ニュージーランドで外乗8

モーテル周辺の町並み

私たちが泊まったモーテルの全景。 最後の日は時間にゆとりがあったので、この周辺を散歩する。

モーテルの隣りにある、新しそうな住宅。
黄色のフタのゴミ箱がアクセントになって楽しい雰囲気。

すぐそばにちょっと歴史を感じさせる住宅がある。
アジア系の男の子がスケートボードで遊んでいた。

その住宅が並んでいる間に、路地のような細い道がある。この道を抜けると、 広い道路と大きな住宅が並ぶ町並みがある。

ガレージが二つあるような家がならんでいる。 ここは高級住宅地らしい。日本円で数千万円の住宅だそうだ。 だからオークランドの市内のようなホームレスの姿もない。

あじさいの花や、桔梗のような花が咲いている。ここはこれから初夏を迎える。

大きな木がモーテルの庭にあった。

オークランドの歴史を調べてみると、ウキペディアによると
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1839年9月からはヨーロッパ人の入植が始まり、翌年1840年2月6日にはマオリ族とイギリス政府が「ワイタンギ条約」を締結して、正式にニュージーランドがイギリスの植民地となった。 この時、イギリス海軍のウィリアム・ホブソンがニュージーランドの初代総督となった。オークランドの町が建設された土地はマオリから総督のホブソンへ友好の証として寄贈された(JTBのガイドブックには6ポンドで買い取ったとある)。ホブソンはワイテマタ湾の南岸に大型船が停泊できることを見つけ、そこを1841年にニュージーランドの首都と定めてオークランドと名づけた。この名前は、当時インド総督を務めていた政治家の初代オークランド伯爵ジョージ・イーデンに由来している。・・・1865年に首都はウェリントンへと移された。第二次世界大戦がおわった1945年以降、太平洋諸島の数多くの人々が移住し、1996年にはオークランドの人口が100万人を突破した。
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ニュージーランドの歴史は新しい。先住民族との軋轢はどのようなものだったのだろう。今回の旅行は乗馬にしぼったものだったので、社会的なことについてふれる機会はなかった。ただテレビで、

 

マオリ語の放送が流れていた。NHKの教育番組のような内容で、マオリ語で進められている。これまで私が馴染んだことのないリズムで踊りを踊ったり、パフォーマンスがなされている。文化というのは多様だなあ、とあらためて思う。
ニュージランドの国技であるラグビーの、ニュージランド代表(オールブラックス)のハカは、マオリ族の伝承と言われている。(下の写真はウキペディアから)

朝の散歩も終え、日本への帰国の準備をする。

空港まで私たちを運んでくれたバスの運転手さんは日本人の女性だった。
私たちのトランクをバスの中にのせてくれたのも、この女性だった。
「重くて大変でしょう」と声をかけると
「私は見かけより丈夫で力があるんですよ」と笑って答えた。
この人も長い間ニュージーランドで働いているそうだ。
オランダで乗馬のレッスンをしているクレインの指導員さんの話のように、外国での仕事では私の想像できないようなストレスがあるだろうなあ、と感じた。
おもわず「ありがとう」と感謝の声が出た。

オークランドの空港へ

空港に向かうバスから見えるオークランドのビル群。

空港に到着。 搭乗手続きを済ませ、JTBが用意した日本食の弁当を食べる。
時間は12時をすぎている。

これは何弁当というのだろう。幕の内弁当らしい。
お茶も日本から空輸されたものだった。

日本食を食べさせるレストランでの幕の内弁当による昼食。

here ra というのが、マオリ語でgoodbye さようならという意味だそうだ。

ニュージランド航空の飛行機が飛び立った。シルバー・ファーンのロゴマークが鮮やかに見える。

さあ香港まで11時間の旅が始まる。

どんな映画を見ようかな。

 

 

ニュージーランドで外乗3

トランクも無事に見つかり、バスに乗って出発。
バスの窓からニュージーランドの国旗が見える。

青地に左上にユニオンジャック、(これはかつてイギリスの植民地であったことから)、白フチの赤い四つの星は南十字星。
この国旗は植民地時代からのものなので変更しようという意見が出た。最終の国民投票でこれまでの国旗をつかうことに決まった。「あの騒動はなんだんだったのか?」という声がしきりに上がったそうだが、国旗に歴史的な認識が反映していることがよくわかる。

ここはウインター・ガーデン Winter Garden

広大な敷地をもつオークランド・ドメイン内にあり、1920年代に設立されて以来、市民の憩いの場として親しまれている植物園。敷地内にあるふたつの温室には、熱帯植物やニュージーランドの草花が栽培されており、何十種類もの色とりどりの花々が1年を通じて咲き誇っている。ニュージーランドの森林をそのまま都会の真ん中に再現したような100種類ものシダが生い茂るエリアは必見だ。ニュージーランドのシンボルマークである葉裏が白いシダSilver Fernもある。(地球の歩き方より)

 

ニュージーランドの植物で有名なのは、シダ類が多いということ。その中でもシルバー・ファーンが有名で、裏が白い、日本で言う裏白のシダである。ニュージーランドのラグビー代表オールブラックスのシンボルがシルバー・ファーン。ニュージーランド航空のシンボルマークもシルバー・ファーンをデザインしたもの(写真はニュージーランド航空のホームページより)

南の国らしい色鮮やかな花が多い。食虫植物のウツボカズラらしいものもあったが、名前の表示がないので確認できなかった。

ここは「戦争博物館」。日本軍のゼロ戦が展示されているそうだ。
「ここを建学コースにれてほしかった」という人もいた。現地ガイドさんによると、入館料もいるし、展示内容が豊富なため1〜2時間は必要になるため無理だったということだ。ゼロ戦を見るためにこの博物館に来る日本人も多いそうだ。

植物園の見学の後は市内にもどり、スーパーマーケットとお土産物のショップに行く。 今日しかお土産物を買う時間と、ホテルの周りにはお店はないということなので、みんなおみやげにする品物を探してうろうろ。私たちもスーパーとこのギフトショップでお土産の大半を買うことにした。

そろそろ夕食の時間。

桟橋にあるレストランでの夕食。

ムール貝にビール、アンガスビーフのステーキ、骨付きのラム肉、デサート。ニュージーランド初日の夕食を楽しむ。

宿泊は市内のホテルではなく、外乗に近い場所ということでバスで1時間余のところにあるモーテル。Albany Oak Motel.
アメリカで体験したモーテルとよく似た所。
明日は馬に乗って4〜5時間の外乗ということなので、みんな早め?の睡眠をとるためにそれぞれの部屋に入っていった。 私は荷物を置いて、モーテルの周りを少し歩いてみる。月もすっかり西に傾いている。
月の形を見て「なるほど、これが南半球の月か・・・」と確信できたことがある。
そのことはまた別のところで詳しく書くつもり。