興福寺 東金堂と中金堂①

せっかく奈良に来たのだからと思い、新しく建て直されたという興福寺の中金堂をたずねた。

パンフレットによると、六回の焼失・再建のあと,亨保2年(1717)に焼失、文政2年(1819)に「仮堂」として再建されていたが、老朽化のため平成12年(2000)に解体し・・復元」「平成30年(2018)10月に落慶」とある。

東西36.6メートル、南北23メートル、高さ(最高値)21.2メートルと、創設当時の大きさが再現されているそうだ。

屋根にあるのは、鴟尾(しび)と言われるもの。水害を防ぐ魔除けと考えられている。高さ2.03メートル、青銅製で一基につき1.1トンの重さがあるそうだ。

中金堂の直下には66個の礎石が整然と並んでいるそうだ。その66個のうち64個が天平時代のものだというからすごい。再建のたびに、創設時のものを使ってきたわけだ。

屋根を支えるのは長さ10メートルもある66本の巨大な柱。
現在の日本では調達できず、中央アフリカ産のケヤキが使われている。国際的な金堂なのだ。

 

なかに祀られているのは、釈迦如来坐像、薬王菩薩・薬上菩薩立像、四天王像、逗子入り吉祥天狗像、大黒天立像などである。釈迦如来坐像は五代目のもので、薬王菩薩・薬上菩薩立像は鎌倉時代に作られたものとパンフレットにあった。
写真撮影が禁止されているので、パンフレットにある写真を紹介しておく。
釈迦如来坐像は283.9センチメートルだから約3メートル。
薬王菩薩・薬上菩薩立像も約3メートルもある大きな仏像。大きな中金堂にふさわしい仏像だと思った。

鎌倉時代に作られたという四天王像もあり、これらも2メートル近くあり、興味深かった。

英語のパンフレットがあった。
中金堂は英語では The Central Golden Hall とかかれている。
仏像の配置も英語でかかれている。
四隅にある仏像は四天王。増長天、広目天、持国天、多聞天とローマ字でかかれている。釈迦如来坐像はShaya Nyorai とかかれている。

この写真は中金堂の前の広い敷地から東側を見たところ。
左に東金堂、右に五重塔が見える。これからこの東金堂に向かうことにする。