カナダ・赤毛のアンツアー 33

カナダのジャガイモ生産のトップと言われているプリンス・エドワード島。ジャガイモはいつごろ、どこから伝わってきたのだろう。 そんな疑問がわいて何冊かの本を読んでみた。

まずは写真がとてもきれいな「たくさんのふしぎ」。ここには原産地の南アメリカでの様子が写真で紹介されている。

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「たくさんのふしぎ」と同じ著者の山本紀夫さんの本が多くあった。この「ジャガイモとインカ帝国」が一番専門的な本だった。

ジャガイモと人間の歴史は、紀元前一万年前頃にさかのぼる。
人類が南アメリカに渡り、アンデス地方に移動してきたのが約1万年前。
この頃の人類は狩猟を主にして生活してきた。そして食用に適しているさまざまな野生植物を採取してきた。
そのなかに現在のジャガイモの原生種があったと考えられている。
アンデスの人たちが数千年の時間をかけて、野生種から今のジャガイモに栽培化してきたのだ。

私の読んだ本をもとに、年表を作ってみた。

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1万年前  南アメリカに人類が到着

8000年前 ジャガイモの栽培化がはじまる。

1250年頃 クスコ王国成立

1438年  タワンティン・スウユ(インカ帝国の正式名)成立

(1492年 コロンブス アメリカに到着)

1497年  最初のヨーロッパ人がカナダ(ニューファンドランド沖)に到着

(1522年 マゼラン 世界一周)

1532年  インカ帝国、スペインに征服される。

1570年頃 ジャガイモがスペインに渡る。

1590年頃 イギリス・アイルランドにジャガイモが伝わる

1600年頃 フランスにジャガイモが伝わる。

1665年  フランス・パリにジャガイモがすがたをあらわす。

1618〜48 30年戦争(ドイツ国内の新旧の宗教対立に、皇帝・旧教徒にスペイン、新      教徒側にデンマーク・スウェーデン・フランスが参戦)

1641年頃 (江戸時代)オランダ人によって日本にジャガイモが伝わる。

1655〜58 ポーランド・スウェーデン戦争

1656〜58 ロシア・スウェーデン戦争

1672〜74 第三次英蘭戦争

1699年  イングランド、アイルランド全域でジャガイモが栽培される。

1672〜78 蘭仏戦争

1701〜14 スペイン継承戦争・ヨーロッパ全域に飢餓が広がる。
        ドイツにジャガイモが広がる。

1733〜35 ポーランド王位継承戦争

1736〜39 ロシア、オスマン朝と戦争

1740〜48 オーストリア継承戦争      
      この年の飢餓をきっかけにプロイセンのフレデリック大王はじゃがいも      の栽培を奨励。

1756〜63 七年戦争(オーストリアがフランス・ロシアの援助を得て、プロセインと      その同盟国のイギリスとの戦争)
      ジャガイモがプロイセン、ポーランドに広がる。

1768〜74 露土戦争(ロシア・トルコ)

1770年  フランスに食糧飢饉 これよりフランスにジャガイモが広がる。  

1778〜79 バイエルン継承戦争

1782〜87 天明の大飢饉 甲斐の国では九州より種イモをとりよせジャガイモを栽培     し、 飢餓食とする。

1795年  ナポレオン戦争   ジャガイモ、ロシアに広がる

1845年頃 アイルランドにジャガイモの伝染病ひろがり、大飢饉となる。
     (アイルランドからアメリカ・カナダへの移民が増える。ケネディ大統領      の祖先もこの時期に移民をしている)

1860年頃 イギリス労働者階級の象徴的な食べ物としてジャガイモが定着            ホット・ポテトの登場

1871年  明治政府は北海道開拓の指導者としてケプロンを招聘し、新しいジャガイ      モの品種を栽培。これ以後北海道のジャガイモ生産は飛躍的に伸びる。

 1885年  ゴッホ「ジャガイモを食べる人々」の絵を描く 
      オランダにジャガイモが定着

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ジャガイモがヨーロッパに伝わった頃は、ヨーロッパの各地で長い期間戦争が続いていた。そして小氷期といわれる寒冷な時代。戦争と飢餓、この二つがジャガイモをヨーロッパ全土に広げたとも言えそうだ。日本の場合も、江戸時代の大飢饉を通して、東日本にジャガイモ、西日本にさつまいもが広がったようだ。

ジャガイモの全世界への広がりを見てみよう。下の地図は「たくさんのふしぎ」からとったもの。 

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地図を見ると、ヨーロッパと北アメリカの東部は以外に近く感じる。ヨーロッパからの移民たちがカナダにジャガイモを伝えたことが予想される。

カナダの歴史を調べようと本を見ていると、なんと家にあった松本侑子さんの本、「だれもしらない赤毛のアン」にカナダの歴史が要領よく書かれていた。

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その本を元に、簡単にカナダ・プリンスエドワード島の歴史を見てみよう。

ケルト伝説やバイキング伝説として紀元前から北アメリカへヨーロッパ人が来ていたという言い伝えがあるが、あくまでも歴史的な事実を元にすると、上の年表のように1497年である。
それまでは先住民族のミクマック族が約2000年前からプリンスエドワード島に暮らしている。

17世紀になると本格的にフランスからの移民が始まり、カナダはフランス領土となった。1663年フランス人は島に居留地を建設した。

フランス領のカナダにイギリスも入植してきて、経済的・宗教的にフランスとイギリスは対立関係に入っていった。
ヨーロッパの王位継承戦争を反映し、カナダでも戦争が起きる。
1756年からの七年戦争で、イギリス・プロイセン軍がフランスに勝利。
1763年のパリ講和条約によりカナダ・アメリカはイギリス領となる。
    プリンスエドワード島の州都がシャーロットタウンと命名される。

1776年 アメリカ合衆国建国。アメリカから大量にカナダに移民。
    カナダ領内にイギリス系住民が増加する。

1864年 プリンスエドワード島にてカナダ各地の植民地統合を話し合う会議が開かれ    る。

1867年  英領北アメリカ法によりカナダ連邦結成
    (自治が認められたが、外交権及び憲法改廃権は英国に帰属。これ以降、カ     ナダにある植民地は段階的にカナダ連邦加盟。この時プリンスエドワード     島は連邦に加盟しなかったが、1990年に加盟。)

1926年 バルフォア宣言により、英国から<外交権>を獲得
1931年 ウエストミンスター憲章により<カナダの独立>が承認
1982年 「1982年カナダ憲法」により、英国から<憲法改廃権>を完全移管。名実と    もに独立国家となる。

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「赤毛のアン」の作者モンゴメリさんの父方の初代モンゴメリは、1769年にイギリスのスコットランドからプリンスエドワード島植民地に移住した。
1775年に、母方のマクニール初代がスコットランド西部のアーガイル州地方からプリンスエドワード島に移ってきている。
1763年にカナダはイギリス領になっているので、かなり早い時期にイギリスから移住してきたことが分かる。この時期にはすでにジャガイモが生産されていたと考えられる。
松本侑子さんの本によると、イギリスから移住してきた人たちがジャガイモを伝えたそうだ。

アンデスの高地で寒冷な地域でも栽培できるジャガイモは、プリンスエドワード島の土壌と気候に適合し、最初に書いたようにカナダのジャガイモ生産の25%から30%を生産するようになった。

アンデスからイギリス・アイルランドに伝わってから、100年から150年かけて北アメリカ・カナダにジャガイモが伝わってきたようだ。「貧者のパン」といわれているじゃがいも、飢饉に飢えた人々、貧しい労働者、開拓者、カナダやアメリカに移住してきた人々、アフリカやアジアの多くの人々の命を育んできたことが分かる。