点字と江戸川乱歩とビブリア古書堂①

ビブリア古書堂の事件手帖と二銭銅貨

点字の研修会で、昨年11月に京都ライトハウスあけぼのホールで行われた講演会のことをきいた。講師の岸博美さん(京都府立盲学校)の話を聞いた人の資料を見せてもらった。

点字について学習中の私だが、「直接講演のテーマではありませんが」とことわって最近のニュースとしていくつか紹介された話のなかで「ビブリア古書堂の事件手帖」の話が私の関心を引いた。

点字の世界ではよく知られたことらしく、江戸川乱歩の作品「二銭銅貨」は「点字」を扱ったものとして有名らしい。

岸さんの話によると、「ビブリア古書堂の事件手帖」第4巻でこの江戸川乱歩の「二銭銅貨」が取り上げられていて、その本のなかで「初版本の点字の間違いを江戸川乱歩が訂正をした」ということが書かれているということだった。
私はこの「ビブリア古書堂の事件手帖」という本があることは知っていたが、読んだことはなかったのでいい機会なので読んでみた。(面白かったので最終巻の7巻まで読んだ)
岸さんの話では、間違ったままで今も出版されている文庫本がある、ということなので、私も図書館などで借りて調べてみた。

「ビブリア古書堂の事件手帖」の事件の展開はここでは紹介せずに、点字をつかった暗号だけについて紹介したい。

初版でどんな間違いを江戸川乱歩がしたのか、その初版本をもとに文庫本にしているのが岩波書店の「江戸川乱歩短編集」(2008年8月19日第1刷発行)。
編集付記として、
「本書は雑誌初出の本文を底本とし、平凡社版『江戸川乱歩全集』第1巻〜第8巻(昭和6〜7年)と校合した。初出は次の通りである」と書いてある。そして「二銭銅貨」については、

「二銭銅貨」 大正12年4月号『新青年』
と記されている。

「ビブリア古書堂の事件手帖」では、
次のような説明がある。
「・・・最初に発表された時、拗音の点字記号を間違えていたのです。戦後、桃源社版の全集でようやく訂正されました。」

まず最初に江戸川乱歩の書いた「二銭銅貨」にある、暗号としての点字記号について説明しておこう。

暗号文「陀、無弥仏、南無弥仏、阿陀仏、・・・・」は、南無阿弥陀仏の6文字を使って書かれている。この6文字が6点点字をつかって暗号文になっている、というのがこの「二銭銅貨」のポイントである。
点字は縦3個、2列の6つの◯で作られる。
6つの◯を、左上から1,2,3と番号を打ち、右に移って上から4,5,6と番号をつける。こうして1〜6の番号でどの点か伝えることができる。
たとえば最初の「陀、無弥仏、南無弥仏」は、6つの丸に左側から縦に南無阿弥陀仏と文字を置いてみると、「陀」は点字の5の点、「無弥仏」は点字の2,4,6の点になる。「南無弥仏」は点字の1,2,4,6の点となり、実際に点字にすると下の図のようになる。

最初の5の点は「濁音符」であり、次にある言葉が濁音であることを示している。この点字を読むと、「ゴ」「ケ」となる

そうしてこの暗号文を点字にして読んでみると、
「ゴケンチョーショージキドーカラオモチャノサツヲウケトレウケトリニンノナハダイコクヤショーテン」となる。その意味は、
「五軒町の正直堂からおもちゃの札を受け取れ、受取人の名は、大黒屋商店」。

実際に点字で書く場合は、分かち書きをするのでこんなに詰めて書かない。また「〜は」は、読むときのように「わ」(3の点だけ)と点字では書く。
正確な点字文ではなく、暗号として点字を使っているので、多少の疑問点は無視するとして、無視できないのは「拗音(ようおん)」の書き方だ。

拗音(ようおん)というのは、「シャ、シュ、ショ」「チャ、チュ、チョ」と発音する音のこと。小さい「ャ、ュ、ョ」を使って表される音だ。
点字では下のように書く。

ローマ字でチャ、チュ、チョ、シャ、シュ、ショを書くと
tya ,tyu  tyo, sya, syu, syo 
となる。
yの部分を拗音を表す記号と考えて、4の点でそれを表す。残っている
ta, tu, to, sa, su, so  
は、「タ、ツ、ト、サ、ス、ソ」であり、それをそのまま点字にする。
そうしてできたのが、上の拗音の点字。点字の拗音表記は、点字二つ分を使って一つの言葉をあらわしている。濁音が「5の点+濁音にする音」と同じように。
点字入力の方法は、日本語をローマ字で表記することをうまく使っている。

このことをふまえて、岩波文庫の「江戸川乱歩短編集」の「二銭銅貨」にでている暗号文の点字表記のところを見てみよう。

これが岩波文庫のある「二銭銅貨」の点字の部分を私が写し取ったもの。
星印の部分には「濁音符」という言葉が書かれている。また*印には「拗音符」という文字が書かれている。小さくてかけなかったので星印と*印で代行している。
拗音の「チョ」「ショ」「チャ」の部分にマーカーで記しておいた。

本文の暗号文を写したものが左である。

これを見ると、江戸川乱歩は点字の拗音は、「小さいョ」という意味で「拗音符+ヨ」「拗音符+ヤ」と書くと思ったようだ。
チョ→チ+拗音符(4の点)+ヨ
ショ→シ+拗音符(4の点)+ヨ
チャ→チ+拗音符(4の点)+ヤ
と考えて暗号文の点字を書いたように思われる。

「ビブリア古書堂の事件手帖」には次のような図が書かれている。

この図で江戸川乱歩の「拗音」の間違いがよくわかると思う。
戦後版の点字は正確な点字の拗音が書かれている。

この「二銭銅貨」という作品が書かれたのは大正12年(1923年)。
石川倉次が考案した点字が学校で使われた最初の年が1890年(明治23年)。
点字が官報に公表されたのが1901年(明治34年)
点字新聞が発行された最初の年が1922年(大正11年)。
点字がまだまだ一般化しない(今もそうだが)時代に、点字を取り上げて作品にした江戸川乱歩の先見の明はすばらしいと思う。

しかし、戦後に訂正されたはずのものが、どうして今も訂正されないままの版が出版されるのだろうかという疑問が残る。
この岩波文庫以外にも私が手にした他の出版社の文庫本については、次回に書くことにする。