愛蘭土紀行 その13

カーリングフォード湾

カーリングフォード湾、Carlingford lough このlough はアイルランド語で湖とか湾とか言う意味。この湾が国境になっている。

フェリーが来るまでしばらく待つ。
こちらはイギリス領アイルランド、湾の向こうはアイルランド共和国。
イギリスがEUを脱退するということは、ここが国境になり、国境警備や税関や手荷物検査などが行われるようになるかもしれない、ということ。
この湾で働いている人にとってそれは重大な関心事になることは、想像できる。
仕事で毎日行き来している人にとってはとても大変なこと。
イギリスのEU分離がアイルランド共和国にとって大きな影響を与えることがわかる。

フェリーの直ぐ側に古城があった。この湾に関係する貴族の館だったのかもしれない。畑の周囲は石で囲まれている風景は、アイルランド特有のようだ。

海岸の砂浜で遊んでいる女の子がいた。イギリスの作家、ジョーン・G・ロビンソンの「思い出のマーニー」を見ているようだった。

乗船時間約20分。アイルランド共和国にやってきた。

貨幣もポンドからユーロへ、道路標識もマイルからキロメートルに変わる。


道路標識や案内板には英語とアイルランド語の2つが表記されている。
上の案内図はセント・パトリック大聖堂にあったもの。

さて、私達はバスでキングスコートにあるホテル、カブラ・キャッスル・ホテルに向かう。

 

 

 

 

愛蘭土紀行 その12

サイレントバレー山岳公園

上の地図にある「カーリングフォード湾」は北アイルランドとアイルランド共和国の国境線になっている。船に乗って国境をこえる、というのも一興だった。

松本侑子さんのお話によると、ここは「ナルニア国」の雰囲気がいっぱいあるところだそうだ。この公園の入口につくまでの街道から見える風景が特にそうだとおっしゃていた。

司馬遼太郎さんの「愛蘭土紀行2」によると、「氷河期のおわりごろ、氷河が移動するとき、島の西部では土壌がこすりとられて、岩盤が白骨のように露出するにいたったが、ダブリンのある東部では土壌が肥沃に堆積しているのだという(P8)」

「この沿道は湖がないかわりに、小丘陵が多い。このような細長い長方形の小丘陵のことを、アイルランドでは太鼓を連想して、『ドラム』という。あるいは地質学の用語として『ドラムリン(drumlin)という。低地もドラムリンも、見わたすかぎり緑でおおわれている(P19〜20)」

このドラムリンの風景がナルニア国を連想させると松本侑子さんは言う。

「畑には当然ながら土壌があるのだが、まことに量が少ない。その薄らとした土壌が風に吹き飛ばされないように、ニギリコブシから羊の頭大の不ぞろいな石を積んで石垣にし、畑をかこっている(P23)」
上の文章は司馬遼太郎さんがアイルランドの西にあるゴールウェイでの風景について書かれたものだが、たぶん上の写真のようなものだったと思う。

サイレントバレーはベルファストへ水を供給するために造られたダム湖。

上の写真は貯水量が多い時に水が流れ込むダム穴。そのときはさぞかし迫力のある光景になると思う。

ダム湖の見学の後、森の中のネイチャートレイルを散策する。ここは休みになると家族連れや学校の団体で賑わうところらしい。しかし私達が行った時は数組の家族連れだけだった。

森の中は美しい花がたくさん咲いていた。左の花は花弁の中に紫色の花芯があって不思議な花だった。名前を聞いたが・・忘れてしまった。

お昼は各自で後の中にあるレストラン?喫茶?で食事をとる。
下の写真の右側の煙突のある建物がそのレストラン。右側の建物はschoolという表示があったが、誰もいなかった。

食事の後、バスに乗って国境を渡るため、カーリングフォード湾に向かう。