タラの丘 HILL OF TARA

アイルランド・カルチャー講座 第4回

アイルランド・カルチャー講座も4回目、後半に入ってきた。
アイルランドで行ってみたいところといえば、「風と共に去りぬ」の「タラの丘」。
多くの人がそう思っていると思う。
山下直子さんのお話によると、日本人の観光客が圧倒的に多いそうだ。

タラの丘はダブリンから北西36キロメートルのところにある。
ここには4〜5世紀ごろの土の砦が残っている。ケルトの人たちがやってくる前からこの地は聖なる場所としてあったらしい。


聖パトリックの像の写真を取り、サンザシ(英語名はホーソン)の樹の下を通り抜ける。サンザシは赤い実がたくさんついていた。

広い、草原のような丘。みわたす限りの草原、という雰囲気。
丸く盛り上がっているのは古墳らしい。古墳の中には新石器時代にさかのぼるものもあると山下直子さんは說明されていた。日本の古墳時代のずっと前から、ここで文化が栄えていたのだ。

この石柱は王の中の王が戴冠式を行ったと伝えられている。「運命の石 Lia Fail (リアフォール)または Stone of Destiny 」と言われ、「真実の王が触ると、唸りをあげる」という伝説があるそうだ。私は触ったけれど何もなかった(残念!)。ツアーの男性の添乗員さんに触るように促すと、「いやー、私が触って王になったら、みなさんと一緒に日本に帰れませんから遠慮します」と笑って答えてくれたことを思い出す。

土曜日の講座の後の追加のユーチューブで、山下直子さんは石柱には豊穣のシンボルとしての意味があることをおっしゃっていた。アイルランドでは大地は女性を表すそうだ。
近くの泉の紹介もあった。私は行っていないけれど、タラの丘周辺には7つの泉があるそうだ。また石柱の近くには泉が多いという、これもまた豊穣のシンボルとしての伝説が広がる背景にもなったのだと思う。

現在のタラの丘の紹介がビデオであった。 フェンスで囲まれているのにびっくり。
なにか修理中なのか、ひよっとしたら「新型コロナ感染予防」のため、観光客などが触らないようにしているのかもしれない、と山下直子さんの説明にあった。こんなところまで「新型コロナ」の影響があるのかと驚いてしまった。

山下直子さんの講義によると、「風と共に去りぬ』を書いたマーガレット・ミッチェルは、父方がスコットランドで母方がアイルランド出身だそうだ。曽祖父が農園主で作中のタラ農場のモデルとなっている。祖母がアイルランド移民と結婚し、南北線層の話をよく聞いていたらしい。それもこの作品に反映されているそうだ。物語の設定として、30年アメリカにいてもアイルランド訛りの抜けない父親、タラという地名をつけるなど、こてこてのアイルランド人が思い浮かぶようになっているらしい。

「愛蘭土紀行1」で司馬遼太郎さんは次のように書いている。
「・・・アイルランド人の形質や気質について・・・形質としては『アイリッシュ・ブルーの大きな目』(映画『ブルックリン』のシアーシャ・ローナンの青い目がそうだと思う)、民族性としては「アイルランド人が卑怯者だということはきいたことはない」、・・・さらには『アイルランド人はたとえ敗北に直面しようとも敗北を認めない。
 スカーレットは、百敗する。南軍が破れ、家も町も焼かれ、最初の夫も二度目の夫も戦いでうばわれ、三度目の夫のレッドバトラーも失踪した。すべてを失いながら、さいごに、昂然と顔をあげる。 『タラへ帰ろう。ー』 それは、彼女が父からゆずりうけた農場の名というだけではなかったろう。アイルランド人としての不撓の血が流れていることをわすれるな、ということをその地名をとなえることによって暗喩したのちがいない。再生への祈りでもあったはずである。」

アイルランド人の「土地への愛着」、土地を奪われてきた歴史的背景が、小説「風と共に去りぬ」にある、と山下直子さんはいう。
360度見渡せるタラの丘に立つと、スカーレット・オハラの気持ちが何となくわかるような気がする。草原のような大地と吹き抜ける風、広い空の下にいると、「よし、がんばろう」という気力がわいてくる。

「風と共に去りぬ」の続編として、「スカーレット」(アレクサンドラ・リプリー作、森瑤子訳)が紹介された。(左の写真はアマゾンのホームベージより)
私はこの本を読んでいないので、内容については触れることはできない。
しかし山下直子さんのお話で、アイルランドの西海岸側の町や史跡が写真とともに紹介されて、とても興味深かった。
行ったこともないところなので、機会があればと思っていると、この講座の質問に答えるユーチューブで、「司馬遼太郎さんのアイルランドツアーがあれば行ってみたい」という参加者からの意見が紹介された。「今はないけれど、皆様のご希望を聞いて・・・」という旅行社からの返答もあり、これは期待が・・・・。
ますますこの講座が面白くなってきた。

 

 

 

愛蘭土紀行 その17

タラへ帰ろう

みんなが写真を撮っているのは、聖パトリックの像。

聖パトリックが右手に持っているのが「シャムロック」。

司馬遼太郎さんの「愛蘭土紀行1」に次のような叙述がある。

「さて、聖パトリック(385?〜461?)について語らなければならない。
そういう名の人が、愛蘭土にやってきて、はじめてキリスト教を伝えた。実在した人物ながら、彼がやったとされている伝承は、後世の私ども異教徒にとってひどく童話的な印象をうける。
「これをごらん」
といって、聖パトリックはこの島のひとびとに三つ葉のクローバーをかざしてみせた、という。
『葉が三つにわかれているように見えるだろう。だけど、よく見ると一枚なんだよ』つまり三位一体なんだよ、といって、このむずかしい教義を説明した。
三位一体とは父(神)と子(キリスト)と精霊はひとつのものだ、というもので・・・(略)・・・キリスト教の根本的な玄義の一つとされる」(P35〜P36)

明日訪れるトリニティ・カレッジはここに由来している。
さて写真の聖パトリック像は左手に杖を持っているが、その上部は折れてしまってなくなっている。もともとの姿に興味のある人はウィキペディアで「パトリキウス」を調べられるとよい。

広い草原のような場所。丘のように見えるのは古墳だそうだ。

アイルランド特有の十字架を見る。

写真の丸い石柱がLia Fail リア・ファイル。ここで即位の儀式を行ったとされてる場所。ケルト族の聖地の一つだと言われている。下の写真の右側の碑は、アイルランド独立戦争で亡くなった人々の墓石だそうだ。

司馬遼太郎さんの「愛蘭土紀行1」に次のような説明がある。

「じつをいうと、アイルランド人は古代に統一国家をもたなかった。しかし”タラにはアイルランドを統べる大きな王がいた”という神話が、実証以上の実在感をもって信じられており、
『タラ』
といえば、聖地だった。日本神話でいえば、高千穂の峰とか、高天ヶ原にあたる。
タラは、ダブリン北西36キロの地にある小農村で、そこにはラース(rath )とよばれる4,5世紀頃の土の砦がのこっているのである。」(P202)

タラの丘からの眺めは良く、よく晴れた日には、アイルランドの25%が見えると言われている。

私は「タラ」と聞くと、「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラを思い出す。
司馬遼太郎さんもそのことを書いている。

「スカーレットは、百敗する。南軍が破れ、家も町も焼かれ、最初の夫も二度目の夫も戦いでうばわれ、三度目の夫のレット・バトラーも失踪した。すべてをうしないながら、最後に、昂然と顔をあげる。
『タラへ帰ろう。ー 』
それは、彼女が父からゆずりうけた農場の名というだけではなかったろう。アイルランド人としての不撓(ふとう)の血が流れていることをわすれるな、ということをその地名をとなえることによって暗喩したのにちがいない。再生への祈りでもあったはずである。」

そうか、ここがスカーレット・オハラが「タラに帰ろう」と言った時に脳裏に浮かんだ場所なのか。確かに自分の足元を思わず見たくなる場所だと思った。

左はこの地の売店で買った「アイリッシュ、ホイッスル」。

日本ではペニー・ホイッスルとかティン・ホイッスルとも呼ばれている縦笛。
私がこの縦笛のことを知ったのは、長谷川集平さんのコンサートに行った時だ。

長谷川集平さんは絵本作家で自分の体験をもとにした「はせがわくんきらいや」で有名になった人。森永ヒ素ミルク中毒事件を扱った絵本で、絵も文字も魅力的だった。その長谷川集平さんが奥さんである、くんちゃんとの二人のコンサートが大阪であった。その時にこのティン・ホイッスルでの演奏があった。

映画「タイタニック」の挿入歌でこのティン・ホイッスルが奏でるメロディーに心を惹かれる人は多いと思う。私もその一人で、どこかでこの楽器を手に入れたいと思っていた。アイルランドに来たら、楽器屋さんを探して・・・と考えていたら、なんとお土産物として売られていたのだった。
値段も約10ユーロだったので買うことにした。自分へのおみやげとした。