ドイツグリム紀行21(6日目の2)

ゲーテハウス そして日本へ

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img_20161102_0001-%e3%83%90%e3%83%bc%e3%82%b8%e3%83%a7%e3%83%b3-2ここはゲーテハウス。
上の写真は入館のチケット、
ERLEBENとはドイツ語で体験という意味らしい。左はもらったパンフレット。
インターネットのコトバンクというサイトから説明を引用する。

「ドイツ中西部のフランクフルト(Frankfurt am Main)市街中央、レーマーベルク(広場)の北西約500mのところにある、ドイツを代表する文豪ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe、1749~1832年)の生家を復元した建物。ゲーテはここで16歳まで暮らした。『若きウェルテルの悩み』などのいくつかの初期の作品は、この家で執筆された。ゲーテの生家があった建物は第二次世界大戦で破壊されてしまったが、戦後、もとの18世紀の典型的な中産階級の住宅が忠実に復元され、3階のゲーテの書斎には、ゲーテの青年期当時の後期バロック時代の家具や調度がしつらえられて、ゲーテに関わりの深い当時の絵画などを展示している。また、隣接してゲーテ博物館(Goethe-Museum)があり、併せて訪れることができる。◇ゲーテハウスとゲーテ博物館は、非営利の自由ドイツ司教座財団によって維持・管理されている。」

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ゲーテの机。ここで「若きウェルテルの悩み」を書いたのかもしれない。なおゲーテは立ちながらも文章を書いたらしい。写真がその時の立ち机。

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豪華な調度品が目を引くが、私が気に入ったのは、暖炉と柱時計。
ドイツの冬は寒いから暖炉は必要だろうと思う。ゲーテが住んでいた1800年頃と いえば日本では江戸時代末期、そんなときにこんな立派な暖炉が各部屋にあったのかと思う。また大きな柱時計、ゲーテハウスには時計板が三つもあるような精密時計のような柱時計もあった。ドイツの機械じかけの精密さは、これまでのからくり時計などの見学でよくわかっていたが、ここゲーテハウスの時計を見てさらに感心する。

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再現された家ではあるが、ゲーテの当時の生活が体験できるハウスだった。

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ゲーテハウスの窓から見える不思議なモニュメント。これは一体何なのだろう。 img_7394

ベインとが塗られていて、抽象芸術の作品のように見えるが、実はベルリンの壁の一部なのだ。

ベルリンの壁の崩壊があったのは、1989年の11月。今から約30年ほど前になる。
その壁の一部をここに持ってきて保存しているそうだ。
写真に写っている面には、絵が書かれているが裏側はコンクリートの壁がそのまま残っていた。
ゲーテハウスのそば、フランクフルトの中心部にベルリンの壁の一部が残されているなんて。ガイドさんの説明がなければ知らないままに終わっていただろう。

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もう一つ。そばにあった黄色い直方体の物体。拡大してみよう。
そう、ドイツの郵便ポストだ。ドイツの郵便ポストは黄色なのだ。小型のものもあった。それが下の写真。

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この塔はエッシェンハイマー塔。 15世紀のもので、街を守るための城壁の一部。防御塔としての役目を持っていたらしい。かつての城壁はすべて取り除かれ、今残っているのはこのエッシェンハイマー塔だけ。フランクフルトの町が大きくなっていったので、いつしか町の中央部に位置するようになっている。

ゲーテハウスの見学を終えた私たちは、飛行場への出発までの自由時間を使って、ショッピングと散策に出かけた。

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ここは画材屋さん。おみやげに水性絵の具になる色鉛筆を買う。
万年筆、ボールペン、鉛筆などの文房具もあり、鉛筆の書き味を試していると、ドイツ語で「どうぞさしあげます」(と思う・・)と笑顔で言われた。ダンケシェーン。

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お腹が減ってきた。昼食は各自でとることになっている。
私は以前から海外での日本食を食べてみたかった。ガイドさんに聞くと、デパートやスーパーに日本食を用意しているところがあるらしい。でも、もう少し本格的なものをと思って聞くと、宿泊しているホテルのそばにある「いろは」を紹介してくれた。
上の写真が日本食のレストラン「いろは」。ドイツ語てIROHA。

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スタップは日本人。日本語で注文を聞かれ、日本語で答えることのできる快感。
味も日本で食べるものと全く変わらなかった。ドイツ人のサラリーマンたちが次から次へと入ってきて注文している。お箸の使い方もじょうずなものだ。

日本食を食べて元気を出して、さあ日本に向けて出発。

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日本まで11時間余りのフライト。
熱はないが体のだるさ、喉の不快感が残る。ドイツで買った薬が効いているのだろうか。喉は少しましになっているが、、、、。
帰りは眠っている方が多かった。座席が通路側にあったのがありがたかった。

長いフライトで見た映画は一本だけ。
「きみがぼくを見つけた日」(The Time Traveler’s Wife)。時間トラベルのできる男性とのラブロマンス。タイムトラベル物の映画は私の好みだが、時間が過去・現在・未来と本人の意志と関係なく展開していくのが少し複雑 。画面も美しく、主演のレイチェル・アダムスは私の知らない女優さんだが、魅力的な演技だった。SF映画としてはつっこみどころの多い作品だが十分に楽しんだ。日本に帰ったから調べると、原作があるらしい。読んでみようと思う。

さて、お昼ごろに羽田に到着。関空行きの飛行機を羽田で待つことができるのがよかった。さて初めてのドイツ旅行も無事日本に到着。今回は私たちのように体調を崩した人が多かったようだ。
勉強したことも多かった。グリム兄弟について知ったことも多い。次の記事にはそのことについて書いておこうと思う。

 

 

 

ドイツグリム紀行4(2日目の3)

「若きウェルテルの悩み」の街
         ヴェツラー

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シュタイナウからバスに乗り、北西へ2時間ほど。ヴェツラーに着いたのは午後1時をまわっていた。
まずは腹ごしらえ。ドイツといえば、ソーセージ。

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前菜の野菜サラダからデザート、コーヒー(オプション)まで、ゆっくりと楽しめた。
ソーセージには三つのソースがあり、それぞれの味を試すことができた。ソーセージはおもったよりもあっさりとしていて、脂っこいという予想がはずれた。

この日はとても天気が良く、暑いくらいだった。ビールも飲みたかったがここはディナーのためにがまん。

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日中の陽射しが眩しいくらい。 中高生ぐらいの半袖・半ズボンの子どもたちが、グループで歩いている。 ドイツの学校は9月始まりだから、新学期早々の社会見学?、フィールドワーク?

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上の地図はヴェツラーの町のパンフレットから。

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左の写真は地図の「イェルーザレムの家」。
イェルーザレムと言うのはゲーテ作「若きウェルテルの悩み」のモデルとなった人物の一人。

「若きウェルテルの悩み」について、松本侑子さんの資料を見てみよう。

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1772年の夏、大学を出たゲーテは法律家見習いとしてフランクフルト北のヴェツラーを訪れる。
そこでシャルロッテと出逢い、恋に落ちるが、彼女には許嫁(いいなずけ)がいた。相手は知的で誠実な紳士で、ゲーテは諦めようと苦しみ、ヴェツラーを去る。

その後、たまたま、ゲーテの親友が人妻に恋をして自殺する事件が起きる。この二つを素に25歳のゲーテは4週間で「若きウェルテルの悩み」を執筆、人気作家となった。
日本は鎖国中で紹介されなかったが、中国ではすぐに訳され、欧州各国と同様、知的な青年たちに「煩悩」旋風を巻き起こした。

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そのゲーテの親友、イェルーザレムの家がこの木組みの大きな家だったのだ。

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そしてここが「若きウェルテルの悩み」の主人公の一人、ロッテのモデルとなったシャルロッテの家である。 ゲーテが働いていたという法律事務所から歩いて10分ぐらいのところだ。 ゲーテは毎日のように、シャルロッテの家を訪ねたと言う。

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img_5488岩波文庫「若きウェルテルの悩み」の後書き・解説に紹介されていたロッテの家が左の絵。
そして下の写真は、私が撮ったロッテの家の入口付近の写真。

250年近い歴史があるのに、ほとんどそのままの姿で保存されていることにおどろく。

img_20160928_0002ロッテ(シャルロッテ)とウェルテル(ゲーテ)が初めて出会うところ。
岩波文庫からその場面を引用してみると、

「・・・すると、今まで見たことのないほどうっとりするような光景が目に映った。そこの控えの間に、上は11から下は2つまでの子供たちが6人、姿のうつくしい中背の娘のまわりに集まっていた。この娘は簡素な白い服をきて、腕と胸に淡い紅色の飾り紐をつけていた。そして、黒いパンをかかえて、まわりの小さな子供たちに、それぞれの年と食欲に応じて切って分けてやっていた。そのさまはいかにもやさしく、・・・(略)・・・、私は何気ない挨拶をしたが、心はすっかりその姿、その声音、その挙手に奪われてしまった。・・・・」

ヴェツラーの町のパンフレットからこの写真はとっている。ロッテハウスにこの写真のもととなった絵が飾られていたが、撮影禁止のため、室内の様子をカメラに収めることはできなかった。

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この旅行をきっかけにもう一度「若きウェルテルの悩み」を読んだ。

岩波文庫の表紙にはロッテがピアノを弾いている挿絵がのっている。
実際のロッテハウスにもピアノが置かれていた。ここでロッテがウェルテルのためにピアノを弾いてやったのかと思いながらロッテの屋敷を歩くと、なんとなくロマンチックな気持ちになった。

私は学生時代にこの「若きウェルテルの悩み」を読んだ。読み直すと、やはり青年のときに、青春時代にこの本を読んでおいてよかったとあらためて思った。

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ゲーテに関しては、最後の日に、ゲーテの生誕した家「ゲーテハウス」を訪れるので、そのときにもう少し書いてみることにしよう。
ヴェツラーの中心にあるドーム、大聖堂(写真中央)に向かうことになる。