ベイマックス 6

マックス3

上の写真は、ヒロがベイマックスに拳を合わせて歓びを共有することを教えているところ。
ジュニア向けの本には次のような描写がある。

Hiro continued to have Baymax practice Karate moves. Baymax’s work was flawiess.

Hiro similed approvingly and held up his hand. “Yeah! Fist bump!”

Baymax stared at Hiro’s hand and blinked. “Fist bump is not my fighting database.”

Hiro laughed. ” No, this isn’t fighting thing. It’s what people do when they’re excited….

私は最初この場面がよくわからなかった。私もベイマックスのようにフィストバンプとはどうすることなのだろうと思った。でも、あとのヒロの説明で、あ〜これは、こぶしとこぶしをぶっつけての挨拶のことだなと思った。
映画でも、上の写真のような場面があり、やっぱり、と一人で納得したしだい。
(写真はインターネットより)

映画でも小説でもベイマックスはヒロトのやりとりでFist bumpを学んで、使えるようになる。人工知能として経験から学び、理解し、自分のものとしたわけである。

2月22日朝7時半からの「がっちりマンデー!!」は儲かるロボット特集だった。
職人技を完全にコピーした産業ロボットの活躍が紹介されていた。このような産業ロボットが生み出す利益が、ロボット開発にかかるコストと職人技を持つ職人さんの人件費を上回るようになった時、「ロボットが仕事を奪う」時代・社会なることを予感させる番組のように私は思えた。

 人工知能がこのように発達している時、人間はどのような学習をしていけばいいのだろ。新井紀子先生が「ロボットは東大に入れるか」で書いていることを私流にまとめてみると、

耳を澄ます

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コンピュータが思考の芽を摘む

自ら体験することを通じて帰納を獲得する段階にある年齢の子どもたちにちっては、動画による受動的な学び、表計算ソフトに頼った計算やデータ処理は帰納の獲得を阻害するのではないかと思います。
検索によってすぐに答えを出す癖がつくことも、常時ネット上のコミニュケーションにつながった状態にあることも、集中を保って自ら考えることを阻害することでしょう。
どちらかというと携帯電話も含めて、年中ネットワークにつながっていることによって思考が中断することの弊害のほうを心配するべきです。

論理的に考える、言語化させる

子どもが質問をぶつけてきた時、すぐに解答を与えるのではなくて「なぜだと思う?」聞き返してみることが重要です。そこで子どもたちは自分なりに考えて答えをだそうと動き出します。
高学年になったら論理的に話すことだけでなく、論理的に書く活動を取り入れることが重要です。
東京工業大学の1年生の授業に「コンピュータサイエンス入門」という授業があります。そこでの最初の課題は「自分の家の筑前煮の作り方を誰もが再現できるように仕様書として作成しなさい」ということだったそうです。誰もが「自分の家の筑前煮」をつくれるようになるには、「乱切り」や「中火」などのように、暗黙知として身についているところから説明しなくてはなりません。「おおざっぱに」、「だいたい」、「世間では」、「統計では」、という仕様書では自分の家の筑前煮と同じものを作ることはできません。

耳を澄まし、おこっている意味を考える

子育ては人工知能ではできません。人間の子を育てるのは人間しかできないのです。それを若い世代が悩みながらでもやりとげていて、今の時代があるのです。
データ分析では処方箋は作れないのです。
 結局のところ、教師と子どもは互いに耳を澄ますことで(形式ではなくて)意味を分かり合ったほうが遠回りのように見えて、結局は早道ということです。

その耳を澄ますと言う能力こそがコンピュータにたいして私たち人間が勝てる分野なのです。
医者も教育者も研究者も、商品開発者も記者も編集者も、公務員もセールスマンも、耳を澄ます。耳を澄まして、じっと見る。そして起こっていることの意味を考える。
それ以外にコンピュータに勝つ方法はないのです。

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IMG_20141223_0001 なるほど、ワードプロセッサーやコンピュータで文章を書くことで漢字が書けなくなったという感想をよく聞く。携帯電話のおかげで電話番号を覚える努力もなくなった。カーナビが車に付いて、前の晩に道路地図を広げて、行く道や帰り道を考えることもなくなった。わからない漢字や英語の単語も辞書のベージを繰るのではなく、パソコンやスマホで検索してしまう。調べたこともノートに書き写すより、パソコンやiPhoneのメモにコピーアンドペーストすることが多くなってきた。

役に立つ、便利になったのは確か。しかし役に立つ・便利になるためだけでおわるのではなく、それ以外の知恵や社会・教育での仕組みが必要になってきているのではないか。
それは何なんだろう。まだまだ考えなくては。

 

 

ベイマックス 5

ベイマックスただし

上の写真は、ヒロのプレゼンテーションを見ている兄のタダシたち。(インターネットの画像より)

最近テレビで、映画「ベイマックス」が「妖怪ウオッチ」の映画を上回ったと報道があった。その原因の一つは、映画の中にある愛だそうだ。幼いうちに両親がなくなった兄弟。その二人を育てる陽気な叔母さん。ヒロを応援するタダシの仲間たちの友情。ディズニーのスタッフによると、最初重要視されていなかったヒロとタダシの兄弟愛を強調してうまくいったと説明していた。
ヒロのプレゼンテーションのあとにタダシがヒロを引っ張りだしての場面について、テレビでは紹介していた。ジュニア向けの本にはこう書いてある。

“No,” Tadashi replied.
“I was just tell you your fly was down through the whole showcase.”
Hiro looked panicked as Tadashi laughed.

私は本を呼んでいる時に、このflyがわからなかった。ヒロがマイクロボット(microbots)を使って舞台や会場を移動しているのでそのことかな?とも思ったが、ヒロがpanicと続くのでなんとなくしっくりこない。
映画の字幕で、「おまえのズボンのファスナーが下がっていた」という説明があって全て了解。flyには「ズボンのファスナー」という意味があったのだ。
アメリカの子どもたちはこの本や映画を見て「your fly was down 」で笑っていたのだなあと思う。それが映画ベイマックスの人気につながっていたとは想像もしなかった。

ベイマックスは看護ロボット、ロボットが人間社会にはいってきたらどうなるのだろう。そういう考えはずっと昔からある。

校正 Galley Slave

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この本は以前紹介したロボット工学三原則を生みだしたアイザック・アシモフさんの本。(発行 ソニー・マガジンズ)
アシモフさんのロボットもの31篇の短編を集めてあり、全ての短編がおさめられていると言われている。
長編のロボットをテーマにしたものもあるが、短篇集の中に、ロボットと人間の多様な関わりが描かれているのでアシモフさんの考えもわかってくる。 しかも短編なのて読みやすいことは確かだ。

ここであらためてアシモフさんの考えたロボット工学三原則を書いておこう。

第一条  ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条  ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条  ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。    
このロボット工学三原則は50年ほど前に考えだされたもの。 今から見れば不完全に思えるところもあるが、あくまでも小説の世界の原則。その原則のある社会でのロボットと人間の関係がうまく書かれている、と私は思っている。

この本は七つの章に分かれている。
1.非ヒト型ロボットたち
2.動かないロボットたち
3.金属のロボットたち
4.ヒト型ロボットたち
5.パウエルとドノヴァン
6.スーザン・キャルヴィン
7.二つの頂点

この中の「ロビィ(Robbie)」は、話す能力のない金属ロボットと少女の友情がえががかれている。この作品は手塚治虫原作「火の鳥」復活編にあるロビタに影響を与えた言われている名作。

私が一番印象深かったのは「校正」と言う作品。原題の galley slave というのは、「ガレー船をこぐ運命の奴隷」から「つまらない仕事に従事する労働者」と言う意味を持つようになった言葉。
作品のテーマは「校正ロボット」。本の校正を専門とするロボットが巻き起こす事件が書かれている。
論文を書いた学者が、「校正の段階で、校正ロボットによって自分の論文が書き換えられた」と訴える。そんなことがありえるのか? ロボット心理学者のスーザン・キャルヴィンの活躍する話なのだが、結末が考えさせる。

・・・・・・・・・・

「書物というものは著者の手で造形されるべきものだ。一章、一章が育っていき、成長していく過程を自分の目で見守るべきだ。くり返し手を入れながら、最初の概念を越えたものに変化していくさまを見守るべきだ。校正刷りを手にとり、活字となった文章がどのように見えるかを眺めながら練りなおしていくべきだ。人間とその仕事の間には、そのゲームのあらゆる段階でおびただしい接触が行なわれるーその接触自体が愉しみであり、創造したものに対する何よりの報いなのだ。あんたのロボットはそうしたものをみんな奪ってしまうんだ」
「タイプライターだって同じじゃありませんか。印刷機だってそう。あなたは大昔の写本の彩飾でも復活させたいんですか?」
「タイプライターや印刷機の奪うものはたかがしれている。だがあんたのロボットはわれわれからいっさいがっさい奪ってしまうんだ。あんたのロボットは校正刷りまで奪ってしまう。いまにほかのロボットどもが、レポートを書いたり、出典を探したり、文章を推敲したり、結論を演繹したり、そんなことまでやってのけるようになるだろう。学者にとってあとに何が残るだろう?・・・」

・・・・・・・・・・

今から40年ほど前に書かれた作品。
新井紀子先生のいう「ホワイトカラーの仕事が奪われていく社会」、と呼応するような作品だ。 
ロボットを考えることは、人間について考えていくことだとあらためて感じる。

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左の本は図書館で見つけた本。

ブログで紹介したアイザック・アシモフ作「ロビィ」と手塚治虫作「火の鳥復活編AD3009」が掲載されているSFアンソロジー「SFセレクション2 ロボットvs.人類 」(赤木かん子編 ポプラ社)。

収録されている作品は、
1.ロボットという言葉はどのように生まれたか(カレル・チャペック)
2.ロビィ(アイザック・アシモフ)
3.火の鳥復活編AD3009(手塚治虫)
4.フレンドシップ2(矢野徹)
5.アンドロイド・アキコ(古田足日)
6.宿命(星新一)
7.未来世界の構築(ジェリー・パーネル)

自分で考えるロボットがこのアンソロジーの背景にある。

 

 

ベイマックス 4

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左の写真は3月に公開予定のドラえもんの映画の宣伝用のチラシから。
ベイマックスとドラえもん、どちらのロボットも、こんなロボットがあったら幸せだろうなあ、ほしいなあ、という感想を多くの人が持つロボット。
さて、ドラえもがいたら本当に幸せになれるのだろうか。
新井先生は「ロボットは東大にはいれるか」で、こんなふうに書いている。

ドラえもんが居る世の中になったら、のび太くんは何をして働いていくんだろう。ドラえもんがいたら宿題もしてくれるし、困ったことはみんな解決してくれる、その時、のび太くんは何をして暮らしていくのだろう。
ロボットに働かせてあそんでいればいい、と思うかもしれないけれど、ロボットが働いて得たお金は、ロボットを作った会社やその会社がある国だけじゃなくて、のび太くんのところにもちゃんとお金が回ってくるのかしら。ドラえもんと一緒にのび太くんもジャイアンも幸せになるには、どんな社会の仕組みを作っていけばいいんだろう。
私は、近代以降私たちが培ってきた「役に立つ」「便利になる」というのとは全く違うタイプの知恵や仕組みが必要になるような気がしてなりません。

うーん。私はうなってしまった。
確かにその通りのようにおもえる。
いろんな分野への機械化は人間の労働を変えてきた。辛い仕事から人間を解放し、身の周りの環境を住みやすくしてきた。
人が住みやすい社会にしていくために、学校などの教育機関で学び、社会へ出る準備をする。社会に出てからも学びなおして新しい社会に適用できるような仕組みもある。しかしその社会がこれまでにないスピードで変化する、しかもその質が予想したこともないようなものになっているのではないか、という疑問がわいてくる。
ベイマックスの映画の世界とは逆に、「ターミネーター」や「マトリックス」の世界もあると思った時、ホーキング博士の警告があることを知った。

ターミネーター2

ーーーーーーーーーーーーーーーーーBBCのインタビューに対して、ホーキング博士は次のように語った。「完全な人工知能を開発できたら、それは人類の終焉を意味するかもしれない」

ホーキング博士は「人工知能が自分の意志をもって自立し、そしてさらにこれまでにないような早さで能力を上げ自分自身を設計しなおすこともあり得る。ゆっくりとしか進化できない人間に勝ち目はない。いずれは人工知能に取って代わられるだろう」と語った。

人工知能の進化に人類が歩調を合わせることができる能力を、人工知能が上回ることになる、いわゆる「技術的特異点」についてホーキング博士は既に懸念を表明している。5月、イギリスの新聞「インディペンデント」に掲載された論説で博士は「人工知能の発明は人類史上最大の出来事だった。だが同時に、『最後』の出来事になってしまう可能性もある」と述べている。

こう懸念しているのはホーキング博士だけではない。スペースXおよびテスラモーターズのCEOであるイーロン・マスク氏は、先月「人工知能にはかなり慎重に取り組む必要がある。結果的に悪魔を呼び出していることになるからだ。ペンタグラムと聖水を手にした少年が悪魔に立ち向かう話を皆さんもご存知だろう。彼は必ず悪魔を支配できると思っているが、結局できはしないのだ」と言っている。

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「技術的特異点」という新しい言葉を知った。
人工知能(ロボット)が人工知能を使って自分自身を進化される可能性があるというのだ。そしてそのスピードに人間が追いつけなくなる時、それが技術的特異点であり、人間の存在意義とは何かと突きつけられる時と私は理解した。

もちろんホーキング博士の意見に反対する人達もいる。

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◎ 一方、英オックスフォード大学(Oxford University)で未来技術の影響に関するプログラムを率いるニック・ボストロム(Nick Bostrom)教授は、人工知能が人間を超えるという脅威は切迫していないと語る。同氏は軍用無人機や自動運転者、工場で働くロボットなどを挙げ、現在使用されている応用法や、近い未来で使用される見込みの応用法では、人工知能はまだ人間の手中にあると指摘する。

 とはいえ、同氏は「機械の知能は最終的には生物の知能を超えるだろう。そしてその過程で人間の存在が大きく脅かされる危険性もある」とも語っている。

◎ 警鐘を鳴らす人ばかりではない。シアトルのアレン人工知能研究所のCEOであるオレン・ エツィオーニ氏は、先日ウェブサイトRedditのAMA(何でも質問に答えるスレッドで「Ask Me Anything」の略)で、「私は人工知能を恐れていませんし、みなさんも恐れる必要はありません」と投稿した。

エツィオーニ氏は、次のようにも説明した。「たとえば100万年後、特異点を迎える可能性はあります。けれど賢いコンピューターが世界制覇するという終末論的構想は『馬鹿げている』としか言いようがありません。私は、この分野で25年以上研究を続けている立場から、人間が進歩し続けても、知能が暴走するようなことはないと申し上げたい。文字を読み、理解できるプログラムはどんどん進化しているが、そのプログラムがどこかに勝手に走り出してしまう危険は全くないだろう」

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ホーキング博士のように、世界的に有名な科学者が発言すると、賛成意見も反対意見も出てくる。私にはどちらが正しいか即断することはできないが、考える機会を提供してもらっていることはよくわかる。
ターミネーターもベイマックスもチップ一つでその性格がかわるシーンが描かれていた。現実はそんな簡単なことではなく、私たちの知らないところでコンピュータへの依存が進んでいることは確かだ。
もう少し考えなくては。

参考にした記事。

http://www.huffingtonpost.jp/2014/12/03/stephen-hawking-ai-spell-the-end-_n_6266236.html

http://www.afpbb.com/articles/-/3033764

 

 

 

ベイマックス 3

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前回紹介した新聞記事の「判断基準が統計では機械に負ける」の部分が上。
ベイマックスも10000通りの医療データが内蔵されているという設定だった。

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さて現在のロボット(人工知能)は、東大の入試に合格することができるのだろうか。
新井先生のプロジェクトの現在の段階は、

 現在の「東ロボ君」の成績は、あるマーク式の模試では、科目数の少ない私立大学型なら、全体の7割の大学で合格率80%以上だというから驚きです。東大に特化した模試の数学では、問題文の言語処理で一部人の手を借りたものの、偏差値60を取りました。

ということだから、これは驚いていいことなのだろう。

ロボットが大学の入学試験を受けるっと言っても、人型のロボットが入学試験場に行ってテストを受けたわけではない。試験のデータをどんなふうに入力しているのかわかる写真がないので、具体的なことはわからないが、試験問題をデータ化しそれを解かせるのだろうと思う。
新井先生はこんなふうに説明されている。

ロボットに問題を解かせるためには、問題を何らかの形の「計算可能な関数」で表わさなければなりません。言い換えれば、関数で表せない問題は解けないのです。だから、「正しいものを選べ」という問題には答えられても、「間違っているものを選べ」はダメなのです。

意外な弱点はまだあります。東ロボ君は音声認識ができるので、英語のリスニング問題はほぼ完璧に聞き取ることはできたのに、正解できませんでした。「ケーキをクリームとブルーベリーでデコレーションする時、それぞれをどう飾るか」という会話を聞き、正しいイラストを選ぶ、という問題でした。しかし東ロボ君は、ブルーベリーとクリームで飾ったケーキを見たことがなかった! 人間なら生まれて初めて見たものでも判断できますが、ロボットはデータがないものはお手上げです。つまり、現在のロボットは、できること・できないことの差が極端なのです。

ブルーベリーのケーキ

前回紹介したように、コンピュータは図形認識が弱いのだ。
人間なら、見たこともないブルーベリーのケーキであっても、問題文から想像してブルーベリーの飾り方を判断することができる。しかし今のコンピュータはそれができないということなのだ。

(ブルーベリーのケーキの写真はインターネットより。またゴチックの記事は以下のホームページより引用した。

 

http://www.wakuwaku-catch.net/report%E6%96%B0%E4%BA%95%E7%B4%80%E5%AD%90-%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E6%83%85%E5%A0%B1%E5%AD%A6%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80/

英語のリスニングは音声認識によってなされることはわかるが、文章の読解はどのような工夫がなされているのだろう。本の説明をまとめてみると、読解の中でも問題文の傍線部分についての設問は、 次の三つのステップで解くという。

1.根拠領域抽出する。
 本文の先頭から傍線部を含む段落までを取り出す。(解答は傍線部分より前の段落にあるという考え方から)

2.選択肢の事前選択をする。
 5つの選択肢のうち、一番仲間はずれの選択肢を除外する。(5つの選択肢からまず1つを除外して四択にする)
その方法は、選択肢がどれくらい似ているかを計算する(解答の選択肢はほぼ同じような内容であり、あまりかけ離れている選択肢を探して除外するということ)
その方法は、何パーセントの文字が共通しているかを測る。
他の選択肢との平均類似度が最も低い選択肢を排除する。

3.照合
  根拠領域と選択肢で共通する文字数を計算する。共通する文字数の一番多い選択肢を解答に選ぶ。(なんとまあ! 文字の数を数えて、共通する文字数の一番多いもの、それを答えとする。えー、そんなんでいいの?)

小説は本文に書かれていない心情が問われているので、表面上に出てくる言葉を見ていても解けない。ではどうするのか。
その心情の部分に網をはってみる。感情をあらわす言葉に焦点を当てて、登場人物の感情のカテゴリー、楽しいのか、怒っているのか、悲しいのかで分類し、そのような心情語の辞書を用意する。そして本文と、選択肢に現れる心情語を見つけ、それらの感情カテゴリが一致したなら、その選択肢にボーナス点を与える。こうやってみると半分くらい解けるという。

本文を理解して設問に答える、というのではないのだ。意味を理解するというのはコンピュータはとてつもなく難しいことなのだ。だから統計的な手段を使って、「近似する」というのがコンピュータの方法なのだ、ということがわかった。
そしてこの「近似」の精度を高める研究と作業が行なわれているというわけだ。

ベイマックスもヒロたち人間の感情がわかって応答しているわけではないことは、映画の前半ではよくわかる。しかし、人間の感情移入によってベイマックスが心のケアをしてくれているように感じてしまう。そこが重要なのだと思う。
もう少し考えてみたい。

 

 

 

ベイマックス 1

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映画「ベイマックス」を見てきた。(左の写真は、映画のパンフレットの表紙)

この映画は「アナと雪の女王」の上映のすぐ後に、日本を舞台にしたアニメーションが制作されているというニュースがあったので楽しみにしていた。
テレビでも予告編が流されていたけれど、私にはちょっと違和感があった。
というのは、先に読んでいた本と少し違うからだ。

これがその本の表紙。ちょっと雰囲気がちがいますね。

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 この本の題名は「BIG HERO 6」(THE JUNIOR NOVELIZATION)。

映画の小説版でジュニア向きに書いたものらしい。この本の中ほどに映画のポスターらしいものがあった。

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「近未来アクション ビックヒーロー6」と大きく書かれている。
説明には
「ロボット工学の天才少年ヒロが繰り広げるアクションアドベンチャーです。めまぐるしくかわるハイテク都市、サンフランソーキョーを破壊しょうとする謎の計画に、ヒロは巻き込まれていきます。ヒロは看護ロボット、ベイマックスの助けのもと、これまで戦った経験もない仲間たちと協力しながら、世界を守ることを決意します。」とある。

私はこの本を見て、てっきり冒険活劇ものだ、とおもっていたら、テレビでの紹介は「優しすぎるロボットと、最愛の兄を失った少年ヒロの絆を描いた感動アドベンチャー」と受ける印象は全く違う。

「アナと雪の女王」の原題も「FROZEN」だったりして、日本での公開には日本向けの変更があるようだ。
映画の作品の善し悪しはさておいて、日本の人たちにひとりでも多く見てもらうための工夫だろう。

私は本は本でおもしろかったし、映画は映画で楽しめた。
本ではわかりにくかったところも、映像で理解できたところもあった。
たとえば、GO GO TOMAGO がバイクで登場するところ。

She stopped short and tossed the bike onto a rack.

バイクをラックにトスする? 壁にバイクを引っ掛けることかな?でも重たいバイクをどうして?と想像していたが、なるほどあんなに薄いバイクなら可能だな、と思った。
また、HONEYの
・・・,and used her cell phone camera to snap a selfie of the boys and herself standing in front of the ball.

・・・,she took another selfie with Hiro and the gang.

携帯電話のカメラを使っているから、selfieとは、今流行りの自分撮りのことかな?と想像したがその通りだった。
本で一番わからなかったのは、ヒロが電池のなくなったベイマックスを家に連れて帰ってきたところで、Cassおばさんが夕食を進めるところ、

Well, at least take a plate for the road,okay?

このroadって、どういう意味? 料理の乗ったお皿、roadに持っていくの?どうするの?と推理しても見当がつかなかった。
映画の字幕では「部屋へ持って行きなさい」という意味のことを言っていた。
家に帰って、辞書やインターネットで調べてもピッタリの訳語はみつからなかった。どうやらroadには「停泊地」という意味があるので、ヒロの部屋のことをおばさんは冗談めかしてroadって言ったのかな、と思う。
映画を小説にした英語の本は、今のアメリカで使われている英語がでてくるので、私にはわからない表現が出てくる。でもそれも楽しみの一つ。

“Why are we stopped?” Go Go asked.
“The light’s red!” Wasabi exclaimed.
Everyone groaned.
“There are no red lights in a car chase!” Go Go screamed.

車で逃げるときに、赤信号で止まる場面だが、映画と本と重なっておもしろかった。

テレポーテーションの機械も、two large circular structures と表現してあるので、映画「スターゲイト」を想像したが、まあそれに近いものだった。
映画と本で二倍楽しめた、というのが一つ目の感想。

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2つ目は、ロボットの性格付け。
パンフレットには「心と体を守るケア・ロボット」と解説されている。
本には、
“Hello, I am Baymax, your personal health-care companion”
と言って登場する。
health-care だけであって、health and mental-careとは言っていない。
心のケアという原文にはない性格を、日本版のベイマックスは持たされている。そうすることによって、ベイマックスへの感情移入が容易になされ、「ああ私にもこんなロボットがほしい、癒やされたい」という感想がたくさん出てくるようになっている(と、私は受け止めた)。

映画でも本でも、チップ一つでベイマックスは戦闘ロボットになってしまうところが表現されている。映画のオリジナルタイトルも「Big Hero 6 」で、いわゆるヒーロー戦隊ものなのだ。

 ケア・ロボットが戦闘マシンに変わる、というところが私にはとても重くて、重要な事に思えた。
私が見たロボット映画、「ベイマックス」もそうだが、ロボットボクシングの「リアル・スティール」など、ロボット同士の戦い題材にした作品を見ていつも「鉄腕アトム」とアイザック・アシモフの「ロボット工学三原則」を思い出す。
そういえば、「リアル・スティール」のロボットの名前はATOMだった。

ロボット工学三原則というのは、作家のアイザック・アシモフさんが自分の「ロボットシリーズ」で基本とした考え方。ウィキペディアによると、

第一条  ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条  ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条  ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
— 短篇集『われはロボット』より

というもの。「われはロポット」という作品は1950年に書かれたものというからアシモフさんの未来予測は素晴らしい。

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左は自立型ロボットの「鉄腕アトム」の作品の中でも私が好きな一つ、「地上最大のロボット」の最後の場面。この作品は1964年から1965年に描かれている。手塚治虫さんの描く未来には、ロボットと人間のどんな関係があったのだろう。

アイザック・アシモフさん手塚治虫さんから50年たった21世紀の今、ロボットと人間を取り囲む環境はどうなっていて、どうなっていくのだろう。
考えてみたい。
そんなことが頭にうかんだ映画「ベイマックス」だった。