愛蘭土紀行 その5

聖マーク教会からキャンベル・カレッジへ

私達がいるのはアイルランド島の北部にある北アイルランド。ここはイギリス領。真ん中にネイ湖という大きな湖がある。
通貨はポンド。ちなみにツアーの後半に行くアイルランド共和国はEUに加盟しているので貨幣はユーロ。
ベルファストは北アイルランドの首府。
アイルランド島という一つの島は、イギリス領の北アイルランドとアイルランド共和国にわかれている。その歴史はひとくちでは説明できない。カトリックとプロテスタントの宗教上の対立もあり、複雑な歴史がある。それは機会に応じてブログに書ける範囲で書いてみたいと思う。

私達は首都のベルファストに二泊し、C.S.ルイスに関係するところを観光。
上の地図の真ん中にCity Hall がある。東側にC.S.ルイス・スクエア、The Seacher’s Statue 探求者の像、があり、そこを見学をした。

C.S.ルイスのアイルランドでの生活については、現地ガイドのナオコさんが書かれたブログに詳しく紹介されている。

http://naokoguide.com/blog-entry-2223.html

ルイス広場をあとにして、聖マーク教会に向かう。
この日は教会が空いていないので、外からの写真撮影のみ。 明日、ミサのあとに見学させてもらう予定だそうだ。

教会の中にある建物の玄関ドアのノブがライオンの顔。多分ルイスがナルニア国物語を書くときのインスピレーションに関係するのでは、と現地ガイドさんの説明。
現地ガイドのナオコさんのブログから、この時代のルイスの様子を引用する。

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C.S.ルイスは1898年11月29日、弁護士の父と牧師の娘であった母との間に生まれました。
その頃のベルファーストは、造船とリネンを中心に産業革命の恩恵を受けて栄えていた時代。ルイスの父方の祖父はダブリンから産業革命の波に乗ってベルファーストへやって来て、造船関係のビジネスをおこして成功しました。ルイスの生まれる前年にベルファーストは町から市へと昇格、ルイスが生まれた年にシティーホールの建設が始まっています。
そんな活気に溢れた時代のベルファーストで、ルイスはアッパークラスのお坊ちゃんとして生まれ育ったのでした。

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次に向かったのは、ルイスが通ったという名門男子校のキャンベル・カレッジ Campbell College バスの中からの写真なので、少しぶれてしまった。

ガイドさんの予定では、入口付近に駐車してカメラ撮影だけ、と思っていたそうだが、バスの運転手さんが何か行けそうとずんずん入っていったらここまで来てしまった。聞いてみると、大学のイベントがあったので構内に入ることはできたらしい。それを聞いて安心した。
大学にイノシシ、というのは何か意味があるのだろうか?
イノシシも犬と同じようにあしをくずすんだとわかり、なんとなくうれしくなった。

それにしても立派というか学び舎という名前にふさわしい雰囲気がある。あしながおじさんを書いたジーン・ウェブスターの通ったヴァッサー大学を見たときもそんなふうに感じたことを思い出した。

 

ナルニア国物語の第1巻に登場する外灯。そのモデルがこれでは?という説があるらしい。このあといくつかの場所で古風な外灯を見たが、どれもそれらしいデザインで、決め手はないようだ。

次はルイスのお母さん、フローレンス・オーガスタ・ハミルトンが通ったクイーンズ・カレッジに向かう。

 

 

 

愛蘭土紀行 その3

左の本は今回のツアーで大変お世話になった現地ガイドの山下直子さん著作の「絶景とファンタジーの島 アイルランド」という本。
旅行に出かける前に、妻が図書館でガイド本を探していたときに借りてきた本。
山下直子さんは、松本侑子さんとは赤毛のアンつながりの人。赤毛のアンのファンクラブ、バターカップスには中学生から入っていたと言うから、筋金入りの人だ。
山下直子さんご自身はブログを書かれていて、「ナオコガイドのアイルランド日記」というタイトルでアイルランドのことがよくわかるブログだ。
ブログにあるご自身の紹介は「アイルランド公認ナショナル・ツアーガイド。長野県上田市出身、2000年よりアイルランドに在住。趣味はサーフィン、バラ栽培、ホロスコープ読み、子供の頃からのライフワーク『赤毛のアン』研究。」とある。その方のガイドだから、中身はたっぷりだった。
 ナオコさんのブログにも私達のツアーのことが取り上げられていて、詳ししい説明も載せられているので、私が改めてブログに書く必要もないのだが、初めてのアイルランド体験ということで書いていこうと思う。   http://naokoguide.com/

ここは朝食を食べたホテル内のレストラン。このホテルは昨年にオープンしたという新しいホテル。
壁の壁画には Pro tanto quid retribuamus と書かれている。
日本に帰ってネットで調べてみると、北アイルランドのベルファストの紋章に書かれている言葉らしい。

 そしてこの言葉はラテン語の詩編からの引用らしい。ネットでの英文を引用すると、
The city of Belfast has the Latin motto “Pro tanto quid retribuamus.”
This is taken from Psalm 116 Verse 12 in the Latin Vulgate Bible and is literally “For (Pro) so much (tanto) what (quid) we shall repay (retribuamus)”
The verse has been …
翻訳は色々とあるらしい。「私に対するすべての恩恵のために、主に何をささげるべきでしょうか?」「これだけの見返りに、何を返還するのか」
キリスト教の教えについてほとんど知識のない私には、その意味するところはなかなかわからない。

朝食はバイキング形式。 食事の後、ホテル近くのシティホールに散歩に出る。

松本侑子さんと出会ったので、一緒にシティホールに行く。
シティホールは1888年に造られたもので、正面はヴィクトリア女王の姿。
松本侑子さんは取材のためか、あちこちでカメラのシャッターを切っていた。

ここには大西洋で沈没したタイタニック号のメモリアルガーデンがあった。

像の後ろにある横に長い黒い石には、沈没でなくなった人の名前がすべて刻まれているそうだ。

タイタニック号はこのベルファストの造船所で造られたもので、このあとの観光にそれに関係する場所が含まれている。

ホテルに帰るまでの街角にあったスターバックス。世界中にこの店はあるのかと思うほど、よく見る。
さあ、8時30分にバスで市内観光に出発だ。まずはナルニア国に関係する所へ行こう。

 

 

 

愛蘭土紀行 その2

予定時刻どおりアムステルダムに着いたようだ。

おかげで全力疾走で移動することはなかった。

乗り換えてイギリス領アイルランド、ベルファストに行く。

アムステルダムと日本の時差は7時間。ベルファストとは8時間の時差。

この旗がめじるし。Kライン・トラベルの刺繍が美しい。だれが作ったのか聞くのを忘れていた。

乗り換えた飛行機はCityhopper 100 と機体に書かれている。
昔のYS-11見ないな感じかな?

軽食が出た。 映画は見られないので、司馬遼太郎さんの「愛蘭土紀行1」を出してくる。「愛蘭土紀行」といっても、「愛蘭土紀行1」のほとんどはイギリスのこと。後半にアイルランドのことがでてくる。司馬遼太郎さんの意識として、アイルランドを語る前に、イギリスとの関係を押さえなくてはならないと考えたのだろう。

ベルファストに到着。荷物も到着。
荷物も乗り換えしてくれるのだから便利なものだ。
バスに乗ってホテルに移動する。

一泊目のホテルは Grand Central Hotel Belfast グラント・セントラルホテル・ベルファスト 上の左の写真は空港でのホテル紹介の写真。右はホテルの部屋からのながめ。アイルランドの夜空は曇っていた。
緯度の高い国での夜空を見るのを楽しみにしていたが、市内のホテルなどで周囲が明るいこと、そして空の雲のため、夜空の星や月を見ることはできなかった。

夕食はついていない。パンフレットにも「夕食は長時間フライトと時差の関係から体調に合わせて各自お召し上がりください。日本からレトルト食品等をスーツケースに入れてお持ちいただくと便利です」とある。
用意してきたカップライスで夕食とする。
お風呂はバスタプがあるので、これも日本から持参のバブでしっかりと温もることにした。
明日からが本格的な観光・勉強がはじまる。