第33回難波神社寄席

ここは地下鉄御堂筋線の「心斎橋駅」と「本町駅」のあいだにある「難波神社」。 ここで年に何回か「難波神社寄席」が開かれる。

100人ぐらいが入りそうな大きな会議室風な部屋が寄せの会場。
講座も椅子を積み上げてもうせんをひいたようなもので、演者が歩くたびにグラグラと揺れるようで、見ている方が心配。

演目の最初は
「手水廻し(ちょうずまわし)」
 桂恩理(かつらおんり)さん。
身長180センチをこえる長身を折り曲げながら高座に上がる。

手水を廻す、というのは江戸時代の大阪での言葉で、顔を洗う道具(今で言う洗面器、歯ブラシ、歯磨き粉のセットを持ってくる)ということ。この言葉を知らない大阪以外の宿屋の店主と番頭さんが、この「手水を廻す」という言葉の意味を調べるために、大阪に出てで体験する話がメイン。
異文化体験のお話だと思う。

二席目は笑福亭銀瓶さんの「書割盗人(かきわりぬすっと)」。銀瓶さんの芸を見るのは何年ぶりだろう。相変わらずの男前だった。
「書割盗人」というのは、家財道具がなにもない貧乏長屋が舞台。壁に紙を貼って、そこに家財道具を絵で描いてもらい、豪華な部屋に住んでいるつもりになっている。
そこに泥棒に入ってきた男とのやり取りが面白い話。盗んだつもり、盗まれたつもりと話が進んでいき、さてその最後は・・・それは聞いてのお楽しみ。

三隻目は虹友美さんの「なないろ三味線」。以前に繁昌亭で見たことがある芸人さん。「なないろ」というのは三味線が七色なのか、声が七色なのか。そんなことを考えながら三味線によるベンチャーズなどを聞いて、落語とはまた違った楽しみがそこにはあった。

さてトリを飾るのは桂文喬(かつらぶんきょう)さんの「宿題」。これは桂三枝(当時)さんの新作落語。

初めて聞く話だったので、興味があった。
桂文喬さんの落語の枕がかわった。これまではお父さんの「ボラギノール」がよく出てきたが、今回は自分の子どものはなし。これからはそうなるのかなあ。
さてこの「宿題」という演目は、お父さんが子どもの算数の宿題をといていく内容。

さてその第一問は、

ある月夜の晩に、池の周りに鶴と亀が集まりました。頭の数はを数えると16。足の数を数えると44本ありました。鶴は何羽で、亀は何匹でしょう?

お父さんの反応がおもしろい。

お父さん「なんで月夜に鶴と亀が池の周りに集まるんや?」
たしかにそのとおり。
お父さん「頭の数を数えたら・・・? 頭見たら鶴か亀かすぐわかるやろ」
これもお父さんの言う通り。
こんな調子で話が展開する。会場は爆笑の渦。
勉強で笑うなんてめったにないことだ。

中学校なら方程式を立てて解ける問題。

  鶴の数をx羽 とすると 足の数は2x
  亀の数は (16−x)匹 足の数は4*(16−x)
  足の数の合計は44だから、 2x+4(16−x)=44
  これを解くと、x=10 y=16−10=6
  よって 鶴は10羽、亀は6匹 となる。
  検算してみよう。 頭の数は10+6=16
           足の数は 2*10+6*4=44
  でまちがいなし。

落語では次のように説明をしている。

子どもの宿題がわからなかったお父さんは部下に訪ねます。
部下がお父さんに説明したのは、私が学校で習った鶴亀算の方法。

 全部鶴だとします。頭の数が16だから足の数は
 2*16=32
 足の数の合計は44本だったから 44−32=12 で、
 12本不足している。
 鶴と亀の足の数の違いは、4本−2本=2本
 鶴の足に2本ずつたしていくと 12÷2=6 で
 鶴6羽に2本ずつ足をたして亀になる。
 だから亀が6匹で、鶴は16−6=10 で10羽

 
 
お父さんはこの説明がよくわからない。そこで部下は違う説明をする。
 
 

「鶴と亀がいます。鶴と亀に前足をあげろーと言いますとどうなります?」
「鶴はひっくりかえるわな」
「いいえ鶴は飛んでいきます。残っているのは亀です。亀が前足をあげました。
 足の数は何本ですか?」
「16かける2で32本」
「足の数は44本だったから、 44−32=12。

  前足は2本だから12わる2で6
 6匹が2本の足をもらって亀になります。
 鶴は16−6で10羽になります

という具合に、全部が鶴だったらという仮定を「前足を上げろ」という言い方で、鶴亀算を説明している。なるほどね〜、前足を上げて2本足にするなんていう説明は初めて聞いた。

会場では紙を出して計算している人があちこちにいる。 
「方程式をたてたらいいねん」という声も聞こえてくる。
会場の多くは桂文喬さんの知り合いが誘ったと言っていたから、それなりの年配の人。みんな久々の算数で頭をひねりながら楽しんでいそう。

あと二問の宿題があるのだが、それは次回に紹介の予定。

 

 

 

 

 

落語 桂米左(かつらよねざ)独演会

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久々に繁昌亭の寄席に行く。
6時半開演。4月も中旬を過ぎると、午後6時を過ぎてもまだ明るい。
以前お茶を楽しんだ「繁昌亭のごまの和田萬」「ごまカフェ」「ペンションLee」はもうない。そこはたこ焼き屋さんに変わっていた。繁昌亭は繁盛してても、周りのお店は知らぬ間にかわっていく。前回来た時に夕食を食べたレストランも改装中だった。

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桂米左さんは、大阪市の小中高を卒業、つまり大阪市出身の落語家だ。

ほぼ満員で、ふだんから桂米左さんの落語にきている人が多いような雰囲気の会場だった。

入り口でもらったパンフレットを読んで、ふーんとうなる。

「本日はお忙しい中、桂米左独演会にお越し下さいまして有り難うございます。
 さて今日(4月19日のこと)は師匠米朝の月命日でございます。昨年3月19日に他界してから早いもので、一年と一ヶ月。この間に米朝追善と銘打ち、各地で会が催されました。また二月には松竹座で米朝十八番の内「地獄八景亡者戯」が芝居で上演されました。・・ちなみに米左は「はてなの茶碗」の茶金さんの役・・・。どの公演も大入りで亡くなってからでもお客さんを呼ぶ師匠に、改めて畏敬の念を抱きました。・・・・(以下略)・・・・」

そうか、桂米朝さんが亡くなってもう一年が経つのか、時間の経つのは早いものだと月並みなことを思っていると、桂米左さんの落語のまくらのなかで、桂枝雀さんが亡くなったのは4月19日、という話があった。なんとも縁を感じる日に繁昌亭にきたものだ、と思う。

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桂そうばさんの演目は「手水廻し(ちょうずまわし)」。
大坂は昔、朝に顔を洗うことを「手水をつかう」「手水を廻す」と言ったそうだ。
手水ーちょうず、という言葉も落語の世界でしか聞かない言葉になってきたようだ。
 話の中身は、大阪からずっと「離れた村に泊まった大阪の商人が、朝に顔を洗いたいと思って「手水を廻して」と言った言葉がもとになっての大騒動。
そうばさんは福岡出身の人で、桂ざこばさんを師匠にする人。
最初に、関西の言葉はわかりにくかった、という話があったが、そうばさん自身の語り口はとても良くわかるものだった。

桂歌之助さんは「壺算」。
それぞれの家に水をためておく壺があったころの時代の話。
水道が当たり前のように各家庭にある現代では、設定そのものが未経験の話。
歌之助さんは、頭のなかで計算しながら、でもわからない納得出来ない、そういう壺屋さんの番頭さんが困っている姿を大熱演。見ている私たちは大いに楽しんだ。

桂米左さんによる独演会三つの演目、どれも米朝さんにゆかりのもの。桂米朝一門の独演会は三つの話をすることになっているそうだ。

天狗裁き

これは私の好きな演目の一つ。
話がどんどん大ききなるところと、おかみさん、友達、大家さん、お奉行、そして天狗が「して、その夢は?」とたずねていくタイミングと言い回しが笑いをもりあげる。盛り上げ方が話し手によって少しづつちがってくるのが落語の面白さ。
私も舞台やテープで「天狗裁き」を見たりきいたりしたことがあるが、さげがわかっていながら、そのさげをまっている自分がいておもしろかった。
「おまえさん、どんな夢をみていたんだい?」
桂米左さんのおかみさんは、私の期待通りだった。

この「天狗裁き』は近年、東京でも米朝流の演り方になっているという。さすが桂米朝師匠。

百年目

「百年目」はパンフレットによると、「師匠が一番難しいと言っていた『百年目』をお聴き頂きます。初演の時はこのネタに見事にやられました・・・(略)・・・師匠の足元にも及ばぬ『百年目』ですが少しでも近づけるように頑張ります」とある。

そんなに難しいものなのかなあと思いながら、
ネットで調べてみると、ウィキペディアにはこうあった。
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百年目』(ひゃくねんめ)は、落語の演目。元々は上方落語の演目で、のちに東京に移植された。一説には東西とも同じ原話があり偶然に作られたという。3代目桂米朝2代目桂小文治2代目桂小南6代目三遊亭圓生ら大看板が得意とした。

鴻池の犬』『菊江の仏壇』などと同じ、船場の商家を舞台にした大ネタである。かなりの技量と体力が演じ手に求められ、米朝も独演会でしくじった事がある。大旦那、番頭、丁稚、手代、幇間、芸者など多くの登場人物を描きわけ、さらに踊りの素養があらねばならない。力の配分が難しい噺である。米朝の大旦那は圓生演じる大旦那より一回り大きい。