ドイツグリム紀行15(4日目の2)

ハーメルン

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カッセルからバスで2時間ほどの距離。10時半ぐらいにハーメルンに到着した。

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「ハーメルンの笛吹男」は「ねずみ男の伝説」とも言われている話で、みんなよく知っている話だと思うが、松本侑子さんの資料を紹介しょう。

「ハーメルンの笛吹き男は、ネズミ捕りの笛吹男に連れられて子どもたちが大勢行方不明になった伝説である。童話や民話ではなく、実際に起きた歴史的事実とされている。
 ハーメルンは豊かな穀倉地帯の中心地であった。現在でも市の紋章にその名残がある。麦を脱穀する水車がデザイン化されているのだ。新しい市庁舎に行ってみると、建物の外壁に、この立派な水車模様の紋章が誇らしげに掲げられていた。
(下の写真は私が撮したマンホールの蓋。マンホールに市の紋章がついている)

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 しかし小麦や穀物の集まるところ、ネズミも好んでやってくる。そこで町の人々は、ネズミ捕りを頼んだ。男が笛を吹き吹き往来を歩くと、家々からネズミがあらわれ、ぞろぞろと列をなして男の後をついていく。ネズミの大群は男の先導されて町をでて、野原を越え、男がヴェーザー川をわたったところ、ネズミも水に入り、すっかり溺れ死んだ。町中、ネズミが一匹残らずいなくなったのだ。ところが町の人々はネズミ退治の代金を出し渋って、払わなかった。しばらくしてまた男は町にあらわれ、笛を吹きながら歩くと、今度は家々から子どもたちが飛び出してきて、みんな嬉しげに男の後をついていき、二度と戻ってこなかった。行方知れずの子どもたちの数や、130人にのぼるという。
 なんとも不思議な話だが、1238年に起きた事件で、グリム兄弟は童話集ではなく『ドイツ伝説集』に収録している。
img_3627子どもたちが笛を吹き鳴らす男とともに、さも楽しげに通り過ぎて神隠しにあった往来は、今も町の入口に残っている。私は神妙な心地で、この小さな通りへ足を踏み入れた。幅数メートル、午後の白い光が満ちた何の変哲もない裏通り、車がゆるるると走っている。けれどその路地をゆきながら、なぜか鳥肌立った。
(左の写真が路地の入り口。左のレストランのディスプレイに、笛吹き男がレイアウトされているのがわかる)
小道を入ったばかり、左側の壁には金属板が埋め込まれている。英語版を読むと、「1238年6月26日聖ヨハネと聖パウロの日にハーメルン生まれの子どもたちが色とりどりの服を身にまとった笛吹き男につれられて町を出て、カルヴァリーを通り過ぎたところで130名が消息をたった」と記されている。ネズミ捕りの代金を出し惜しんだハーメルンの人々は結局大きな代償を払ったのだ。これもまた童話の教訓めいた印象を与える。ちなみに今でもこの通りは、歌舞音曲が禁止されている。・・・・・・・・・・・・・・・」

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この小径には写真のようなネズミのレリーフがところどころに埋め込まれている。ネズミのレリーフをたどっていくと、、、ハーメルンの子どもたちと同じ運命になるのかも、、、、と松本侑子さんのゾグゾクが伝わってきそう。

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「色とりどりの服を身にまとった男」というのは、こんな感じだったのだろう。

メインの通りはたくさんの観光客でいっぱい。どこかの団体のガイドの人なのか町のガイド役の人なのかわからないが、笛吹き男が活躍している。

さてこの「笛吹き男」については様々な研究や解釈がおこなわれているが、松本侑子さんは「ハーメルンの笛吹き男」(阿部謹也著、ちくま文庫、1988年)を紹介されている。私はまだ読んでいないので、これからの宿題としておこう。

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さて、松本侑子さんの資料はまだ続く、、、、、

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「ハーメルンはメルヘン街道にふさわしい物語性があり、人通りの多い観光地だった。メインストリートのオスター通りには物見遊山の旅人らしい初老の夫婦が多く、店先にはネズミの縫いぐるみやパンを堅く焼いたネズミ型のおみやげが売られている。通りを歩いていると、建物が、フランクフルトやハーナウといった中部ドイツとは異なっていることに気づく。彫刻と彩飾を施した立派な木組みの建物もあるが、石または煉瓦造りの北欧風の建物が増えてきimg_3649_2て、景色か違う。北ドイツに入ったことを肌で感じる。・・・・・・」

左の写真は本屋さんでとったもの。こんな巨大なネズミがぞろぞろと列を作って歩いているところを想像すると、ゾグゾクしてくるなあ。

市庁舎付近の通りや広場はヨーロッパの観光客が多かった。日本人の子ども連れの観光客もみたが、アジア人のツアーはほとんど目にしなかった。
ドイツでは選挙があるらしく、広場ではカラフルなテントがたてられて、選挙の宣伝なのか、サンドイッチや花が配られていた。私もほしかったが、みるからに外国人だし、投票権もないわけだから、パンフレットもわたしてくれなかった。
日本の選挙の宣伝に比べると、大変静かで、対話、フレンドリーといった感じがした。

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上の写真のオレンジのテントが選挙関連のテント。
さて、散策の後は昼食。町のレストランにはいる。入り口はにぎやかな人だかりだがなかは静かなテーブル席。

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しっかりとしたランチ。デザートもたのしい。 旅も中ほどになると、体調を崩す人も出てくる。私も少し熱っぽい。ガイドさんに頼んで、薬局体験をすることにした。

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通りにはいくつか薬局があった。日本のスギ薬局やマツモトキヨシといった大型店ではなく、昔からあるようなお店。店内に古風な柱時計があった。12時40分を指している。薬局には女性の薬剤師さんらしい人が二人。
症状をガイドさんに頼んで、伝える。咳止めと風邪薬らしいのを処方してもらった。

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上の写真に、机の上にある青とオレンジの薬箱が写っているが、拡大したのが左。

よく見るとどちらの箱にも点字が打たれている。

下のオレンジの箱には、薬の名前 paracetamol
−ratiopharm
とそのままアルファベット表示されている。その下には、500mgと点字でかかれている。アルファベットと数字は万国共通のようだ。

こんなところで点字に出あうとは思っても見なかった。この二つの薬のおかげで、日本に帰ってくるまでは症状が進むことはなかった。さすがはドイツの薬? しかし錠剤の大きさは日本の薬より大きかった。ドイツ人は大きいのを薬で実感。

ランチも終えて、私たちは市庁舎の仕掛け時計の見学に行く。