ポルトガル紀行 4

二日目③
 スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ②

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この人が聖ヤコブ。頭の後ろにホタテ貝、手に持った杖にはこれもシンボルのひょうたんがついている。
聖ヤコブ像の後ろは回廊になっていて、信者(観光客も)が聖ヤコブ像にふれることができる。 階段はすり減っていて、いかに多くの人たちが訪れたかを想像させる。写真は禁止だった。 正面からの写真を拡大してみると、人の姿が写っている。

聖ヤコブ2

この香炉というのが有名だそうだ。重さ80kg、高さ1.6mもある大きなもの。儀式の時に8人の男性で動かすそうだ。現在では観光客でも有料で動かすことができるという説明があった。
Youtubeにその様子が紹介されている。

https://www.youtube.com/watch?v=iF7WyoqvJG0

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おみやげ屋さんにも、この香炉がディスプレイされていた。

そもそもこの香炉は何のためにあるのか。
ガイドさんの説明によると、巡礼者のためにあるという。

サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼はフランス各地からピレネー山脈を越え、スペインの北部を経由して、サンティアゴ・デ・コンポステーラに至る800kmを越える巡礼である。1日20〜30km歩いて一月はかかるというもので、今では信者さんだけでなく、観光ツアーのような体験もあるようだ。年間20数万人の人たちがこの巡礼に参加しているという。

一月以上の長旅を終えた巡礼者は身体も汚れ、臭気もすごく、そのために大きな香炉でその臭いを消す役割を果たしたのが、この香炉だという。またこの香にはペストなどの伝染病や病気を予防すると信じられていたらしい。

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パイプオルガンはイベリア式といって、管が横に突き出している。

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これは2004年まで聖ヤコブ像がつけていたマント。金銀宝石がいっぱい。

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ここは「聖なる門」。この門をくぐったものは、すべての罪が贖罪されるという。
限られた時にしか開けられない門だが、私たち訪れた時には開いていた。これで私たちの罪も贖罪された?

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何となく東洋的というかアジア的な雰囲気のある建物。

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大聖堂前の広場や町の広場にある噴水前も静かな雰囲気。儀式のある日には沢山の人が訪れるのだろう。

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大聖堂の前の広場に日産の車が展示されているのには驚いた。
郵便ポストは黄色。スペインのポストは黄色だったことを思い出した。

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おみやげ物屋さんにあった、巡礼グッズ。
杖に、ホタテ貝とひょうたんがついている。

ひょうたんって、スペインにあったの?という疑問がわく。
調べてみると原産地はアフリカで、世界最古の栽培植物だとわかった。
人類の移動とともに、世界中に広がったのかもしれない。

ホタテ貝も寒いところに生息するはずと思って調べると、この辺は北緯40度付近。日本で言えば秋田市や盛岡市付近。東北地方の三陸海岸以北が漁業として成り立つそうだから、なるほどとうなずく。

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三陸海岸といえばリアス式海岸。
このリアス式海岸と言う名称の発祥の地がここガリシア地方で多く見られる入江。
ガリシア語などで「入江」を意味する単語リアから来ているという説明があった。
ちなみに私はリアス式海岸と習ったが、今はリアス海岸というそうだ。そのリアス海岸を見てホテルに向かう。

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壁には壁画のあとが残っているレストラン会場。 IMG_8203 IMG_8204

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アスパラガスのスープ、パン、
サーモンえびクリームソース、温野菜、
デザートはレアチーズケーキ。

コーヒーは部屋で飲むことができるのでオーダーはしなかった。
壁には暖炉があり、薪が燃えていた。

曇り、雨の日が続く。明日はスカッとした青空を拝めるのだろうかと思いながら部屋に戻る。
明日はポルト市内観光、コインブラ大学の見学。

 

 

ポルトガル紀行 3

二日目②
 スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ①

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大聖堂(カテドラル)は修復作業中だった。
前を通りすぎて日本で言う門前町に入る。目的は昼食のレストラン。
セクスト二世というお店。

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ここはスペインのガリシア地方。出てきた料理は、ガリシア風たこ、マテ貝、ムール貝、あさり、そしてメインは帆立貝と貝のオンパレード。
デザートはアーモンドケーキ。
私がこれまで旅行で行った国の多くは、食後のデザートはあるが、お茶はオプションで自分で注文する。日本のようにセットの料理にコーヒーが付くというのははとんどなかった。だからポルトガルでもコーヒー好きの私はいつも注文する。

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IMG_8167 私たちは貝だけでもうおなかがいっぱい。でも、スペインやポルトガルの人はよく食べる。
レストランにやってきた人たちのテーブルには大きなお皿が並んでいく。ワインも水も、お昼を楽しんでいるのがよくわかる。
さて、
食事の後は、街を散歩しながらの観光と、聖ヤコブ大聖堂の見学。

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この古めかしい街は何時頃のものだろう。

ガイドさんの説明によると、9世紀にさかのぼるという。
羊飼いが聖ヤコブの墓を発見し、そこに聖堂が建てられ、教会が作られた。これがサンティアゴ・デ・コンポステーラの町の起源と言われている。

ではその聖ヤコブとはどういう人なのだろう。

私はクリスチャンではないので全くしらなかったが、キリストの十二使徒の一人なのだ。

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イエス・キリストに従い布教活動をしたという人だから、本物だ。ヤコブはヘロデ・アグリッパ1世によって斬首され、殉教者となった。
弟子たちがヤコブの遺体を石の船に乗せて果てしなくさまよい、この街付近にたどり着き、遺体を埋葬したのが紀元1世紀半の事だったという。その墓が9世紀に羊飼いによって奇跡的に発見された、ということだ。ガイドさんの説明を聞いていて?と思うこともたくさんあったが、宗教上の聖地であることはまちがいない。

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聖地となったサンティアゴ・デ・コンポステーラは今も多くの巡礼者で賑わっているという。教会を中心にできた門前町なのである。

アーチのある通りにはたくさんのお店が並んでいる。
右の写真にある貝のマークはほたて貝。
聖ヤコブのシンボルがホタテ貝。ヤコブの遺骸をのせた船の底にはたくさんの貝がついていたことに由来するらしい。

ヤコブの墓が見つかった頃は、レコンキスタの真っ最中であった。

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イスラム教徒と戦っていたキリスト教徒にとっては、聖ヤコブが戦いの守護聖人として現れたわけである。レコンキスタのシンボルのようになったらしい。
このために聖ヤコブはスペインの守護聖人とされた。

聖ヤコブはスペイン語で、サンティアゴ、という。
だからこの町はサンティアゴ・デ・コンポステーラと呼ばれるようになったそうだ。

フランス語では、ホタテ貝のことを「聖ヤコブの貝」と呼ぶそうだ。

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お土産物屋さんには、ホタテ貝をあしらったものがたくさん並べられていた。
その時の説明に、右矢印のマークの起源は、ホタテ貝のマークだというのがあった。
へーっ、ほんとにそうなのかなあ、と思うがでも信者さんにとってはそうなのだろう。

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さあ、大聖堂の中の見学だ。 日曜日と雨、観光客は少ない。

 

 

 

ポルトガル紀行 2

ポルトガル二日目① 

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ホテルと窓から見た様子と朝食のレストラン。落ち着いた雰囲気。

スペインにある サンティアゴ・デ・コンポステーラ

マップ1

観光の初日はバスに乗って国境を超えて、スペインにあるサンティアゴ・デ・コンポステーラへ。
ここはキリスト教三大聖地のうちの一つ。
と言われても、私は知らなかった。
エルサレム、バチカンと並ぶ三大巡礼地の一つだそうだ。

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国境の川を渡る。パスボートを持ってきたが見せる必要はなかった。
EUは自由に行き来できることを実感する。
スペインに入って、ドライブインで休憩。 さっそくスペインでお馴染みのコーヒーを飲む。現地の人が飲むコーヒーは現地で飲むのが一番美味しい。

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ここは「歓びの丘」。巡礼の最後の目的地である「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」にあるカテドラルが、長い巡礼のあとにやっと見える丘。だから「歓びの丘」。そこには巡礼者のモニュメントがあった。

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なんとも巨大な巡礼者。巡礼者の行く手にはこのカテドラルが見えている。 IMG_0532

現在は修復工事中のため、全体の姿が見えない。カタログではこんな写真がある。

ポルトガルサンティエゴ

この「歓びの丘」には、日本とスペインの友好のモニュメントもあった。 IMG_8133

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これは日本とスペインの交流400年を記念に作られた記念碑。
この400年というのは次のような歴史があるからだ。
1613年に日本を出発した支倉常長らの「慶長遣欧使節団」がスペインに到着したのが、1614年。
そのことを記念して2013年6月から2014年7月までを「日本スペイン交流400周年」としてさまざまな記念行事が行なわれた。その一環でこの記念碑がつくられたそうだ。
私は「天正遣欧少年使節団」のことしか頭になかったが、そうか支倉常長らの「慶長遣欧使節団」もあったのだ。
この経過を知ったのは、日本に帰ってから。現地でもう少し詳しい話を聞きたかった。

巡礼者は歩いて「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」のカテドラルに行くのだが、私たちはバスに乗って。雨も少し降り、曇りがちのバス巡礼。

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この日は日曜日。お天気も悪い。サンティアゴ・デ・コンポステーラの街は静かで、観光客の姿も見えない。

243kmのバスの旅。もうお昼、12時前になっている。