歴史講談

上方講談 時代を駆け抜けた大阪ゆかりの物語

講談ー小中学校の頃にラジオで聞いたことがある。 落語や漫才、吉本の喜劇、歌舞伎、文楽、能などの芸能には興味があって、実際に見に行くことはあるが、「講談」、これは舞台で聞いたことがなかった。
機会があれば生の講談を聞いてみたいと思っていた。

11月24日に「たかつガーデン」で上のような事業があったので申し込んでみた。幸いにも抽選に当たり、聞きに行くことができた。

写真のような舞台が作られていた。

講談と落語、似ているようだがどこが違うのだろう。
「講談協会 オフィシャルヴェイブサイト」によると

「講談」と「落語」はどう違うの?
「講談」「落語」はことあるごとに比較されています。
その違いは一体どこにあるのでしょうか。簡単に言ってしまえば、「落語」が会話によって成り立つ芸であるのに対し、「講談」は話を読む芸という言い方ができます。勿論、読むといっても単なる朗読とは違い独特のしゃべ調子と小道具の使い方で展開される訳なのです。よく使われる小道具として有名なのが張り扇と釈台(机)です。
張り扇で釈台を叩きパパンという音を響かせて調子良く語ります。この小道具を巧みに使った芸こそ「講談」ならではのものです。
また、「講談」は「落語」と比較して歴史が古く、奈良、平安の頃にその原型が見られます。但し、一般に良く知られる「講談」の始まりは「太平記読み」とされています。食に困った浪人が老若男女を集めて「太平記」を面白おかしく読んで聞かせたというものです。
これが「講談」のルーツです。
                   http://kodankyokai.com/about.html

なるほど、講談のルーツは落語よりも古いのか。
写真にある小さな机が「釈台(しゃくだい)」といわれているもの。落語で使っている同じように見える小さな机は見台(けんだい)と言われているそうだ。

真田丸の攻防 玉田玉秀斎

玉田玉秀斎さんの講談は、そもそも講談とは、というところから説明があった。
集まっている人を見ると、私ぐらいの年齢の人、それ以上の人たちか。私は講談については全くの素人だが、何回も聞いている人がいるのだろうと思う。

玉秀斎さんは京都の大学の経済学の講義で、紀伊国屋文左衛門の講談をもとに、需要と供給の関係を説明する授業の手伝いをしているそうだ。
大学生にとって、講談も落語も雑談も区別がつかないくらい世界の違うものに映っているというイントロダクションだった。
出版社の講談社が、講談の本を印刷していた会社から出発していたこともわかり、なるほどだから「講談社」なのかと納得。
演目は「真田丸での真田幸村の活躍」をテーマにしたものだった。真田幸村の知恵が徳川家康軍を翻弄するというもので、さてこれからどう展開するというところで「丁度時間となりまして・・・・。」なるほど、さて次は?

五代友厚と活版印刷 旭堂南鷹

南鷹さんの講談は、大阪万博誘致の成功からはじまった。 東京オリンピックに講談がどう登場するか、というこれまでの野望が、今度は大阪万博に講談をどう登場させようか、という夢の登場になったというわけだ。
演目の「五代友厚」は、2016年のNHKの朝ドラ「あさが来た」で有名になった人。私も「あさが来た」で、大阪と五代友厚の関係を知った。今回は活版印刷と五代友厚の関係がわかっておもしろかった。東京よりも大阪で活版印刷がはじまったとは知らなかった。
「サラマプレス倶楽部 活版印刷アラカルト」というホームページに「古代友厚と大阪活版所」の記述があった。その中の一部を引用すると

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五代は「若き薩摩藩士」をひきいて江戸時代末期に英国に密航し、通称『薩摩辞書』の発行につよい関わりをもった。『薩摩辞書』の初版は上海で製造したが、再版を日本国内での製造をめざして大阪活版製造所を開設し、それを請けおった本木昌造一門に再版刊行を委託した。

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この史実がもとになった講談なのだろうと、帰ってから調べてみてわかった。

安倍晴明 旭堂小南陵

旭堂小南陵さんは女性の講談師。

左の写真は、小南陵さんのブログからとったもの。

小南陵さんは大阪市に講談用の劇場を作ろうとしている。その名は「此花千鳥亭」。落語などの寄席として人気のある「繁昌亭」の講談版というわけだ。写真の小屋は建設中の「此花千鳥亭」らしい。来年完成予定ということだ。完成したら一度行ってみたいと思う。

演目の「安倍晴明」はあの安倍晴明の子ども時代の活躍を描いたものだ。
少年時代は尾花丸(おばなまる)と呼ばれていたそうだ。京の帝の健康が優れず、天変地異もおこる不吉な時代。その災害を取り除くために、蘆屋道満との呪術対決がはじまった。その駆け引きを講談で演じるのだが、おもわず引き込まれてしまう小南陵さんの話術。歴史講談は本当に面白い。
さあ、これからどうなるのだろう。対決の結果は?というところで
「丁度時間となりました、、、」となる。
そうなるだろうなあと予想しながら聞くのもおもしろかった。

私は安倍晴明神社のお守りを持っている。カバンにお守りを持ちながら「安倍晴明」の講談を聞くのも一興だった。お守りの後ろには五芒星が描かれている。これもまた一興だ。

忠臣蔵大阪の義商 天野屋利兵衛 旭堂南左衛門

最後は旭堂南左衛門さんの忠臣蔵の中の天野屋利兵衛をテーマにしたもの。 歌舞伎で見たことがある。「天野屋利兵衛は男でござる」という名台詞で有名な演目。

天野屋利兵衛は赤穂浪士の討ち入りの手助けをするため、討ち入りに必要なものを集めて、提供したとして知られている。今回の演目もそれに従っていた。しかし史実かどうかは疑問だそうだ。赤穂浪士に関わっての話にはそういう事が多い。でも話としては史実がどうであったかどうかよりも、そのほうがおもしろいのは確かだ。

 

上の写真は旭堂南左衛門さんの公式ホームページによるもの。
上方講談の重鎮と言ってもいい人だと思う。
南左衛門さんの講談は、私が昔に聞いたあの講談の口調だった。
歯切れがよく、畳み掛けるような語り口、滑舌もとても良い。
話に引き込まれるというのはこういうことなのだろう。
「講釈師、見てきたような嘘を言い」なんていう言い方があるが、「嘘かなあ、嘘だろっ」と思いながらその話しぶりに引き込まれる、というのは面白いことだ。
落語と同じようにその話芸はすばらしいと思った。講談師にとっては落語のほうがずっとあとから出来た芸だから、「落語と同じように」という言い方は失礼かもしれない。繁昌亭でも講談があるようだから、行ってみたいと思った。

講談を聞いた帰りに、上六の近鉄百貨店に寄った。
地下で買い物をしたあと、地下鉄に向かう出口を探していると、なんと「五平餅」を売っていた。
NHKの朝ドラ「半分、青い」が放送されていたとき、あちこち五平餅を探したが、どこにも売っていなかったのに、ここにあるとは。
「『半分、青い』の時はもう大変でしたよ。」と店員さんが笑って言った。みんな「五平餅」を探していたのだろうなあ。
「クルミもはいってますよ。朝ドラのおじいさんがつくっていたようにね」とたっぷりとタレをぬってくれた。
 「五平餅」は私が期待していたようにおいしかった。
耳にも胃袋にも栄養のある一日だった。

 

 

 

 

 

 

 

サイエンス・メイトフェスティバル

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ここは靭公園にある「大阪科学技術館」、大阪科学技術センターの中にある。私は来たことがなかった施設。
初めてきたが、とてもおもしろくて、興味深い施設だった。

来るきっかけは、下の案内をもらったからだ。それは「サイエンス・メイトフェスティバル2016」。

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この取り組みというのは、4月18日が「発明の日」で、この日を含む一週間が「科学技術週間」にあたっていることに由来する。
文部科学省が中心になって、この「科学技術週間」を取り組んでいて今年で57回目を迎えるというが、私は全くと言っていいほどそのことを知らなかった。
また大阪科学技術館ではそのことを受けて、「サイエンス・メイトフェスティバル」というイベントを青少年向けに実施しているそうだ。そのことも全く知らなかった。

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この「サイエンス・メイト」というのは、小学校4年〜6年を対象とした科学クラブで、このサイエンス・メイトの取り組みとして、「空気の実験」「水の実験」「電気の実験」などが発表されていた。 また実験ブースでの「ふしぎなバランス体験ーバランス独楽」「科学捜査を体験してみようー指紋分析」「ひかりのふしぎー分光」の体験コーナーや、「かんたん工作教室」として「くるくる紙コプター」や「テクノくんの紙コップギター」などの工作教室があった。上の写真は「工作教室」の様子。

このほかに、靭公園の中にある建物なので「靭公園の自然観察会」もあり、ふだんは入れない「いのちの森」へ特別に入れるイベントもあった。私も入りたかったが、サイエンス・カフェの時間帯と重なったためあきらめることにした。

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IMG_0271 ゲームセンターさながら「しんかい6500」の操作を楽しんでいる子どもたちがいる。「はやぶさ」をうちあげたH2Aロケットの模型や、小惑星「イトカワ」でのサンプルリターンのビデオなどもあり、肥後橋にある大阪市立科学館に負けない展示がいっぱいあった。

親子連れが目立ったけれど、こんな施設に連れてきてもらえる子どもたちは幸せだなあと私は思った。
ゲームや体験をとおして科学技術にふれることができる施設は、「大阪市立科学館」しか知らなかった。靭公園にある「大阪科学技術館」のことをどうして知らなかったんだろう。
それは企業が中心になって作っている施設だからかも知れない。

ホームページを見ると、「企業や研究機関19社5団体23ブースで構成されており、各出展機関の最新の科学技術を体験型の展示物で学ぶことができます」と書いてある。
ざっと見て回っても、「ゴミを燃やして電気を作る(プランテック)」「天然ガス(大阪ガス)」「鉄を作るまで(新日鉄)」「見えないモノを見る(非破壊検査株式会社)」「建築物 高さへの挑戦(大林組)」「暮らしに役立つ水素の力(岩谷産業)」「Atomic Energy Sience Laboratory〜放射線と原子力(日本原子力研究開発機構)」と興味深いものばかりだった。IMG_0301

センターの人に聞いてみると、近隣の学校からの見学はあるが、大阪市内全域ではないそうだ。でも韓国からの見学の問い合わせがあったり、大阪府内の小学校からの見学もあるという。いいものは知らないうちに広く知られるようになるのだと思うが、せっかく大阪市の中にある施設だから、もっと大阪市内の子どもたちが活用すればいいのに、と思う。(上の写真は、この大阪科学技術館のキャラクター、テクノくんととの大抽選大会)

そんな大阪科学技術館だが、最近来館する人が増えてきているという。

IMG_0297実は、この建物は「あさが来た」で有名になった五代友厚の屋敷跡に建てられているのである。「この付近に五代友厚の・・・」と尋ねに来る人がふえているとセンターの人が言っていた。ただ屋敷跡の碑がない。それが残念なことだ。

科学技術館としても5月22日(日)に講演会「五代友厚公と大阪科学技術センター〜ゆかりの地 靭界隈とその歴史」というイベントを実施することを聞いた。
これも面白そうだ。詳しくはホームページを。アドレスは下のとおり。

http://www.ostec.or.jp/pop/