淀工第46回グリーンコンサート

第46グリーンコンサートがフェスティバルホールで開かれたので行ってきた。
(上の写真はフェスティバルホールのホワイエにあった、部員製作のパネル)

1週間ほど前に大フィルの新春名曲コンサートに来ていたので、今月に入って2回めのフェスティバルホール。この日は、高校生や中学生、またその保護者らしい人でいっぱい。会場の雰囲気がまた違っていた。

プログラムは以下の通り

  オープニング(翼をください)
  カーペンターズフォーエバー
  大阪俗謡による幻想曲
  ザ・ボレロ(OBの演奏)
  フレッシュコーナー
        休憩
  Introduction to Soul Symphony
       アルメニアンダンス・パート1
  故郷(ふるさと)
  歌劇「アイーダ」より凱旋行進曲
  ザ・ヒットパレード  

オープニングは恒例になったかのように「翼をください」。壇上での女子部員の手話とホール1階席の一番後ろにならんだ合唱のメンバーの美しいハーモニーが聞こえてくる。受付でもらったパンフレットには、
「グリーンコンサートは希望に満ちた新年の演奏会ですが、1年間の総括でもあります。この一年、悩みや苦しみを抱えながらみんなで一緒に考え話し合って、結果として”前向きに行動する”選択をしました。そんな思いを込めて、本日はこの曲で幕を明けたいと思います。」とあった。久々に見る「総括」という文字。確かに高校生活の総括の場となるのだろう、3年生のとってこのグリーンコンサートは。

多感な高校生時代、前向きな選択をし、翼を求める高校生たちの思いは純粋だ。

今回の座席は前から7列目だった。
「あれ? 椅子の7という番号が2列目の椅子に表示されている」
何かまちがったかな? と思ってドア付近にいたスタッフの人に聞いた。
「舞台を拡張するために、座席を前から5列をつぶして舞台にしているのです。」
へえーっ、舞台が拡張できるんだ、フェスティバルホールは。とびっくり。
拡張用の舞台設備のオプションがあるのかもしれない。椅子の部分に上からかぶせているのだろうか?と興味を持ちつつ、そんなにも大勢の楽団員が並ぶのか? とも思う。

その答えがOBの演奏による「ザ・ボレロ」だった。その拡大された舞台狭しと楽団員が並ぶ。それは圧巻としか言いようがない。
私は詳しくはないが、ザ・ボレロは最初の出だしが普段聞いているボレロと違っているように思えた。多分吹奏楽用に編曲されているのだろう。しかし音圧を感じるような迫力ある演奏だった。

(下の写真はパンフレットの裏表紙より。)

会場はほぼ満員。インフルエンザが流行っていて部員の中にも休んでいる子どもたちがいると丸谷先生の話にあった。幾つかの空席は、会場のチケットを買ったが風邪を引いて来られない人なのかもしれない。

フレッシュコーナーは1年生の楽器紹介を兼ねながらの丸谷先生とのおしゃべりがおもしろい。曲目当てで以前に妻があててタオルを貰ったことがあったので、今回も、と期待したが、だんだんと知らない新しい曲が出てくるので時代?を感じる。「古時計」とか「川の流れのように」などの曲になると俄然会場が賑やかになる。

曲をあてた高校生に丸谷先生が「どこの学校?」と聞く。
「鶴見橋中学校です」
「ああ、うちのコンサートマスターの」と丸谷先生。
大阪市立鶴見橋中学校のブラスバンド部は、大阪市内でも有名なブラスバンド部として活躍していたことを私は覚えている。

1年生のアンケートの中に「将来なりたい職業は」という欄があるらしく、いくつか丸谷先生が紹介していた。「新幹線に関係する仕事」「飛行機に関係する仕事」があり、女生徒が「自動車のエンジンの設計」と答えていたのにびっくりした。
そうか、ここは工科高校(昔で言う工業高校)なのだ。この子達の未来は、私が思っている以上に広いのだ、とあらためて思う。

しばしの休憩時間。 ホワイエでケーキセットなどを楽しむ。
ビールを飲んでいる年配のカップルがいたり、アットホームな感じが漂っている。

2部がはじまる。
「アルメニアンダンス・パート1」は淀工の演奏で何回か聞いている。初めて聞いたのは大阪城ホールでの演奏だった。
最初は「何かわかりにくいなあ」と思っていたが、聞く回数が増えてくると「何かおもしろいぞ」と興味が湧いてきて、最初は長い曲だなあと思っていたのが、今回は「あれ、もう終わりか」と思った。パンフレットに
「この曲を毎回取り上げるのは、丸谷先生が提唱している『アルメニアンダンスを吹奏楽の第九に!』という思いと、私たちの強い希望からです。いつの日か『一般の方々にも愛される吹奏楽曲』として、親しんでいただけるように祈って、いついとまでも伝えていきたいとおもいます。」
と書いてあった。演奏する人たちの思いが伝わるとはこのことだな、と思った。

左の写真が「アイーダトラッペット」。演奏のファンファーレ用に使われるトランペットだ。(写真はインターネットより)

東京オリンピックの時のファンファーレが私にはとても印象深く残っているが、あの時もこのようなトランペットを使っていたのだろうか。
東京オリンピックがはじまってしばらくして、ブラスバンド部の友人がトランペットでオリンピックファンファーレを吹いていた。
「楽譜があるの?」と聞くと、
「テレビで見て、指の動かし方を覚えた」と言っていたことを今でも覚えている。
ファンファーレは誰もの心をときめかすものだ。

パンフレットの説明には、
「1813年にイタリアで生まれたヴェルディが作曲したオペラです。古いエジプトを舞台にした、二つの国に引き裂かれて男女ラダメスとアイーダの恋を描いたものです。私たちの演奏する場面は、アイーダの国を倒したラダメスが自分の心とは裏腹に、母国の人に讃えられながら戻ってくるところです。
 このオペラの初演は1881年で147年も経っていますが、”アイーダ・トランペット”の奏でるメロディーはサッカーの日本代表の応援歌としてよく知られていますね。・・・略・・・21日(日)昼の公演に岡山学芸館高等学校と三重県・皇學館高等学校のみなさんに賛助出演していただきます。」
とあった。
私たちは観客席で演奏するその二つの高校とOBの演奏に囲まれながら、舞台での淀工のブラスバンド部の演奏を聞くことになった。
演奏後には大きな拍手が巻き起こった。舞台袖でアイーダ・トランペットを演奏した6人の部員は演奏の最初から最後まで姿勢を崩さず、その音色も素晴らしく、だれもが賞賛の拍手をおくった(とおもう)。

「山の頂上は、人にその道の険しかったことを忘れさせます。
 その最後のステージに立って、君たちは何を感じているのでしょうか。
 いろんな苦しかったことは、今は懐かしい思い出ですね。  
・・・・・君たちの前途に幸多からんことを祈ります。」 

最後のステージにたつ3年生が歌う「乾杯」。
毎年恒例の場面だが、いつ見ても感動的だ。
とりわけ今年は最前列といっていいほどの前の席だったので、こちらが恥ずかしくなるぐらいに高校生の部員たちの表情がわかる。
紅潮した頬、まっすぐに伸ばした指先、遙か遠くを見るかのような眼差し、この瞬間にしたできない表情が私たちの胸を打つ。

最後の演奏は行進曲「ウェリントン将軍」。
丸谷先生はいつものように言う。
「ありがとうございました。お急ぎ方はこの曲に合わせてご退席ください・・・」
もちろんだれも退席しない。頑張って演奏している淀工のブラスバンドを最後まで聞きたいから。
この日は寒さの続く中にほっと生まれたかのような少し暖かい日だった。
身も心も暖かくなってフェスティバルホールを出た。

 

 

大フィル・新春名曲コンサート

フェスティバルホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団の第87回新春名曲コンサートがあった。 たまたまチケットが手に入った。妻の友人が行けなくなったのでそのチケットがまわってきたのだ。折角の機会なので有効活用させていただいた。

淀工のブラスバンドを聞きに行くために、フェスティバルホールには最近毎年行っているが、フルオーケストラ公演に行くことはめったにない。

座席もA席で、1階の前から13列目のほぼ真ん中。なかなか素晴らしい座席でオーケストラが聴ける。

来ている人たちは、思ったより年配の人達が多かった。
土曜日だから若い人たちもいるのではないかと予想していたが、ほぼ私たちと同世代ぐらい。
ブログラムは、

オペラ曲が多い。全部で10曲以上もあるが、どんなふうに進むのだろう。 ソプラノ、アルトの独唱、ギターの独奏もプログラムに書いてある。 盛りだくさんの演奏会だった。

左の写真の人がギター奏者の朴 葵姫さん。英語で書くと Kyuhee Park さん。
会場でもらったアルバムには、「韓国生まれ。日本と韓国で育つ。3歳でギターを始め、荘村清志、福田進一、A・ピエッリ各氏に師事。東京音楽大学を経て、2014年ウィーン国立音楽大学を首席で卒業・・・」とかいてある。素晴らしい経歴の人で、まだまだ若い。

タレガの「アルハンブラ宮殿の思い出」、「禁じられた遊び」のテーマ音楽の「愛のロマンス」を演奏してくれた。
「アルハンブラ宮殿」は、スペインに旅行した時に実際に行ったことがあるだけに、感情移入してきくことができた。
ギター演奏は村治佳織さんがまだ20代前半の頃、演奏会に聞きに行ったことがある。開演前の人のまだあまり入っていない会場で、スタッフの人が「ギターの音は会場の座席のこの位置ぐらいまで伸び上がってきて、おちてくる・・・」などと専門的な話をしていたことを思い出した。フェスティバルホールの音響は素晴らしいそうだから、1本のギターの音が4階の上まで伸び上がっていたに違いない。

左の写真の人がソプラノの幸田浩子さん。
英語で書くと Hiroko Kouda さん。
アルバムの紹介には「東京藝術大学首席卒業。数々の国際コンクールに上位入賞後、欧州の主要歌劇場へ次々とデビュー・・」とこの人も才色兼備な人。
真っ赤なドレスが良く似合い、舞台全体がぱっと明るくなるようなオーラがある。
はずかしながら、私は全くといっていいほどオベラ歌手の皆さんのことは知らない。
映画やテレビで見る外国の貫禄のあるオペラ歌手が私のイメージだったが、そのイメージを根底から覆す印象の人だった。
家で調べてみると、何と大阪・豊中出身の人だった! へえーこんな素晴らしい大阪出身のオペラ歌手がいただなんて、いやいや全くお恥ずかしい限りだ。
歌劇の名場面からのアリアなのだろうが、私は歌劇の題名は知っていてもその内容についてはだめ。情感あふれる歌声に、オペラの場面を想像するが、日本語ではないのでその歌詞の内容がつかめないのが残念。もう少しオペラについて勉強した方がいいな、と思う。歌声と表情と仕草、これがオペラの舞台の歌姫なんだな、と思った。

左の写真の人がテノールの福井 敬さん。英語で書くと Kei Fukui さん。
アルバムの紹介には「・・・他者の追随を許さない輝かしい声。情感あふれる演技で日本を代表するテノールとして活躍・・」とある。
申し訳ない、この人のことも全然知らなかった。
でも歌声は確かに伸びやか、表情たっぷりに歌う姿と声は魅力的だった。これなら私でもオペラを鑑賞に行けるかも、と思わしてくれる歌声だった。
しっかりと両足で舞台に立つ姿は、存在感があった。福井さんがもっと若い時に、その歌声を知っていたらと思う。

途中で20分の休憩。ロビーのカフェで一休みの人も多い。新しいフェスティバルホールをあらためてじっくりと見て回った。

フェスティバルホールの前身である「大阪朝日会館(1925年〜1962年)」の時に付けられたレリーフらしい。右が「シェークスピア」、左が「ベートーヴェン」の像。こんなレリーフがあるなんて、これまで知らなかった。当時の大阪府知事、大阪市長のプレゼントらしい。今の大阪府と大阪市ではまったく考えられないこと。

おもしろそうな角度の被写体があるので、ホール内の写真を撮る。

後半は大阪フィルハーモニー合唱団が加わっての迫力ある演奏だった。
合奏と合唱といえばベートーヴェンの第9ぐらいしか思い浮かばないわたしだが、シベリウスの交響詩「フィンランディア」は以前にレコードを持っていたことがあるが、やっぱり生の迫力は違うなあと思う。量感というか血の通った音楽というのが感じられるような演奏だった。
歌劇「椿姫」、歌劇「トゥーランドット」、歌劇「つばめ」、歌劇「ノートルダム」などの歌劇の曲目がずらり。目も耳も楽しめる演奏だった。

写真は大阪フィルハーモニー交響楽団の拠点である「大阪フィルハーモニー会館」。南海電車の岸里駅ちかくにある。 
*写真は大阪フィルハーモニー交響楽団のホームページによる。
http://www.osaka-phil.com/hall/

いつも電車の中から見ている建物だが、今回の演奏でぐっと「大阪フィルハーモニー交響楽団」が身近に感じられた。
指揮者の円光寺雅彦さんも、テノールの福井さんも言っていたが、少しでも音楽に感心を持って演奏会に来てほしいという気持ちがよくわかった。

アンコール曲は椿姫の「乾杯の歌」の華やかな演奏と歌声。そしてラデッキー行進曲。あれ?この曲は?「ラデッキーよ」と妻が言う。この行進曲に乗せて退場かな?と思わず笑顔になってしまう。

このブログを書いているのは1月14日。
この日は「愛と希望と勇気の日」。
南極観測隊のタロとジロが生きていたことがわかった日。1959年(昭和34年)のこと。私も子ども心に、新聞やラジオで報道され、日本中に喜びの声が湧き上がったことを覚えている。

芸術も人間に愛と希望と勇気を与えてくれると思う。

 

 

本物を聴く、見る

上方演芸特選会

1月の歌舞伎の後、観劇に行く機会が多かった。
まずは文楽劇場の小ホールであった「上方演芸特選会」。
たまたま知り合いで、チケットを購入したが用事ができて行けなくなったというチケットが、まわってきた。
文楽劇場へは、文楽を見に行くことはあったが、小ホールへ行くことはなかった。
小ホールは、繁昌亭ぐらいの大きさで寄せとしては手頃な大きさだと思った。
プログラムは右のポスターのとおり。
会場の雰囲気は、繁昌亭とはすこし雰囲気が違うような気がした。

落語の桂坊枝(かつらぼうし)さん、ああなつかしい。桂きん枝さんや、桂文珍さんたちが若いときに一緒に活躍していた人ではなかったか。ご本人には失礼だと思うが、久しぶりに聞く名前だった。しっかりとした古典落語で、妻が「ずーっと落語をやってはったんや」と感心した口ぶりで話していた。

奇術のキタノ大地さん、初めて見る手さばきに感心した。会場から万雷の拍手がわく。
マジックと言わずに奇術というのがいい。またバックの音楽がそれらしくシャレードなどが流れてきて雰囲気が盛り上がった。
私は目の前で鳩が出てきたときには、「あーっ、本物の鳩や!」と思わず声が出た。テレビや映画でマジックを見ることは多いが、自分の目の前で鳩が出たり消えたりするのを見たのは初めて。

ラストの海原はるか、かなた師匠の漫才は、テレビでネタだけのものをみたことはあるが、20分におよぶ本格的な芸を見たのは初めて。
さすが師匠の芸だ。話のはこびやボケとツッコミの見事さなど、「ああ、これが本物の漫才だ」と感心することしきり。
会場の大きな拍手がそれを証明していた。

リバティー・アートフェスティバル

リバティおおさかで、大阪市内の小中学校を中心とした子どもたちの演奏・演劇の発表会があった。私が見た演奏プログラムは以下の通り。

・平野北中学校軽部       「Believe」・「HEIWAの鐘」
・住吉川小学校芸能クラブ
   和太鼓演奏
・天王寺中学校夜間学級
   ウリマダン
・中浜小学校民族クラブ
   プンムル
・カッチコルム
   サムルノリ
・長橋小学校和太鼓クラブ
   和太鼓演奏
・中野中学校軽音楽部
   ハピネス・愛をこめて花束を

予定があったので途中で退席したが、このあとに演劇や教職員の演奏がプログラムにはあった。
久しぶりに子どもたちの(夜間中学校の生徒さんもいたが)元気な姿を見た。
小学校の低学年から和太鼓や民族楽器を使って演奏しているのは、見ていても清々しかった。学校でのいろんな課題や困難を聞く事があるが、そのなかで真面目に熱心に取り組みを進めている子どもや教職員がここにいる。
そしてその取り組みを交流し、演奏会をもつ機会がある。
そこで汗を流す人達がいるのを見て、まだまだすてたものじゃないとホッとした気持ちになった。

第45回淀工グリーンコンサート

1年ぶりのグリーンコンサート。
フェスティバルホールは大入り満員だった。
淀工吹奏楽部の演奏会には1年に1回ぐらいは来るようになってもう数年になる。来るたびにその人気の凄さに驚くが、今回もそう。でも見に来る人達の年齢層が高齢化しているような気もする。子どもがブラスバンド部だから、という時代から、孫がブラスバンドをやっているから来た、という人達が増えているからだろう。

指揮者の丸谷先生も、いつもお元気な姿を舞台で拝見するが、先生も歳を重ねてこられたなあと思うが、曲当てクイズで3階からの声を聞き分けるのはさすがだと思った。

曲目は恒例のものだったが、今回は第45回という記念の演奏会なので、淀工吹奏楽部のために作曲されたという、真島俊夫さん作曲の「コンサートマーチNumber1」からはじまった。
私がとりわけ印象深かった曲は、「大序曲1812年」。賛助出演として、岡山学芸館高等学校、三重県の皇學館高等学校のブラスバンド部が協力演奏をした。
総勢200人を超えると思う演奏は、フェスティバルホールを音楽の響きで満たした。この曲目は淀工の演奏会で何回か聴いたことがあるが、今年の演奏は圧巻だった。体温が上がってくるような感動を覚えた。

最後の「ザ・ヒットパレード」は、アルゴリズム体操やラジオ体操、そして稀勢の里の優勝を祝った三三七拍子など、笑いや手拍子のある、高校生ブラスバンドの若々しさのある演出だった。
最近感じるグリーンコンサートは、歌がうまくなったこととダンスが以前と比べてたいへん見栄えがするようになった。以前は「楽器は上手だが、このダンスは、この歌い方は?」と思うこともあったがこの数年はたいへん上手。これも中学校の体育でダンスが必修になったからか?と中学校教育の成果を見る思い(?)。

いつも感じるのは部員たちの姿勢の良いこと。演奏する姿、楽器を持っている姿、移動する時の姿勢の良さ。最初の「翼をください」の手話をする部員さんの立ち姿も良かった。それは淀工部員だけではない。協力演奏をした岡山学芸館高校、三重の皇學館高等学校の部員さんもそう。楽器を持ったらピタリとして動かない。演奏し終わった後もその姿が続く。

「山の頂上は、人にその道の険しかったことを忘れさせます。
 その最後のステージに立って、君たちは何を感じているのでしょうか。
 いろんな苦しかったことは、今は懐かしい思い出ですね。
 ・・・・・君たちの前途に幸多からんことを祈ります。」

卒業する3年生が舞台最前列にならび、演奏される「乾杯」はいつもながら感動を呼ぶ。

演奏会の後、喫茶店でお茶を飲んでいたとき、初めて淀工のグリーンコンサートを聴きに来た人が、「本当に良かった。私は思わず涙が出てきました・・・」と話されていた。本物は感動を呼ぶ、あらためて私はそのことを実感した。
3D映画、4Kテレビなど、高密度・高画質の映像やハイレベルの再生音が宣伝されていて、身近ですばらしい芸術作品が鑑賞できると言われている。ついその気になっていたがとんでもない。本物はやっぱり本物。本物の力は凄い。
機会を見つけて本物に触れるということをしなければ、と思わされ三つの舞台だった。