間を再現したもので、毎年、各町内の若者達(若達)がそれぞれ工夫をこらして作り上げていく。まつりの当日には山車を引く町内の小若連の「チェレンコヤッサー」のかけ声とともに、在方の若者連(囃子若連)による囃子方がつづき、太鼓、笛、手びらかね、三味線により、まつりの熱気をよりいっそう盛り上げる。新庄囃子は京都の祇園囃子の流れを引く哀愁を帯びた悠長な曲で、村で練習されるお囃子が遠くから風にのって聞こえる頃から新庄の街は段々とまつり一色に染め上げられていく」

「つばさ144号」で少し遅めの昼食。北海道新幹線開業記念弁当「北斗七星」と「北の駅弁屋さん」のお弁当。「はやぶさ」の形をしたお弁当ケースは大人気。

山形、羽前中山と通過していくと、雪が減って田植えの準備らしい風景があったかと思うと、一面の雪野原に変わったりとその変化が大きい。

郡山に到着。「つばさ」ともここでお別れ。194.7Km、2時間11分の旅。
ここで在来線に乗り換える。

郡山駅から猪苗代駅まで約40分、36.7Kmの在来線の旅。

猪苗代といえば野口英世。
猪苗代湖畔に「野口英世記念館」があり、以前に訪れたことがある。
小学校か中学校で野口英世のお母さんの手紙を学習したことがある。手紙の実物をこの記念館で見ることができて感激したことを覚えている。左のパネルは猪苗代駅の構内にあったもの。

猪苗代という地名の語源はいくつかあるらしい。
ひとつは「アイヌ語」に由来するというもの。
一説には、この地は荒れ地だったが野生の猪がこの地を踏みつけて苗代田を作り上げて、稲作が始まったというものもある。
どちらにしても、今は野口英世の故郷として有名な地だ。
バスに乗ってホテルに向かう。

二日目のホテルは「裏磐梯グランデコ東急ホテル」。皇太子さんと雅子さんが泊まってという有名なホテル。それにしても3月でこの雪の深いこと。
新幹線605.1Km、在来線153Kmを走破した。

 

 

 

 

新幹線で地球1/8周の旅 その1

昨年の新聞広告に、フルムーンパスを使って新幹線による日本縦断旅行の案内があったので、予約した。

上の見出しと、左の写真は阪急交通公社のホームページにあった旅の説明からとったもの。

新幹線に乗って、日本縦断というのが興味をひいた。
新幹線といえば、東京ー新大阪の「のぞみ」「ひかり」「こだま」を思い出すという、ちょっと昔のイメージなので、全国を走る新幹線を自分の目で見たいし、写真に収めることができたら、と旅に出た。

1日目は、大阪から一気に函館まで走る。

まず最初に新大阪から東京までの「ひかり460号」。「ひかり」の車体もすっかりスタイルを一新し、かつて東京オリンピックのときに走った「ひかり」は全く現代的な車体に変貌している。

東海道新幹線の楽しみの一つに、「富士山を見る」ということがあるが、残念、いいお天気なのに山頂に雲がかかり、全貌を拝むことはできなかった。

新大阪ー東京間は556.4km。
このデータは、ツアー参加者のなかのお一人が、みんなのためにと全行程の走行距離を一覧表にして配っていただいたものから借用している。
以下これからの走行距離のデータはその一覧表から引用している。

さて東京についた後は、東北新幹線「はやぶさ」に乗り換えることになる。

12時20分発の「はやぶさ」は「こまち」と連結して走ることになっている。初めて新幹線連結を見るので、これは写真に撮ろう。

緑の車体が「はやぶさ」、赤い車体が「こまち」。

二つの新幹線の連結は上のようになっている。普段は右の写真のようにスマート。

東京ー新函館北斗の距離は862.5km。東京発12時20分、新函館北斗着16時34分。4時間14分だから、単純に計算して平均時速203km。停車駅は、上野、大宮、仙台、盛岡、八戸、真青森、新函館北斗。

「はやぶさ」は時速320kmで走っている区間もあるそうだ。

盛岡駅で「こまち」を切り離し、新青森駅を通過して青函トンネルをくぐる。
在来線との共用区間は時速140kmに制限されているそうだ。
そんなこんなで、4時間と少しかかるというわけだ。

この旅の楽しみは、駅弁が2つ楽しめるということ。1日目は、「花あわせ弁当」と「炊き込みご飯弁当」。半分ずつ食べて、二つの味を楽しむという趣向。

下の写真は、青函トンネルに入る直前。

53kmの青函トンネルをおよそ25分かけて通過する。
北海道は雪の冬。雰囲気がガラリと変わる。

新函館北斗駅から在来線に乗り換えて、函館に向かう。

函館駅の構内には、「0キロポスト」函館本線起点、の印があり、「当駅は、函館本線 函館〜小樽〜札幌〜旭川 総延長458.4kmの起点です」と書かれていた。

構内の壁には、明治維新のことを思い出させるようなレリーフがあった。

在来線「はこだてライナー」に乗り換えて、今日の終着駅「函館」に向かう。

函館駅からタクシーに分乗し、今日の宿舎「湯の川温泉 湯元 啄木亭」に向かう。 途中、石川啄木の像があった。記念館もあるそうだが、今回の旅には見学する時間はなかった。

石川啄木は、故郷の岩手県渋民を「石をもて追わるるごと」に旅立ち、青森から青函連絡船で函館に入ったと言われている。
啄木が21歳の年、明治40年5月5日から9月13日の132日間を過ごした函館は、彼にとって特別な存在だったと言われている。

「東海の 小島の磯の 白砂に われ泣きぬれて 蟹とたわむる」は、この地でつくられたという説があるそうだ。石川啄木一族の墓も北海道函館市にある。
石川啄木の名前に由来する「啄木亭」で夕食。

ホテルは大学生らしい団体から私たちのようなフルムーンの年頃の人、そしてあとから外国人をのせたバスが何台もやって来た。

大きなホテルなので混雑や混乱することはなかったが、北海道がアジアの旅行客の日本観光スポットになっていることを実感する1日目だった。

今日の列車が走破した距離は、新幹線1418.9Km,在来線17.9Kmで、合計1436.8Kmであった。