倉吉にある一等水準点

水準点めぐり 21

ここは鳥取県倉吉市にある「研屋町児童遊園」。
ここに「倉吉打吹流しびな」(くらよしうつぶきながしびな)の像がある。
4月はじめに、雛人形の絵馬を川に流し、子どもの成長と川の浄化を願う行事があるそうだ。
この像のすぐそばに、「一等水準点」がある。

ここの「一等水準点」は、昭和10年(1935年)に設置されたと書かれている。
それにしても、立派な立て札というか表示だ。

雪に埋まった水準点も珍しい。 基本通りに、周りに保護用の石が置かれている。 雪がなかったら、たいへん目立つだろうなと思う。
しかし、ほとんどの観光客はこの水準点に気が付かないというか、目に止めない。

ここは倉吉の観光スポット、白壁土蔵群のあるところ。
こういった観光地の真ん中に水準点、しかも一等水準点があるとは思ってもいなかった。

一等水準点のある公園のそばには、裁判所や小学校、倉吉市役所がある。
こういった市内の中心施設に一等水準点があるのは、古くからの土地なのだろうと思う。
さて、次は三角点をさがしてみよう。

 

 

 

 

別府駅近くの一等水準点

水準点めぐり 19

別府駅近くに一等水準点のマークを見つけた。 地図を見ると、どうも学校のようだ。 学校だとすると、大分駅のように地図にあっても実際には見つからない、という可能性は低い。 さっそく行って見ることにした。

門柱には「別府市総合教育センター」という看板がついている。

入り口を入ってすぐに「二宮金次郎像」があった。 やっぱりここは学校だったようだ。
地図を見ると運動場の端の方、塀に近いところのようだ。
妻が運動場を横切っている年配の人にたずねると、「三角点ですか? マニアですね。この辺にありましたよ」と案内してくれた。

何かの倉庫近くにあったのが「一等水準点」だった。

ここは予想通り小学校で、子どもの人数が減少してきたので、統合され、今は教育センターになっているそうだ。
三角点アプリでは「四等三角点」がこの学校にあると表示されるので、そのことを聞くと一緒にさがしてくださった。

アプリ上で三角点が表示されているのが、実際は学校の校舎と隣接する住宅のあいだ付近。
住宅まで一緒にさがしてくださったが、個人の住宅となると中まで入って調べることはできない。
左の写真の家と家の隙間から見えるのが、学校のグラウンドの金網。
アプリの地図は少し古いのかもしれない。住宅の開発が進むと、大分駅周辺の三角点のように、地図にはあっても実際には見つからないということがおきる。

「この近くの〇〇学校にも、三角点だか水準点がありますよ」と教えてくれたが、残念ながら時間がない。

おやすみなのに出勤ですか?と聞く。何か催し物が行われているようで、どうも所長さんらしい。 
わざわざありがとうございます、とお礼を言って別府タワーに向かう。

大阪に帰ってから国土地理院のホームページを調べてみると、この水準点の写真が登録されていた。それが上の二枚の写真。
熊本地震の後の地面の変化を調べていたのだ。
こんなふうにして、水準点が利用されていることがよくわかるという、貴重な写真だ。学校の中にあるからこそ、大事にされているという例だと思う。

 

 

 

水準点めぐり 18

那覇空港 自衛隊の水準点

大阪に帰る日がやってきた。 那覇空港のそばに一等水準点のマークがある。

沖縄那覇自衛隊一等水準点そこは陸上自衛隊の入口付近だった。

沖縄那覇一等水準点自衛隊

那覇市陸上自衛隊1

那覇陸上自衛隊2

那覇陸上自衛隊3

上の三枚の写真は、陸上自衛隊那覇駐屯地のホームページからのもの。
カメラは持っていたが、さすがに直接写真を取ることはためらわれたので、私自身の撮った写真ではない。ホームページの写真をお借りした。(入り口に書いてある数字は、緊急患者空輸実績と不発弾処理実績と書いてある)

前日の夜に、ホテルのロビーでここの水準点のことを聞いた。
2万5000分の1の地図を見せながら、
「ここに水準点があるのですが、どうも自衛隊の中のようですが、見ることは可能ですかねえ」
「水準点?(ここでいつものような反応。少し説明をする。パソコンで調べている様子)うーん、自衛隊の中ですね。」
「やっばり。中に入ってみることができると思いますか」
「(きっぱりと)無理ですね。」
「写真を撮らせてもらうだけなんですが」
「ここは本土とちがいます(これもきっぱりとした口調で)」
「ありがとう」と、答えるしかなかった。

さて翌日、タクシーで空港へ行く。その手前に自衛隊があるのでそこで一旦止めてもらう。自衛隊の前に「パイナップルハウス」という有名なお店がある。開店前なので、開くのを待っている人もいた。
私はタクシーに待ってもらって、自衛隊の入口に行く。

「すいません」と声をかけると、入り口にある詰め所(上の写真で屋根にサーチライトが付いている小さな建物)から迷彩服を来た人が小走りで出てくる。
女性自衛官だった。
「(25000分の1の地図を見せながら)国土地理院の地図に、水準点の印があるのですが、見せてもらえますか」
「そこのタクシーでこられたのですか?」
「はい。地図をみるとこの中のようなので」といって地図を渡す。
「(地図を見ながら)産業支援センターかもしれませんね。」
「そうですか。でも地図では自衛隊の中のようなので、できたら見せてもらいたいのですが」
「(地図を見なおして)うーん、ちょっと待って下さい」
と地図を持って近くの建物に走っていく。どうも相談に行ったようだ。
私の立っている入り口から、建物のガラス越しに何人かの自衛官と話をしている様子が見える。

少ししてその建物から、今度は男性の自衛官が地図を持って出てきた。
「残念ですが、今この基地で、特別な訓練をしているので、中にはいることはできません」と淡々とした口調で説明がある。わたしは、
「たぶんあのへんだと思うのですが」と入り口から少し先の芝生付近を指差す。
「(そっちのほうをみながら)そうかもしれませんね。でも今日は特別な訓練が行われているので」と同じ返事。その時に荷物を運ぶ車が来たので、自衛官の関心はそちらに。
「ここは本土とちがいます」と言ったホテルのロビーの係員の言葉を思い出す。
私はあきらめることにした。

ということで、地図にはあるが見ることのできなかった水準点だった。

大阪に帰ってから国土地理院のホームページを見ると、最近のデータには写真ものっていることがわかった。
この自衛隊の水準点の写真もあった。

那覇駐屯地水準点

コンクリートの蓋の下に、一等水準点があるのだろう。
自分の目では確認できなかったが、確かにここにあるのだ。