ハイジとドレミの旅 5

マイエンフェルト

レストランの途中で寄ったのが、マイエンフェルトにある「ハイジの泉」。
(場所は下の地図を参照)

この街にはぶどう園がたくさんある。スイスは知る人ぞ知るワインの名産地なのだそうだ。ほとんどが大手の会社に買い取られ、一般に出回ることがないと言われるワイン産地なのだとか。スイスのワインが飲みたければ、スイスに来て買うしかない、ネットで買うしかないなどとガイドさんからの説明があった。ワイン好きの人にはたまらないのだろうと思う。

やってきたのがレストラン。「ハイジオフ」、本業はホテル。ここで昼食。

スイスのハイジ。ちょっと日本のジブリのハイジと違って野生的な感じ。

中国人の団体が先に食事をしていた。この人達は私達のようなハイキングの計画はなかったようだ。食べ終わるとバスに乗って移動していった。

私達にお馴染みのジブリのハイジがこのお店で登場。
ガイドさんの話によると、ジブリのハイジはスイスでは放映されていないそうだ。
スイス以外の国では放映されている。その理由の一つに宗教色がまったく消されているということだそうだ。たしかに「アルプスの少女ハイジ」は、キリスト教文学のひとつなのだ。あらためて読んでみると、キリスト教の教えが反映されていることがよく分かる。それからヨーゼフというセント・バーナード犬はジブリのアニメにしか登場しない。原作にもないし、セント・バーナード犬はスイス原産の犬でもない。
ただ現在ではスイスの人たちも、ジブリのハイジで有名になっているし、セント・バーナード犬のおかげでますますスイスが有名になっているということで、笑いながら見逃しているということらしい。スイスは観光立国だからそこからの判断だと思う。

昼食の後、ハイキング気分でハイジの小屋に向かって歩きはじめる。 ここはどのへんかというと、下の地図のように 、ハイジホフが昼食のホテル・レストラン。
私達はそこからハイジの家に歩いて行き、おんじの小屋までのハイキングをめざしている。下の地図の、行ったり来たりしている青い線がハイキングのルート。

カラン、カランと軽い鈴の音が響いている。牛の首につけられた鈴の音だ。暑さを忘れさせるような軽やかで涼し気な音色だ。 ここに来てはじめて、ハイジの世界が目の前に迫ったくるのを実感する。
下の写真がハイジの小屋として知られている小屋。「アルプスの少女ハイジ」のハイジの小屋のモデルなんだろうと思う。
まずはハイジの小屋の見学から始めよう。

 

 

 

 

ハイジとドレミの旅 4

シュピリさんの通った学校を訪ねて

ここは「アルプスの少女ハイジ」の作者ヨハンナ・シュピリさんが通った学校。
現在はヨハンナ博物館となっている。

机などが置かれ、当時の雰囲気を伝えている。改修もあり、ここに置かれているのがシュピリさんが使った机というわけではない。

二回にも展示があり、これはヨハンナ・シュピリさんが執筆に使ったといわれている机。

世界中で翻訳されている「アルプスの少女ハイジ」。そのいくつかが展示されていた。もちろん日本語の本もあった。

この本はここで買ったハイジの絵本。
絵・マルグリット・ロリー 文・ユルグ・ウィンクラー 訳・シュトラッサー・節子 ホーテンホイズラー出発社 シュテファ・スイス と書かれている。

私達が知っているのはジブリのハイジ。スイスの絵本のハイジはちょっと印象が違う。スイスの旅でいろんなハイジを見ることができたのが面白かった。
ハイジの髪の色もいろいろだった。ただ共通しているのはもじゃもじゃ頭だということ。ガイドさんが「山の子をあらわしているんでしょうね」と言っていたがどうだろう。

正面の大きな木の右にある家が、ヨハンナ・シュピリさんの家だった。かつての家よりも右側に増築がされているそうだ。もちろん今は他の人のものになっている。

家の正面。指差す壁に掲示板のようなものがある。
そこに「ヨハンナ・シュピリさんが住んでいた」という内容のものが書かれているそうだ。

ここで買ったハイジの本に、ヨハンナ・シュピリさんの年表がのっていた。そこから一部省略しながら引用すると、
「1827年6月12日、チューリッヒ州ヒルツェルに生まれる。本名はヨハンナ・ルイーゼ・ホイサー。父ヨハン・ヤコブ・ホイサー(外科医及び精神科医)と母メタ・シュヴァイアー(ヒルツェルの牧師の娘で、賛美歌の作者及び『ハウスクロニク』の著者)の6児の4人目として誕生・・・・。」

ヨハンナ・シュピリさんの家の近くにある教会。

教会の敷地内にはヨハンナさんの家族のお墓があった。

松本侑子さんは「私の青春文学紀行」にヒルツェルことをこのように書いている。 「ヒルツェルは、丘に古い木組みの家々が集まり、すそ野にかけて緑のまき場がなだらかに広がり、ぽつんぽつんとリンゴの木が植わっている。農村の平和な静けさに守られ、はるか遠くには白い雪を頂くアルプスを望む。
 青空に屹然とそびえる高い山を見上げていると、人間をこえた崇高なものを思わずにはいられない。もし土地に精霊が宿るなら、それは父母のもと、この村で少女時代をすごしたヨハンナにすこやかな体と清い心を授けたにちがいない。」

私達はお昼を「ハイジの家」の近くのレストランで食べるため、この美しいヒルツェルを出発した。

 

 

 

 

 

ハイジとドレミの旅 1

毎年の恒例になってしまった「松本侑子さんとの旅」。 今回は「ハイジ」と「サウンドオブミュージック」の舞台となった「スイス」と「オーストリア」の旅。

今回の旅行のテキストとなるのは松本侑子さんの「私の青春文学紀行」。ここに「ハイジ」と「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台となるスイスとオーストリアでの取材による著作がのせられている。

この旅では、現地ガイドさんからの丁寧な説明や現地の紹介があったが、松本侑子さんによる「ハイジ」や「サウンド・オブ・ミュージック」の文学作品としての紹介やご自身の書かれた「私の青春文学紀行」の朗読もあり、単なる観光旅行の枠を超える「スイス・オーストリア」の旅となった。

時間を追って旅行の様子を紹介してみたい。

成田空港を午前10時35分発のエアフランス275便にのる。ここから約12時間の飛行機の旅がスタートする。

この飛行機はボーイング777、300人以上が乗れるジャンボ旅客機。私達は今回も主翼近くのエコノミーの座席。機内食は2回出た。

間にアイスキャンデーがまわってきたので、それもいただいた。

高度1万メートルくらいのところを、時速900Kmぐらいのスピードで飛んでいる。それでもパリまでおよそ12時間あまり。当初の予定は12時間35分だったが、実際は12時間少々だった。気流の関係かもしれない。

12時間の間に見た映画は3本。

「ピーターラビット」
絵本そっくりのビーターラビットの実写版。
どのような撮影方法かわからないが、人間とうさぎの動きがぴったりだった。文部省推薦にはならないと思うが、走り、飛び、考えるピーターラビットがおもしろかった。

「スター・ウォーズ 最後のジェダイ」・・・最新作。ツッコミどころマンサイ。だんだんとおもしろくなくなってきたスター・ウォーズ。あとはレイの活躍に期待するしかないようだ。

「シェイプ・オブ・ウォーター」・・・アマゾンで神として崇められた半魚人のような不思議な生命体。手話でコミュニケーションを図ろうとする女主人公。ストーリーはよくある展開だったが、どうして意思をつたえることができるのかというところが面白かった。映画「メッセージ」は宇宙人とのコミュニケーションだった。最近こんな映画が多いように思える。それは時代のせいか?

フランスのパリ・シャルル・ド・ゴール空港に着陸。
「ド・ドーン!!」と、これまで経験したことのないすごい衝撃。座席からも「ええーっ!?」という声が上がる。窓を見ると翼がグラグラと動いている。

羽のスポイラーと呼ばれる部分が上がって空気抵抗をうみだしているのがわかる。フラップが思い切り下がっているのもわかる。エンジンがすごい勢いで逆噴射。体が前に飛び出すくらいの逆加速。びっくりするようなパリ・シャルル・ド・ゴール空港のお迎えだった。

ここで飛行機の乗り換え。行き先は「チューリッヒ」。