ディズニーシーにある、フーコーの振り子

フォーレスト・エクスプロレーションには、おもしろいものがたくさんある。

「カメラ・オブスクラ」のある建物からすぐ隣の建物にあったのは、「フーコーの振り子」ではないか。
結構な高さの振り子だ。

そばにある説明板には、

「偉大なるイタリアの天文学者、数学者、そして物理学者であるガリレオ・ガリレイは、振り子の振動の周期は振幅の大きさにかかわらず、一定であるという性質を発見した。またガリレオは近い将来、時間の計測において、振り子の性質が大いに役立つことになるだろうと述べている。
・・・(略)・・・・」とあり、「フーコーの振り子」という言葉は書かれていない。

私が本物のフーコーの振り子を見たのは、大学生の時だった。東京学芸大学に行ったとき、ホールの天井からぶら下がっているのを見て、「これがフーコーの振り子か」と感心したことを覚えている。

東京浅草にある「国立科学博物館」に行ったときも、「フーコーの振り子」を発見し、「科学館というところには、やっぱりフーコーの振り子はないとねえ」と思ったこともある。
姫路科学館にも「フーコーの振り子」があった。ここはディズニーシーの振り子と同じように、振り子の周りにピンが並べられていて、振り子の重りがピンをたおしていた。

「フーコーの振り子」は地球が自転していることを物理的に証明する素晴らしいものなのだが、そのことがここディズニーシーの「フーコーの振り子」の説明になかったのが残念だった。
フーコーがこの実験を行ったのは、1851年のことだと伝えられている。(フーコーの振り子がなぜ地球の自転を証明するのかの説明はここでは省く。インターネットで検索するといろんな説明が載っているのでそれを参照されたい。)

プラネタリウムもある。水星、金星、地球、火星、木製、土星の惑星を動かすこともできる。天井には銀河の星々が輝いており、ゆったりとした時間が流れている。

 

これはレオナルド・ダ・ビンチが考えた羽ばたき式の飛行機ではないか。
ここだけでも丸々一日かけて見学したいところだ。
フォーレスト・エクスプロレーションは、本当に面白いところだ。

 

 

 

 

 

 

 

映画「風立ちぬ」と計算尺 2

ゼロ戦、零戦、零式艦上戦闘機

映画「風立ちぬ」は二人の人物がモデルになっている。一人は小説「風立ちぬ」を書いた堀辰雄さん。もう一人は零戦の設計者として知られる堀越二郎さん。映画のパンフレットに宮崎監督はこう書いている。「この映画は実在した堀越二郎と同時代に生きた文学者堀辰雄をごちゃまぜにして、ひとりの主人公”二郎”に仕立てている。後に神話と化したゼロ戦の誕生をたて糸に、青年技師二郎と美しい薄幸の少女菜穂子の出会い別れを横糸に、カブローニおじさんが時空を超えた彩りをそえて、完全なフィクションとして1930年代の青春を描く、異色の作品である」

舞台はゼロ戦開発以前であるが、少しゼロ戦について書いてみたい。下の写真は「週刊現代」の「宮崎駿の世界」からのもので、右は堀越二郎さん、左の堀越二郎さんの手帳には「十二試艦戦着陸性能計算」と書いてある。十二式艦戦というのはゼロ戦の開発時の名前である。
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左の映画の写真のように、当時は計算尺を使って飛行機の設計が行われていたのだろう。現代の若者からは、計算尺のような有効数字3桁ぐらいのもので本当にできるの?という声が聞こえてきそうだが、これで十分だった。東京タワーや新世界の通天閣は早稲田大学の内藤教授が計算尺を使って設計したと言われている。

私はこの映画のずっと以前からゼロ戦に興味があり、機会があれば実物を見ようとでかけた。
スクリーンショット 2013-10-22 19.41.11鹿児島県にある知覧特攻平和会館にあるゼロ戦。これは海底から引き上げられたままの姿で展示してある。ここを初めて訪れた時は開館したての頃だった。まわりには何もなかった。次に来た時はたくさんの記念碑が建っていて全く見違えるほどだった。
ここには1036名の特攻隊員の遺品が残されている。その中には本名で記された韓国人の隊員もいる。日本と韓国・朝鮮の歴史を知る貴重な場所である。(ゼロ戦の写真は特攻記念館のホームページより)

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この写真は呉にある大和ミュージアムにいった時に撮したゼロ戦。
ゼロ戦の大きさはおおよそ、全幅12m 全長9m。小中学校の教室の大きさは7m×9mが基準。多目的室や図工室などのように少し大きめの教室には入る。
右側の写真を見れば雰囲気はわかる。思ったより小さいか、意外に大きいか。見た人の感覚だが、ここにたった一人乗り込んで大空を飛ぶ心境は?。

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この写真は上野の国立科学博物館で撮したゼロ戦。偵察用の二人乗りの姿で展示されている。ゼロ戦の性能は当時の世界一だったが、パイロットの安全性は世界最悪だった。パイロットの座席の後ろには防弾設備もない。パイロットが熟練している時期はゼロ戦のいい面が発揮できたが、経験不足のパイロットが搭乗する戦争末期は欠点が致命的になった。
映画「風立ちぬ」は(堀越二郎さんの伝記ではないことを押さえた上で、)最後の場面でカブローニさんと二郎が次のような話をする。
「きみの十年はどうだったかね。力を尽くしたかね?」
「はい、終わりはズタズタでしたが。」
「国をほろぼしたんだからな、君のゼロは。」
・・・・・・・・・
草原を白いパラソルをさして歩く姿で現れた菜穂子は二郎に「あなた、生きて」と笑顔で言う。
カブローニさんが言う。「きみは、生きねばならん」。
・・・・・・・・・
ここが「永遠の0」(百田尚樹著)と違うところ。
「永遠の0」を読んだとき、これは戦争を知らない若い人が戦争についての知識を得るためには読んだらいい本だな、と思った。娘が友達からすすめられたと言った時も、「読んだらいいよ。戦争についてたくさん知ることができる。でも私は、なぜ宮部久蔵が特攻で死のうとしたのかわからなかった。読んだら感想を教えて」と言った。
娘も読んだあとに「なぜ死んだのかわからない」と言っていた。
映画「風立ちぬ」は、破壊と死のあとにも、のたうちまわっても「生きる」ことを選択することの大切さを伝えようとしている、というのが私の感想である。