壽初春大歌舞伎

千穐楽(1月26日) 藤原紀香さん発見

1月26日土曜日、松竹座の「壽初春大歌舞伎」に行ってきた。千穐楽の日だった。
坂田藤十郎さんの米寿を祝っての興行でもある。
入り口のテーブル受付に背の高い和服の女性がいる。藤原紀香さんだった。
「愛之助さんが出てるからね」と妻が言う。

私が見た演目は、お昼の部で、

玩辞楼十二曲の内 土屋主税    11:00-12:15

幕間 35分

坂田藤十郎米寿記念
寿栄藤末廣           12:50-1:10

幕間 25分

心中天網島
玩辞楼十二曲の内 河庄      1:35-3:00

という三つの舞台だった。

演目の「土屋主税」は、忠臣蔵のスピンオフ(サイドストーリー)

吉良上野の屋敷の隣に土屋主税の屋敷がある。討ち入りの日に俳句の句会があり、そこで主税は其角から大高源吾が士官をしたという話を聞く。
其角は大高源吾の不甲斐なさをののしるが、そのときに読んだ下の句が「あしたまたるるその宝船」というのを知って、主税はその真意を察するという話。
この時の主税の表情と演技がこの演目の見せ場というわけだ。
土屋主税を中村扇雀さん、大高源吾を片岡愛之助さんがつとめた。
仮名手本忠臣蔵は吉良邸から見た高灯籠だが、この「土屋主税」は主税邸から見た高灯籠であり、忠臣蔵の人気の高さが伺われる舞台だった。

坂田藤十郎米寿記念
寿栄藤末廣(さかえことほぐふじのすえひろ)

坂田藤十郎さんの米寿記念の踊り。
女帝に坂田藤十郎さん。
鶴に中村鴈治郎さん
亀に中村扇雀さん
従者に中村壱太郎さんと
中村虎之介さん。

若い二人の見栄えよく、きもちがいいものだった。成駒屋ご安泰が伝わってくるような演目だった。

左から虎之助さん、扇雀さん、藤十郎さん、鴈治郎さん、壱太郎さんの写真。

今回の歌舞伎で一番心に残ったのは、

心中天網島
玩辞楼十二曲の内 河庄

だった。

「河庄(かわしょう)」というのは、新地のお店の名前。ここで主人公の紙屋治兵衛(かみやじへい)と遊女小春のやり取りが中心になっている。
実際にあった心中事件を近松門左衛門が人形浄瑠璃にし、大評判となった。それを歌舞伎にしたのがこの演目。紙屋治兵衛を中村鴈治郎さん
小春を中村壱太郎さん
粉屋孫右衛門(治兵衛の兄)を坂東彌十郎さん
が演じている。

小春の心変わりに怒りと絶望の波に巻き込まれる紙屋治兵衛をなだめ説得する粉屋孫右衛門のやりとりが面白い。
上方の旦那、色男とはこんなものです、という感じがよく伝わってくる。
心に何かを隠したような小春。耐える女を演じる壱太郎さんもまた魅力的だった。若いからあの耐える姿勢が続けられるのかなあ、とも思った。

舞台では、いったん河庄をでた二人が、花道で「やっぱりあのことだけは小春に言いたい!」と戻る戻るなと言い合った末に治兵衛は小春に文句を言いにもどるのだが、
(その場面の二人の上方風の言い合い、口げんかの言い回しは、またおもしろかった)原作はそうではない。

左の本は、図書館で借りた本。
この話の全体を知りたかったので借りてきた。
「曽根崎心中」や「女殺油地獄」、「冥途の飛脚」など、文楽や歌舞伎で見たことはあるのだが、全体を通して見ていない。私の頭の中ではあちこちの場面がばらばらにあるので全体を通して勉強してみようと思った。

さて、原文は以下のようである。

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治兵衛・・・ ハアハアうぬが立の立ぬとは人がましい。是兄者人、片時も彼奴が面見ともなし。いざ御座れ。去ながら此無念口惜さどふもたまらぬ。今生の思ひ出、女が面一ツ踏。御免あれ。

語り・・・ と、つつと寄て地団太踏。

治兵衛・・・ エ、エ、しなしたり。足かけ三年戀し床しも最愛可愛も、今日といふ今日、たった此足1本の暇乞

語り・・・ と額ぎはをはつたと蹴て、わつと泣出し兄弟つれ歸る姿もいたいた敷、跡を見送り聲を上、歎く小春も酷らしき、無心中か心中か、誠の心は女房の、其一筆の奥深く、誰が文も見ぬ戀の道、別れてこそは三重歸りけれ。

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このように、原作では小春の顔を蹴っているのだ。
そこは現代の歌舞伎なので演出は変えてあるのだろう。

演じ方はその時の演出によって変わるそうだ。アドリブもあるのだろうなあ、と思いながら鴈治郎さんと坂東彌十郎さんのやりとりを聞いていて思った。

この二人は「心中天の網島」の名の通り、心中することを選び、実行する。
どうしてそんな道を選んだのだろう。心中物を見るたびに思ってしまう。
それは時代のせいか、社会のせいか、取り巻く意識のせいか、
こんなテーマの演劇は世界の中でも珍しいのか、普遍的なものなのか。
そんなことを考えてしまった。

めずらしく松竹座前の消防署から消防自動車が出動していた。
お正月といえども世界は動いている。
私たちのまわりは目まぐるしく動いているなあ、と思った歌舞伎見物だった。

 

 

 

中村鴈治郎襲名披露大歌舞伎

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松竹座で行なわれている「中村翫雀改め四代目中村鴈治郎襲名披露の寿初春大歌舞伎」に行ってきた。

中村鴈治郎さんという名前は、先代(三代目)の鴈治郎さん・今の坂田藤十郎さんから知っているが、大阪の歌舞伎にとって重要な名跡ということは知らなかった。
三代目が坂田藤十郎さんの名跡を次いでから約8年。その間中村鴈治郎という名はなかったので大阪の歌舞伎界にとっては待ちに待った襲名ということだろうと思う。

 

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今回の歌舞伎は、襲名披露ということなので是非とも行きたかった。
チケットが午前・午後と取ることができたので、襲名披露公演の全体を見ることができて楽しかった。
演目は、
(昼の部)
1.寿曽我対面(ことぶきそがたいめん)
2.廓文章(くるわぶんしょう)吉田屋
3.河内山(こうちやま)

(夜の部)
1.将軍江戸を去る
2.口上
3.封印切(ふういんぎり)
4.棒しばり

口上は予想通りに華やかで楽しかった。
舞台上手(客席から見て右)から、中村梅玉(ばいぎょく)、坂東彌十郎(やじゅうろう)、坂東竹三郎、片岡愛之助、中村橋之助、片岡仁左衛門(にざえもん)、中村鴈治郎、坂田藤十郎、中村扇雀、中村壱太郎(かずたろう)、中村虎之介、中村亀鶴(きかく)、片岡秀太郎(ひでたろう)の面々(敬称略)。
「藤十郎兄さんからのご依頼で」と仁左衛門さんの挨拶から始まり、右の橋之助さんから梅玉さんへ、そして秀太郎さんに移り順次右へ、最後に四代目鴈治郎さんの挨拶となった。少し緊張感が感じられ、意気込みが感じられる口上だった。

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鴈治郎さんが出演したのは、「吉田屋」(これは坂田藤十郎さん、中村鴈治郎さんの共演というこれまでなかったもの)と「封印切」。
「 封印切」は坂田藤十郎さんのものを何回か見ている。四代目鴈治郎さんの姿形は藤十郎さんによく似ているが、やはり若い。若い忠兵衛も新鮮だった。よく研究されていることが伝わってくる。
襲名するということは、こんなふうに芸を継ぎ、発展させていくことなんだなあと思う。

左の写真は幕間で買ったお菓子の生八ツ橋「夕霧」。「廓文章吉田屋」の夕霧にかけているようだ。味見をさせてもらっておいしかったので買った。

「封印切」の重いお話のあとに、狂言の題材をもとにした「棒しばり」で心が軽くなる。
後ろ手にくくられた中村壱太郎さんの太郎冠者、両腕を棒でくくられた片岡愛之助さんの次郎冠者。どちらも両腕が不自由であるのにその不自由さを感じさせないのがお二人の芸。扇を広げたり、扇を持ち替えたり、舞台を素早く移動したりと、熱演におもわず拍手。相当な練習と修行の成果なのだろうが、百発百中の芸を求められるが故の緊張感がたまらなく楽しめた。
片岡仁左衛門さんの「河内山」での名セリフ「ばかめ〜!!」と、花道での表情の変化も、これが「芸」なのだと感心する。

松竹座の玄関上に「櫓(やぐら)」があった。

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 これまで歌舞伎をやっている松竹座でこのような櫓を見たことがなかったので、入り口の係の人に聞いてみた。
「いつもは見ない櫓がありますけれど・・・」
「お正月公演と襲名披露ということで櫓があります」
「京都の南座にはいつもありますね」
「そうです。あちらは常設しています」 

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 南座体験のブログにも紹介したが、櫓は江戸時代に幕府公認の劇場のみ揚げることができるというもの。逆に言えば、櫓を揚げている劇場は「幕府公認の劇場です」、と言っていることと同じなわけ。

左右には白い御幣が立っている。
御幣とは「紙や布を細長く切って、細長い木にはさみ、神前に供えたり神主がお祓いするときに用いる祭具(語源由来辞典)」のこと。
この御幣は梵天(ぼんてん)と言い、神さまが降臨するための依代(よりしろ)である。南座の梵天は、八百万の神(やおよろずのかみ)から800枚の紙からできている。
しかし松竹座の梵天は800枚以上の紙がありそうだった。

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これは襲名披露公演の祝い幕の原画。松竹座ロビーに展示されていた。
作者は森田りえ子さんという日本画家。この人は新進の日本画家として有名な人だそうで、金閣寺の杉板絵も描かれているという実力者。今回の番付の表紙絵(紅白梅)もこの人の作品。どちらも華やかでしかも気品を感じさせる絵だと思う。
実際の祝い幕は下の写真のとおり。(この写真は中村扇雀さんのブログより)

祝幕1

扇雀さんのブログにこの祝幕の話が書かれていた。

http://www.senjaku.com/blog/2015/01/post-363.html

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お正月の襲名披露公演というものに、初めて行ったが、華やかなムードが漂っている。

名前を継ぐことによって、芸が引き継がれていく。単に過去の財産を守っていくだけでなく、さらに新しい芸を追求していくという清々しさがそこにはあった。若手の役者さんから人間国宝の坂田藤十郎さんの芝居を同じ舞台で見せてもらう方もうれしいが、演じている役者さんも励みになるだろうなと思う。
継承と発展、どこの組織・団体・社会でもある普遍的な課題。
目に見える笑顔や華やかさの裏側に、汗と涙と血の滲むような修練があるのだなあ、と身の引き締まる舞台だった。

 

 

 

七月大歌舞 in 松竹座 2

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午後の部の演目は、
1.伊賀越道中双六 沼津(いがごえどうちゅうすごろく ぬまづ)
  坂田藤十郎、中村扇雀、中村翫雀など

2.身替座禅(みがわりざぜん)
  片岡仁左衛門、中村橋之助、中村翫雀など

3.真景累ゲ淵 豊志賀の死(しんけいかさねがふち とよしがのし)
  中村時蔵、中村梅枝、尾上菊之助など

4.女伊達(おんなだて)
  片岡孝太郎、中村萬太郎、中村国生など

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「沼津』は、日本三大仇討ちの一つ、荒木又右衛門らによる「伊賀上野鍵屋の辻の仇討ち」を題材にしたもの。
ちなみに、日本三大仇討ちの後二つは、「曽我兄弟の仇討」と「忠臣蔵」のこと。
少年の頃、頭に紙で作った手裏剣3本を手ぬぐいでとめ、おもちゃの刀で「荒木又右衛門の36人斬りだ」という遊びがはやった。
36人斬り、というのは紙芝居かラジオの講談で聞いたのかよく覚えていないが、ちゃんばら全盛の時代だった。
この36人斬りというのは伝説で、本当はそんなにも斬ってはいないらしい。

さてこの「沼津」は本筋からはなれたサイドストーリー。「菅原伝授手習鑑」と同じように、主人筋の義理人情に絡みこまれた親子兄弟姉妹の悲劇をテーマにしている。

坂田藤十郎さん演ずる男盛りの呉服屋十兵衛と中村翫雀さんが演ずる年老いた雲助の平作とのやりとりがおもしろい。実際の年齢とは逆の役どころが、見ていて思わず笑いが出る。舞台から客席へと降りてきて、「80歳になった顔が見てみたい」などとアドリブか用意されていたギャグかわからないが、軽口が舞台の雰囲気を明るくし、それがこの演目の後半の悲劇につながっていくだけに、深みのある構成になっている。
番付の「喜劇から悲劇へ」と題したコラムを亀岡典子さんが書かれている。
「喜劇と悲劇は、人生において紙一重である。
さっきまでささやかな幸せにあふれていた人生が、あるときふいに思いもかけない不幸に見舞われる。もちろん、その逆もあり、悲しみのどん底にいても必ずその隣に希望はある。人生は複雑なものだが、だからこそ人は生きていける。
「沼津」は、人生のそういう瞬間を切り取った珠玉の人間ドラマといえよう」

二つ目の「身替座禅」は狂言の「花子」を題材にしたもので、明治43年の初演だそうた。常磐津と長唄の掛け合いによる舞踏劇は、歌舞伎を知らない外国人も喜ぶという演目という。どこの国でも、どの時代でも男のアホさ加減は一緒ということだろう。
これは片岡仁左衛門さんにぴったりのはまり役と思う。上品で憎めない役どころが似合っている。山の神の玉の井を中村翫雀さん。これも味があって見るからにたのしい。過去に「身替座禅」を見たことがあるが、それぞれに役者さんの持ち味があり、演じている人も楽しんでやっているのだろうな、と思う。

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外は暑い。こんな暑い日にぴったりなのが「怪談」。
三つ目は、「真景累ゲ淵 豊志賀の死」。
三遊亭円朝の怪談噺「真景累ヶ淵」の一部を脚色したもの。
富本節の師匠・豊志賀を中村時蔵さん、弟子の新吉を尾上菊之助さんが演じている。
菊之介さんの優男で色男ぶりがこの怪談の雰囲気を一層盛り上げる。

番付に菊之介さんの弁として、「最初は師匠を慕っていたのが、師匠の愛がだんだん重たくなって逃げ出してしまう。人間の愛とは何なのかと考えさせられる作品ですね。お客様に少しひんやりしていただけるように勤めたいと思います。」が紹介されている。
多少どころか、十分に寒気がする舞台だった。照明や舞台配置が工夫されていて、三遊亭円朝の怪談噺の世界に引き込まれてしまった。

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さて最後は、 女伊達。 女伊達(おんなだて)という言葉を初めて知った。 番付にはこう説明されている。 「江戸時代、侠客とよばれる人々の中には、義理と人情に篤く、また、正義を貫く者も多く、そのためには、庶民の憧憬の対象ともなりました。歌舞伎でも活躍する花川戸助六(はなかわどのすけろく)や幡随院長兵衛はその代表例ですが、その多くは男性でした。そうした中、少数ながら、女性の「女伊達」と呼ばれる人々が存在しました。大坂の豪商の娘で、後に奴の小万と呼ばれた人物もそのひとり、本作は、この人物をモデルにしたとも言われています」 また、「長唄の舞踊です。変化舞踊は歌舞伎舞踊のジャンルの一つで、一人の演者が異なった役柄を早変わりで踊り分けるもの。長らく上演が途絶えていたものを、昭和33年(1958年)に復活したもの」だそうだ。
女伊達の木崎のお秀を片岡孝太郎さん、男伊達の淀川の千蔵を中村萬太郎さん、中之島鳴平を中村国生さんが演じている。
怪談噺のあとだけに、三人の華やかな踊りに会場の雰囲気もなごやかになる。
最後に立ち回りがあり、指の先まで神経の行き届いた踊りに拍手が巻き起こった。

さて、今回の七月大歌舞伎は、人間国宝の坂田藤十郎さんの渋い演技、病気回復の片岡仁左衛門さんの硬軟を使い分けた熱演、尾上菊之助さんの怪談噺に大坂の暑さを忘れる舞台だった。題材を狂言や文楽にもとめたもの、怪談噺に素材をとったもの、三大仇討ちという古典、昭和の新作、そしてオアシスのような華やかな舞踊と内容の濃い、バラエティ豊かなものだった。
歌舞伎、文楽、狂言、落語などなど、大切にしたい文化がここ大坂にはある。

行方不明になっていた倉敷の児童が見つかったという報道があった。無事だったということで、本当に良かった。ご本人もご家族も人の世の明と暗を見た思いだったろう。無事で本当に良かった。